48.メリッサが活躍すると、アレイが大変になる話2
「この使用人の男が、何者なのかが分かればいいですよね」
メリッサは水晶玉を見つてめて言った。
「中身だけ持って行ったんだから、こいつの方が重要人物だな」
「あの。高いところに行きたいんですけど」
周囲には三階建てほどの建物が並んで建っている。
「飛ぶか」
「できれば連れて行ってください。飛行魔法は苦手なんです」
「君は、出来る魔法とそうでないのが極端だな」
「よく師匠にも言われました」
アレイはメリッサを軽々と小脇に抱えて飛んだ。
「この、何とも言えない浮遊感が、苦手なんですよね」
路地裏の細い隙間を縫って、あっという間に屋上に着地する。
屋上には、快晴の空が広がり、あたたかい風が吹いていた。
「で、ここで何をするんだ」
アレイは建物の淵に足をかけて、祭りに行き交う人々を眼下に見下ろした。
「今日は多分、空気がいいのでいると思うんですよね」
「なにが?」
「風の精霊の眷属」
その瞬間、風が強く吹いた。
「蒼玉の魔女の力使います。ちゃんと先に言いましたからね」
メリッサはアレイに向けてにこりと笑う。
「――了解した」
メリッサは手を握りしめ、魔力を集中させる。
手の中から光が放たれる。手掌を開くと、蒼と緑に光る真珠ほどの大きさの石が手のひら一杯分出てきた。
「なんだその石は?」
「対価です。わたしの魔力を固めたものです。今はこれしか差し出すものがないので――」
暖かい風がつむじを作り、二人の前に美しい鳥が現われた。
「精霊鳥。たんぽぽのような色でかわいいでしょう」
その鳥は黄色い羽根と、綿毛のような白い羽根が首から腹にかけて生えている。
「なんで、知り合いみたいに言うんだよ」
「この子は森で出会った友達なんです」
「君の森の知り合いは人外ばかりだな」
精霊鳥は、ふわりと羽ばたいてメリッサの肩にとまった。
「去年の春ぶりですね」
「(蒼玉の魔女。風にのって呼ばれてみれば、人間の巣の中ではないか)」
「ごめんなさい。急用だったんです。また今度おみやげを持って森に行きますから」
「(して、急用とは?)」
「あなたの仲間にお願いして、この人を見つけてほしいのです」
手のひらの上の水晶玉を、精霊鳥は一瞥した。
「(禍々しい男だな、今日は視界もよいのですぐに見つかるだろう)」
「ありがとうございます。今はこれしか差し上げるものがないのですけど」
手のひら一杯の、魔力を固めた煌めく石を差し出す。
「(ああ、蒼玉の魔女の魔力は、星屑のごとく極上。これ以上の対価はない)」
精霊鳥は、石を一つつまんだ。
残りの石は精霊鳥の羽ばたきとともに、風に舞ってキラキラと砂のように散って溶けた。
精霊鳥はそのまま空の彼方に消えた。
「めちゃくちゃやる気出してくれたんで、すぐに見つかるかもしれません」
「やってることはとんでもないのに、言うことが軽いな」
アレイは想像を超えてくる展開に、呆れるしかなかった。メリッサが蒼玉の魔女であることを隠さなくなってから、アレイにも精霊の姿と声が見えるし聞こえるようになっていた。
精霊鳥の飛んで行った方向を見つめ続けるメリッサの目じりを、アレイの指が撫でる。
「瞳の中に、星空が広がって見える。魔力の色?質?存在そのものが違うのか?」
「わたしの目に何か見えますか?」
「やっぱり知らないのか?」
「だって、自分の目は鏡がないと見えないですし。わたしは最初からこの魔力が使えたので、どうしてみんなと少し違うのかがわからないんです。師匠も三賢者さまも、とりあえずめんどうだから隠しとけと。祖母様のサファイアの能力とは少し違うらしいので」
「あの人たちなら、そう言いそうだな」
三賢者は、けっこうアバウトなところがある。メリッサの師匠の芙蓉の魔女も、アレイが覚えている限りおおむね大雑把な人だった。
「君は、師匠に似てるよ」
メリッサの行動パターンは、育ての親のせいだとアレイは確信した。
「でも、本当に魔力の対価で納得してくれてよかったです。たまに血を分けろとかいう精霊もいるので」
「いるだろうなー。そういう時はどうするんだ?」
「全力で逃げます。さすがに血は契約を結ぶことになるので、わたしの手に負えません」
精霊やその眷属の聖獣たちは、血の契約よって使役される。魔力を食べるのは人間の食事やおやつと同じだが、血を飲ませると意味が違ってくる。
それも、精霊たちがその人間を気に入った場合に限るのだが。
「君はそっちの方にも人気者なわけだ。とりあえず、隠しとけばいいという結論になってもおかしくないのか」
相棒がメリッサを隠したがる理由が、そのあたりにあるのかもしれない。
風が頬を撫でた。
つむじ風が二人の前で螺旋を描き、精霊鳥が現われた。
「早いですね」
まだほんの数分しかたっていない。メリッサの肩にとまった精霊鳥は、得意気だ。
「(星屑の魔力を食べたからな、力がみなぎる。配下の鳥たちに探させた。同調せよ)」
「はい」
メリッサは瞳を閉じる。
肩に乗った精霊鳥が金色に発光した。
メリッサの瞼の裏には、鳥の視点で見たものが映し出される。
白い屋敷の屋根を真上から俯瞰して、落ちると思った瞬間ものすごいスピードで木の枝に着地した。
水晶玉に写った使用人の男が、窓越しに見えた。
使用人の向こう側に、ソファに座る青年がいた。
「もう少し、近くで見たいのだけど」
青年のシルエットには見覚えがある。
メリッサはその青年に近づいて行った。
――ガクン!
「落ちるぞ!」
目を開くと、屋上の端ギリギリに立っていた。あと一歩で落ちるところだった。
「ありがとう。アレイ」
鳥との同調は切れてしまったが、確かめたいものは見ることが出来た。
「(これでよかったか)」
「はい。ありがとうございます」
「(しばらくみはっていてあげよう)」
「お願いします」
精霊鳥は風に舞う。そして、空に溶けてしまった。
「なんというか、君の協力者がアレだと、地道に潜入調査してる俺らってなんだろうって思えてくるんだが」
「精霊だって万能ではないですよ。協力してもらうのだって対価が必要ですし、気まぐれな子は普通に騙してきます」
結局は、人間が理解できる形での証拠が必要になる。精霊と会話出来ない者には、特に信じてもらえないのだから。
「なにを見てきたんだ」
「使用人の男の居場所。‥‥‥ソルの屋敷みたいです」
メリッサが見た青年は、まぎれもなくソルだった。でも、どうしてあの使用人と問題の黒い瓶の中身と、ソルがつながるのだろうか。
「ソルの屋敷か」
メリッサは、アレイの反応に違和感を覚えた。
彼は、考えるそぶりはしているが、驚いていない。
「――アレイ、何か知っているんですか?」
「とりあえず、みんなのとこに戻ろう」
メリッサの質問に答えずに、アレイは飛行魔法を展開し始めた。メリッサはとっさにアレイを押しのけた。
「おっと、一人で降りられないだろ」
「質問に答えてください。知ってること話して」
大事なところを、はぐらかされている気がする。忘れてはいけないのだ、彼は緑陰。メテオーラの隠密で、オルテンシア王国の人間でもある。メリッサには知らされていない何かがあるはずだ。
「ソルが関わってるってことは、デ―ビス翁が動いているって事でしょう」
「そうだよ。だからとりあえず戻ろう」
意外とあっさりアレイは認めたけれど、ここで説明する気はないらしい。
「ソルの様子が変で、あの黒いモヤが視えました‥‥‥」
彼を取り巻く黒いモヤ。二年前の事件の時と似ているものだった。
自分に関わる人が、おかしくなってしまうかもしれない。
「ソルが危ないかもしれない。わたし行きます」
「いきなり一人で乗り込もうとするなよ!」
アレイに腕をつかまれたが、メリッサはそれを振りほどいた。
「緑陰の仕事か知りませんけど、わたしの身内が巻き込まれてるなら自分で動きます」
三階の屋上から、メリッサは飛んだ。
「ばか!そっちは人が!」
勢いで飛び降りてから、メリッサは後悔した。
こっちは人通りのある方だった!路地裏は反対側!
とっさにメリッサは飛行魔法を展開する、浮遊感とともに風が全身を包む。地上へ着地するには人目に付きすぎる。
「どこか別の場所!」
飛距離を魔力でのばして、ギリギリ届く場所にある街路樹に飛び降りた。
ガサガサガサ!
飛行魔法で衝撃を押さえて、一本の枝に乗ってそこで、止まるはずだった。
ズルっ!
靴が滑った。履きなれていないかかとの高いオシャレな靴は、枝にしっかりと着地できずに盛大に滑った。
「落ちる!」
ドスン!
「――あれ」
メリッサは思ったより衝撃が少なくて驚いた。
「大丈夫か?」
アレイと違う声が、メリッサの下から聞こえた。
「え?」
見知らぬ男が、メリッサの下敷きになっていた。
「ご、ごめんなさい!」
あわてて飛びのくと、男はむくりと起き上がった。草を払いながら、立ち上がる。
「空から天使が降ってきたとおもって、追っかけたら木に引っかかって落ちてくるとか、この国はファンタジーが過ぎて面白いな!」
長身の、異国人だった。軽快に笑う男は端正な顔だちの青年だ。
「あの、怪我は?」
「お前の方が、傷だらけだぞ」
「え?」
衝撃的な異国人のせいで気づかなかったが、木の枝に引っかかった時に、腕やら足に擦り傷があった。髪もひっかけてほどけかかっている。
けっこう悲惨な恰好だった。
せっかくのおしゃれが台無しだと少し落ち込んでいると、異国人の男が突然メリッサの前に跪いた。
「空を舞う天使。君は俺の運命の人だ」
突然男は何かの詩をそらんじ始めた。と、メリッサは思った。
「なんですか?その詩?歌?」
男は瞳を輝かせ、堂々と言った。
「求婚だ」
「は?」
「求婚」
「きゅうこん?」
「求婚」
「球根?」
意味不明な押し問答を繰り返しているうちに、メリッサは知らない人について行ってはいけないという、アレイの言葉を思い出した。
「馬鹿!帰るぞ!」
――思った瞬間。彼の言葉が頭上から降ってきた。
飛行魔法で綺麗に着地したアレイは、言うなりメリッサを肩に担ぎ上げた。




