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冥獄の国  作者: 槻影
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第一話:生前の事を思い返すと

 生前の事を思い返すと、僕、死桜院老の人生はどうしてなかなかやっぱり恵まれていたと思う。だけど、幸せだったかというと、それは断じて否、とはっきり断言出来る辺りどうしてなかなか僕の人生も複雑怪奇なものだったと言えるだろう。


 『死桜院』なんて物騒な名前を持って生まれたがなるべく善人であろうと幼い頃から自分を律し続けた僕は結局大して人を助ける事も出来ず、それどころか助けることができた数のその十倍を遙か超える人々に迷惑をかけて――そして死んだ。


 哀しい事だが、これはこれで僕にとってはハッピーエンドに限りなく近い。何たって、死桜院の家系は近隣住民はもちろん世界の裏側にいる皆様にまでに莫大なる迷惑をかけて生きているという迷惑きわまりない家系だったからだ。そして、捨て子だったとかそういう特別な事情を残念ながら何も持っていなかった僕は間違いなくその血筋を引いていたのである。


 当初は周囲に迷惑をかける程度だったのだが、歳を経る毎にだんだんその範囲が広がっていき、父上にもう何もやらずにじっとしていてくれと泣いて謝られたのがつい昨日の話。そして、あーあー僕はもう存在価値がないんだ、隕石でも落ちてきて死なないかなーとか思ってたらいつの間にかここにいた。死の瞬間は覚えていないが、案外こんな物なのかもしれない。




 そんな僕の目下の悩み事は、どうやら死には先があるという驚愕の新事実だった。


 何故分かるかって?


 頭に三角形付けた骸骨の列に今現在進行中で並んでいるからだ。恐らくここが音に聞く地獄という奴なのだろう。


 辺りに広がるのは、暗い暗い空、真っ赤に輝く満月の下、黒々とした葉を茂らせた薄暗い森、そこを綺麗に列になって歩く灰色の骸骨の列。


 風景自体は、ちょっと暗い森の中といった感じでおどろおどろしい雰囲気はしているものの、僕の今まで持っていたイメージとはちょっと違ったが、ここが地獄じゃなかったらなんて表現すればいい? 少なくとも天国ではないでしょ。断じて悪気はなかったとは言え、結果的に僕は結構な人数の人間に迷惑をかけていたから、死後に天国に行けるわけがないの。ちょっと自分でいってて悲しくなるけど人生こんなもんなんだろうね。


 しかし、それにしてもこの光景はなかなか壮観だ。


 一糸乱れぬ骸骨の行進なんてそうそう見ることはできないだろう。


 しかも、それぞれの骸骨はじーっと見ていると何だか人間の姿が浮かんできたりする。生前の姿だろうか? それがなかなか面白い。大体は強面のおじさんだったが、稀に妙齢の美女がいたりして、一体何の罪を犯したのかなーとか想像したりしてるとずっと行進するのも全然苦じゃなかった。


 死んでいるからか、お腹も空かないし食べなくていいから当然排泄も必要ない。眠くもならないし、当然性欲なんてものもかけらも感じ無い。おまけに疲れない。ある意味とても快適だ。


 僕はこの列に先に何があるのか知らないから、歩かなくてもいいといえば歩かなくてもいいのかもしれないけど、後ろからも前からも骸骨がきているのでそれに反抗するのもなんなんだ、って気になってくる。横に飛べば何とか抜ける事も出来るんだろうなーとか思ってもみるけど、生前散々迷惑をかけたのに死後の世界でまで人に迷惑をかけるのもどうだろう、人じゃないけど、なんて考えると僕には従うしか道はなかった。




 でも、やっぱりやっぱり時間は貴重なものだ。


 骸骨の行列も、壮観とは言え長い時間見ていると飽きてくる。骸骨の生前を思い浮かべるのもそれはそれで楽しかったけど、生涯の趣味に出来るレベルの上等な趣味というわけでもない。



 そんな事思い始めたのは、前方を行く骸骨と後方に並ぶ骸骨、見える範囲の全ての骸骨の人生をそれぞれ20通りほど想像した後の事だった。これでも頑張ったんだけど、ほらやっぱり皆当然悪人だろうから、その生前の功績を思い浮かべるのにも限界があるのだ。まさかここの列に人を一度も殴った事がないような聖人なんているわけがない。人のバリュエーションがもうちょっとあったらよかったんだけど、ないものねだりをしてもしょうが無い。


 となると、今度は気になるのはこの列の先の事だ。一体何があるのだろう?


 地獄の定番で針の山? 血の池? まさか団体様ごあんなーいなんて歓迎してくれるわけはないよね? それに針の山や血の池が果たして骸骨に通じるのかっていったらどうなんだろう?


 前の骸骨や後ろの骸骨に質問しようとか一瞬思ったけど、それも結局断念せざるを得なかった。


 きっと前後に並んでる人(骸骨)達も事情は知らないだろうとか、そんな事を考えたからじゃない。簡単な話声が出なかったからだ。そりゃそうだよね。骸骨に声帯ないもん。口を開けてもカタカタとしか言わないし、相手がカタカタいってきても僕には相手が何をいってるか判断出来る自信はちょっとない。


 こりゃ思った以上にシビアな行軍だなー……もしかしたら目的もなく地獄を永遠にさ迷い続ける事こそが悪人に課せられた罰なのかもしれないなーとか延々と同じように見える道を歩きながら考える事500回、そこで初めて状況に変化が起きた。


 前の骸骨が立ち止まって、急に後ろを向いてきたのだ。


 そして、その骨のような細い指につまんだペラペラの紙をこちらに渡してきた。突然の事で反応が遅れちゃって、気づいたときには何事もなかったように行軍が再開してたけど、僕の手の中には十平方センチ位の四角形の紙が残っていた。


『1262394331』


 紙にはその数字の羅列のみ。

 でも、その数字だけで十分だった。僕だって馬鹿じゃない。

 無意識の内に一番上の紙をとって、同じように後ろの骸骨に残りの束を渡す。

 そして、残った手の上の紙をそーっとつまみ上げた。

 これ見たことあるよ。うん、生前見たことある。あまり貰う事なかったからたまにだけどさ。これってあれだよね。




 整理券




 えっと……いちじゅうひゃくせんまん……ははは十億二千万番目かー十億もあれば一生安泰って……




 ないないないない


 ありえないよ。だってさ、全世界の人口でおよそ60億でしょ? この紙の数はそのおよそ六分の一で、そして僕の後ろには途切れなく骸骨が続いてる。


 そりゃこれだけ多ければ配られてくる間に少しは処理されてるんだろうけど十億番目って事は人気のラーメン屋の行列なんてレベルじゃない。並ばないと食べられない人気のラーメン屋が100件あっても全然足りないよ。


 終わりがあるって解っただけまだいいかもしれないけど、これは酷い。だって、これってこの行列にぼーっと並び続けるのがしばらくは続くってことだ。具体的に数字が出てきたからこそ我慢がならない。死んだ後くらいさっさと安らかに眠らせて欲しいよ本当に。もしかしたら生前生きていた時間より長くなるんじゃない?


 僕はもう、その時点で真面目に列にならぶのが嫌になってしまった。もともと死桜院てそういう家系なんだ。並ぶのなんて真っ平御免。死桜院の直系13人の中には先頭に立つのが自分じゃないなら列を崩してしまえなんて自分勝手な人間さえいる。僕は自称そこまでは酷くはないはずだけど、それでも10億なんて規格外れの数を言われると、どんな人間でも真面目に並ぶの辞めたくなるんじゃない?


 まあ整理券なんてものが配られている以上、列から外れて先頭にいっても門前払いされる可能性が高いけど、それでも方法はある。


 券を交換すればいいんだ。


 別に券に名前が書いてあるわけじゃないし、きっとバレないだろう。そうだ、交換しよう。ちょっと位、順番が遅くなっても怒る人はいないよね。


 僕は前の人(骸骨)の肩を叩こうとして――ふと思った。一個くらい順番が上がったって大して変わらないし、次々前の人(骸骨)と券を交換していくのもそりゃ一つの方法だけど――時間がかかる。


 これって本末転倒じゃない? 券を取り替えるのにちょっと時間が掛かるだろうから、列を乱すことにもなるかもしれない。それは規律の乱れを好まない僕の流儀に反する。かといって僕は並びたくない。これはあれだよあれあれ。



 先頭近くの人と交換すればいいんだ。




 それなら、僕は一回の交換で大丈夫だし、列も乱れない。唯一僕が交換した人(骸骨)は門前払いくらうかあるいは整理券の順番が来るまで待たされる事になるだろうけど、それはしょうが無い事だよね。ちょっと悪いかなーとは思うけど、歩かなくていいなら寝て待っていればいいんだ。眠くならないってのは寝れないって事じゃない。



 僕は優柔不断だから、決めたらすぐに実行しないと覚悟が無駄になってしまう。


 タイミングを見計らって、さっと横に抜けた。僕の後ろを歩いていた骸骨は一瞬こちらを見たけど、我関せずと言った態度で僕が抜けて開いた一人分の穴を詰めた。


 なるほど……抜けたらこうなるのかーってそんな事言ってる場合じゃない。そんな事をいっている間にも、行列は着々と前に進んでいる。急がないと、逆に遅くなっちゃうよ。


 何しろ十億の列だから、先頭に走って追いつくのも並大抵の事じゃない。そして、僕はマラソンが三度の飯より嫌いだなんだ。生前も身体を動かすのはとことん苦手だったからね。といっても、決して頭を動かすのが得意だったって訳じゃないけど……人間それだけじゃないもんねえ。


 でもそんな運動が苦手な僕でも大丈夫、今の僕は骨と皮のようなもの……じゃなくて骨だ。正真正銘の骨だけだ。筋肉に疲労がたまるわけがないし、実際結構な距離歩いたけど全然疲れてない。今なら何十時間だって走れるだろう。


 片膝を付けて前を見る。クラウチングスタートの構え。問題は道が悪くぐにゃぐにゃ曲がってる上に骸骨が中央を独占しているせいで普通の百メートル走のようには行かない事だけど、まあどうせ死んだんだしこの際木に頭をぶつけて死んでも悔いはない。


 どうせやるならスタートだけでも勢い良くやろう。


 実は、クラウチングスタートなんて高校の時授業でやったっきりだからあまり覚えてないんだけど、形だけだから適当でもいい。

 僕は、出来るだけ大きな声で合図を出した。




「カタカタ!(スタート!)」




 そして、スタートした直後すぐ前にあった木にぶつかって僕は綺麗に気絶した。

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