38.セスランのたくらみ
深夜零時を過ぎて、保管庫のマスターガーディアンの部屋には灯りがまだついていた。
「俺は、そろそろお前が過労死するんじゃないかと思うんだが」
ソファに座り、部屋の主よりもくつろいでいるアレイが言った。
「うるさい」
執務机には、公爵家から持ってきた書類が積んである。シャリア王女と共に視察と春祭りの来賓として外交に時間を取られ深夜になっても仕事を続けていた。
「保管庫のマスターガーディアンと、オルテンシアの公爵と緑陰の仕事を同時にやろうなんてのはワーカホリックの末期だよ」
「わかってる」
相づちを打ちながら、書類の決済を続けるセスラン自身が一番それを理解している。
「人間の体と時間には、限界があるんだからな」
人並以上の魔力量があるセスランは、保管庫のセキュリティを作動させ続けながら、そのほかの日常業務をこなし続けている。聖獣であるラファエルを魔法の軸として保管庫に置くことで魔法を維持しているが、要の術はセスランと繋がり続けている。日常業務量が増している最近は、疲労を感じているのも事実だった。
「その通りですよ。主にもっと言ってください」
猫執事のラファエルは、お茶を執務机に置いた。
「あと一年だ、弟がウィズダムを卒業して魔法術師の称号を取ったら家督を全部譲って手放せる」
「真面目な公爵様だな」
「そういう場所に生れてしまったのだからな、誰かさんのおかげで」
「財力と権力のある場所に生れた方が得じゃないか?俺のチョイスは間違ってない」
セスランには前世の記憶がある。相棒のアレイは前世のセスランの魂を現世に持ってきて転生させたのだ。
「人間らしく生きてるよな。お前」
「公爵家の者も領民も、捨てるわけにはいかない。オルテンシアとメテオーラが平和で良好な関係を続けていれば、メリッサも平穏だ」
「メリッサの為だけに転生したってのに、他のもを抱えてどうするんだよ」
「公爵家には弟と妹が二人と、大勢の使用人たちがいる。それらを捨てるようなろくでなしがメリッサに好かれると思うか?」
「俺はバレなきゃいいと思うけどな。その世話焼きでなんでも守りたくなるの、守護者の職業病なのか?」
「さあな」
五百年前の前世にも、アレイに同じことを言われた。
セスランは、お茶を一口飲んだ。甘さとフルーティさと酸味が効いている。
「これはなんの茶だ?」
「滋養と美容効果のあるハーブティーです」
「美容効果?」
「明日に備えておいた方がよいかと。ローズヒップをベースに色々ブレンドしたお茶です」
「ぶはっ!さすがラファエル。お前の主は、明日は美女に変身するからな。あ、日付が変わってもう今日か」
アレイは、腹を抱えて爆笑した。
ゴツ。
「痛て!髑髏投げつけるなよ!」
執務机の上にいつも置いてある、髑髏の魔道具を投げつけてやった。
「笑うなアレイ。腹が立つ。メリッサと王女がシンクロしすぎてて最悪の展開だ」
「二年前に世話になった美女に会いたいなんて健気じゃないか。少し会うくらいのことしてやれよ」
二年前、占いの館で過ごしたほんの数日の出来事だ。
セスランは、潜入捜査の最中に前世の記憶の中の少女に出会った。転生した彼女をずっと探していたセスランは、あんな場所で出会うと思っていなかった。前世の姿そのままに転生した彼女を見つけて、平静を装うのに必死だったのを思い出す。
前世と違うのは名前くらいで、銀の髪も蒼い瞳も声も同じだった。なにより魂の輝きが彼女そのもので歓喜に震えた。それでも、記憶があるのは自分だけだと己に言い聞かせ、緑陰の立場を忘れて親密になり過ぎないように注意していたつもりだったのだ。
今回のことで、セスランが思っていた以上に、メリッサはルビ―を信頼していたことがわかった。
「女装姿でだぞ」
メリッサを騙すという罪悪感が、どうしても生れる。
「任務だろ。実際、王女の護衛、メリッサの護衛、両方できる。それにデービス翁の方も情報が入ってきた。ソルのところに来た新しい使用人が、どうやら怪しい行動を取ってるらしい。2年前の占い師殺人事件の続きが動き出したかもしれないからな」
緑陰の諜報員によって、ソルとデービス翁の周辺は監視されている。
「確かに癪だが公爵の姿では表で動きにくい。ルビーなら王女とメリッサと一緒に行動していても怪しまれずに都合がいい」
占い師殺害の犯人は、黒魔法の精神干渉の呪いにかかっていた。そして犯人には、出所不明の薬を接種した痕跡があったのだ。メリッサを襲った犯人は、呪いと薬の影響でほどなく獄中で死んだ。あれから二年たった今年の冬の終わりごろから、貴族の間で急に性格が変わって、おかしくなったという者が現れ始めたのだ。そしておかしくなった者から二年前と同じ薬が検出された。
それが、デービス翁に縁のある人物ばかりだった。
オルテンシア国内の問題と、メリッサの問題がつながっている場合、今がまとめて真相を暴く機会となると踏んでいる。
問題は山積みだが、セスランが周りくどいやり方で、王女の月の女神の秘薬の希望をかなえたり、公爵として同行しているのは、メリッサの保護とサファイアという因縁からの解放、王国内の事件の解決と公爵としての婚約者問題を解決するためだ。
「王女は秘薬をまだ使っていない。どうするかは王女の勝手だが、こちらも婚約回避の為にけしかけてやるぞ」
セスランの目が細められた。
「王女にやり返したいんだな」
「主、相手は子どもですよ」
二人の意見は無視して、セスランは話を続けた。
「オルテンシアの国王は徹底して利益追求型の人間だ。我が子も駒として使う。メリッサの祖母殿が前国王にサファイアとして使役されていた時代を知っているからこそ、情で動くタイプではない」
「そうだな、単純に、マキシムが好きだからって婚約させてくれるような親子の情はないな」
「西のキロシスタの王子も来ていて、婚約者候補が全員そろっている」
「まったく厄介だよな」
「だからこそ、誰が一番役に立って、国王にとっての利益になるか示せばいい」
「つまり、護衛騎士団長のマキシムに手柄を立てさせるわけだな。あのクソ真面目な男が王女に自分からアプローチとか絶対無理そうだしな。王女が告っても己の分を超えるようなことはしなさそうだし。外堀埋める作戦しかないよな」
わがまま娘で子憎たらしいが、貴族としてのセスランと幼少から付き合いのある王太子の妹だ。小さいころから知っているからこそ希望をかなえてやりたいという思いも少しはある。
結局、アレイの言う通り、世話焼きなのかもしれない。
「話は変わるけど。セスがメリッサにかけた守護魔法のせいで、デービス翁が送ってきた刺客が軒並み消えていくんだけど、そのせいで証拠まで消えてしまう。やりすぎじゃないか」
「西の街の事があったから、魔法を強化したんだ。彼女に害をなそうとする者の念を拾ったら片っ端から飛ばすようにしてある。俺は今側についててやれないから仕方ない」
守護魔法で刺客に衝撃破の魔法をぶち当てて、メテオーラの外の森に飛ばしていた。今日までに二十人ぐらいは飛ばしただろう。簡単に飛ばせるくらいの雑魚ばかりだったが、遠隔で飛ばすのはそれなりに魔力を消費する。
「だから過労死するって言ってるんだ。だいたいメリッサ自身で対処させないと意味がないだろ」
「それはわかってるが、あの子は自分の力を隠すのが下手過ぎる。西の街でも誰も使えない古代の回復魔法を人前で使ったんだ。下手に活躍させると今度は魔塔の連中が騒ぎ出す。三賢者にも渡したくない」
あの時は、結界を張って野次馬や騎士団に見えないようにした。
「サファイアの能力以外にあるんだろ隠す理由。眼鏡がなくなってから、極上の魔力が時々溢れているぞ。セスの守護魔法のせいで俺が目隠しの魔法を掛けようにも手出しできない。早くなんとかしないと、目ざとい魔法術師に気づかれるかもな」
眼鏡の守護がなくなったことで、多すぎる魔力が漏れ出しているのだ。
「なあ、蒼玉の魔女の秘密ってなんなんだよ」
おそらく、アレイはメリッサの魔力の煌めきに気が付き魅せられたのだろう。
「秘密だ。言ったらお前はきっと、メリッサを手に入れたくなるだろう。お前は強いから一番厄介な敵になる。俺はお前を殺したくない」
「過保護すぎるな」
「お前の言う通りだ」
自覚はある。
「だが、失うよりはいい」
前世の彼女が死んだときの記憶を思い出してから、今世の自分と前世の自分が同一化して感情もそのまま今の痛みとなって蘇る。
「堕天した守護天使が、人間に生まれ変わったら、過保護で世話焼きで心配性で執着心のかたまりになるなんてな」
「なんとでも言え」
夜半の月が窓の外に見える。
そして、星々が輝いている。
同じ人間であれば、自分の意思で選び動ける。
守護天使など、神の傀儡でしかない。




