43.護衛騎士団長の試練
露天商が並ぶエリアの建物の二階に、メテオーラの料理が楽しめるレストランがある。
「シャシャ。お昼はここで休憩にしましょう」
マキシムは、主をエスコートして店内に入った。
店内は春祭りの影響で満席だ。護衛たちが席を埋める客に扮していくつかの席を押さえている。
四人はその店の奥にある、個室へ通された。
「別に個室でなくてもよかったのに」
「だめです、仲間との定期連絡を取る必要がありますし、我々は少々目立ちますので、こちらのほうがゆっくりできます」
「もう、仕方ないわね」
いつもは王女らしくしている主人が、今日は年頃の少女のように笑っている。
メリッサという魔女に妙になついてから、王女は少し変わったようにマキシムは感じていた。
銀髪に蒼い瞳の魔女。護衛騎士団長である自分には、魔女と会った目的も理由も王女は明かさなかった。
「詮索しないこと」が命令だった。
それなのに、あのピジョンブラッド公とメテオーラの魔法騎士になったヴァルキン侯爵家三男のアレイ・ブラキッシュには、魔女に会った理由を打ち明けているらしい。
王族の命令には従わねばならない。職務だと理解していてもマキシムは面白くなかった。
メリッサ・レイニードは、魔塔の魔法術師で資材庫番だという。それでいて、市井の魔女の弟子でもあると報告された。それ以上の詮索はするなと、公爵閣下自ら念を押しに来たくらいだ。
その時点で、ただ物ではないと判断できる。オルテンシア王国でのピジョンブラッド公セスラン・ルベリウスの人物像からは想像もできないことが、目の前で起きている。
王太子の友人であり、前国王崩御の際に、現国王への反乱が置きそうになったのを公爵家の騎士団を率いて鎮圧し、さらには王太子の暗殺まで食い止めた人物だ。
ピジョンブラッドの名の通り、紅い瞳と、鮮血をまき散らしながら戦う姿は見るものを戦慄させた。王国で唯一のルビー鉱山を保有し、富と財産は王族に次ぐ。
そんな彼が、メテオーラの魔女に、心を砕いて接している。
王都では、どんな貴族令嬢も近づけず、シャリア王女の姉たちとの婚約話すら袖にして一切を受け付けなかった男がだ。
身分を隠し、女装までして魔女の希望を叶える為だけに動いている。
魔女の方は、そんな彼を恩義のある女性だと信じ切っている。
「一体何なんだ」
あの魔女は二年前の占い師殺害事件の被害者だというが、その時の出会いだけでこんなにも公爵が別人になるほどの理由になるのだろうか。
時々、あの紅い瞳を見ると、戦慄が走る瞬間がある。これは騎士としての感覚だがとてつもない魔物に遭遇した時のような、生死を掛けた瞬間に似ている。
「団長、どうですか?そちらは」
マキシムは、護衛騎士団の部下の席に、知り合いの振りをして立ち寄った。
「今のところ問題はない」
「こちらも周囲を見張っていますが、異常はありません」
本当は、たった今、定期連絡のために王女を公爵と魔女にまかせているのが、一番の不安要素だとマキシムは思っている。
「それでデートは楽しんでますか?」
副騎士団長のジルが、興味津々に聞いてくる。
「貴様、ふざけたことを言うな」
「美女と美少女二人の護衛なんてみんな羨ましがってますよ」
護衛騎士団の連中が、朝からそれで盛り上がっていたのは知っている。
その美女が、女装した公爵だと知ったら皆どんな反応をするのだろうか。
「職務だぞ、浮かれるなと全員に通達しておけ」
「ですが、団長はいちおう婚約者候補じゃないですか」
「不敬だぞ、口を慎め」
どこで、その話が漏れたのか、十六歳になったシャリア王女の婚約者候補については、王城でも噂になっていた。
婚約者候補は、公爵を筆頭に、魔力量と魔法術師としての実力を買われたヴァルキン侯爵家の子息アレイと、次期辺境伯のマキシム、キロシスタの王子。
その公爵とアレイが王女と魔女の関係に関わっている。自分だけが蚊帳の外だ。
「殿下は団長といて楽しそうですよ」
「それは魔女殿と一緒だからだろう。俺は、それほど信頼に値しない人間なのかもしれない」
「何を言っているです、そんなことありえませんよ。なあブリジット」
副騎士団長のジルは同席しているブリジットに話を振った。
「団長が一番信頼されてます」
ブリジットは護衛騎士団の中で、唯一の女騎士だ。彼女は魔女と王女が会ったときに同席している。
「ブリジット、殿下と魔女殿は‥‥‥いや、なんでもない」
王女殿下があえて言わないことを、部下に詮索するなど、もってのほかだ。
「団長は難しく考えずに、殿下を楽しませて差し上げるのが良いと思いますよ」
そう言って、ブリジットはテーブルの上に並んだ魚の料理を食べた。
確かに、王女殿下はここで息抜きがしたいのかもしれない。のびのびと楽しんでいる彼女の姿があれば、それでいいような気もする。しかし、女装した公爵と謎だらけの魔女と同行していることが問題なのだ。
しかも、公爵がやたらと挑発的で、時折り冷静さを欠きそうになる。
「あと、半日。持つだろうか」
マキシムは、いまだかつてない試練だと思った。




