第9話 平凡な幸せ
台所の方からトントントンとリズムのいい音で目が覚めた。
正人はまだ眠い目をこすりながら体を起こすと台所で美国の後姿が目に入った。
あくびをしながら「何してるんだ?」と尋ねると美国はニコニコしながら振り向いた。
「あらら、起こしちゃった?ビックリさせようと思ったのになぁ」
台所を覗くと美味しそうな卵焼きやウインナー、味噌汁など朝食を作ってくれていた。
「おいおい、そんなに作らなくても……」
「そりゃ大切な入社初日だもん。栄養つけないとね!正人も顔洗ってきなさいな」
美国は鼻歌を歌いながら再び朝食の準備へととりかかった。
機嫌がよさそうなその後ろ姿を見ると正人は思わず笑みを浮かべた。
軽い会話を交わしながら二人で朝食を食べ、会社へと行く準備をしていると、
美国が急に正人を見て笑い出した。
ケラケラと笑う美国に正人は何か面白いことでもあったのか?と聞くと
美国は笑うのを堪えながら正人の頭を指差し
「だって、正人……その髪型なんかおかしいよ」
どうやら美国は、正人が慣れない手つきで造った、
キッチリカッチリと分けた髪型がおかしかったらしい。
そして正人に近づくと、美国は髪をクシャクシャにした。
「うわ!やめろって、オイ!!」
「だってちゃんとした髪型の正人って変だよぉ」
「変って、失礼な奴だな!クセっ毛でセット大変なんだぜ」
「ぷぷ。ちょっとあたしにやらせてみなさいよ。
ほら、こうやって、もうちょっとナチュラルな感じで……」
正人とは違い、美国は手馴れた手つきで正人の髪を自然な感じに仕上げてあげた。
「本当、不器用なんだから」
「む…。うめぇじゃないか。やっぱさっきのはやりすぎたか」
そして正人のセットを終えると、美国は台所へ向かい何かを持ってきた。
「ハイ正人」
「ん?」
「ちゃんと食べてよね」
美国は嬉しそうに、かわいく包まれた弁当を手渡した。
「弁当まで作ってくれてたのか。あ、ありがと」
正人は恥ずかしそうに指で頬をかきながら受け取った。
「じゃあ、気をつけてね!いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
アパートを出て振り向くと まだ美国が手をふってくれていた。
「がんばれーー!」
美国の声援に、グッと親指を突きたて返事をすると、駅へと向かい歩きはじめた。
――ああ、こういうのもいいな。
今までのクソみたいな生活なんかよりも、こっちのほうがいいのかもしれない。
平凡だけど暖かい。
何か忘れていたものを思い出した気分だ。
美国のためにも、仕事がんばろう。
そう決意しながら職場へ向かった。
こんなにも前向きな考えが出来るのは何年ぶりだろう。
自分の中で黒く染まっていた心の中に「希望」という光が照らし始め、
その光の先に「美国との未来」があると思うと
昔よりも、歩く一歩に力がみなぎるような感じがした。




