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冥獄の国  作者: 槻影
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第五話:何を言ってるんだ?

 何を言ってるんだ? 正気か?

 僕は、まじまじと目の前の職員さんを見つめた。

 おでこに手を当ててみる。冷たい。そういえば人間じゃなかった。体温も人とは違うのかもしれない……って

 じゃなくて――


「何言ってんのかわからないんだけど」


「もし老さんの罪過がCランク以下だったら保証人になってあげると言ったのです」


 それは分かる。Cランクとかよくわからないがとりあえずそれは置いといて、さっきの流れぶった切ってない? この職員。なにそれ地獄の職員はそんなサービスまでやってるの?

 大体自分で負担大きいとか言ったじゃん。わけわからない。考え方が違うのかな?


「えっと……何で?」


「理由なんてありません。強いて言えば面白いから、と言いますか」


「いや、つまらないと思うけどね」


 てか、わかってないなあ。

 僕は宇楠ちゃんに大きな負担をかけたくないんじゃなくて、他の誰にも大きな負担を掛けたくないんだ。人に負わせる重さじゃない。家族なら……まだわかるけどね。

 赤の他人だよ赤の他人。もしかしたら道歩いていてすれ違っても気づかないかもしれないような……そんな関係だ。最低でも僕に大きな借りを作ってからきてほしいね


「大体僕はあまり人に迷惑を掛けたくないんだよ。もうかけちゃったものはしょうが無いけど」


「大丈夫です」


 アリシーちゃんは僕が暗に断ると言ってるのを読まずに言う。地獄の人はお人好しが多いのかな。

 さっきから地獄のイメージが崩れすぎだ。責め苦を負わせるための施設が十年待ちとか。何処に行っても罪人は迷惑かけるもんだね。まったく。


「何が大丈夫なのさ?」


「内勤は今凄い暇なんですよ。何しろ客がストップしてるから」


 なるほど……アリシーちゃんを見てると、確かに暇なんだろうね。

 でも、辺りを見渡してみると、皆けっこう動いてる。やってることが何なのか分からないけど、傍目に見たら忙しいようにも見える。

 各デスクには静かに音を立てて動くラップトップ型のコンピュータと書類が乗ってるし、それぞれの職員さんも手を動かしている。少なくとも今暇に見えるのは目の前の女の子だけだ。


「あれはポーズです。公務員ですから、何も仕事がなくても働かなくちゃならないから……」


 いいのか……それでいいのか!

 どこの世界でもそういうのは同じなのか……

 てか公務員なんだね。こんな若いのに……ああ、見た目通りの年齢じゃなかったんだっけ?


「で、何が大丈夫なのさ?」


「いつでも有給が取れます。実際一年有給取った人もいるくらいで」


 しかも有給の桁が違った!!

 一年有給って……

 生活のスパンが違うんだろうねえ。何日有給もらえるんだろう。


「一年って……一年も休んだら仕事忘れるんじゃない?」


「忘れたら忘れたでマニュアルを読んで思い出せばいいだけの事です」


 やっぱり忘れる事あるんだ……

 しかし寿命が人間より遥かに長いのに文化形態が人間と同じって一体どうなってるんだ

 さっきから僕の頭の中はこんがらがってる。

 アリシーちゃんは、身を乗り出さんばかりの態度で自分を押し売るし、押し売りといっても、この場合僕は得をするんだろうけどなんだか面白くない。いらない、と答えても頷かない以上アリシーちゃんにも相応のメリットがあるはずなんだけど、僕にはさっぱり思いつかなかった。補助金は出ないって言ったし……恋愛感情なんてのはありえないし……ないよね?

 と思った瞬間には口に出ていた。この癖治らないかな……


「アリシーちゃん、まさか……惚れた?」


「……はっ」


 鼻で笑われた。

 淡い幻想は瞬く間に現実に吹き飛ばされた、どんな楽天家でもはっきりそうと分かる仕草だった。見事すぎて思わず拍手しそうになっちゃったよ。

 まあどうでもいいけどねー僕は一目ぼれは信じない主義だ。もし一目惚れされても断じて信じないし、一目惚れしても僕はそれを自分に許すことはできない。

 アリシーちゃんは、十秒ほどゴミでも見るかのような眼でこちらを見た後、大きくため息をついて言った。


「断じて勘違いしないでほしいですね老さん。私が、死者の貴方に、惚れる? ない、ないですよ天が落ちて来るくらいありえない。まぁ勘違いさせてしまったようならすみません、謝ります。私が直接的にはっきりと言わなかったのが悪かったみたいですね」


「全くだね。僕もはっきりと言わなかったのが悪かったのかもしれないけど、僕はさっきから断るって言ってるんだよ」


「まぁ落ち着いて、話だけでも聞いてください。この話は老さんにとっても悪いものではないはずです」


 食い下がらないなあ。

 話を聞くだけなら別に吝かじゃないけど……老さん"も"って事は、彼女自身にもそれなりにメリットのある話なんだろう。

 僕はただ裏のない好意があまり好きじゃない。高潔だろうけど好きじゃない。

 裏のない好意なんて滅多にないもんだ。僕がやった事のように。そしてまた、数少ない裏のない好意は得てしてうまくいかないものなのである…僕がやった事のように。


「実は老さん……私も以前からそろそろ有給とろうかなーと考えてたんですよ。仕事ないし」


「いやいや、あるでしょ。いくら死人がストップしてるからって……実際僕来たんだし」


「審判課は15番目まであるんですよ? 数少ない優先券で返霊飛び越えてきた死人が何人いるっていうんですか。はっきり言って、今老さんがここにきたのは奇跡に近いですよ? 実際今日まで三ヶ月ほど誰もきてなかったわけですから」


 15番目まで……人員削減しようよ。死者が開放されたら凄い忙しくなるんだろうけど……ね。

 他の課の手伝いをやらせるあるんじゃないの? 上は何してるのさ。こんな暇そうな職員さんがいるってのに。


「そこで常々有給を取ろうと思っていたんですが、そこで一つ問題が……何だかわかりますか?」


「んー……わかんないよ」


 分かるわけがない。

 仕事がなくて有給を一年もとれる部署で存在する問題?

 まさか保証人にならないと有給取れないなんて法はあるわけがないし、むしろ三ヶ月も客がこないのに今まで残ってたこと自体がびっくりだ。外勤の宇楠ちゃんはあんな灰色着て頑張ってるってのに、見習いなよ。

 アリシーちゃんは考えている僕に向かって、きれいなビー玉見たいな青い瞳を輝かせ、口の両端を微かに持ち上げた。まるで笑いでもこらえているかのようだ。


「それは……暇です!」


「へ? ……暇?」


「はい。暇です!」


 いや、そんな自信満々に言われても意味が分からない。

 暇なのは見てればわかるけどね。


「いえいえ、そうじゃないんです。私実は有給をとってもやることがなかったんですよ」


 アリシーちゃんは一緒に遊ぶ友人もいないかわいそうな子らしかった。


「いやいやいやいや、そうじゃないですよ! 私にだって友達くらいいます! そうじゃなくて、一年もの間やることがないって事ですよ!」


 ああ……なるほどね。やっと得心がいった。

 裏のない好意のように見えたそれは予想した以上にくだらない源があったらしい。

 分からないからの沈黙ではなく、あまりの事に声も出ない。

 信じられない……この子、僕という負担を暇つぶしに使うつもりだったのか。


「そりゃ、私だって女の子ですからショッピングしたり映画観に行ったりやりたい事はありますよ? でも、そんなの一年も続けられるわけがないでしょ? いくらなんでも飽きます。退屈は吸血鬼をも殺すってよく言うでしょ?」


 よく言わない。聞いたことない。


「それに、映画やショッピングは有給を使わなくても十分行けます。それで、もっと何か有意義な事はないかなーと考えていた所で老さんが来たわけです。どうですか? 悪い話じゃないでしょ?」


「へー」


 やる気のない返事を返す。

 そもそもそんなことやるくらいなら有給取らなきゃいいんじゃないの?

 とか言っても、納得してくれないんだろうね。


「そりゃ、毎日とは行きませんけど、出来るだけ協力しますよ。どうせ暇なんです。老さんに付き合ってたほうがよほど楽しいはず……老さんも善行を円滑に積み立てることができてハッピー、C以下なら一年も頑張れば罪過がなくなるはずです」


「なるほどね……」


 なるほど……その理由はどうかとは思うが少なくとも論理的ではある。確かにそれなら双方ともメリットがあるようにも見える。正直僕だけにメリットがあるような気もするが、相手がそれを楽しめるんだったらそれはそれでウィンウィンの関係なのかもしれない。


「でもさ、僕を養わなきゃいけないってことでしょ? 食べ物や着るものはどうなのかはよく知らないけど、住むところは必要でしょ? 僕お金ないけど、アリシーちゃん本当にそれでいいの? 」


「大丈夫です。私もそれなりに稼いでますし、貯金もありますから」


 にこにこ笑ってる様子は唯の十代半ばの女の子にしか見えないのに、考えてる事ややってる事は随分ぶっ飛んでるね。

 他の職員さん達も、アリシーちゃんの熱弁が聞こえたのかちらちらこちらを見ているのに、アリシーちゃんは気にする様子がない。

 僕が気になるんだけどなあ。

 まぁ、でもともかくそんな事情があるならお世話になるのも悪くないかもしれないね。あまり他人に負担を掛けたくないのは事実だけど、それでも相手がそれを負担と考えないというのなら考えてみるのも悪くない。僕は善人であろうとは思うけど、決して一人で何もかも出来ると思うほど傲慢ではないつもりだ。手助けしてくれるというのなら手助けしてもらうのも、この場合ちょっと癪だけど間違いじゃない。

 お金も返す方法を見つけて何とか返却すればいいし、その有給の一年を超えてもまだ罪が残っていたら今度こそ残りを責め苦で払えばいい。


「まぁそれなら……その時は是非お願いしようかな」


「はい! お願いされました」


 明るい返事。アリシーちゃんは、笑顔で右腕をさし出してきた。

 出された右腕を取り、僕とアリシーちゃんはしっかりと強く握手を交わした。

 

 そういえばCクラスの罪過ってどの程度なんだろう?

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