60.迷宮と、転移魔法陣
隠し階段を下ると、地下室があり、その壁には穴が開いていた。そこを抜けるとどこまでも続いていそうな地下道があった。
「なんで屋敷の下に、地下道があるんでしょう」
「これは迷宮の名残だな。古い迷宮の道を、後から作った地下道にくっつけて利用しているみたいだ」
壁の作りがちぐはぐなのはそのせいか。石造りの部分もあれば、迷宮のクリスタルの壁もある。蛍光石のおかげで中は明るい。通るのにまったく困らないほど整備されている。
「きっと、この辺の屋敷に地下を作れない理由ってこれがあるからなんですね」
貴族の犯罪防止もかねてだろうけれど、地下道は知られるべきものではないはずだ。
何故かソルの屋敷の地下室の壁に穴が空いていて、地下道に続いていた。
「狙って穴を開けたにせよ、偶然壁が綻んで地下道を見つけたにせよ、聖都の機密に侵入されたことに間違いはないな」
「ねえ、このクリスタルの壁は迷宮の名残なのよね。迷宮探検までできるなんて楽しみだわ」
シャシャは目を輝かせている。
「はしゃぐな。罠がある」
「迷宮らしいじゃない」
「さすがに落とし穴に落ちたら、そのローブがあっても死ぬぞ」
浮かれるシャシャが勝手に進まないように、セスランは大げさに言って釘をさす。
シャシャはピタリと動くのをやめた。
「メリッサ。エダン達の進んだ道を選べるか?」
「追跡術ですね。森で魔物や動物を追うためになら出来るのですけど。ここは綺麗すぎてわかりません。でも、ズルをしたらできるかも」
でもから先は、小声でセスランに確かめるように付け加えた。
迷宮の名残のおかげで、クリスタルやら蛍光石がところどころの壁にはめ込まれている。分岐点にそれがあれば記憶を読んでエダンの姿をとらえられるかもしれない。
「追跡魔法の方を教えるから、それをやってみよう」
メリッサの意図することをやんわりと却下して、魔法を覚えるほうをすすめられれた。
「わたしくしも治癒魔法以外を使えるようになりたいわ」
魔力量も少なく治癒魔法しか適性がなかったシャシャは、羨まし気に二人を見つめる。
「少し待ってろ」
セスランはなだめるように、シャシャの頭をポンと撫でた。
「まずはイメージ。ソルの存在なら君にもイメージが出来るはずだ」
「はい」
メリッサは目を閉じた。
記憶の中のソルを思い出す。
「彼の魔力の色を想像して」
穏やかなセスランの声色に誘われ、深く意識が沈み込む。
明るいオレンジ色がソルの周りを染める。
「彼の魔力が通り抜けた跡を、想像してその足跡を浮かび上がらせる」
耳元でセスランの声が導く。
地下道の中を歩くソルの姿を思い描き、ここに存在したと信じる。
「彼の魔力にメリッサの魔力を繋ぐイメージをして」
誘導された言葉の通りに意図する。ソルの魔力と自分を魔力の糸がからみだす。
「そこで、結ぶ」
「!」
バチっと繋がった感覚がして、メリッサは目を開けた。
目の前の道には、光る足跡があった。
「‥‥‥できた?」
「知っている対象を追跡するための、初級の魔法だが完璧だ」
「すごいわ‥‥‥」
魔法を展開する二人の、静謐に包まれた姿に見惚れながら、その出来上がった魔法にシャシャは感嘆の息を漏らした。
「今の感覚を覚えておくといい」
「はい。…‥‥これで初級なんですよね」
「もっと上は魔力のない者も、対面したことがない相手も追跡できるがそれはいずれ。今はこれで十分だ。よくできている」
「ありがとうございます」
優しく微笑むその紅い瞳に、メリッサは既視感を覚える。
――ルビーお姉さまに似てる。
セスランのまとう空気と魔力の色は、ルビーのものとまったく違う。ただ一点同じところは、存在そのものを表す深い部分が見えないベールに包まれていてとらえどころがない部分だ。きっと今教わった魔法も、彼相手には通用しない。
「セス。実は今日、以前に話した旅の占い師のお姉さまに会えたんですよ」
彼は公爵で王女に同行してたのであれば、ルビーの存在を知っていたのではないだろうか。以前聞いたときに、存在を教えてもらえなかったのは、彼が公爵で、ルビーは王族の影の占い師だから言えなかったのだとメリッサは思う。
「ひとつ叶えたかったことが、実現しました」
「そうか。よかったな」
セスランは先頭を進み、背を向けたまま相づちを打った。
「もう、帰ってしまいましたけど、お元気そうで安心しました」
彼女はオルテンシア王国の王太子に呼び出されたからと、迎賓館で別れを告げて帰っていった。
「意外なところに知り合いがいるものよね!さあ行きましょう!」
シャシャは明るい声を出してセスランを追い越し、先頭を歩き出そうとする。
「待って危ないから!」
メリッサが呼び止めると、すかさずセスランがシャシャのローブを引っ張って後ろに引き戻した。
「罠があると言っただろう。黙って後ろにいろ!」
ビュン!
言うな否や、シャシャの目の前を飛び出した矢が通り過ぎ、石壁にぶつかって落ちた。
「すごいわ!迷宮攻略しましょう!」
シャシャは臆することもなく、俄然やる気を出した。
「頼むからおとなしくしていろ」
シャシャとセスランの兄妹のような掛け合いが、その後も地下道内で繰り広げられた。
地下道を出ると、すっかり夜になっていた。
星空が広がっている。
地下道は聖都の中心から外れたあたりにある、神殿の裏に繋がっていた。
「楽しかったわね」
「うん。面白かった」
「俺は、疲れた」
地下道には迷宮の名残のせいで、矢が飛んできたり、落とし穴があったりと定番の罠がしっかり用意されていた。セスランは、それをいちいち見たいというシャシャの希望を聞いて、罠をわざと発動させてきたのだ。
一番面倒だったのは、攻撃魔法を飛ばしてくる魔石だった。地下で爆発を起こして地上が陥没しないように、魔石を砕かなければならなかった。
メリッサがシャシャのわがままを聞いてあげて欲しそうに、自分も罠が見たいと言わなければやることはなかった。
「もう。わがままは聞かないぞ。無駄なことをさせるな」
すべての罠をあっさり見抜いていたセスランからすれば、まさに無駄な労力だった。
「ふふ。ありがとう。セスランおにいさま」
「やっぱりお兄ちゃん属性は、年下に甘いんですね」
「は?」
メリッサは納得したと言わんばかりに、セスランにとって謎の評価を下した。
「いつもはこんなに甘くないわ。お説教ばかりだもの」
「お説教。確かに。でもそれもやっぱりお兄ちゃん属性なんだよね」
年下二人が言ってることは横目で流して、セスランはシャシャにルビーの正体という弱みを握られていることに、静かに腹を立てていた。
メリッサがルビーに会えたことを話始めたときは、罪悪感でいたたまれなかった。
以前ルビーを知っているかとメリッサに聞かれたときに、知らぬふりをしたのは公爵である立場だったからだと察している様子だった。
魔力を変えて騙せてはいるが、勘の鋭い子だから無意識にルビーを見るのと同じ目で時々見てくる。
「はあ」
やはり、ルビーにならずに、シャシャの方を黙らせておくべきだったか。
二人が行動を共にすると、わがままの難易度が上がる。
メリッサの援護もあったとはいえ、弱みをちらつかせて、迷宮ごっこをさせられた。
「早く嫁に行け」
ぼそりとセスランは独り言ち、そして――。
絶対、今日中に、このわがまま娘を護衛騎士団長に押し付けてやろうと決意した。
◇◇◇
アナベルはソルの屋敷に向かう途中だった。伝令魔法の蝶が飛んできて、ソルとの待ち合わせ場所を屋敷ではなく、聖都の外れの神殿に来るように指示された。
久しぶりに、ソルと会う約束をしたアナベルは浮かれるよりも、これから聞きたくない話をさせるかもしれないことに怯えていた。
――婚約破棄。
騎士になるために王都に戻らずに、資材庫番になったソルの変化は明らかにおかしかった。
聖都の春祭りの賑わいから、切り離されたように静寂に包まれる神殿の中に、すでにソルがいた。
「ソル。久しぶりね。元気だった」
あたりさわりのない挨拶をする。
「やあ、アナベル会いたかったよ」
不自然なほどの笑顔で振り向くソルに、アナベルは違和感を感じた。
笑顔なのに、目が虚ろだった。
ソルは、アナベルにこんな笑顔を向けない。いつもはもっと控えめで、目を細めて遠慮がちに静かに微笑む。
「どうして‥‥‥」
――変わってしまったの?
「アナベル、行こう」
「どこへ?」
「おじい様の所へ。婚約を認めてもらうために」
ソルはアナベルの手をとって、神殿の祭壇の裏側に回った。
そこには聖石の埋め込まれた、転移魔法陣があった。
「こんなの起動できないわ」
魔法陣の上に立つのを躊躇うアナベルの後ろから、男の声がした。
「アナベル嬢。お送りしますよ」
ソルがグイっとアナベルを引っ張った。反射的に怖くなってソルにしがみつく。
アナベルが魔法陣の中に入らされたとたん、男が魔法を起動する。
その男の顔は蛇のような不気味な笑を浮かべた。
光の柱が立ち、アナベルはどこかへ飛ばされた。




