54.仕方ない無茶ぶり
ジェイドが結界の解かれた部屋の騒ぎを見に来てみれば、メリッサがセスランに食ってかかっているところだった。しかも、彼女は手にひどい怪我をしているし、ティーカップは血みどろで割れている。一体何があったのだろうか。メリッサは魔力と敵意をまき散らして、セスラン相手にまったく引く様子がなかった。
ジェイドが唖然としていると「これ以上ヒートアップして、ヤバそうだったら止めといて」と言い残してアレイが部屋から出て行った。
あの男を止められるのは、お前だけだろと言ったが手を振って去っていった。
それにしても、あの男に悪態をついて許される彼女はすごいとジェイドは思った。
結局二人は落ち着いて、止めに入る必要はなくなったが。
シャリア王女が現われて叱るところまでを傍観していたジェイドは、とんでもないものを見せられた気分だった。
――それにしても、この部屋どうするんだよ。高い家具ばかりなんだけど。
部屋のクリーニング代は緑陰の経費に上げずに、ここにいる上司に請求しようとジェイドは決めた。
「――ジェイドさん?」
「やあ、メリッサちゃん」
ようやくジェイドの存在に、メリッサは気づいた。
「僕、今回の薬物事件のメテオーラの担当者ね、一応、三賢者代理だよ」
「え?研究で忙しいんじゃ」
目を丸くして驚かれているが、当然だろう。
「そうだよ、研究してたかったんだけど、三賢者とかってほら、無茶ぶりするのが趣味みたいな人たちだから」
「ああ、仕方ないってやつですね」
魔塔の暗黙のルールで、説明は済んだ。
背後にいる、緑陰の上司も無茶ぶりが趣味だ。
先ほどから背中に圧を感じているのは、仕方ないことだとジェイドは諦めている。
「ジェイド殿。時間が惜しい、すぐにデービス翁の孫の屋敷へ行く必要がある。私はオルテンシア側の戦力として協力しよう。シャリア殿下の補佐と薬物の捜査を兼ねてここに来たのだからね。シャリア殿下の友人のメリッサ嬢は魔塔の資材庫番だそうじゃないか。薬物の魔力に気づいた彼女に協力してもらって屋敷へ乗り込もうと思う」
セスランの言葉は、ジェイドへの命令だ。
「彼女も魔塔の魔法術師ですからね、協力は惜しみませんよ」
オルテンシアの王女と、魔塔の魔法術師がいつのまにか友人になっていたらしい。
それは聞いていないことだった。今の会話でその情報を渡された訳だが。
「それはありがたい。だが、こちらの都合で巻き込むのも悪いな。資材庫番のメリッサ嬢が協力者だとは公にしないでほしい」
つまりは、資材庫番のメリッサの能力を借りて、事件をさっさと解決するからそのように采配しろと。でも、表向きはメリッサが関わっていないように。そして、彼は緑陰ではなく王女の補佐として行くと――。
「ルベリウス公爵の、おっしゃる通りに進めましょう」
ジェイドは恭しく返答した。
「公爵?」
メリッサは、ジェイドの言ってることを反すうして固まった。
セスランに視線を向ける。忘れてた訳ではないが、彼はオルテンシア王国の貴族出身だと言っていた。それに、王女であるシャシャの婚約者候補でもある。つまりはそれだけ身分の高い人であるはずなのだ。ただ、魔力が強いだけの理由で婚約者候補になる訳がない。
魔法術師のローブを羽織っているが、彼の見た目は貴公子で、今の発言は完全に貴族の言い方だった。
――オルテンシア王国第三王女シャリア姫が、若き公爵と共に貴賓として来席する。
あの、新聞の記事を思い出した。
「シャリア殿下はここで待っていて下さい」
「わたくしも行くわ。こういうことしてみたかったの」
「では、私はシャリア殿下の護衛もしなければなりませんね」
「閣下。お待ちください!」
それまで壁際で控えていた、護衛騎士団長のマキシムが声を上げた。
「殿下を連れて行くのは、おやめ下さい」
「他国でのオルテンシアの貴族の不始末の責めを負うのは、我々の役目だからな。私と殿下が動いたとなれば三賢者殿も納得されるだろうし、他所で後ろ黒いことをしている貴族たちへの警告にもなる」
セスランは、マキシムにこれは命令だと視線で告げる。
「シャリア殿下、失礼します」
そう断ってから、セスランによってシャシャは軽々と抱きかかえられた。
「メリッサ、シャリア殿下と手を繋いでくれ」
それまで放心していたメリッサが、急に名を呼ばれてハッとした。
「え?」
「ソルの屋敷へ飛ぶ。急ぐだろう」
「‥‥‥」
「――こっちの方がいいのか?」
お姫様抱っこされているシャシャを見た。
からかわれたと気づいたが、言い返している余裕はない。
反射的に魔力の発動を感知したメリッサは、差し出されたシャシャの手を握った。
「サルバドル卿。シャリア王女を守りたかったら早く来ることだな」
セスランはマキシムに、挑戦的な笑みを浮かべて告げる。
三人はその場から瞬間転移魔法によって、一瞬で消えて居なくなった。
「あれって、完全に姫を攫う魔王だよな。しかも二人とかゼータク」
陽気なアレイの言葉通り、その場に残された者が皆そう感じていた。
「いっつも無茶ぶりなんだよ、あの人。護衛騎士と協力しないで煽って消えるとか何?どうにかしろよアレイ」
「諦めろよ。俺はちょっと、うちの騎士団動かしに行ってくるわ」
ジェイドの愚痴は聞き流して、アレイはパッと窓から出て行った。
「僕は、ジュナ王子の対応をします。サルバドル卿は‥‥‥」
「王女殿下の元に行くに決まっているだろう。屋敷まで案内しろ」
王女の婚約者候補でもあるセスランに、しっかり煽られた護衛騎士団長は怒りに燃えていた。




