52.メリッサとセスランの攻防2
51話を読みやすいように二つに分けました。
闇が渦巻く、暗い冷たい部屋で、ソルはソファにもたれかかってる。
もう一人、仲間を作ろうと、蛇のような男がそう言った。
一人の令嬢が馬車に乗っている。
その姿を、わたしは知っている。
その令嬢は、アナベル――。
「(部屋に入ることができぬから、もらった星屑の魔力をたよりに、見たものを夢に同調させた。蒼玉の魔女よ。起きられよ――)」
精霊鳥の声にメリッサは目覚めた。でも体が動かない。意識も朦朧としている。
どうして寝てしまったのか。見た夢は、今この瞬間おきていることだ。
アナベルが危ない。
アレイとセスランの声が聴こえる。でも、メリッサは声を出すことが出来ない。
かすかに瞼を開けると、テーブルの上のティーカップが見える。
起きて、アナベルを助けに行かなければ――。
バリン!!
メリッサは、渾身の力で、ティーカップを拳で叩き潰した。
「おい!メリッサ何やってるんだ!」
アレイの声が遠くに聞こえる。
手のひらに破片が突き刺さり、血が流れる。
痛みで意識を無理矢理起こす。後は魔力を傷口から吐き出して、痛みで脳をバグらせればいい。
「薬。盛ったのどっちですか?」
起き上がったメリッサは、二人を見上げた。
「メリッサやめろ」
ティーカップの破片で切り裂かれた手から、魔力を出し続けて血が飛び散っている。止めようとセスランが手を伸ばす。
「さわらないで!」
メリッサは、放った魔力で彼の手をはじいた。
「――久しぶりですね。セス」
少しふらつくが、意識がはっきりしてきた。
驚いた表情の、セスランがそこにいる。そんな顔も出来るのは以外だなと、頭の片隅でメリッサは思った。
「アナベルが、ソルの屋敷に行くのが見えました。精霊鳥が夢で教えてくれて‥‥‥」
手のひらに刺さった破片を一つ抜く。
床には血の水たまりができているが、ルビーにもらったローブだけは汚さないように手を伸ばす。
王族が集まって話をしている間に、メリッサは眠らされた。ごまかされないくらいに、薬を盛られたのだということは理解している。その事実だけで彼らに対する不信と、メリッサが動けないようにする理由は何かと疑念を抱いた。
騒動の中心に巻き込まれているはずなのに、それから離そうとするなにかしらの意図。ずっと感じていた違和感。
「わたし、これでも我慢してたんですよ、本当はすぐにでもソル会って、デービス翁に直接話をつけに行こうと思っていたんです」
メリッサは立ち上がった。
「事件とか国がどうとか、それってわたしの仕事じゃないし、わたしはわたしの身内とか知り合いとかが心配なだけで、それだけ守れればいいのに」
魔力は無数の星の光を放つ。部屋に張られた結界が軋み出した。
「どうして、ここで眠らせておこうとするんですか?」
信頼を寄せ始めていたからこそ、怒りが沸いてきた。
「これも緑陰のお仕事ですか。三賢者様の頼みの通り動いて、わたしに何も言わずに閉じ込めておこうとしたんですか?」
部屋の中の調度品が、魔力の流れ出す衝撃にがたがた揺れ、固定されていないものが転がりだした。
「メリッサ落ち着け!」
アレイは飛んでくる魔力を受け流しながら、メリッサに近づこうとする。
「それ以上近づいたら、ここ破壊しますよ」
冷たさを孕んだ蒼い瞳で、アレイの動きを止める。
「また、部屋を破壊するつもりかよ」
アレイが前例を引き出して、止めようとするがメリッサはまったく止まる気はなかった。今回は、部屋を壊されて困るのは緑陰の二人なのだから。強気で脅すのはこちらの方だと、引かない姿勢を見せる。
「ソルに関係のある、アナベルを精霊鳥に見てもらっていたんです。早くソルの所にいかないと、アナベルが危険です」
「いつの間にそんなことしてたんだ。どれだけ魔力食わせたんだよ」
アレイが心配するとおり、精霊鳥と意識を繋げ続けていたので、少しずつ魔力を流して与えていた。
「メリッサ話を聞くんだ。セスは‥‥‥」
アレイの言葉を遮るように、セスランは手掌をかざして首を振る。それは、言うなという合図。
「セス、結界を解いてください。あなたにはかないませんが、壁に穴をあけるくらいならわたしでも出来ます。それに、薬物の見つけ方言いませんよ」
「わかった」
駆け引きにのらなければ、本気で結界ごとぶち壊す気だと察したセスランは、結界をほどき始めた。
そして、テラスの窓をあけ放った。
春の夕暮れの、冷たい風が室内を満たし、清浄な空気に入れ変わる。
「(――蒼玉の魔女、目が覚めたか)」
精霊鳥の声が聞こえる。怒りを耐えているメリッサの感情を慰めようとする鳥のさえずりによって、放出された魔力が外に掃き出されていった。
ようやくメリッサは深呼吸をすることが出来て、魔力の放出を止めた。
「――どうして、セスがここにいるんですか。他の仕事は終わったんですか?」
血だらけの右手の有様に顔をしかめながらも、メリッサはセスランを見上げて、冷静になろうと努力した。
「緑陰の任務でここに来た。君を保護しなければならない」
「それで、薬を盛ったんですか。関わらせなければいいとでも?」
「そうだ」
彼は否定しなかった。
サファイアの因縁に、決着をつけに行こうと決めていたのだ。何故か刺客は西の街以来現われなくなり、ソルもメリッサに話しかけなくなっていた。デービス翁の存在を知りながららも、メリッサはどうやって解決したらいいのか、糸口が見えないでいた。誰か襲ってくれたら逆にそれを理由に乗り込むことも出来たのに、刺客の気配を察知するとすぐに皆居なくなっていた。
それらが無意識のうちにストレスになっていたらしい。信頼を寄せかけていた二人に睡眠薬を盛られたことがとどめとなって、メリッサは――キレた。
「胸糞悪いですね」
反抗心を隠さずについた悪態に、セスランの眉がピクリと吊り上がる。そのままメリッサは、セスランに食ってかかった。
「私の問題は自分で対処します。勝手にそっちの都合でコントロールしないでください!」
「君一人でどうにかなる状況じゃないだろう。手をこちらに、治療するから」
メリッサの憤りを受け流して、セスランは手を取ろうとする。
「やめてください。必要ありません」
とっさに身をかわして距離を取った。
ローブが血で汚れないように、左手で負傷した右手を支えつつ、手首を握って止血する。
眠気はとうになくなり、むしろ気が立っているくらいだった。
「あなたの助けなんていらない。ソルの所へ行くのでどいてください」
メリッサは怒りにまかせて、拒絶の言葉をぶつけた。




