46.秘薬の効果の答え合わせ
メリッサは、もしもの可能性にぞくりとした。
あの占いの館に来た殺人犯に視た、黒いモヤとあの黒い瓶のわずかなモヤが同質のものだったとしたら。
ただの勘違いかもしれないけれど、同じような事件がおこるかもしれない。
でも、どうしてキロシスタの商人のところにあんなものが?
老店主は特級紅茶だと、そう言ってごまかしていた。
「――メリッサ、どうした?」
考え込んでいたメリッサは、ルビ―の声にはっとした。
「あの――」
確証がないのに、言えない。
「大丈夫だから、言ってみて」
メリッサの逡巡を見透かすように、ルビーは優しい声色で続きを促す。
「あの、ルビーお姉さま。思い出したことがあるのですが」
メリッサは、ルビーに抱きしめられた感覚から、二年前に殺人犯に襲われて助けられた時のことを思い出していた。
懐かしい感覚とともに、あの時経験した、黒い魔法の残滓。あの殺人犯から感じていた黒いモヤの底にあった不気味な魔力を思い出した。
「さっきのキロシスタの商人のところにあった黒い瓶。あれから微弱な魔力を感じました。それが、あの時の犯人の気配に似ているかもしれません」
「二年前の?」
「――はい」
「君の、魔力を感じる能力はやはりずば抜けているね。私でもあれは感知できなかった」
「でも、絶対とは言い切れないというか、中身が何かはわからないので」
メリッサは蒼玉の魔女の能力を秘密にしているので、曖昧な言い方しかできない。 黒いモヤのことも、気配といってごまかすしかない。
「それは、確かめたほうがいいかもしれ‥‥‥」
「きゃーーー無理!!お化け!消えて!」
けたたましい叫び声が、ルビーの言葉をかき消した。
お化け屋敷の出口から、お姫様抱っこされたシャシャがマキシムにしがみついて出てきた。
「――すごい!。お化け屋敷効果抜群ですね」
「想像以上だな」
はたから見たら、カップルにしか見えない。
けっこう派手にいちゃついてると、思われてもおかしくないくらいだ。
「シャシャ。もう外に出ましたよ」
「本当?よかった。怖かった」
お姫様抱っこのまま、二人は自然に会話している。
いや、本物のお姫様だから、これは普通なのかもしれない。
意外だったのは、マキシムが平然としていることだった。
「サルバドル卿、意外とやりますね」
「あれは、楽しんでいるな」
ルビーは、訳知り顔で言った。
マキシムの腕から降りた、シャシャは駆けてきてメリッサに抱き着いた。
「すっごく楽しかった!あんなに大声を出したのは生れてはじめてよ!大声で叫んですっきりしたわ」
その、満面の笑みにメリッサも一緒に笑った。
「怖かったでしょ」
「ええとっても。でも、言ってた通りだったわ。二人だとちゃんと先に進めるの」
王女といっても、十六歳の少女だ。年相応にはしゃぐ姿はとても愛らしい。月の女神の秘薬がなくても、シャシャは絶対、護衛騎士団長を落とせるとメリッサは思う。
婚約者も、彼女の希望通りに決まればいいのに――。メリッサは、そう願わずにはいられないくらいに、王女と一緒にいる時間が楽しかった。
◇◇◇
「さっきのお茶屋を見てきたが、とっくにいなくなってたぜ」
影で護衛していたアレイは、メリッサの懸念を確かめるために、すぐに老店主のいたお茶屋を調べに行っていた。
「素早いですね」
シャシャとマキシムが戻ってきてから、人気のない場所に移動し、メリッサが気づいたことを二人に説明した。占い師殺害事件は、オルテンシアとメテオーラ両方で起きた事件だからこそ、シャシャもマキシムも内容を知っていた。
「お兄様が、その件を扱っていたから知っているわ」
逆に、王太子とその影が、当時の王国側の捜査に関わっていたことに、メリッサは驚いた。メリッサはと言えば、偶然にもメテオーラ側の被害者だったりする。その時の縁でルビーに出会ったのだ。それが、王女までつながって、二年越しに動き出したということになる。
「あの時の事件には、ある薬が使われていたじゃない。もしかしたら、メリッサが気が付いたのってソレなのかしら」
王女は割と、計算なのか天性の才能なのか、核心を突くときがある。
「貴方の勘の良さは、さすがとしか言いようがありませんね」
「何よ、ルビー」
「あの時の、犯人には薬物が使わていました。通称ファントムと呼ばれているソレは、名前の通り、その実態の薬が何か見つけられなかったから。それがあの黒い瓶に入っている可能性はあります」
「ルビーお姉さま‥‥‥?」
薄々そうではないかと思っていた。事件の表に出ていない内容を語るルビーは、ただの占い師ではないのだろう。
メリッサの目を見て微笑む。
「実は私は、王室の占い師で王太子の影なんだ、だからあの時占いの館にいたんだよ」
「ああ、なんだか腑に落ちました」
ルビーが強い理由も、王女と一緒にいる理由もすべて納得できる。
あの時、占いの館にいた理由も。
「こっちでキロシスタの茶屋の爺さんは追っている」
アレイは緑陰と、騎士団の両方を動かして探させている。露店一個分の荷物を運び出しているのだから、それなりに目立つだろう。
「ちょっとアレイ」
王女はひそひそ声で、アレイの袖を引っ張った。
「なんだよ」
「こっちきて」
二人はちょうど、みんなから見えるけれど、話し声は聴こえない程度の場所まで移動した。
「ものっすごく、怖いこと言っていいかしら」
シャシャは神妙な顔で、アレイに向き合った。
「予想はつくけど。いいぜ」
「絶対秘薬。効果発動してるわよね」
「あえて聞くけど、誰のだよ」
細心の注意を払って小声でつぶやく。
「メリッサとルビーよ」
「だよな」
アレイのわかり切った肯定に、シャシャは詰め寄った。
「相手はあの人よ。メリッサはあれを女だと信じてるのよ」
「だな」
「本気なの?」
「あいつは本気だよ」
「どうして?」
「特別だから」
「それはそうでしょうけど」
シャシャの知るルビーの正体からすれば、メリッサへの接し方は、遊びではなく特別なんだと流石にわかる。
「見ただろ。秘薬の効果があろうがなかろうがあいつは基本あんな調子なんだよ、秘薬のおかげで今日はだいぶタガが外れてるみたいだったけどな。女の時の方が割と遠慮なく素が出ていて見ていて面白い」
そういってアレイは、くっくっくと笑う。
シャシャにはアレイのように、思い出し笑いする気にはなれない。
「でも、メリッサは全然気づいてないわよ」
ルビーを女だと思っているし、月の女神の秘薬の効果が現われていることにもまったく気づいてない。
「不整脈だと思ってるからな」
「なによそれ」
「メリッサはそういう奴なんだよ」
アレイは肩をすくめた。
「あの人、女装が完璧すぎるのがよくないのよ、本当のこと言ったらいいじゃない」
シャシャは、まさかの秘薬の効果の発現に、メリッサを騙す形になっていることに少なからず、罪悪感がある。
「女装趣味の変態野郎と思われたくない。身分の高い貴族だと敬遠されなくない」
「は?」
「ビビりなんだよ」
「それって、嫌われたくないだけじゃない」
「それな」
「はああああ」
シャシャは頭を抱えた。
メリッサは自覚がない。ルビーは嫌われたくないから正体を隠したい。
「不毛だわ」
「見てる分には面白い。君は、変なおせっかいするなよ」
「しないわよ。秘薬の効果を見せつけられて、わたくしだって自分のことで精いっぱいよ」
「だな。万が一にもアイツと婚約なんかしてみろ。国が亡ぶ気がしないか?」
アレイがいたずらめいて言う。
「するわ」
あの人は、冗談ぬきで王国を血祭に上げそうだ。
「もちろん、あなたも無理なんだけど」
「はいはい。俺もです」
こういった軽口をたたく二人を、よく王太子は自分より本物の兄妹に見えると言っていた。
この状況で、思っていることを吐き出せる相手がいたのは、本当に助かったのだけれど。
◇◇◇
「二人で何を話していたんだ」
ルビーの問いかけに、戻ってきた二人は目を合わせる。
「街にくわしいアレイに、おすすめを聞いていたのよ」
「そうですか」
さりげなく、ルビーの視線がアレイを刺す。
アレイもまた、さりげなくそれを流した。
「あまり、離れないでください」
マキシムがシャシャの隣に立ち、アレイとの距離を開けさせた。
「はあ。俺だけかよ‥‥‥――ん?」
いろんな意味で、目立っていたメリッサが、やけに静かなことにアレイは気が付いた。
腕組みして、何かを考えている。
「どうした?」
「さっきのお茶屋の横のお店って、アクセサリーの露店でしたよね」
「そうだ。さっき見てきたときもアクセサリーの露店のおっさんに聞きこみしてきたから間違いないな」
「もしかしたら、少しだけ手がかりが残っているかもしれません」
うつむいていた顔を上げて、メリッサはアレイにわずかばかりの決意をこめて言った。
「え?」
「ちょっと行ってきます」
その一言だけで、メリッサは駆けだした。
「まてまて!一人で行くな。俺も行く!」
「ちょっと待って、アレイどうしたのよ!」
シャシャは、いきなりどこかえへ行こうとする二人に向かって呼びかける。
「悪い!後で合流するから!」
そのまま説明する間もなく、アレイも人混みに消えていった。
「はあ、あなたは追わなくてもいいの?」
シャシャは、ルビーに目配せする。
「その必要はないですね」
ルビーの表情からは、感情を読むことが出来ない。
「メリッサもどうしちゃったのかしら」
不思議な魔女は、何かに気が付いたようだったけれど、確証がなかったからなのだろうか、説明することもなく行ってしまった。
そして、アレイは当たり前のように、メリッサを追っていった。
シャシャは王族として、不測の事態に動じないように教育されてきた。だから、メリッサが急にどこかへ行こうとも、アレイとルビーの初動を見て追及する必要はないと判断した。周りの人間の少しの変化も見逃さないように常に自然体で観察するクセがついている。
きちんとした信頼関係を築いてるのは、アレイの方――。
ルビーは、どうなのだろうか。秘薬の事を知っているだけに、王女はルビーが少し不器用なのかと思い始めていた。
「シャシャ様。追いましょうか?」
マキシムは主人の裁量を待つ。事件がからみだした以上、王国側として護衛騎士の一人でも捜査のために動かして、メリッサの行動と情報を集めるべきだ。
それは、そうなのだが。シャシャは、ルビーの反応を確かめる。
「そのうち、おもしろいことになって帰ってきますよ」
この状況に、何かしらの疑念を抱くことになるであろう王族側に、ルビーは遠回しに探りに行くなと告げる。
ルビーの、目が笑っていない微笑みに、シャシャとマキシムはぞっとした。
違う、この人は不器用なんかじゃない。
「貴方。ものすごい腹黒だったわね」
メリッサがいなくなったとたん、殺伐とした空気を出してきたルビーに、シャシャは遠慮なく本音を吐いた。
「もう少し、わたくしたちにも気を使って欲しいわ」




