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第30話 覚悟

今日の正人はいつもと違う。

今日、逢った時から何かを決意したかのような雰囲気があった。

でも、それをひたすら隠していて、できれば言いたくなさそうな、そんな感じがした。

本当は色々と聞きたいことがたくさんあった。

そして話したいことがたくさんあった。

でも、今日の正人を見て、それは今聞くことじゃないって思った。

きっと、全部話してくれると直感的にわかった。


今日の彼は、あたしにたくさんの笑顔をくれる。

多分、無理して笑っている部分もあると思う。あたしはそれに答えなくちゃいけない。

……そう思った。


あたしのことを忘れてしまったあの日以来、久しぶりに彼と逢って、

今あたしはデートをしている。

あんなことがあったのに、どうして普通に逢うことができているのか自分でも不思議だけど、

やっぱり彼と一緒にいると、とても楽しい気持ちになれる。

そして彼が「今日という日」を覚えていてくれたことが何より嬉しかった。


その証拠に、彼の胸にはあの時ペアで買った、シルバーアクセサリーがつけてあった。


今、隣にいる人はまぎれもなく、あたしの知っている正人なんだって。

色々考えたけど、やっぱりあたしは正人が好きなんだって改めて思った。

彼と一緒にいて、気持ちが落ち着く自分に気づく。

ずっとずっと一緒にいたい。

今のままの正人と一緒にいたい。それ以上のことは何も望まないから……。


――神様お願い。もう少しでいいから、 

この穏やかで幸せな時間を過ごさせてください。




 二人を乗せた車は、渋滞にも巻き込まれることなく順調に地元に向かって進む。

スピーカーからは美国が好きな曲が流れている。美国は曲にあわせて口ずさむ。


「あたし、この歌大好きなんだ……」

「お前、この曲本当に好きだよな」


流れる曲は19の「たいせつな人」

美国が好きなのは、そのアルバムバージョンで、

出だしのバラード調で始まり、徐々にテンポアップしていく感じが気に入っていた。

そして何よりも歌詞が好きだった。


「だっていいじゃない?特にここの歌詞が。

君と出会えた それが素晴らしい 

信じあえる それが嬉しい 

かけがえのない そんな全てを 

これからも一緒に ずっと一緒に……」


美国は目を閉じながら、気持ちよさそうに歌った。

歌詞の内容が今の正人の気持ちにシンクロする。それと同時に、正人の胸を締め付けた。


空からは、ポツリポツリと雨が降り始めた。

「……雨、降ってきちゃったね」

美国は外を見ながらポツリと言った。


「あんなに晴れてたのに……ね」


「もう、梅雨なんだな……」


「この季節は、天気もよく変わってしまうよね」


何か意味ありげなことを言う美国に対して、正人は何も言えなかった。

車は淡々と進む。そして時間も進んでいく。

曲が終わると同時に、二人の会話も途切れる。

しばらくの間、雨音とワイパーの音だけが車内に響き渡る。


そして正人は朝、決意したことを実行しようと決めた。

それと同時に体が震えてくるのがわかった。なんとか抑えようと、気づかれないように呼吸を整える。

正人は息を飲み、震える指に力をいれた。

今朝、覚悟を決めてから、何度も心の中でリハーサルをしてきた

美国に一番言いたくなかった言葉を、正人は震える声を抑えながら言った。



「美国……別れよう……」



美国はその言葉に、黙って流れる景色を見ていた。

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