第10話 覚醒
「なぁなぁ。今日、新人がくるんだよね」
「ああ、そうみたいだな。なんか水野さんの推薦らしいぞ」
「……ってことはできる奴がくるってことか?」
「どうだろなぁ?まぁ、お手並み拝見ってことで……」
本日より新人が入社してくると話が広がっていた。
時期ハズレの採用ということもあり、社員達もどれほどの人材がくるのかと期待していた。
そんな会話でざわめく中、朝の朝礼が始まった。
「本日からここ入社し、配属される朝霧正人君だ」
「あ、ども。朝霧です」
軽く会釈をして挨拶をする正人に社員達はコソコソと話し始めた。
(おいおい。なんだよ、あれ。あんまできそうにみえないぞ……)
(ああ。なんか、やる気なさそうな感じな奴だなぁ)
正人の容姿を見て、思った以上に仕事ができなさそうな雰囲気に、ガッカリしたと同時に安堵の表情をしていた。「コレは俺たちのライバルにはならなさそうだな」と。
「じゃあ、研修もかねて佐々木君。君が面倒頼むよ」
「よろしく。朝霧君」
正人は差し出してきた手から顔へと視線を送ると、
その姿はいかにもできるといったような雰囲気を纏い、ビシッとした格好した、やや切れ長の目をしたその顔立ちの男が目の前に立った。
正人が挨拶をしようとしてる傍ら、研修の担当の名前を聞いて他の社員から哀れの目で正人を見た。
(よりにもよって新人つぶしの佐々木さんに当たるとは……かわいそうに)
どうやら佐々木という男は、社内では新人に相当厳しくあたるらしく、
無理難題を押しつくしては困らせ、できないと執拗に叱り相手の自信を奪っていき、ライバルとなりそうな新人を次々と潰していった男らしい。
「よろしくっす。朝霧です」
慣れない作り笑顔で挨拶をするが、他の人から見るとヘラヘラした感じに見える正人の顔を見ながら佐々木は上から目線で
「ふーん。君が、あの水野君からの推薦で入った人材か。……とてもできるようには見えないね」
と冷たく言葉を投げかけた。
「へぇ。水野さんって結構すごい人だったんですか」
「まぁ、僕からみたらまだ甘いけど、周りからみたらまあまあやり手の人だからね」
佐々木は得意気に髪をかきあげて言ったが、正人は特に驚いた様子もなく佐々木の言葉を軽く流した。
どうやら、水野は社内でも仕事のできる人間で、
彼が推薦してきた人物はかなりの成果を残してることで有名らしい。
後から聞いた話だと、その水野をライバル視しているみたいで、佐々木は今回の正人の入社が決まると自ら研修すると名乗りだしたらしい。
「じゃあ、推薦されてきたってことは、そこそこできると思っていいんだね」
「え……?」
「このデータの整理を頼むよ」
佐々木は表情一つ変えずに無造作に書類を正人に投げた。
もちろん入社してすぐの人間がわかるはずもない書類の束。
落ちそうになる書類をアタフタとバランスをとる正人を見て
「うあ、佐々木さん。新人に教える気なんて一切ないな」
「まぁ、あの新人。見る限りやる気なさそうだからなぁ」
早くも潰しに入った佐々木の行動に他の社員は「またか」というような憐憫の眼差しを送った。
「これを……そうだな……。今日の14時までにまとめておいて」
「え……?」
意味もわからず呆気にとられる正人を横目に、佐々木は指示もせずにスタスタと去っていった。
書類の束を見ながら正人は首をかしげた。
「なんだ?これ?」
ピラピラとめくったところでわかるわけない。
そんなことを思いながらも、キョロキョロと自分の席を探していると
「こっちこっち」と一人の女子社員が正人を手招きした。
彼女の隣の席に案内され、正人が座ることを確認すると開口一番に
「いきなり佐々木さんとは運が悪いねぇ、朝霧君。あ、私、成田 美穂」
「よろしくっす。てか、いきなりこんなの渡されてもなぁ……」
手渡された書類を見ながら早くも手詰まりの様子をみた美穂は
「ちょっと見せて。あちゃ、これか……。また面倒くさい資料をあの人は……。このデータはね……。パソコンは使える?」
「少しなら……」
パソコンを起動させ表計算ソフトを開き、書類の内容についてのレクチャーを受けた。
「ね?こういうことだけど、わかった?」
「んー。あんまし……」
軽く苦笑しながら言うと美穂も「それはそうだよね」という表情をした。
入社初日でこの会社の仕組みすらわからない正人に無理すぎる内容の書類。
美穂ですら結構の時間がかかると正人に言った。
どうしようかと親身に考えてくれる美穂の優しさに感謝しつつ、なんとかならないかと正人は書類をわかる範囲で調べ始めた。
――その時「ズキっ」と刺さるような痛みが正人を襲った。
「イタッ!!」
おもわず声をだしてしまい美穂から心配そうに声をかけられた。
「大丈夫?どうしたの?」
「ええ、大丈夫っすよ。ちょっと頭痛が……」
頭を抑えながらも書類をみながら答えた。しかしその瞬間「あ、なんかわかったかも」
正人は頭痛とともに何かが閃いたようだ。
「え……」
その言葉に驚く美穂を横目に、パソコンのキーボードを打ちはじめた。
そのスピードは先ほどまで右も左もわからなかった状態とは違う。
書類を見ながら「カチャカチャ」とこなれた手つきで消化している。
「嘘……信じられない」
美穂が思わず驚きの声をこぼした。
それもそのはず。本来、佐々木がまかせた仕事は新人には到底無理な仕事だったのだから。
この業界に何年も精通していなければできないはずなのに正人は生き生きとした表情をしながらこなしていく。
すごい!すごいぞ!!なんだよ「これ」簡単じゃん!
初めてみることだけど、こんな簡単なことでみんな給料もらってるのかよ。
動きの変わった周りの社員達も動きを止め目を見張った。
「おい、なんだよ。新人君なんかすごくないか?」
リズムに乗るようにキーボード叩く正人のその姿は、まるで得意のゲームをしているかのように手馴れた手つきでこなしている。
そして『タン』と最後のキーを気持ち良さそうに押すと
「よし!できた!!」と威勢よく言った。
気づけば知ってる人間がやっても数時間かかる仕事を、正人はわずか一時間で終わらせた。




