1 刺客
砂漠の都、ガテーリア。
砂漠の中にありながら、肥沃な土地と絶える事のない水脈を持つ都。
それは、この土地の守護神であるヴァーストの加護のおかげであったが、現在そのヴァーストが不在である為、他の国や蛮族が狙うところとなっていた。
そこでサーヴァント(ヴァーストを守る神使、特殊な能力を持つ者)によって、ガテーリアは平和を維持していた。
---あの運命の日まで---
ガテーリアの南側、トゥーティアズ神殿。
ヴァーストの聖地でありサーヴァントが暮らす場所でもあるこの地は、結界が張り巡らされ普通の人間は決して入る事は不可能なはずなのに、一人の人間が侵入してきた。
その人物は顔を隠す様に、フードを頭からすっぽりと被っている。
神殿へ向おうとしていたが、人の声が近づいて来るのに気付くと、近くの木蔭へと身を潜める。
すると次の瞬間、神殿から二人の青年が出てきた。
一人は黒髪に長身で細身だが、鍛えているのが判るがっしりとした体つきをしており、もう一人の男は金髪に同じく長身ではあるが、黒髪の男とは対照的に線が細く女と見まごうほどに美しい顔立ちをしていた。
「なぁ、エミネント。何もわざわざあんたが行く事ないんじゃないか?」
黒髪の男がそう言って、金髪の男の肩に手を置く。
エミネントと呼ばれた男は、その手を掴んで下ろすと低くよく通る声で答えた。
「ハーティー、ナスリィは私に来てほしいと言っているんだ。それにこの国の中なら、私一人でも大丈夫だよ」
「だからって、仮にもサーヴァントのリーダー自ら行かなくても…あんたに何かあったらみんなが困る」
ハーティの言葉に、エミネントは笑みを浮かべると彼の方を向いた。
「だったら君も来るといい。ただしナスリィと喧嘩だけはしないでくれよ。彼女は今、体調が悪いんだから」
ハーティは「うーん」と唸ると腕を組んだ。
「俺、あのばーさんだけは苦手だ。口が悪いっていうか」
「似たもの同士だからじゃないか?」
エミネントが言うと、ハーティはのけ反って首を振る。
「やめてくれ!俺はばーさんほど口は悪くないぜ」
「私から見たら、二人そっくりなんだけどね」
「エミネント!」
ハーティが何か言い返そうとした時、背後で物音がした。
「誰だ!」
咄嗟に身構えると、ハーティはエミネントを後ろへ庇う。
「お前達はサーヴァントか…?」
そう言って先程の人物が木蔭から姿を現した。
「誰だ!…っていうか、どうやってここに入った?結界が張ってあるのに」
しかし相手は答える気が無いらしく、無言で上着の中から短剣を取り出しその刃を二人へ向けた。
「サーヴァントなんて死ねばいいっ!」
「誰かは知らないが、俺に勝てると思ってるのかよっ!」
自分の剣を鞘から抜くと、ハーティは相手へ切り込んだ。
「駄目だ!ハーティ、傷付けてはいけない」
後ろにいたエミネントが叫ぶ。
「え?」
いきなり言われた為、ハーティの剣は相手の上着をかすめる。その為上着は裂け、頭から被っていたフードが落ちた。
フードの中から現れたのは、真紅に近い長い髪と2人を睨みつけている碧眼の少女の顔だった。
「なっ…女か?それもガキじゃないか」
ハーティが拍子抜けした様に呟く。
「ガキで悪かったわね!だけどサーヴァントを殺す位の腕はあるわ。まずはあんたからよっ」
少女は短剣を握り直すと、ハーティに切りつける。
その動きは一分の隙もなく、ハーティの意表をついた。
だが、サーヴァントの中で一番の防御と攻撃性を持っている彼は、辛うじて少女の攻撃をかわしていく。
「エミネントっ、逃げてくれ!このガキ思ったより強い!」
しかしエミネントは逃げるどころか、何やら呟くと少女に向かって手を翳す。
「くっ…」
次の瞬間、少女の体が金縛りにあったように動かなくなった」
「エミネント、一体…」
「ハーティ、この娘をミンの所へ」
そう言って少女に近づき、短剣を取り上げるとハーティへ手渡した。
身動きが取れない少女は、エミネントを睨みつけている。
彼は困った様な笑みを浮かべると、少女の額に手を翳す。
次の瞬間、少女は意識を失いその体が前によろめくと、エミネントが受け止めた。
「…ハーティ、これは大切なことだ。この娘の記憶をミンに読むように伝えてくれ。それと、エイミアに彼女の面倒を見てほしい」
少女をハーティに手渡す。
「それはいいけど…このガキは何者なんだ?」
「まだ判らない。はっきりするまで何も言えない。ハーティ、この娘を頼む。私は急いでナスリィの所へ行ってくるから」
そう言うと、彼はたった一人で街へと出て行った。
(何なんだよ。一体)
一人残されたハーティは、意識を失っている少女を抱き上げると神殿の中へと戻って行った。