3 光の訪れ
テーブルの上には、ようやく日の目を見た装飾品が所狭しと、しかし、すべてがきちんと見えるようにとの配慮の元に、整然と並べられている。
その脇には、箱から取り出された何着ものドレスが、これも王からだと侍従が持ち込んだ移動型の、だが、手抜きのない美しい細工の施された家具にきれいにかけられている。
彩華は知らなかった。
一つ一つは美しいそれらが、こうして一所に集められると、お互いが主張し合って毒々しさを放つまでになるのだということを。
まるで、この後宮のようだ、と思う。
居並ぶ美しい姫君達は、お互いに競い、憎み、妬み……美しさの中に、毒を積もらせていく。
ズキン、と、また頭痛がした。
こんなもの、捨ててしまいたい。
だが、着飾れと命じる男の声が耳に残る。
ならば、これらを身につけねばならぬのだ。
華々しく着飾り、姫君達と同じように毒を身の内に蓄積していくのか。
いいえ、何を今更、だ。
着飾ろうが、着飾るまいが、私の内は、ここにいる姫君達の誰よりも、毒に満ち満ちている。
ズキン、ズキンと、脈動のリズムで頭痛がする。
彩華はソファに半身をうつ伏せた。
「……彩雪……」
呟くのは、たった一つの拠り所。
それだけが、彩華の真実だ。
小さな音がして、どこかに飛んでいた意識が戻ってくる。
どうやら、少しうつらとしていたようだ。
寝返りを打つばかり夜。
ふと意識を失うが如くのうたた寝。
最近はそればかりでまともに眠れていない。
彩華は顔を上げ、音の行方を探った。
鍵のかけていないバルコニーがそっと開けられて、ひょっこりと女性が顔を出した。
彩華はあからさまに眉を潜めて見せるのに、彼女は何食わぬ顔で部屋へと入り込んでくる。
「本当にすごい数ね」
軽やかな声で、素直な感嘆を口にする。
彩華はソファから立ち上がりもせずに、女性を無言で拒否した。
しかし、彼女はそんなことはまるでお構いなしに彩華へと近付いてくる。
その姿の華やかさに耐えきれず、彩華は目を逸らした。
この後宮で最も美しいと言われる女性。
そして、王が最も寵愛する妃。
眩し過ぎるその方は。
「光の方様」
彩華はドレスや宝石を順々に目で追いつつ、かといってさほど興味がある風でもない方の名を呼んだ。
その輝くばかりの美貌に相応しい名は、もちろん、この後宮内での通り名だ。
「その呼び名は嫌いよ」
彩華より2つ、3つ年下だろうと思われる女性はきっぱりとそう言った。
「清夢」
何度も聞いた名を、また彼女は名乗る。
「光の方様」
敢えて、彩華はそう呼んだ。
彼女を受け入れるつもりのない意思表示だった。
「もう、来ないで下さいと申し上げましたでしょう」
そして、そうもはっきり告げる。
だが、光の方はにっこりと不敵に、そして無防備にほほ笑んだ。
「また来るって言ったでしょう」
美しいというのは、こういう方のことを言うのだろう。
あの王でさえ、魅了されたと聞く笑顔は、数日前ならば見据えることができた。
だが、今はできない。
彩華はそれほどに強かな女ではなかった。
「……あ、輝陽石」
美貌の寵妃は、テーブルに並んでいたうちの一つを手に取った。
宝石などとは無縁に生きてきた彩華には、それらの名などどれ一つとして分からない。
今、光の方が眺めているのは、無数にも思える細かい黄色の石が銀の糸で複雑に結び合い、絡み合いながら
光を放つ首飾りだった。
「とても珍しい石よ。こんなにたくさんを施したものは初めて見るわ」
彩華は答えない。
興味はない。
どんなに高価なものであろうと、どんなに美しいものであろうと、それは、彩華の救いにはならないのだから。
「……陛下のお召しをお断りしたのですって?」
首飾りをテーブルに戻しながら、光の方が呟くように尋ねてきた。
答えずに、このまま黙してやり過ごしてしまいたい。
これに答えたその時から、全てが嘘になる。
本当の始まりになる。
だが、彩華は口を開いた。
「お召しなどございません」
光の方は、今度は青い石の腕環を手にしている。
彩華を見るのを戸惑うような、不自然な動作だ。
「お召しはなくても……ここへは、よくいらっしゃるのでしょう? 陛下はあまり後宮にはいらっしゃらない方だもの。二日と開けずに後宮にいらっしゃるなんて、今までにないご執心ぶりだと後宮中が驚いているわ」
あの王は着々と謀を成していく。
欲しいものを手に入れるために。
誰も彼もを欺きながら。
自ら一人を信じながら。
彩華もそうならねばならない。
だから、答える。
「後宮に入った身です。陛下のお召しがあれば、どこへなり参ります……確かに、ここへはよくいらっしゃいますが……何かの気まぐれでしょう。お召しなど、ありません」
光の方は俯いた。
「……貴女が頷くのを待つって……そう、宰相達に零されたんですって」
嘲笑いたい気分だった。
己を。
王を。
欲しいものを手に入れるために手段を選ばぬ者達を。
「私の時は……無理矢理だったわ」
小さな小さな告訴に、彩華は目を伏せる。
彼女の言葉に感情が揺れ動かぬように。
「ここしばらく陛下のお召しはないの」
どんなに己を蔑もうと。
謀は始まったのだ。
それを選んだのは、彩華だ。
「……ほっとしてるわ」
あとには引けない。
「ごめんなさい。こんな話しをしたいのではないのに」
光の方は顔を上げた。
何故と問いたくなるような、親しげな笑みを浮かべて
「あのね、花壇に新しい花が咲いたの。初めて見る花なのだけど、貴女なら知っているかと思って」
無邪気に問い掛けてくる。
「毒でなければ……部屋に飾りたいの」
彩華は頷いた。
「近いうちに、見て参ります」
今はまだこうして優しく話し掛ける光の妖精。
貴女は、謀が成し遂げられた時もそうやって微笑むだろうか。