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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

自爆で全方位を曇らせて世界平和に導いたおバカ

作者: ニル
掲載日:2026/02/22

 ディルハート・ストロング。

 グリモリトル魔法学校1年生。13歳。


 学園始まって以来の問題児として名を馳せる彼女は、赤点補習の教室で思い詰めていた。


「ひ、ひひ……。実習、無理。課外活動、もっと無理。このままじゃボク、留年しちゃう。ひ、ひひ……」


 彼女が使える魔法の幅は、広くない。回復と転移。そして、秘密の魔法……「自爆」。これだけ。

 この国のカリキュラムに記載されている火・水・土・風の属性魔法は、まったく使えない。習い立ての10歳でも使える初級魔法さえ使えない。


 制度上、属性魔法を避けては通れない。特例で見逃してもらうわけにもいかず、数日後には退学処分だ。


「ろ、ロウソク、つきました?」

「全然ダメです。この際、火をつけろとは言いませんから……せめて熱を持たせるくらいはしてください」

「ひひ、ひひ……ダメだぁ、もうおしまいだぁ!」

「ミス・ストロング。落ち着きなさい」


 補習を任された厳格な女教師は、分厚いメガネをクイッと持ち上げる。


 教師たちはディルハートを憐れんでいる。

 彼女が得意とする、回復と転移の魔法は有用だ。使い手が限られている。どうにか別の学校、あるいは必要な職場で拾われるよう、教師たちも出来る範囲で手を尽くしている。

 そのうち小さな教会にでも勤め先を用意できるだろう。問題は、ディルハートの両親が厄介な思想を持っていることか。


 ストロング家は王族の調度品さえ仕入れる大富豪であり、傍流を含め複数の貴族位を持つ。

 家としての品格を維持するため、落ちこぼれには容赦しない。学校から落ちた先は、きっと愚にもつかない縁談。民衆への奉仕ではなく、有力者への媚びへつらい。


「もういっそ……()()()()()()()()


 追い詰められたディルハートは、一か八かの計画を実行に移す。

 彼女にできるのは、ただひとつ。隠してきた、最後の切り札。自爆である。


「うおおおおおっ!!」


 ディルハートは異常とも言える勢いで魔力を溜める。

 試験に合格するためではない。

 ままならない世界から逃げるためだ。


「ミス・ストロング!?」


 教師の前で四白眼を晒し、半ば泡を吹くように叫ぶ。


「こんな人生、クソくらえ!!!」


 人生最大の自爆魔法は、教室とロウソクとテスト用紙を吹き飛ばし、ディルハート自身をも粉々にした。


 ——学園始まって以来の大惨事。令嬢爆発事件。

 葬儀は開かれず、ストロング家は小さな墓に唾をかけて去って行った。


 ——その1週間後。

 ディルハート・ストロングは国の北方にて蘇生する。


「脱出成功っ!!」


 首だけになって数十キロを飛行し、通りすがりの霊場から魔力を吸収して回復魔法を発動。転移魔法の連続発動で落下のエネルギーを少しずつ減らし、着地。


 得意魔法に関しては、ディルハートは天才であった。


「よっしゃあ! ボク様を評価しない学校なんか知ーらないっ!!」


 こうして、彼女は長年の夢である家出を果たした。


 〜〜〜〜〜


 女教師レイチェルは、後悔していた。


 絶望と狂気に染まり、目の前で散っていた若き天才。

 まだ13歳だというのに、どれほどの地獄を見てきたのか。彼女は入学した時から、どこか生気がなかった。

 自分の命など、虫ケラ以下。そう思い込んでいるかのような、自虐的で破滅的な態度。

 ガリガリに痩せた体。ボサボサの髪。化粧を知らない肌は、若さだけで見てくれを保っている。整えれば美人になるだろうに。


 そんな彼女は、レイチェルの目の前で死んだ。

 肉と骨が散らばり、血煙を撒き散らし、四方の壁を汚した。教師であるレイチェルに配慮したのか、教室の前方にはあまり飛ばなかったが……それでも、尻餅をつかせるくらいの威力はあった。


 魔法の才能。豊富な魔力と、それをぶちまける出力。ディルハートは、それを自害に使ったのだ。


 ——レイチェルは、1週間寝込んだ。心労によるものだ。


 自分がもう少し優しく接していれば。もう少し言葉に気をつけていれば。

 彼女が死を選ぶことはなかったかもしれない。


 レイチェルは厳格だが、決して若い芽を潰したいわけではなかった。生徒に強く当たるのも、笑顔を向けさえしないのも、全ては努力を引き出すため。

 嫌われても構わない。見返すためでも、意地を張るためでも、とにかく勉学に励んでくれればよかったのだ。


 しかし、ディルハートは事情が違っていた。彼女は既に努力していた。努力しても、何故だか魔法が身につかなかった。

 それでもレイチェルは、他の教え方を知らなかった。厳しく接するほかなかった。担任も補習も、他の優しい教師に代わってほしかった。

 レイチェル先生でダメなら、誰がやっても無理でしょう。そう言われ、どうにもうまく言い返せないまま、受け持ってしまった。


 その結果が、これだ。後悔してもしきれない。


 ——レイチェルに登校命令の手紙が来る。

 自宅での事情聴取を除き、人と話すのはずいぶんと久しぶりだ。教師として、あれだけ熱心に教鞭を奮っていたというのに。


「私には、どんな処分が降るのでしょう」


 校長室にて、彼女は澱んだ瞳を床に落とす。

 ディルハートの自爆は、メガネを拭いている間だった。そもそも、あんなことができるとは知らなかった。止められなかった。

 とはいえ、それは言い訳にならない。教師たるもの、監督責任というものがある。自分は教師失格だ。法が許すなら、死んで詫びるべきだ。


 自責の念に駆られる彼女に、校長は告げる。


「ストロング家からのお達しだ。もみ消せ、と」

「まさか私は……裁いてすらもらえないのですか!?」


 レイチェルは絶望し、深い隈の刻まれた顔を歪ませる。


 法の前に曝されることさえなく、レイチェルの罪は覆い隠された。

 若き才能を潰してしまったというのに。人の命を奪ってしまったというのに。


「あ、ああ……」


 レイチェルは教壇から降りることを決意する。

 誰も知らない土地で、静かに自害しよう。


 しかし、レイチェルも才能溢れる魔法使い。魔法は個人の才能に強く依存するため、有能な者を腐らせている余裕はない。

 国の上層部から人が来て、レイチェルを拘束する。


「働け。せめて、魔法を出す機械として」

「…………。」


 レイチェルは死体のような目で、国のために尽くすこととなる。


 〜〜〜〜〜


 1ヶ月後のディルハートは、冒険者として巨大なる悪魔に挑んでいた。


「無事か、ディル!」


 隣に立つのは、魔法使いの青年。長い青髪が風に揺れている。

 前にいる2名は、勇者を名乗る少年と、鎧を装備した女戦士。

 しかし、いずれも重傷だ。


「街の近くで、こんな大物と当たるなんて。聞いてない。聞いてないぞ……!」

「弱音を吐くな! 魔法で援護を……」

「ひ、ひひ……。ボク、今、震えてるよぉ……」


 ディルハートのそれは、他の者とは違う。

 興奮だ。物語のような大舞台に立っているからだ。


 ——こうなった経緯は、実に単純。

 ディルハートは回復魔法で日銭を稼ぎつつ、冒険者ギルドに身を寄せる。

 やがて魔法の才能を評価され、現在のパーティに。

 何回か冒険を重ね、すっかり意気投合したところで、今に至る。


「こいつで、どうだ!!」


 筋骨隆々とした女戦士は、肩の上からハンマーを振る。

 大ぶりだが、技巧に長けた一撃。猿のような悪魔の顔を、正確に撃ち抜く。


 しかし、悪魔は動じない。あざけるように笑いながら、指先でハンマーの柄をへし折る。


「なっ!」


 生き物としての格が違う。いくら体を鍛え上げたとしても、あるいはいくら技巧を磨いたとしても……人間程度で勝てる相手ではない。


 女戦士は動揺し、数歩下がる。

 折れたのは武器だけではないようだ。


 直後、悪魔は疾走する。


「ひっ!? 『土の……」


 青髪の青年は魔法を唱えようとして、噛む。初動の遅れと合わせて、もはや取り返しがつかない。


 悪魔が狙ったのは、回復魔法を持つディルハート。狡猾にも、生命線を断ちにきたのだ。


「ぐぶっ!?」


 ディルハートの細い胴に、悪魔の長い右腕が刺さる。左腕は彼女の喉に。詠唱を塞いでいる。


「ディル!!」


 自称勇者の少年は、目を見開いて絶叫する。リーダーでありながら悪魔の不意打ちでやられてしまい、芋虫のように地を張っている。


 絶体絶命。

 ディルハートは、むしろ微笑む。


 短い付き合いだったが、ちょうどいい。青髪がストロング家に覚えがあるようなので、事情を知られる前に離れたいと思っていたのだ。


「(ふ、ふふ……ボクなんか、どうせ……これくらいしかできないし)」


 集中する魔力。悪魔さえ目を剥く輝きは、太陽のように強く色濃く……。


 ディルハートは自爆した。

 悪魔と共に塵となり、跡形もなく消し飛んだ。


 〜〜〜〜〜


「あ、あ…………」


 何分が経過しただろうか。

 呆然としていた勇者たちは、ようやく我に帰る。


「ディ……ル……?」


 口を開けたまま動かない勇者。両膝を地に落とす戦士。

 そして……錯乱する魔法使い。


「あああああ゛あ゛あ゛!!!」


 青年は青髪を振り乱し、地面に吸われていく血液を手でかき集めようとする。


「誰か、誰か!! 医者を……回復を! ディルが、ディルが死んでしまう!」


 もう死んでいる。残っているのは、骨のかけらだけ。それも、骨盤などの分厚かった部位くらいだ。


 肉も神経も内臓も、悪魔と混ざって消え去った。最高位の回復魔法をかけたとしても、どうにもならない。


 青髪の彼は、それを理解している。彼は魔法学校を主席で卒業した秀才だからだ。

 それでも、現実を認めたくなかった。


「ディルは、こんなとこで死んじゃいけないんだ!」


 切なる願い。1ヶ月弱の付き合いの者に向ける感情ではない。


 彼は魔法学校の評価基準に疑問を抱いていた。属性魔法を重視するあまり、他の魔法の発展が遅れている。そんな仕組みを変えたいと願い、冒険者を志した。


 属性魔法で大成できなかった魔法使いは、規格化された魔法工房では働けない。ある者は魔法を捨てて生き、ある者は可能性を信じて半端者としてもがき、ある者は必要とされることを求めて冒険者となる。

 冒険者ギルドには、知見の積み重ねが薄い、奇妙で貴重な魔法の使い手が山ほどいた。青年は彼らを調査し、その有用性を証明するつもりでいた。


 そんな中出会ったのが、ディルハート。時代と制度の被害者。規格外の回復魔法と、そこそこの転移魔法を持つ少女。

 回復魔法は極めて有用だが、人体実験や解剖が禁忌とされていた時代が長く、未だ研究が進んでいない。効き目は個人の実力に依存しており、体系化されていない。


 稀有な才能を活かすため。未来の医療を守るため。そして何より、忌まわしき伝統を破壊するため。彼はディルハートを大切にしていた。


 彼にとって、ディルハートは守るべき未来であり、築き上げてきた思想そのものであった。


「今からでも遅くない。遅くないはずだ。回復魔法の可能性を、守らなくては……」


 肉片のように見える赤色を、手で掬う青年。


「…………。」


 女戦士が彼に近寄り、肩を揺さぶる。


「集めて、どうすんだ」

「治す。治して……とにかく、治す」

「無理だ。わかるだろ?」


 青年から全ての気力が抜けた。

 彼は地面にうずくまり、嗚咽を漏らす。


「う、うう……」

「悪いのは、お前じゃない。あたしだ……。全部、守りきれなかった、あたしのせいなんだ」


 女戦士は、折れたハンマーをぶら下げている。


 前線に立つ彼女の役割は、その腕力で後衛を守ること。強力な一撃で敵意を集め、悪魔を食い止め、危険を引き受けること。

 それを果たせなかった。武器が折れた程度で、怯んでしまった。怖気付いて、下がってしまった。戦士失格だ。


「あたしは……誰も守れないんだ……」


 女戦士は妹を亡くしていた。妹は内気だったが、村で一番の裁縫上手だった。助けを呼びながら魔物に食われ、姉の目の前で息絶えた。

 木の棒で魔物を倒した姉は、やがて女戦士になった。その時の思い出は、魔物から受けた古傷と、妹が編んだ小さなお守り。


 ディルハートは、妹に似ていた。会話が苦手で、引っ込み思案。背格好も歳の頃も、だいたい同じ。これからもっともっと、仲良くなれたはずだ。


「守れない。誰も、守れない。守れないぃぃ……」


 女戦士は歯を食いしばる。強く、強く。血が滲むほどに。

 ハンマーが手から落ち、鈍い音を立てる。女戦士の姿勢も崩れ、上体が地面に叩きつけられる。


「ディル……! ごめん。ごめんよ。あたし、もうこれ以上……立ってらんねえよお……」


 嘆く。嘆く。雪が降り始める中、己の無力を嘆く。


 ——勇者だけは、木にもたれかかったまま、周囲の警戒を続けている。


「…………。」


 ディルハートより僅かに年上なだけの彼。親元で育てられるべき少年。何故、まだ庇護下にあるべき子供が勇者を名乗っているのか。


 選ばれたからだ。教会に。

 回復魔法を筆頭とする一部の魔法を、神の奇跡と呼んで神聖視する集団に。


 ……勇者は魔物や悪魔を祓う運命を持つとされている。何によって判断しているのか、少年にはわからない。

 しかし、教会には確信があるらしい。秘宝とされる剣と盾を少年に譲り、各地の教会による無償の回復などのサポートをしている。単なる予想ではできないことだ。


 少年は教会を頼りにしていた。日々の記録を提出し、時には祈り、彼らを生活の支柱としていた。

 その恩恵に報いるため、やがては魔王という存在を倒せるように、仲間を探しながら経験を積む。それが少年の歩む旅路だった。


 ……ディルハートは、回復魔法の使い手だ。教会でも見たことがないほどの。

 彼女は食うに困っていた。冒険者になる前、彼女は道端で回復業をしていた。あのまま放っておいたら教会と衝突しかねないため……そして自らの好奇心を満たすため、少年はディルハートをパーティに加えた。


 ディルハートはすぐに馴染んだ。

 低姿勢で、学びに貪欲。苦難さえも楽しむ性格。体力以外は、理想的な仲間だった。信仰心はまるで無いようだが、どこか教会の者たちに似ていた。


 勇者はディルハートと、もっと仲良くなりたいとと思った。共に冒険に出かけるたび、興味が膨れ上がっていった。

 勇者は小さな村の出身だ。ディルハートも同じだろうか。もっともっと、彼女を知りたい。


 ……それはもう、叶わない夢。


「人って、死ぬんだな……」


 勇者が仲間を失うのは、これが初めてだ。

 教会の中で、あるいは冒険の中で、死体を見ることはよくあった。しかし彼らは死体として現れ、死体として処理されていた。

 生きた人間が死に至る。友の少女が無に還る。そんな惨たらしい光景が、少年の瞼に焼きついてしまった。


 勇者は盾を撫で、雪を払う。

 悪魔の攻撃を受け止めながら、傷の一つも見当たらない。先の戦いで傷んだのは、裏で支える勇者の体だけ。


「もっと、強くならなきゃ」


 教会の求める……世界の求める勇者に、まだ到達できていない。今の自分は、肩書きだけだ。


 少年はディルハートという少女を忘れないよう、目を閉じて面影を確かめる。

 不器用な笑顔。弱々しい声。何かに怯えるような、常に丸まった背中。


 守るべき命とは、彼女のことだ。


「強くなって……守るんだ」


 今は混乱している仲間たち。彼らもきっと、乗り越えてくれる。悲しみを背負えるくらい、強くなってくれる。そう信じる。


 勇者は灰色の雲を見上げ、埋めるもののない墓をどこに作るべきか、ぼんやりと想う。


 〜〜〜〜〜


「はーーー、悪魔つえー」


 ディルハートは復活を遂げる。


 体内から雪を取り除く作業が挟まり、少し再生が遅れてしまった。

 おそらく1ヶ月は経ったはずだ。現在地も遥か離れ、北方の山脈地帯。


「ここどこ?」


 ディルハートは全裸のまま、首を可動域いっぱいに振り回す。転移魔法の応用で各地の空間を繋げ、広範囲の魔力を探知するのだ。


「あっちもこっちも壁だなあ。魔物が通った跡もあるし、なんか嫌な感じ……」


 周囲は全て、灰色の岩。谷の奥の奥にいるのか。下には更に奈落が続く。


 ディルハートは近くの石ころを手探りで拾い上げ、谷底に投げてみる。

 ……反響音がしない。


「あ、これたぶんヤバい。どうしよ」


 ディルハートが悩んでいると、空から突然金切り声。


「おわーっ!?」


 ワイバーン。魔物の中でも上位の存在。それが群れでやってきた。

 翼竜のような彼らは、魔力を固めた光線を放つ。ディルハートがいる崖の横穴に。


「おふぇっ!?」


 転移で逃れるディルハート。しかし逃げ先は崖の中腹。

 痩せた指を岩に引っかけ、ディルハートは泣き言を叫ぶ。


「死ぬ! 死ぬぅ! 死なないけど死ぬ!」


 死んでも復活できるほどの達人だが、高所から落ちればただでは済まない。加減のきく自爆とはわけが違う。きっと数年は泥まみれだろう。


 ディルハートは転移を繰り返し、少しずつ登っていく。

 目立つ上にペースが遅い。ワイバーンに見つかるのは時間の問題だろう。


「食べられるのだけは勘弁……」

「キェーッ!」

「勘弁って言ったよねぇ!?」


 下から追い上げるワイバーン。逃げきれない。胃に収まってしまったら、胃液で焼かれ続ける。しばらく人生はお預けだ。


「御慈悲をーっ!!」


 自爆を覚悟するディルハートの前に、一人の男が現れる。

 スカーフェイスに黒い髪。悪魔のような強面に、僅かな情けが滲んでいる。


「ふん」


 背中から生えた翼で空を飛び、男はワイバーンの群れを槍で片付ける。

 恐るべき速度。嵐のような連撃。きっと只者ではない。人間の域を超えている。


「あ、あの、ありがとうございます。悪魔ですか?」

「そうだ。半分な」


 ディルハートは悪魔に詳しくない。教会に出入りするか、冒険者として活動を続けていけば、知る機会はあったはずだが……。


 ともかく、ディルハートは助けられた礼をする。

 事実上の不死身とはいえ、他人からの助力は嬉しい。親からも受けたことのない高待遇には、おもわずニッコリだ。


「へ、へへ。こんなとこまで、狩りですか? 悪魔って、ワイバーン食べるんですか?」

「変な奴だな、お前は」


 半分悪魔……略して半魔の男は、ディルハートの背中を掴んで飛び上がる。

 切り立った崖の上は、猫の額ほどの平地。どうやら彼の拠点らしい。長年住み着いているらしき痕跡がある。


「どこから迷い込んだ」

「あ、えっと、転移です。普通の転移」


 ディルハートは事情を伏せる。自分の異常性を理解しているからだ。そして、なるべく正体不明でいたいからだ。

 ここまで実家の魔の手が及ぶとは考えにくいが、染み付いた癖と価値観は消えない。彼女はストロング家が嫌いなのだ。ストロング家に生まれ育った、過去の自分も。


 ディルハートには、現在だけがある。それが彼女の理想。


「いやー、転移って怖いですねぇ。ひひ、ふひひ……」

「そうか」


 半魔の男は、それで納得する。

 転移の魔法が希少であることも、知識の蓄積が無いため手探りで修業を積む必要があることも、なんとなく察しているのだ。


 出力によっては、谷に飛び込むような事故も起こりうる。そう結論づけ、男は粗末な小屋にディルハートを招く。


「凍えたくないだろう。入れ」

「あ、確かに寒いかもですね。気づきませんでした。へへ、へへへ」


 ディルハートは鼻水を垂らしながら、炭が香る家にお邪魔する。


 〜〜〜〜〜


 1ヶ月ほど経った。

 ディルハートと男は、各地にある拠点を巡りながら、魔物を調査している。


 彼の研究によると、この山脈のどこかに魔王がいる可能性が高いらしい。


「このところ、魔王軍の動きが激しい。遠方にある霊場に何かあったのか……?」

「…………。」


 ディルハートが通りすがりに魔力を吸って破壊したためだが、面倒くさいことになりそうなので言わないことにする。


 半魔の男は、悪魔に復讐を誓っていた。

 故郷を滅ぼした奴らを根絶やしにするべく、自らも禁術によって悪魔になり、戦い続けていた。

 本能や理性までも悪魔に飲み込まれる前に、魔王との決戦に臨みたいと考えていた。


 そこに現れたのがディルハート。人間にのみ作用する回復魔法の力で、正気を保ちやすくなった。定期的に回復をかけることで、悪魔の力を多めに発揮しても、人間の体に戻ってくることができる。


 半魔にとって、ディルハートとの出会いは運命的なものだった。魔王を倒すために必要な存在だと確信していた。


 ——ある日、彼は告げる。


「霊場の修復に向けて、大軍が動いた! 手薄になった今が好機だ!」

「えーと、つまり?」

「戦いだ。……決死行になるが、共に来てくれるか?」


 不安げな瞳。復讐以外の全てを諦めた半魔とは思えない、人間味のある表情。


 ディルハートはドラマチックな展開にときめき、必要とされることに喜びを覚え、鼻息を荒くしながら答える。


「へへ。アニキに何処までもついて行きやすよ。背中はきっちり頼みますぜ」


 目上との付き合い方を知らないディルハートは、三下のようにゴマを擦る。


 〜〜〜〜〜


 魔物。魔物を率いる悪魔。

 それらを斬り、斬り、斬り、前に進む。


 山奥とは思えないほど、巨大で整った建造物。悪魔たちが魔法で……あるいは、その体を使って築き上げたのだろう。石が基本ではあるが、ところどころ骨のようなものが見え隠れしている。


 戦うのは殆ど半魔。ディルハートは穢れた血で染まった道を歩くだけ。

 彼は悪魔を食って力に変え、ディルハートの魔法で人間の姿に保つ。理性が消えてディルハートを傷つけないよう、必死だ。


「……もうすぐだ」

「え? ゴールですか?」

「ああ。悪魔としての俺が、感じ取っている。魔王の気配を」

「そうなんですね。この辺、壁も床も魔力だらけで、よくわかんないんですよねえ」


 半魔は迷うことなく、巨大な扉を押し開ける。


 奥にいるのは、不気味に蠢く肉塊。圧倒的な質量の中に、膨大な魔力を溜め込んでいる。

 否、量だけではない。質も悪魔とは比べ物にならない。

 あれこそが、魔王。魔物の王であり、魔力の王。


「魔王は姿を持たない……。噂は本当だったのか」

「客人か。ずいぶん荒らしてくれたな」


 魔王は口が無いというのに、喋る。

 そして、同時に魔力を発する。

 ごく僅かな魔力を大気に混ぜるだけで、そこは魔王の領域となる。あらゆる動き、あらゆる発言が詠唱であり、魔法なのだ。


「そこのお前。責任を取って、掃除しろ」

「ぐうっ!?」


 半魔の男は、大きな手で胸を押さえる。まるで、内側から心と体を握られたように。


 魔王の姿が変形し、複雑な魔法陣のような……あるいは呪いの儀式のような、ひとつの魔法を成す。あらゆる命を怖気付かせる、王の魔法。


「従え」

「ぐ、うう……!」


 半魔の男でさえ威勢を削がれている。それでも立っていられるのは、復讐のために長い年月をかけてきた身の上故か。


「う……くそっ。逆らえ! 逆らえ! あんな奴の手駒にされてたまるか!」

「え? 何かされたんですか?」


 ディルハートには効いていない。

 彼女は神経が鈍いのだ。

 性格という意味でも、肉体という意味でも。


 まず、痛覚が無い。死にかけても混乱しない。痛みで我を失うことなく、回復魔法を使える。


 視力も無い。ロウソクの火さえ見えず、自分の外見を知らない。髪はボサボサで化粧もできない。


 味覚も無い。ほとんど物を食べないため、ガリガリに痩せ細っている。


 触覚も無い。自分の指や舌がどこにあるのか、よくわからない。気温の変化も感じ取れない。


 聴覚は……一応、ある。人並み以下だが。


 実家のストロング家から追い出された理由は、こうした生まれつきの弱点にあった。


 ディルハートが普通の人間のように振る舞えるのは、周囲から魔力を吸い取る能力の応用で、ぼんやりと世界を感知しているため。これが無ければ、彼女はとっくに生きることを諦めている。


「お、おま、え……うご、け……」

「ふむ。ならば、男よ。そいつを殺せ」


 天敵を前にして、魔王は動じず作戦を変える。彼もまた、不備の多い体でありながら、得意な魔法と知性で生き抜いてきたのだ。不測の事態など、彼にとっては日常茶飯事。


 半魔は全身全霊で抵抗を試みるものの、いよいよ強さを増した魔王の魔力に逆らえず、拳を振り上げる。


「うがあああっ!!」

「え? 裏切り!? こんなとこで!?」


 ディルハートは訳がわからないまま、彼の不格好な攻撃を避ける。

 向かう先は、魔王。魔力を吸収して再生できる彼女にとって、豊富な魔力を持つ存在は餌であり、安心できる温もりだ。


「は?」


 魔王は焦る。全てを操り、遠ざけてきたが故に、自ら近づいてくる敵への対処方法を持っていない。


 ディルハートは半魔の男の揺らぎを感知し、叫ぶ。


「こんなとこで心変わりなんて、酷いですよアニキ!」

「ち……が……」

「ええい、こうなりゃヤケだぁ! 魔王だかなんだか知らないけど、お留守みたいだし! 今のうちに、全部やっちゃえ!」


 ディルハートは吸い込んで使う。魔王の魔力を。


「ぐわああっ! わ、私を、私を喰らうというのか!?」

「あ、なんかいる。まあ敵だよね? 大丈夫だよね?」


 ディルハートは自爆の手を緩めない。彼女の先入観にとって、半魔から聞かされていた恐ろしい魔王とは、これほどあっさり倒せる存在ではなかった。


「ぎえええっ! 魔力が! 私の唯一の武器が!」


 回復魔法も、転移魔法も、他に使える者はいる。国を見渡せば山ほどいる。

 魔力の摂食。これだけはディルハートにしかできない、本物の奥義だ。

 抵抗するすべはない。誰にも編み出されていない。知見が積み重ねられていない。


 そうとは知らずに、ディルハートは過去最大の爆発を巻き起こすべく、魔王の魔力を吸収・分解して力に変える。


「もう冒険なんかこりごりだーっ!!」


 後ろ向きなヴァンダリズムの表明と共に、魔王の部屋から魔力が消え、全てが闇に包まれる。

 ほんの一瞬。されど一瞬。その空間は、確かにすべての痕跡を失った。ディルハート自身を含めて。


 しかし、次の一瞬には。

 全ての闇を忘れさせるほどの、強烈で痛烈な閃光。


「…………ああ」


 半魔に逃げ場はない。防ぐこともできない。

 しかし、何処か安堵していた。魔王の死を、この目で見ることができたのだから。

 己の手で葬れなくとも構わない。むしろ、この方がいくらか痛快だ。


 汚い魔力に汚染された、この体ごと……どうか、あの世に導いてはくれまいか。

 半魔は破滅の光に希望を見出し、手を伸ばす。


 ——遅れて、音と衝撃が飛んでくる。


 〜〜〜〜〜


 倒壊した魔王城。崩れる山脈。揺れる大陸。未曾有の地殻変動。

 その渦中にいて、半魔は生き残った。


 いや、もはや半魔ではない。ただの人間の男だ。


「まさか、あいつ……吸い取ったのか? 魔王の力ごと」


 半魔は魔王に操られていた。その時の繋がりによって彼の中にある悪魔の成分が分離され、ディルハートの吸収に巻き込まれ、消失したのだ。


 半魔だった男は、文字通り憑き物が落ちたような顔で空を見上げる。

 そう、空。山脈が割れて空が見える。ディルハートが放った一撃の威力は、魔王を滅ぼして余りあるものだった。


「俺が生きているのは……あいつのおかげか……」


 男は立ち上がり、よろめくように歩き出す。

 これまでの自分を構成する全てが、洗い流された。力も志も、もはや過去のもの。


 今の彼には、ディルハートという犠牲のもとに成り立った現在を、ただ噛み締めることしかできない。


「墓標を作ろう。本物の英雄を讃え、後世に伝えよう」


 男は岩壁に像を彫り始める。過分に美化された、少女の像だ。

 何千年、何万年が経っても残るように。儚く、それでいて壮大に散っていった彼女を、永遠のものにするために。


 〜〜〜〜〜


 王国の地下で、元女教師のレイチェルは働いていた。

 日が昇る前に起き、点呼を受け、持ち場に移動し、夜遅くまで働く。

 自由時間はない。給料もない。終わりの見えない労働だけがある。


 人の尊厳を無視した待遇。それも当然。彼女はもはや、国家黙認の奴隷だ。


「国のために! 未来のために! 今日も一日、属性魔法を納めましょう!」


 薄暗い空間に響く、始業の合図。

 隣を見れば、表情のない人。レイチェルも同じ顔だ。指示を飛ばす監督官さえも。


「労働は才能ある者の義務です! 正しい労働で、正しい国民意識を! 全ては勇者のため! 人々を守るためなのです!」


 レイチェルは机に向かい、大量の粗悪な魔道具たちに魔力を込めていく。

 ストロング家が国と提携して普及させている、安価で簡素な魔道具たち。街灯や道路となって国民の生活を支える……わけでもなく、大半は国外に売られ、外貨に変わる。


「もう二度と、魔力納税を怠ることのないよう! 国のために尽くしましょう!」


 主任は拡声器で声をかけて回る。


 彼が再三繰り返す通り、レイチェルたちは「労働の義務を怠った罪」で、ここに囚われている。

 しかし、その基準は役人の胸先三寸。真面目に働いていても、密告や陰謀でここに連れて来られる。

 魔法学校の教師が自己都合で退職した場合も、だいたいはこうなるのだ。無論、世に明かせない国家機密ではあるが。


「(ストロング家が、ここまであくどいとは)」


 レイチェルは目の下の深い隈を気にする暇もなく、魔道具を作りながら考える。


 ストロング家は魔法使いの家系だ。初代当主は魔法の腕前で貴族位を確保し、子供を地方貴族の家に出し、血の繋がりで徐々に地位を高めていった。

 魔王という脅威を抱えたこの国にとって、魔法教育による国民皆兵化は急務。そこに漬け込み、更に勢力を拡大。今では経済を握る陰の宰相と呼ばれるようになった。


 ……では、王家の狙い通り、魔法による戦力強化は果たせたのだろうか。

 レイチェルの見方は否定的だ。

 魔法の才能を持つ者は限られている。ストロング家が膨れ上がっただけで、この国は強くなっていない。


 強い魔法使いが生まれなくとも、民の武力の平均値が底上げされ、勇者の道を切り開くのが楽になってくれるなら、手間をかけた甲斐があるというものだが……才能は富と共に貴族に吸い上げられて、集中していく。ストロング家を筆頭に、この国の貴族は腐っている。


「(あの学校も、この工場もそう。ストロング家が私腹を肥やすための装置でしかない。今更になって気づくなんて、愚か者ですよ……私は)」


 もしこの地獄から抜け出せたなら、万人に優しい学校を開きたい。あの学校の方針が間違っているとは思わないが、だからこそ、あそこを退学になった生徒を救える存在になりたい。


「(属性魔法が使えなくたって、他の魔法があるかもしれない。いいえ、ただ魔力を込めるだけでも……あるいは、魔法の知識を身につけるだけでも……世の中の役に立てるはず)」


 レイチェルの脳裏に浮かぶのは、最も出来の悪かったあの生徒。ディルハート・ストロング。

 彼女もまた、ストロング家の被害者。自ら死を選んだのも頷ける。

 今のレイチェルにとっても、自死は限りなく近い場所にあるのだから。


「(魔王の魔法に耐性があるという、勇者。彼が活躍してくれれば、属性魔法しか見ようとしない貴族たちも、目を覚ましてくれるのでしょうか)」


 レイチェルは夢物語を思い浮かべることでしか、自分を保つことができない。

 それももう、限界が来ている。


「あっ」


 かさついて割れた爪をすり抜けて、工具が落ちる。

 慌てて拾おうとして身を屈めた彼女は、監督たちからの叱責を受ける。


「物を拾う時は!! 挙手をして願い出ろ!! 規則だろうが!!」


 鞭打ちである。魔道具でもなんでもない、ただ丈夫で固いだけの鞭。


 レイチェルは脱げやすい服を引っ張られ、赤黒いあざだらけの背中を剥き出しにされる。

 自分で治療することも、傷跡を確かめることもできない。深々と皮下組織まで削がれ、醜い汁が滲んでいることさえ、レイチェルは知らない。


「(もう何回か規則違反をすれば……私の奥底まで、引き裂いてくれる)」


 ディルハートの死を、レイチェルは見ていた。

 血の気のない皮膚が裂け、細い筋肉が弾け、スカスカの骨が飛び、内臓が溶け……そして、全てはつまらない魔力に分解され、魔法となって消えていく。


 あの瞬間、レイチェルにとっての「死」は、あれで固定された。

 死にたい。すなわち、ああなりたい。体の奥まで亀裂を入れて、水袋のように弾けて、空虚な無になりたい。


「ああ、ミス……」


 ミス・ストロング。そう呼ぼうとして、やめる。

 彼女を家の名で呼びたくない。彼女は、ひとりの……。


 レイチェルが次の言葉を紡ぐ前に、足元が揺れる。


 貴族が直接管理している土地の地下にある工場。その天井が割れ、設備が内側から壊れ、壁が軋み、皆は屋外へと投げ出される。


「な、なに!?」


 レイチェルは尻餅をつき、周囲の混乱を見渡す。

 誰も、何も、理解できていない。誰かの企みによるものではなく、ただの地震なのだろう。


「出られる……?」


 見上げると、日差しが眩しい。鳥が羽ばたいて逃げていくのが見える。つまり、外だ。外に出られたのだ、


 自然。そのあまりの美しさに、レイチェルは身を守ることさえ忘れてしまう。


 裂けている。裂けてくれた。レイチェルの体ではなく、世界の方が。


「…………奇跡」


 魔力を失っていく工場の残骸。好機とばかりに騒ぎ出す工員たち。咎めることなく、ただ逃げ出すか、騒ぎに加わる監督たち。


「あはっ」


 混沌の中にありながら、レイチェルは波打つ地面に座り、陽光と戯れる。


 楽しい。願いが通じた。世界が自分とひとつになったかのようだ。

 まるで、幼児期のような万能感。レイチェルはディルハートのようにくしゃくしゃの髪を揺らし、笑う。


「あはっ。あははっ。生きてる! 赦されてる!」


 擦り切れたレイチェルの視界に、ふと霧のような幻が浮かぶ。

 ディルハートの顔。いや、生首だ。顎が伸びるほど叫びながら飛んでいく。


「ディルハート?」


 ほんの一瞬しか捉えられなかったが、確かにディルハートだった。彼女の生首がここにあるはずがないので、間違いなく幻覚だろう。


 それは工場の床にできた裂け目に落ちていった。きっと地層の底に挟まれて、パンケーキのように潰れていくことだろう。


「あはっ。そっか。ディルハートも、世界になったんだ」


 霧散して消えた彼女は、世界に溶けたのだ。今や世界そのものがディルハートなのだ。

 ならば、これからは世界を愛そう。世界に赦された自分を愛そう。


 そんな妄想に囚われたまま、レイチェルは赤子のように這い、地上へと帰還する。


 〜〜〜〜〜


 地下工場から始まった、革命の夜。


 押し寄せる属性魔法使いたちから逃げながら、代々国庫を管理する公爵家の当主……ストロング家の傍流代表は、頭を抱える。


「本家め、しくじったな」


 近衛が精一杯食い止めて、暴徒たちの数を減らしてはいるものの、その勢いは衰えることを知らない。


 どこの馬の骨ともしれない固有魔法ならいざしらず、属性魔法は御し易い。専用の手錠をかければ、それで封じられるのだ。

 だからこそ、この国は教育を属性魔法のみに絞った。反乱を起こさせないために。


「くそっ。工場の封鎖機構が壊れたのか? だとしても、監督役は何をしている。反乱が起きたところで、餓死するまで地下に閉じ込めておけばよいだろうに」


 公爵は慌てている。慌てたまま、思考をどうにかまとめようとしている。もはや助からないだろうという現実から逃避するために。


「こんな時に、都合のいい魔法があれば……」


 空を飛んで逃げる魔法。自らの死を偽装する魔法。どんな怪我も治せる魔法。そんな()()()()()()()を思い描き、縋る。


 しかし、属性魔法以外を排斥したのは、彼自身である。

 ありえないものにしてしまったのは、彼なのだ。


「どうする。何かいい手は……」


 彼は部屋の中を歩く。向かう先の無いまま。


「ああ、王家のアニキに媚びたい。いや、ダメだ。まずここから逃げなくては。だが、その方法が無い。無いんだ。へ、へへ……」


 悩みに悩み抜いた末、彼はひとつの決断を下す。


 自爆である。


「このまま死んでたまるか。せめて愚かな馬鹿どもを一掃してやる。ゴミ掃除だ! きっと、この国のためにもなる。まさに妙案だな! はは、ははははは!!」


 ストロング家は、そんな血筋であった。


 彼は部屋を温めるための魔導炉に燃料を注ぎ込み、大爆発を起こす準備をする。


「炉を作る土の魔法! 点火する火の魔法! 炎を盛り立てる風の魔法! やはり属性魔法は最高だな!」


 しかし、ある瞬間から火勢は急激に弱まる。

 まるで何かに気力を吸われてしまったかのように。


「な、なんだ? 火が、萎んでいく……。属性魔法の化身たる我が魔道具が、力を失っていくぞ……!?」


 直後、炉の蓋を開けて覗き込む彼の背後に、豪快かつ乱暴な音が。


「なっ!?」


 まるで地面を割るかのような轟音。それと共に、屋敷全体が大きく揺れる。


 ついに襲撃か。公爵が振り向くと、そこには……。


「あ、すみません。ボクの親戚ですよね? 魔力、分けてください。死にそうなんです」


 床から生えた、ディルハート・ストロングの生首。


「ひっ!?」


 一族の中で最も不出来で、息のかかった魔法学校でさえ庇いきれないほど低脳で、死後も陰ながら嘲笑の的にされていた少女。

 彼女は豪華なカーペットを血で汚し、ボサボサの髪を乱れさせ、こちらを見上げている。


 目が合ってしまった公爵は、ついに正気を手放す。


「貴様ーッ! 死の淵に立った我を、地獄の底から愚弄するつもりかッ!!」

「えっ?」

「屈しない! 我は屈しないぞ! ここからまっすぐ逃げさせてもらう! こんな世の中、クソ喰らえだッ!」


 公爵は口で威勢の良いことを言いながら、逃げようとして体勢を崩す。


 向かう先は、未だ熱のある炉の中。


「ぐわああっ! 地獄は、地獄行きは嫌だーッ!」


 自ら灯した炎を、地獄のそれと勘違いしながら、彼は炭になっていった。


 ディルハートは熱を感じないものの、その音で少しばかり状況を理解する。


「ん? 火事? もしかして火事ですか!?」


 ディルハートは奪った魔力で体を治し、カーテンを巻きつけて裸体を隠す。

 その際、窓の外に大勢の人間がいることに気づく。


「怒ってる。もももしかして、ボクのせい? さ、最初から燃えてたんですって! 牢獄だけは勘弁!」


 ディルハートは転移で姿を消す。

 彼女が革命について知ることになるのは、ずいぶん先のことである。


 〜〜〜〜〜


 300年後。

 魔法研究の中心となったその国には、様々な伝説が語り継がれている。


 各地で目撃される、空飛ぶ悪霊。

 勇者をも上回る究極の英雄、“討魔の聖女”。

 魔道具が突然停止する“妖精のつまみ食い”現象。

 森や谷底で飢えた孤児が見つかる“神隠し”の伝承。


 市民の代表から成る枢密院がいくら調べても、その根幹には辿り着けなかった。あやふやな事実だけがそこにあり、核心は未だ不透明だ。


 ともかく、今日もこの国は平和である。

 裸の少女が僻地にいても、襲われることはない。


「あの」


 ある自然公園の池のほとり。

 あばら骨の浮いた少女は、長すぎる髪を欠けた櫛でとかしながら、管理人の男に慈悲を願う。


「ボク、住所無いんですよ。家族も、もういなくて。だから、その、見逃してくれませんか?」


 管理人は落ち葉掃除のための魔道具を置き、全裸の少女に上着をかける。


「知り合いがやってる孤児院があるから、そこに行きな。貧乏だが、国の制度で補助を受けてるから、すぐには潰れんよ」

「いや、自分、そういうのはちょっと。一応冒険者やってるんで」

「おいおい、フリーの狩猟は違法だぞ。最近はライセンスが厳しくなってな。嬢ちゃんじゃ身元保証人がいねえだろ」


 男の言葉を聞き、少女はもはや癖になってしまった、哀れな行動を取る。


「生きづらいっ! もうこの世から出てってやる!」


 自爆と共に、伝説は国を逃げ出した。


 その夜、美しい流星が街を賑わしたという。

おまけ


勇者くんと青髪くんは連日続いた暴動を憂慮し、自ら手綱を取ることで民衆を制御。犠牲は出たものの、流血を最低限に抑え、革命を為す。その後、教会の力を借りて枢密院を設立。勇者としてのネームバリューを利用し、議席を確保。ディルハートがストロング家の出身であることを知り、貴族の子供たちを連座から守ることを決意。救えなかった少女を想い、曇りながら政治体制の基礎を築く。


女戦士さんは孤児院を開く。亡くなった妹とディルハートを生涯の傷として抱えながら、心優しく強い養母として数多の子供たちを育てる。教え子の中には枢密院に議席を持つ者も現れ、勇者の弟子たちと手を取り合って国を善くしていったという。


半魔だった男は、遅れてやってきた勇者に聖女伝説を語り、特に名を残すことなく死去。彼の山小屋たちは、安全になった後の世に、登山家によって整備される。


レイチェルは精神に異常をきたし、教会で数年ほど介護を受ける。その後、教会に伝わる回復魔法の研究に没頭。やがて万人に使える低級の回復魔法を開発した他、死者を蘇生する大魔法を発明。研究論文の最後に、大きく「世界、すなわちディルハートに捧ぐ」と記載したという。


ディルハートは魔王を超えた大魔王となったが、本人にその自覚はなく、人を避け続けている。たまに気まぐれで人と話すが、すぐに羞恥心や早とちりで逃げ去る。もはや妖怪。

好きなものは寝物語と小鳥のさえずり。

嫌いなものは両親、食事、読めない教科書、誰にも相談できない自分。

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