6.月の女神の秘薬
「やっぱりAランチで大正解だったな」
メリッサがケーキと紅茶の食後のデザートを食べている間に、アレイはアッというまにパスタを食べ終えた。
彼は到着するなり、今しか食べる時間ないからとマスターガーディアンにランチをオーダーしたのだった。
食後のデザートまで用意されて、もてなされている。メリッサのようなただの新人を、こんなに甘やかしていいのだろうか。
「いまさらなんですが、マスターはお昼ご飯‥‥‥」
「私は食べない」
メリッサはきっと誰もが思うであろう感想を抱いた。本当に中の人は人間なんだろうか。
そんな思いを察したかのように、アレイはメリッサに事情を説明した。
「仮面が邪魔で食べないっていう、結構普通でダサい理由だよ。ちゃんと中身人間な」
「ふっむぐ」
メリッサは慌てて笑いそうになる口を両手で抑えた。
「笑っていいんだぞ」
アレイは面白がるように、こちらに視線を向ける。
それにつられないように、メリッサは必至で普通の表情をキープした。職場の上司を笑ったら終わりだ。そう自身に言い聞かせ、密かに痙攣している腹筋の痛みに耐えた。
それにしても、第一騎士団がエリート集団だからといって、アレイという人はマスターガーディアンに対して失礼じゃないだろうか。馴れ馴れしすぎる。
「アレイ、お前死にたいのか」
マスターガーディアンから殺気が駄々洩れている。壁に掛けてにあった錆びだらけの長剣をいつの間にか手に持ってアレイの首をトントンしている。
「ご、ごめんって。悪かった」
アレイは急にラスボスの手下のようになった。やはり、マスターガーディアンは気分を害したらしい。
「さっさと本題に入れ」
「わかったよ」
向かい側の席に座るアレイは、椅子に座りなおして姿勢を正す。そして、やっとメリッサをここに呼んだ理由を話した。
「月の女神の秘薬を作って欲しいんだ」
「なんですかそれ」
メリッサは、渾身の瞬発力を発揮してとぼけた。
アレイの思ってもみない依頼にメリッサは内心焦った。それでも、なんとか知らないふりを全力でした。
魔女の取引を師匠の元で見てきたメリッサは、師匠の教えを思い出した。勇気をふり絞って魔女モードを演じなければならない。そう思い込んだ。
「君の師匠、芙蓉の魔女が作った秘薬だよ」
「師匠の秘薬ですか」
相手は第一騎士団の人間。魔塔の魔法術師でもあった師匠との、師弟関係を知られていてもおかしくない。
「二年前、隣国のオルテンシア王国にある、占いの館で月の女神の秘薬が大流行した。その薬は服用すると運命の相手、いわゆる運命の恋人がわかり、ひととき両想いになれるという代物で貴族女性にバカ売れした。その製作者である君の師匠を探したが見つからなかった。弟子の君なら同じものを作れるんじゃないか?」
メリッサは、いまさら月の女神の秘薬を依頼してくるアレイに警戒心を抱いた。直接あの秘薬を依頼しに来た人は初めてだった。しかも、2年も経っていて今更である。
「師匠のお知り合いですか?」
「君の師匠は学園の魔法科で俺の指導教官だった。そして、それとは別に二年前君たちに会いに行っている」
――二年前。
メリッサと師匠が、一緒にアパートで暮らしていた時期。メリッサが魔法に失敗して、師匠が借りていた一軒家をぶち壊し、借金を作ってアパートに引っ越していた時だ。
メリッサが家を壊した時に、家財道具もたんす貯金もすべて失った。師匠は隣国オルテンシアの王都に出稼ぎに行って占いの館で大人気になり、そこで月の女神の秘薬を貴族相手に売りまくって大儲けして、当面の生活費と、学園に入学する前だったメリッサの学費を稼いでくれたのだ。
確かあの時アパートに訪ねてきた覆面で顔を隠した二人組の男。秘薬があまりに人気になったから貴族相手に禁術を使ったのではないかと、魔塔の諜報員が捜査に来ていたのを思い出した。
――もしかして、あの時の。
「アレイさんは、あの時の諜報員の方ですか?」
「そういうこと」
「思い出しました。師匠が昔作ってた秘薬ですね。あいにく師匠が旅に出てしまって、どこにいるのかいつ帰ってくるか、私もわからないんです。なので、お作りできません」
メリッサはごまかしの効かない相手だと、知らぬふりを通すことはあきらめた。知らぬふりをしない代わりに、はっきりと断る。
アレイが腕を組みなおす。
「弟子の君は本当に作り方を知らないのか?」
「はい。そもそもアレイさんなら秘薬などなくてもモテるでしょう、運命の相手だとかそんなこと気にしますか?」
「あーそれが気になるんだよ、ぜひ俺の運命の相手が知りたいんだよな」
なんとなく彼の発言が胡散臭いとメリッサは感じ取る。彼女がどうとか気にしてなさそうな顔だ。
この人は本当に誉ある第一騎士団の一員なのだろうか。隣に座るマスターガーディアンはずっと無言だ。この男の割とどうでもいいような依頼を、どう思っているのだろうか。
「そんなものに頼らないでもいいのでは?師匠もいませんし、この話はなかったことに」
メリッサは嘘をついてでも月の魔女の秘薬を作りたくはなかった。自分に得はないし、むしろ魔女の秘密を知られるリスクがある。こんな軽薄そうな男の為になど論外だ。
アレイは天井を見上げて目を閉じ、何かを考えるそぶりをしてから、おもむろに目を開けてメリッサに視線を合わせて言った。
「魔塔はダブルワークを認めてないんだよな。資材庫で働いてるのに、魔女の仕事を請け負ってるのは違反だよな」
アレイがテーブルを指でトントンと突く。前髪から覗く彼の眼は獲物を狩る者に変わっていた。
「それから、魔技研の特級保管庫で宝物庫兼ハザードアイテムの保管部屋に不法侵入した罪」
メリッサは話の流れがおかしいと思うが、アレイの空気にのまれて何も言えない。まるで尋問されているようだ。
不法侵入は昨日やらかしたことだ。しかも証人が目の前にいる。
とういうか、この部屋がその特級保管庫だったのか。思いっきり私室扱いして、アレイはランチを食べてたじゃないか。
周りにある、魔道具やあの錆びた長剣はハザードアイテムかもしれない。
それに、いつの間にか、メリッサが規則違反どころか犯罪者のような流れになっている。
これは反論せねばならない、メリッサはテーブルの下で手を強く握った。
「魔女の仕事は師匠にくる依頼の代理であって副業ではなく、家業手伝いです。違反には当たらないはずです」
「まあ確かに魔女の仕事はグレーゾーンってことにしておこうか」
上から目線がメリッサの癇に障る。
「特級保管庫に侵入したのは結構重い罪だよなー。どうする?クビにするか」
アレイがマスターガーディアンに話を振って、クビをちらつかせた。
「アレイ。遊んでないで、さっさと話を終わらせろ」
黒ずくめのラスボス仮面は、冷たい低音ボイスでそれだけ言った。
さっきから何かうすら寒いなと感じていたが、彼から冷気が漏れていたのだ。
「わかったよ、こっちも本気だ、君に作って欲しい。依頼を達成してくれたらもちろんクビは回避だし、報酬はこれだけ払う」
アレイはテーブルの上に一枚の紙切れを置いた。
「偉大なる魔女の秘薬を求めるために、きちんと報酬も用意してきた」
その紙はよく見ると小切手ので、記入されている額は、家が一軒余裕で立つ金額だった。
まるで、メリッサに借金があるのを知っているような金額。
「信じられない、あなた個人でこんなに払ってまで手に入れたいの?」
「それだけの価値がある」
あの秘薬に何を見出したのか知らないが、大金を積んでまで振り向かせたい人でもいるのだろうか。
「君自身は作れないとは明言していない。あの芙蓉の魔女が弟子に教えない訳がない」
師匠はとてつもなく厳しいが、あらゆる魔法を教えたがる面倒みの良さがあることを彼は知っているらしい。
この脅迫男のために作るというのが気に食わないが、この報酬があれば借金を返し終えることが出来る。借金を肩代わりしてくれていた師匠には、待っててやるから一生かけてでも返せと言われている。
だからこそ正直この報酬はおいしいし、お金はあって困ることはない。
だけど、何よりも一番重要なのは資材庫番の仕事を失わないことだ。
「わたしは資材庫番になって、メテオーラだけじゃ無く、他の国の魔法素材も見つけて集めるのが夢なんです!マスターガーディアン様。わたし資材庫番クビになったりしませんよね?!」
一縷の望みをかけて、マスターガーディアンへ訴える。
数秒の間。メリッサは、彼の冷気が揺らいだのを感じた。
「――アレイの依頼に協力してほしい、できない場合はありえるかもしれない」
マスターガーディアンはクビを否定しなかった。
昨夜の首を洗って待ってろという宣言通りだった。
アレイにクビをちらつかせられた時よりも、彼の言葉の方が大きくメリッサの胸をえぐった。
「それってつまり、クビがかってるってことじゃないですか」
黒猫のラファエルがメリッサの膝の上にのって甘えてきた。暖かいぬくもりを感じ、ラファエルをなでて心を落ち着けるよう試みる。
よくよく考えてみると、月の女神の秘薬の秘密さえ隠せばいいのだ。作るのはそう難しくはない。
アレイだけならどうにかして断ろうとも考えたけれど、マスターガーディアンまで彼の味方でクビを否定しないのであれば、もう選択肢などなかった。
莫大な報酬と、クビ回避をかけて他に道はない。
「わかりました。作りますよ。ただし、魔女の秘薬は特別なので報酬はこれの倍にしてください。それから、この部屋にある物の中で一番高価なものを報酬に追加してください」
こちらの味方をしてくれなかった、マスターガーディアンも巻き込んでおいた。
そして最後の望みをかけ高額報酬を要求する。あきらめてくれることを期待しつつ、駄目でもこれくらい強気の報酬を吹っ掛けて仕事を受けたら、後で芙蓉師匠も笑って許してくれるはずだ。
「承知した!」
「え?」
「だからそちらの条件でいいと言っている。金額はこの小切手の倍、それからこの部屋の中の一番高価な物がほしいんだろ?」
アレイのさっきまでの尋問モードが一瞬で消えた。
「なあ、いいよなそれで」
アレイはマスターガーディアンにあっけらかんと、なんでもないことのように話を振る。
「かまわない。彼女の望む通りに」
メリッサの、半分八つ当たりと反抗心で言っただけのことが、あっさり承諾された。
心なしか、マスターガーディアンからの冷気が消えた気がする。
「交渉成立な!」
アレイの勝ち誇った、満面の笑み。
「交渉ではなく、脅迫の間違いでは?」
メリッサは失態を犯したかのような気分になった。
この男、演技で上手く感情を揺さぶって逃げられない状況を作った後に、回避ルートを用意しておいて、依頼を受けさせた。
これじゃ、まるで取り調べに耐えきれずにゲロった犯人じゃないか。
昔、異国の本にこんな展開があった。取調官が犯人にカツドンなるものを食べさせて、ほだされた犯人が自白するとかいう物語。Aランチからもう彼らの術中にはまっていたのかもしれない。
「で、いつまでに完成できる?」
「アレイさん」
「なんだ?」
綺麗な顔をして微笑むこの男は、意地が悪い。
「‥‥‥なんでもないです。次の満月には完成します」




