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冥獄の国  作者: 槻影
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第四話:世界はくるくる廻ってる

 世界はくるくる廻っている。スムーズに、静かに、それでいて力強く。それは、星単体で完成しているのだ。

 だから、僕という異物が入り込んだ瞬間そのバランスは一気に崩れてしまう。僕の存在自体は世界と比べて本当にちっぽけだけど、でも繊細なバランスで成り立っていた天秤が崩れるのに力はいらない。ただちょっとした切っ掛けがあればいい。


 そんなわけで、生まれて以来僕は誰の役にも立っていなかった。歩いても座っても寝ていても、どんなにバランスをとろうとしても、僕の全ての行動は天秤のバランスを容易に乱し、そしてその崩れたバランスを直すために再び奔走する。それがまた新たな崩壊を招き――悪循環。


 僕は死桜院の中では頭脳も運動神経も他に追随を見せないほど劣ってたけど、といっても、他の連中が化物だったのだが、少なくとも存在だけは死桜院の中でも飛び切りに悪辣だったんだ。


 だから、僕は小を切り捨て、大を取るのではなく大を打ち壊しその中から小を救い出す事にした。大きな被害と小さな奇跡。多くの人間に迷惑をかけてしまうけど、それで誰も救わないよりは救ったほうがいい。

 だから、じっとしていてくれという父さんの意見も間違いだ。僕がじっとしていても結局世界は容易に傾く。



 全ての書類を書き終えたあと、見せてくれた僕の書類。

 調べれば意外にも簡単に分かるらしく、死因の欄に増えていたその文字を見て、僕は久しぶりにそんな事を考えた。



『隕石との正面衝突による蒸発死』



 なるほどね……そりゃ人数もいるわけだね。地球に飛来するほとんどの隕石は大気圏に入る直前に摩擦で燃え尽きると聞いたことがある。ということは、それなりの大きさの隕石が僕にぶつかったわけだ。そして僕は死んだ。痛みを感じるまもなく。それがラッキーなのかはわからないけど、少なくともかなりの人間を巻き込んだ事は間違いない。


 特に、相応の大きさの隕石が落ちると、衝撃はもちろん舞い上がった塵が風で飛ばされ、数年数十年単位で太陽光を防ぐとか聞いたことがある。さすがに十億は死なないと思うけどねえ。日本の人間全員死んでも1.6億なわけだし……


 この隕石が僕を目がけて落ちてきたとか、そんな証明は誰にも不可能だろうけど、しかし家族がいたら間違いなく僕が妙な事を考えたせいだと言うだろう。そして僕自身もそう思う。そういう引きは妙に強いんだ。大体、普通ならよくわからないけど人が蒸発するレベルの隕石が地球に接近してきたら事前に見つかるだろう。NASAとかどっかその辺がさ。


「…………」


「えっと……どうかいたしましたか?」


「……いや、大丈夫。反省してただけなので」


 とりあえず、過ぎてしまった事はしょうが無いよね。今後二度と隕石が落ちてこないかなーなんて思わないようにしよう。それでひとまず手打ち。いきなり固まった僕を心配するような眼で見ている職員さんの事を考えるのがまず先だ。


「気分が優れないようでしたらお薬でもお持ちいたしましょうか? お客様は死者ですので、精魂薬さえ服用すれば気分がよくなるはずですが…・・」


「いや、大丈夫です」


 地球よりサービスがいいんじゃないか? これ。

 まあ地上でいきなり薬持ってこられたらそれはそれで問題だろうけど……精魂薬?


「それでは、書類の方は以上で結構です。保証人の方の身分証明書の方をお返しします。無くさずに本人に直接届けるようにしてください」


「これから自分がどうなるのかいまいち分からないんだけど、僕にこれを直接返せる機会ってくるかな?」


「……友人の方に聞いてないんですか?」


「聞いてない。あの子おっちょこちょいな所あるから……」


 一人で早とちりしたり正体ばらしちゃいけないのに正体ばらしたりね。傍目で見ていただけだがかなり危なっかしかったよ。あれはあれで優秀なんだろうけど……


 まぁ、いくら何でも僕が勝手に保証人に仕立て上げる事まで予測する事は出来ないだろうし、彼女がその件について触れなかったのも当然と言えば当然だけど。出来れば事前に電話とかで一回連絡取りたいなあ。お詫びもかねてさ。お礼ももっとちゃんと言いたいし……


「これから老さんには、審判を受けて頂きます。別室で大審判官の方一名が貴方と一対一で向かい合い、その前科を詳しく抽出します。老さんにも黙秘権はありますが、偽証は不可能だと思ってください。そして、そこで明らかになった罪科によって償い――受けなければならない責め苦とその時間が算出されるのですが、今回は保証人がいるので行わなければならない善行の量として算出されます。この際、もし希望があれば善行と責め苦で分割して支払う形式にするという方法もあります。また、残った罪科はいつでも支払い形式を変更する事が出来るので、もし希望がある場合はお近くの審判課の職員までお問い合わせ下さい」


 なるほど……いつでも変更する事が出来るのか……。

 しかし、善行よりも責め苦を選ぶ人っているのかな? まぁそういう人は保証人がいないんだろうけど……


「善行積立制度を選ばれた死者の方は、善行を行う事によりその罪科を減らす事ができます。利用されない方は、幽界庁がその監督責任者となり、責め苦を受けていない間は地下官房に軟禁される事になり、様々な制約が課されますが、善行積立を選ばれた方は基本的に地下官房には収容されません。保証人が監督責任者となるため、基本的に保証人の方に全てお任せする事になります。選挙や運転免許などの一部の資格取得には制約がつきますが、それ以外での制約はほぼありません。この辺りは、前科が決まり次第渡される冊子に詳しく書かれているのでその辺りを参照下さい。また、わからない事がありましたら冊子の裏表紙に書いてある電話番号までお電話ください」



 え? ちょっと待った。


 思考が一瞬停止しかける。


 面倒くさくてちょっと聞き流しちゃったんだけど、よく考えてみるとその内容だと保証人の意味が地上とはかなり違うんじゃ……


 全て保証人の方にお任せって……やる気ないにもほどがあるでしょ。責任とかそういう問題じゃないよ。このままじゃ僕はどう考えても宇楠ちゃんのヒモ的な立場になってしまう。いくらなんでも長時間あったばかりの子の厄介になるというのは勘弁してほしい。


 僕は、違っていてほしいという祈りを込めて確認を取る。


「それって、保証人の人に衣食住も世話してもらう必要があるってこと?」


「一概にはそうとは言えませんが、大体の場合そのようになるケースが多いですね」


「……補助金が出るとかないの?」


「一切補助金はでません。基本的に、この制度は保証人側の意向を組んだ内容となっており、死者の方の権利が制限されない代わりにその資金については保証人側が負担する事になっております」


 さすがにまずいかな。僕にも一応良心というものがある。

 返せる当てのない資金を赤の他人同然の人間にだして貰うのは完全にアウトだ。法律が許しても僕のポリシーが許さない。水一本分程度ならまだ良心も痛まないんだけどね。

 こりゃ諦めたほうがいいかもなぁ。んー……


 受付の下に張られている飲酒運転防止のポスターを眺めながら悩む。車じゃなくて空飛ぶ絨毯だけどね。


「やっぱりそれって負担になるよね?」


「……殆どの場合大きな負担となります。善行を積む際、保証人がその側で監督しなければならないという制約もありますので、仕事をなさっている方だとつらくなるようです。そのため、善行積立制度を利用する方はそれほどいません。保証人がまず見つからないようです」


「なるほど……でも身分証明書だけでいいんだよね?」


「身分証明書をまず悪人……失礼しました、前科持ちの死人に預ける勇気がある人は少ないでしょう。財布も兼ねていますから……」


 ごもっともな話だった。

 泥棒にキャッシュカードを預ける人なんて普通いない。僕はお金には頓着しない方だけど、僕でも預けない。この世界の保証人は、現実世界での借金の連帯保証人以上にリスキーだ。


 職員さんは、もう質問はないと思ったのか、締めに入った。


 んー……そうだね。あれにしよう。


「老さんは保証人の方に感謝した方がいいでしょう。そして、一刻も早く善行を積んで罪を償ってください。それが保証人になる方への最大の恩返しとなるでしょう」


「保証人って今から取り消せる?」


「え?」


 今までほとんど表情を変えず話していた職員さんが、口を大きく開けたまま固まる。そんな驚いた顔されても……


 よく考えてみたけど、やっぱりこの制度を利用するのはまずい。宇楠ちゃんに迷惑をかける。保証人の意味が僕の予想とは違った。これは僕のポリシーに反する行いだ。


 そもそも、気絶してしまった所を助けてもらい、その上優先券までだしてもらった宇楠ちゃんには大きな借りがある。

 だからこそ、負担の大きい保証人になってもらうわけには行かない。話を聞く限りでは、この世界の保証人は罪人と一蓮托生だ。金銭面での負担の他、行動面に置いても重要な部分で監督して――すぐ側で見ててもらわなければならないなんて、迷惑にも程がある。重すぎる。背負ってもらうには重すぎる。まして、許可があるならともかく今回は全くの勝手だからねえ。


 僕は寄生虫になるつもりはないよ?


 寄生虫になるくらいなら善行よりも責め苦を選んだ方がまだマシだ。それが、宇楠ちゃんへの善行になると考えればいい。もともと痛みにはけっこう強い方なんだよ、僕。


「……取り消しは可能ですが、善行積立制度は利用できなくなりますがよろしいですか?」


「構わないよ。知らなかった……こんなに負担が重いなんてね。これはない」


「……珍しい方ですね。許可を貰って身分証まで託されるほど信頼されているのに取り消すなんて……この職について初めて見ましたよ、そんな馬鹿」


 目尻に皺を寄せ、難しい顔で呟く職員さん。その目は、今まさに書いたばかりの書類、保証人の部分に投げかけられている。

 わかってないねえ。


「許可をもらってるとかは関係ないよ。僕は彼女に十分お世話になったからね。それだけでもかなり恩を返すのが大変だっていうのに、これ以上借りをつくっちゃたまらないよ。そんな重い物僕には背負えない」


 まぁ前提として許可もらってないんだけど……

 

「本当によろしいのですか? 保証人の方も貴方を背負う覚悟は既に決めていると思うのですが」


「決意が鈍る前にやっちゃってよ」


「……わかりました」


 書く時は時間がかかったけど、消す時はあっという間らしい。すぐに、保証人欄が☓で上書きされた書類が返されてきた。

 ちょっと減って返ってきた書類をまとめて封筒に入れる。なんかまだあまり動いてないのに妙に疲れたな。


 さて……次は大審判官だっけ? 


「では、書類を持って廊下を出てすぐ左の部屋に入室してください。審判自体は数十分で終わると思います」


 数十分ねえ。思ったよりも時間がかかるな。それだけ色々やるってことなんだろうけど。


 前科……あまり酷い事はやった覚えはないけど、気づいてないだけでかなりあるんだろうなあ。直接人殺した事はないけど、間接的になら腐るほど死んでるんだろうし、そもそもこの隕石が僕が原因だったらそれだけで相当な数の人を殺している事になる。気づかぬうちに。……あ、でも多分僕が死んだ後だから罪は掛からないかもしれないね。どうやって測るのかは知らないけど。


「ん……ありがと。あ、悪いんだけどこれついでに返しといてくれる? 僕もう宇楠ちゃんと会えないかもしれないし」


 ふと大事なことを思い出し、ポケットから身分証明書を出してデスクに置いた。水代使っちゃったけどその分は許してくれるよね多分。いつか利子付けて返そう……可能ならだけど。


「わかりました、届けておきます」


「ありがとう、感謝するよ」


 これで思い残す事はないかな。後は前科がどうなっているのか確かめるだけだ。責め苦が怖いとか関係なくて、低かったらいいんだけどねえ。僕がそれほど地球で迷惑かけてなかったって事になるし。

 そんな事考えながらふと前を向くと、もう役目を終えたはずの職員さんと目があった。なんか言いたそうな顔だ。


「まだ何かあった?」


「いえ……本当に後悔しないのかな……と」


「もしかしたら罪を償っている間に何回も後悔はするかもしれないね。でも後悔してもいいんだ。百回後悔したって彼女に迷惑は掛からないからね。もう身分証もないし、芽は摘んだ。僕は業火の中で魂が焦がれるくらい後悔する事にするよ」


「……そこまでの覚悟があるならもう何もいいませんが。老さん面白いですね。どうしてここに来たのかわからない。見る限り、老さんは気味が悪いほど善人に見えます」


 いきなり饒舌になったな。書類申請の受理という責務が終わったからかな? 地上では業務時間が終わるまでが業務なんだけど……


 僕は今更、職員さんの顔を見た。胸につけられているネームプレートにはアリシー・ウォークスと書かれている。外人さんかな? 日本語違和感ないし冥界にそういう区分があるのかは知らないけど……綺麗なブロンドの髪と碧眼を見るからには地上で行ったら西洋系の人種だね。


「それを今から確かめに行くんだよ。まぁ自発的に悪事を働いた覚えはないけど、そういうの自分ではわからないものだろうしね」


「そうですね……確かにそうかもしれません。まぁそれでも凶悪犯には見えませんが……」


「そりゃありがたいね。プロの目から見てそう見えるなら本当にそうかもしれないし」


 ちょっと元気が出た。


 しかし、アリシーちゃんはまだ何か言う事があるらしく、ちょいちょいとこちらを手招きした。

 なんだろう、と近づくと、きょろきょろ辺りを見回し、誰も見ていない事を確認した後声を潜めて話を続ける。


「実はここだけの話、今冥界の死者の量は飽和しています。つい先日、地表に隕石が衝突して大量の死者が出たらしく、団体さんが送られてきて、責め苦の施設も全施設十年先まで予約がいっぱいで、死人の方々は官房に寿司詰め状態っていうもっぱらの噂です。今老さん以外誰もここにいないでしょ? 返霊の儀式の時点で止まっている死者の方が大量にいるんですよ。返霊は専門の技術者が数時間かけて行うものだし、その他の人員も全く人手が足りず、おまけに官房にもスペースがないらしいです。どうやらちょっと余裕が出るまで死者の方々は返霊の所で止めておくとか……」


 何故かこっそりと面白い情報を教えてくれる職員さん。それって秘密じゃないの?


 思い切り顔を近づけてくるので、なんか髪から甘い香水の匂いが薄く漂ってきてちょっと落ち着かない。


 しかし、その話から考えると本当に僕がここまでこれたのはラッキーだったのだろう。あのまま行列に並んでたらここまで来るのに何年掛かっていたか……返霊の儀式まで終わらせてくれた宇楠ちゃんにはもう頭が上がらないね。次会ったら土下座するしかない。僕の鍛えた土下座スキルの見せどころが初めてくるか。


「なるほど……人手と場所不足か。なんか地上と変わらないね。もう第二地上とか名乗ればいいのに。で、何でそんな事を僕に?」


 アリシーさんが、僕の問いににこりと笑う。花が開くような、とまではいかないけど可憐な笑みだ。何か企んでいるかのように口元がひくひくしている事を除けばだけど。


「退屈だった時に面白い物を見せてくれたからです。老さん、賭けをしませんか?」


「賭け?」


 何を言ってるんだこの職員さんは。仕事中に賭けをする人なんて見たことないよ。

 大体僕は……


「でも僕何も賭ける物持ってないんだけど?」


「賭け、というか提案ですね。老さん――」


 そして、アリシーさんは、指を一本ピンと立ててはっきりと言った。


「私は貴方は善人だと思う。だから、もし罪科がCクラス以下なら私が老さんの保証人になってあげますよ」


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