58.幻影草2
「――アレイが来た」
セスランがそう言うと、屋敷の外に第一騎士団が現われた。
外は日も沈み、薄暗い外に目を凝らすと、食堂の窓から見えるところに彼らの姿があった。
警戒する様子もなく、訪問客のようにアレイ達は屋敷に入ってきた。
「やっぱり。もうこうなってるよな」
床で気絶したまま転がる男達と、縄で椅子に縛られた老店主。
血しぶきがなく昏倒させられているのは、騎士団的には後始末が楽でありがたい。
「調理場にいる使用人を保護してくれ」
「了解。お前等入っていいぞ」
アレイが指示を出すと、騎士達が食堂に入ってきた。
騎士達は倒れている男達よりも、高貴なオーラを出す美少女の存在に驚いた。
美少女は騎士達の労をねぎらうように微笑んでみせる。それによって騎士達のテンションは上がり、休日出勤をしてよかったとむせび泣くものがいるほどだった。
眠っている使用人夫婦が救護され運ばれてゆく。床に転がっていた男達は手早く縄を掛けられた。
「シャシャってすごいですね」
「一応王族だからな」
メリッサは、騎士達が入ってくる前にセスランによって壁ぎわに追いやられ、彼の背と壁の間に挟まる形で身動きが取れなくなっていた。
「君は、そこに隠れているんだ」
「わかってますよ。美少女の後に出てくほど身の程知らずではありません」
「そうではなく‥‥‥」
背中しか見えないメリッサは、セスランの微妙な表情が見えず、間違って解釈していることに気づかない。
「アレイって団長だったんですね」
「ああ。第一は俺たちの仕事をよく振られるからな」
少しくらいは騎士達の様子が見たいメリッサは、セスランの背後から少しだけ顔を出した。その時、かがみながら男に縄を掛けていた騎士とパチッと目があった。
騎士の顔は一瞬喜色に染まり、すぐに絶望感に襲われたような顔になった。
「え?」
「顔を出すな」
セスランが腕で、後ろに押し戻す。
「そんなにひどいですか?」
メリッサは両手で顔を覆った。
絶望感をまとった騎士が、縄を掛けた男を引きずって出て行くのをメリッサが目で追っていることに気づいたセスランは、察した。
どうやって勘違いを正せばいいのか迷っていると、様子を見ていたアレイが呆れながら助け船を出す。
「公爵様。無駄に周りを威圧するな」
「無駄ではない」
「あのな。お前のせいで、うちの騎士がビビッてやる気なくすだろ。なあメリッサもそう思うだろ?」
「え?じゃあさっきのは」
メリッサの容姿に対する嫌悪感では、なかったらしい。公爵様の威厳だったのかと人知れず勘違いをする。
「こいつは、このままにしとくのか?」
アレイが目配せした先にいる老店主は、椅子に縛り付けられたままだ。
「このままでいい。取引に使う」
「ああ。なるほどね」
特に説明せずとも、二人の間では目的が理解できているようだ。
「追いつくのが早いわね」
シャシャは、少し残念がった。
「こっちは勝手知ったる街だからな。マキシムたちはジェイドが連れてくるから、もう少しかかる」
護衛騎士団長の心中は、穏やかではないだろう。メリッサもソルが無事なのか早く確かめたかった。
「早く証拠の品を暴いて、ソルを追いかけましょう」
「メリッサ。セスから聞いただろ。ソルには仕掛けがしてあるし、アイツも騎士目指してんなら自分で何とかするって」
「ええ、ついさっき聞きましたよ。ソル自身が囮になっているって。あなたたちの側の協力者だっていうことは教えてもらいました。でも、ここの使用人たちが殺されかけたんですよ」
アレイが到着する直前に、ソルには黒いモヤから守る魔法が仕掛けてあり、緑陰の協力者として、エダンを欺くための囮になっているということはセスランが説明してくれた。
地下から逃げて行ったのをすぐに追わないのも、エダンを泳がせるためにわざとそうすると。驚く暇も、問い詰める暇もなく、第一騎士団がやって来た。
「使用人は祭りの間、国に返しとけって言ったんだよ」
指示に従わなかったのは、ソルのミスだとはっきり言い切った。
アレイの言うことは正しい。だが、ソルにだって何かしらの理由と言い分はあるはずだとメリッサは思う。
「嬢ちゃんのためにサービスで教えてやるが、あの使用人夫婦は休暇を切り上げて帰ってきたんじゃよ。主人の様子がおかしいと気になったようじゃ。運悪くわしらがここに居てエダンが余計なことをしてしまったがな」
ソルをかばいたいメリッサの心情を察してか、老店主は使用人夫婦が殺されかけた理由を明かしてくれた。
「使用人に察しられるなんて甘いんだよ」
騎士団長のアレイの評価は厳しい。
ソルは一体いつから、彼らの側に入っていたのだろうか。聞きたいことは山ほどあるが、そんな時間はないとメリッサは今必要な事だけ確かめる。
「アナベルはどうなりますか?」
「彼女には影を着けてある。もちろんエダンには負けない」
セスランは簡潔に、それでいてメリッサにとって一番知りたいことを教えてくれた。
「なら、少しは時間がありますね」
アナベルが守られるなら、メリッサも自分が出来ることに集中しようと決めた。
「おじいさん。懐に隠してある幻影草もらいますね」
「は?」
「それとも、あの商品の山をひっくり返して、隠してある幻影草の茶葉を取り出してもいいんですよ」
メリッサが指さした先には、露店の屋台道具と茶葉が箱に詰められて積まれて置いてあった。
「なにを」
「だから、あなたはくそったれな悪党から証拠品を集める、闇の商人でしょう?」
メリッサは胸倉を掴んで老店主の襟をがばっと開いた。派手なシャツの襟の合わせを止める分厚いボタンをもぎ取った。
「命乞いのネタを言う前に、取引材料をぶんどられたのは初めてじゃ」
老店主は椅子に座りながら腰を抜かした。
「どうしてあると分かったんじゃ?」
「魔女なので」
驚愕する老店主は放っておいて、奪い取ったボタンを観察する。つなぎ目があった。
「セス。ナイフを貸していただけますか?」
「ああ」
ナイフを受け取ると、つなぎ目に刃をあててすっとなぞった。切れ味の良すぎるナイフのおかげで簡単にボタンが半分になった。
すると中から茶葉が出てきた。
「マジかよ」
「すごいわね」
メリッサは一度それと認識したら魔力を見間違わない。それが唯一の特技だった。
あの黒いモヤが、微量だったがずっと視えていた。
「これの作り方は?」
「知らん。二年前より改良して人を操れるようになったとは言っていた」
「そうですか。作り方はわたしでは解析できません。でも、魔力を取り出すことはできます」
そういうと、メリッサは素早く調理場からポットと水を用意して、食器棚からティーカップを拝借した。
「セス。あの、お湯を沸かしてもらえますか?」
「わかった」
セスランは水の入ったポットを魔法で宙に浮かせて、火炎魔法で一瞬で湯を沸かした。
「便利ね。とっても早いわ」
「アイツ気が短いから」
「うるさい」
三人のやり取りは聞き流して、メリッサはティーカップに幻影草の茶葉を少し入れ、湯を注いだ。
「保存魔法。小さい範囲で」
すぐに魔法でティーカップの周囲を囲んで、空気ごと分離した。
「この中に魔力が充満しています」
少量の茶葉が入っただけの、薄い茶が出来上がった。
「なるほどな」
「うーん、ああ見えた!」
「わからないわよ」
「わしもわからん」
この魔力を見るにはコツがいる。
「茶葉のままだとただの葉っぱですけど、お湯を注いで香りが立つと、その香り成分に魔力が含まれるんです。香りは一瞬で脳を支配することが出来ますからね。幻影草って香りで酔わされるんですよ」
香りを嗅いだ時に支配されている。液体部分には何故か魔力が残らない。
「魔法術師だったら、香りを視ようと意識さえすれば感じ取れるんですけど」
シンプルだが、疑わずにそこにあると信じることがコツなのだ。
「これは何も香りがしないけれど」
「保存魔法で、箱をかぶせて蓋をしているような状態になってます。恐らく香りをかぐと、エダンの作った魔法にかかるかもしれないので」
「香りがしないし、見えないとなんとも実感がわかないわ」
確かに、証拠品は皆が納得できるものでなければならない。
「少しだけ、手を加えても?」
セスランは何かを考え付いたらしい。
「はい、ぜひ」
「鑑定魔法を範囲指定で。魔力分析の魔法も合わせて、魔力の種類を特定して色で示す」
あえて皆にしている事がわかるように言いながら、セスランは魔法を展開した。
ティーカップを四角に囲うように、黒いモヤが現われた。
「すごいわ。これってメリッサが言っていた黒いモヤじゃない。かなりどくどくしいわね」
黒のモヤ中に、どろりとした粘着さを含んでいる。
「やはり、精神操作系の闇魔法と呪詛が含まれているな」
「下法系の奴らって、マニアックな魔法作り上げる執念深さが半端ないのな」
「香りはさすがに出せませんが、ミントをものすっごいスースーさせた感じのです」
メリッサは自信満々に説明する。
「飲んだことのある人の言う事だもの信じるわ」
「嘘だろ、メリッサ。幻影草飲んだことあるのか」
信じられないといった目をアレイに向けられる。その視線に少しメンタルを削られたが、引かれても事実だから仕方がない。
「乾燥茶葉の状態で見抜くのはすごいことじゃない。王都で証拠品がずっと見つからなかったのもうなずけるわ」
「資材庫番ですから。魔法素材の魔力を視る練習はかかしてません」
メリッサは、ここぞとばかりに胸を張った。




