50.メリッサが釣り上げたのは
「キロシスタの王子。ですか?」
迎賓館の一室で、メリッサはアレイの説明に、目をまるくした。
「そ、追っかけてきた奴がな」
用意されたお茶を飲んで、アレイはようやっと腰を落ち着けれるといったふうに息を吐いた。
あの飛びぬけた身体能力と、テンション高めな人が、キロシスタ王国のジュナ王子だという。
迎賓館までの移動の間、シャシャと護衛騎士達がジュナ王子を誘導して連れて行ってくれたおかげで、メリッサはあれから追いかけまわされずにすんだ。シャシャ達と簡単な別れの挨拶をすると、彼女たちはキロシスタの王子と別室に消えていった。
今日のお祭りのお出かけは、意外な形で終わってしまった。
「あの、わたしはもう行ってもいいですか。ここ場違いなので」
「ダメ。心配しなくても、ソルの方には緑陰の監視を送ってある。今のところ屋敷から人が出た様子はない。一人で行動しようとするな」
このままソルの屋敷に行こうと考えていたのを読んだかのように、釘を刺される。もう明らかに、彼はメリッサの監視役だった。
「にしても、でかい魚を釣ったよな」
キロシスタの王子は、お忍びでメテオーラに来ていたものの、他国の使者とは顔も会わせずに単独行動をしていたようだ。
オルテンシアの王女であるシャシャも、挨拶一つかわしに来ない王子と会うこともできず、メテオーラの文官からその容姿を聞き出して異国の男がそれだと気づいたらしい。
「王子じゃなかったら。サクッと消したのにな」
「どうしてそんなことを、ほんとに騎士ですか‥‥‥」
物騒なことを平然というアレイは、騎士らしくない一面を見せるようになった。彼は外面のよさと人懐こさで、きっと立派な騎士に見られるし、女性にもモテるのだろう。出会った時からの彼の意地悪さを知っているメリッサは、こっちが素なんだろうと思った。
「俺は、バレなきゃいいことは、なんでもする」
「あまり、考えを読まないでください」
彼の空気を読んで察するのが上手いところが、ありがた半分やはり意地悪く感じてしまう。
メリッサはこれまでの状況を振り返ってみる。資材庫番の同期のソルと、使用人と、デービス翁が繋がって、それが二年前の事件に繋がって、薬物がキロシスタの商人の手にあったものかも知れなくて‥‥‥。そして、ジュナ王子が現われた。
デービス翁の目的は、サファイアの能力のあるメリッサを、従えて利用すること。
ソルが、騎士になることをあきらめてまで、祖父の目的のための手足となっているのは何故だろうか。
二年前の占いの館で襲ってきた男が、薬物の影響でああなったとしたら、ソルの使用人が持っていったものは三国で重要な証拠品となる。
祖母様が危惧していた以上に、大ごとに巻き込まれている。
「どうしてこんなことに‥‥‥」
緑陰の二人に月の女神の秘薬を依頼されてから、いやそれ以前に、マスターガーディアンの部屋に間違って入ってしまった日から、何かが動き出した。
「難しい顔してないで、お茶でも飲んで、少しは休めよ」
迎賓館の豪華な客室で、かしこまらずにくつろいでいるアレイは、まるで部屋の主のようだ。
「はあ」
メリッサは紅茶を一口飲んで、ティーカップをソーサーに戻した。
◇◇◇
「わたくしはオルテンシア王国第三王女、シャリア・オルテンシアですわ」
「俺はキロシスタ王国の第二王子。ジュナだ」
ジュナと名乗った男は、快活に笑った。
「今回は個人的にメテオーラに旅しに来ていたのでな、挨拶にも伺わずに失礼した」
従者の一人も着けずに、メテオーラの街を歩き回っていたは本当のことだった。
シャリアは護衛騎士たちに探らせたが、本当に従者の気配がないらしい。
身体能力の高さは先ほど目にしたばかりなので、王子は一人で出歩くほど自信があるのだろう。
マキシムは、シャリアの背後に控えている。
シャリア王女は優雅に微笑み、ジュナ王子は笑顔のままだ。
婚約者候補の王子と対面することになるとは、メリッサによって引き寄せられた面白いことが、シャリアにまで影響してくることになるとは思ってもみなかった。
ガチャリとドアが開く。
一人の魔法術師と、公爵の姿に戻ったセスランが応接室に入って来た。
「君は昨日会った、魔技研の魔法術師」
「昨日はどうも、ジュナ殿下。メテオーラの魔法術師ジェイド・ウオーカーです」
ジェイドはペコリと頭を下げた。
「それと、公爵殿。初めましてであっているか?」
笑顔のまま、ジュナ王子はセスランを見つめた。
「初めまして。セスラン・ルベリウスと申します」
セスランは表情を崩さずに礼をした。
「さっそく本題に入りますよ。正直今、聖都は大忙しなんです。僕は上級魔法術師として三賢者代理の権限をもらってきました。聖都内にある火種を早急に消すためにも、みなさん協力してくださいね!」
王族相手だろうが、ここは聖都メテオーラだ。礼儀作法は大目に見てもらいたい。
ジェイドは曲者ぞろいのこの空間で、三賢者によってまとめ役を丸投げされて確実に貧乏くじを引かされたと思っていた。
「――情報をまとめると、二年前のオルテンシアとメテオーラでの占い師殺害事件での、使用薬物と思わしきものを、キロシスタの露天商が持っている可能性があるということですね。そして現在キロシスタもオルテンシアもいきなり何かに憑りつかれたようにおかしくなった貴族が続出中と」
ジェイドは、簡潔にまとめた。
「やっぱり、オルテンシアもメテオーラも諜報が優秀だな」
ジュナ王子が一人感心している。
「ジュナ殿下はなぜ、お一人でメテオーラに着たのかしら?」
「今年から我が国の露天商が、メテオーラに出店することになったからさ、見回りに来たんだよ」
「見回り?」
「我が国は、商人の国だからね、露天商に聖都で汚い商売をされては今後の付き合いに支障をきたすことになる。最初はいい印象をもってもらいたいからね」
ジュナ王子は、にこにこと隠す気もなさそうに語った。
「一人の理由は?」
セスランが王子に問う。
「俺は身軽で、強いから」
「茶屋の露天商を知っているのですか?」
「出展者の名簿には目を通してある。あの茶屋は、オルテンシアを拠点に今年の冬の終わりごろから営業してる店だ。オルテンシアに拠点がある店のほとんどが、今回メテオーラに出店しているからな」
「冬の終わり頃ですか、わりと最近ですね」
「ちなみに、オルテンシアで懇意にしている貴族も知っているぞ」
「それは?」
「デービス伯爵翁だ」
セスランの立て続けの質問に、ジュナ王子は、なんの駆け引きもなくあっさり答えた。
「その、水晶玉に写ってる使用人の主人だ」
デービス翁と、その孫のソルとの関係も把握済みだった。
「俺は、露天商の見回りと、その薬物の物的証拠を押さえるためにここまできたんだが、君たちが見つけてくれて助かったよ」
「まだ、それと決まったわけではないですが」
ジュナ王子の断定的な発言に、セスランはやんわりと否定を混ぜてみる。
「まあほとんど黒だと思うけどな。我が国で見つかりそうになって、オルテンシアに持って逃げたが、そこもやばくなって、メテオーラに持ってきたって線なんだけど」
「薬物がどんなものなのかご存じですか?」
「それが、わからないんだ。茶屋の商品も一度は調べたが、ただの茶ばかりで見つからなかった」
ジュナ王子の言葉は、セスランの持っている情報と一致する。オルテンシアでもすでに、キロシスタ商人の拠点に捜査が入っている。それでも、薬物を見つけることは出来なかった、シャリア王女も静かにセスランを見て頷いた。
メリッサの能力を一番理解しているセスランは、あの黒い瓶の中に同じ魔力を感じたということは、ほぼ間違いなく薬物があったのだと考えている。ただ、彼女にしかわからない何かが入っているとつけくわえる必要がる。
ジュナ王子の目的は、さっき言ったとおりの二つなのだろう。だが、それだけではないとセスランとシャリア王女は考える。
「それじゃあ、そのままメテオーラで売りさばかれたら厄介ですね。ここの人間はあまり人を疑うことをしないので、良いカモになるでしょう」
ジェイドは、自国民の特性の弱点をよく理解していた。
「オルテンシアでは、すでに被害がでているのだけど」
シャリア王女は溜息をついた。メテオーラと違って、オルテンシアはきっと欲深い人間がひっかかっているのだろう。
「我国でもそうだ。なかなか尻尾を出さなくてね、遠路はるばるメテオーラにきたわけだ」
「それならそうと、初めから文官通して三賢者様に伝えてくださいよ」
突然来訪して、勝手に動きまわるので文官が疲弊していた。ジェイドはそのとばっちりを魔技研で食ったのだ。
あの時はジュナ王子の目的がわからずに、とにかくメリッサと接触させるなと緑陰の上司から命令された。キロシスタの商人の動きが把握できるまでは近づけるなと。
ジェイドはどこまで緑陰の上司がこの状況を想定していたのか、気になってセスランをちらりと見た。
公爵の姿の彼は、まったく感情が読めない。
「それにしても、この水晶玉といい、優秀な魔法術師がいるんだな。二年も前に見た魔力と、同質のものを見破ることなどできるものなのか?」
「まあ、出来なくはないでしょう」
ジェイドは即答した。よほどの威力のあるものにかぎるけど、と心のうちで付け足す。実際は、今回のようなわずかばかりの魔力など難しい。
「そうなのか。あの二人のうちどちらなのだ?」
ジュナ王子の脳裏に浮かぶのは、黒髪の魔法術師か、銀色の髪の令嬢か。
「企業秘密です」
笑顔を張り付けた顔でジェイドは、そのことを堂々と隠した。
「とりあえず、三国間で今回の件は捜査するってことで、いちおうメテオーラ内でのことなので、主導はこちらで勧めます」
「よろしく頼む。ところで、あの銀色の髪のご令嬢はどこにいるんだ?会いたいんだが」
ジュナ王子が、嬉々として聞いてくる。
「それも、企業秘密です」
ジェイドはより笑みを深くして、答えることを拒否した。
わざわざ地雷を踏みに行くほど、ジェイドは愚かではないのだ。相手が明け透けだろうと、こちらは絶対に不用意に情報は漏らさない。なにせ目の前で、紅い眼の男が見ているのだから。




