39.ルビーと再会1
「どうかしら。我ながら上出来よね」
鏡に映るのは、水色と白の春らしいワンピースを着たご令嬢だ。
「すごい。貴族令嬢っぽく見えるわ」
「どうみてもご令嬢でしょ!」
銀髪は三つ編みでアクセントをつけながら後ろでアップにまとめ、ブルーのリボンのバレッタで止めてある。ナチュラルメイクのおかげで、まるでメリッサは鏡に映る自分が別人だと思ったくらいだ。
「スー。ありがとう。なんだか自分じゃないみたい」
「今日ばかりはメリッサも、トラブルホイホイ娘には見えないわね」
スーリアは腕をまくり、メイクブラシを指に何本もはさみこんで、いい仕事をしましたといわんばかりに胸を張った。
シャリア王女と祭りに出かけると決まった昨日、仕事が終わってからアレイに呼び出されたスーリアは、そのままドレスショップに連れていかれてメリッサの服選びを手伝ってくれたのだ。そして今日は、支度までしてくれている。
「もう、王女様につきあうのもこれきりにしなさいよ」
「わかってるよ」
王女と関わることになってしまったことを、スーリアにはしっかり叱られた。
「思い出のルビーさんに会えるのだって、偶然がかさなりすぎてて怖いと思わない?わたしは心配なんだけど」
「王女殿下のすべてを信じてるわけじゃないけど、ルビーお姉さまに会えるなら、会って助けてくれたお礼が言いたいの」
二年前は、さよならもありがとうも言えなかった。
「まあ、メリッサの命の恩人だし、もしルビーさんを連れてくるのが嘘だったりしたら、王女様だろうがなんだろうが強気でお断りしなさいよ」
「そうするわ」
職場の人間にバレないように宿舎ではなく、師匠と暮らすアパートで支度を終えたメリッサは、外で待つアレイの元へ向かった。
「これは、孫にも衣装だな」
メリッサを見たアレイは開口一番そう言った。
「はあ?アレイあなた、わたしの腕にケチつける気?こんなに可愛く出来たのに」
ゲシっ!
スーリアはアレイのすねを蹴った。
「おい、痛いぞ!」
着飾った姿を人に見られたことがないメリッサは、上がっていた気分が、急降下で下がった。
地味で存在感の薄い自分はワンピースに釣り合ってないのかもしれない。
「やっぱり、ローブを着てきます」
「似合ってる!ばっちりだ。王女にも負けてない」
部屋へ引き返そうとしたメリッサを、アレイが引き留めた。
「最初からそう言いなさいよ」
スーリアはアレイを睨みつける。
「その、アレイの隣を歩いてても恥ずかしくないですか」
「まったく恥ずかしくない」
彼は今日は、王女の護衛の一人として側にいる手筈になっている。人混みに紛れるためオルテンシア王国からの貴族の旅行者に見えるように着飾り、いつものキラキラ感が割り増している。
正直こんな美丈夫の隣を歩くのも、まったく自信がないのだけれど。
「一体何が気になるんだよ?ネガティブオーラが出てるぞ」
アレイは、メリッサが悶々と何かを悩んでいることに気が付いた。
それまでうつむいていた顔を上げ、メリッサは意を決して言った。
「ルビーお姉さまはとてつもない美人なんです!その隣を歩くのに、私なんかが一緒にいたら迷惑じゃないかなと思って。王女殿下ほどの美少女なら問題ないでしょうけど、お二人に恥ずかしい思いをさせたり、誰かに笑われるんじゃないかと心配で」
アレイとスーリアは顔を見合わせた。
「瓶底眼鏡の呪いが強すぎるわね」
「自己理解がまったくできてないよな」
真剣に悩んでいるというのに、二人は意味のわからない事ばかり言う。
「真面目に言ってるんですけど」
「わかってるよ。さっさとルビーに会って、その心配を吹っ飛ばして自信をつけてもらった方が早いな。行くぞ」
「スー。行ってきます!」
「はいはい。いってらっしゃい」
メリッサは親友に見送られて、待ち合わせ場所へと向かった。
◇◇◇
聖都の中心にある広場の時計の下。
「待ち合わせにはど定番だよな」
時計は午前十時をさしている。
「緊張してるのか?」
アレイの問いかけに、メリッサはこくりとうなづいた。
広場はお祭りの屋台もあり、たくさんの人で賑わっている。ちらちら人影をみては、いつ王女とルビーお姉さまが現われるのだろうかと、ドキドキしてしまう。
「二年も前にちょっと魔法を教えたくらいの子のことなんか、それほど重要じゃないっていうか、忘れちゃってるかもしれないですし。わたしが一方的に思っているだけで、今更迷惑かなとかいろいろ考えちゃって」
「君は鈍いくせに、他人視点だと意外と考えすぎるタイプなんだな。そもそも、俺たちは王女の思い付きに付き合ってやってるんだ。こっちは接待される側くらいの気持ちでいいんだよ」
「そうでしょうか」
「そうだよ。君は知らない人についていかない、迷子にならない、知らない人からものを貰わないようにしてればいい」
「なんですかそれ、子どもに対する注意事項じゃないですか。そんなことしませんよ」
「あとはあれだ、酒は絶対飲むなよ」
「うっ。わかってます」
「それから」
「まだあるんですか――?」
真横に立っていたはずのアレイが、一瞬でメリッサの右腕をからめとり、もう一方の手で腰を引いて抱き寄せた。
「知らない奴を近づけるな、こんな風に簡単に距離を詰められたら駄目だぞ」
アレイが楽しそうに笑う。
「ご教授ありがとうございま、す!」
ゲシっ!
「痛て!さっきスーリアがやったのと同じところを蹴ったな」
親友直伝の蹴りをお見舞いして、アレイを撃退した。
「魔法以外の護身だってできるんですよ」
メリッサは右突きの構えをして、アレイの左肩に拳を当てた。
ドス!
「へえけっこう良いじゃん」
「手が痛いです。やっぱり騎士の体は鉄板みたいですね」
アレイはびくともしないで、メリッサの拳を受けていた。
「あなたたち、仲がいいのね」
「ひゃっつ。おおおおう‥‥‥むぐ」
シャリア王女の声に、メリッサは肩がビクッと跳ね上がり、振り向きざまに王女と口走りそうになったところを、アレイによって口を塞がれ止められた。
「ちょっとお嬢さんの緊張をほぐしてやってただけだよ」
あれは、彼なりの気遣いだったらしい。メリッサはご令嬢らしからぬ行動を見られて恥ずかしくなった。そして、目の前の本物のご令嬢である王女の姿に思わず見惚れてしまった。
王女は美少女にしか着こなせないであろう、レースとフリルたっぷりの白いワンピース姿で現われた。ウエストと袖にピンクの小花がらのリボンが飾られている。
「約束通り、占い師のルビーを連れてきたわよ」
王女の少し後ろに、懐かしい姿があった。
金の長い髪に、美しい赤い瞳。白に錦糸の刺繍の入ったエスニック風ドレスに黒の薄衣の羽織をまとっている。絶世の美女と言っても過言ではない。
二年前と変わらない、優しいまなざしにメリッサの胸が暖かくなった。
「ルビーお姉さま。あの、お久しぶりです」
緊張で少し声が震えてしまった。なんなら心臓まで苦しくなってきた。
「メリッサ、久しぶりだね。会いたかった」
そう言って、ルビーは微笑んだ。二年前と変わらない優しい声色で。




