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憂い
雨の夜だった。
街灯の下だけが、かろうじて世界を保っている。
ひたひたと足元を濡らす音。
冷えた空気が、肺の奥に沈む。
猫がいた。
濡れた毛並みの奥で、何かが揺れている。
「死んだ君に似ている。」
声は雨に溶け、
瞬きのあいだに猫は消えた。
また、いなくなるのか。
部屋に戻る。
壁に揺れる影は、ひとつ分しかない。
机には無数の吸殻。
時間の形をした灰が、静かに積もっている。
濡れたままベッドに倒れ込む。
夜は長い。
目を開けると、窓の外が白んでいる。
遠くで子どもの声が弾けた。
朝なのだと知る。
ポストに封筒が一通。
差出人は、君。
しばらく触れられずにいた。
封の重みだけが、やけに確かだった。
「今までこの子を想ってくれてありがとう。」
あの日、病室で。
君の両親は震える声でそう言った。
白い手を握る。
絹のようで、氷のようだった。
握ったはずの温度は、指先をすり抜けた。
あの日から、私の手は冷たい。
震える指で、封を切る。
便箋の文字は、少しだけ滲んでいた。
「あなたの明日を、止めたくなかった。」
たった一行が、胸の奥へ落ちる。
コップの水が倒れ、
机の上に小さな海が広がった。
朝日が差し込む。
子どもの笑い声が、はっきりと聞こえる。
世界は、もう次の時間へ進んでいる。
足元に影が伸びる。
私は立ち尽くしたまま、
私だけが、
まだ昨日に立っている。




