37.アレイのたくらみ
「こんなの依頼でもなんでもない、あの王女の話を聞く必要なんてなかったんだ」
アレイは資材庫の事務室で、メリッサを説教していた。
王女は言質を取ったと言わんばかりに、ルビーを連れてくるから一緒に祭りに行くと言い切って去っていった。
銀髪の三つ編みを指でくるくるいじりながら、メリッサは聞き取りにくいほどの小声で何事かをつぶやいた。
「――お姉さまと、王女殿下は言いました」
「は?」
「あまり人に頼りにされたことがなかったので、お姉さまって響が嬉しくて…‥」
ごにょごにょ。
「話だけなら聞いてもいいかなと」
「その結果がこれかよ」
そんなくだらないことでと言いかけて、アレイは言うのを止めた。
酔っぱらって、子どもあつかいするなと騒いでいたことを思い出した。
「王女殿下とお祭りを見て回るのは、やっぱり無謀ですね。ルビーお姉さまに会いたかったですが、アレイから断ってもらえませんか」
メリッサは明らかに元気がなく、無理して作り笑いをしている。
「今日はどこにも出かけずに、資材庫に引きこもっています。アレイも騎士の仕事があるでしょう帰って下さい」
ラファエルを抱き上げてぎゅっと抱きしめてから、メリッサはそっと床に置いた。
「ラファエルも、マスターガーディアン様のところへ戻ってね」
「メリッサ様」
特殊な能力を持った者の特性なのか、メリッサの肝心な事や本心を隠すところが、相棒に似ている。だが、彼女の場合は隠そうとするだけで、隠していること自体わかりやすくバレている。
「何かあったのか?」
うつむく彼女は、ピクリと反応した。
「何もないです」
アレイは、メリッサの隣の席の椅子に座った。
「本当に?」
蒼い瞳が揺らぐ。魔力を上手く隠しているが、感情の揺らぎとともにわずかにメリッサから魔力が漏れ出ている。瞳の奥に、星の光がキラキラと浮かぶのだ。眼鏡がなくなってはっきりとそれが見えるようになった。
おそらく、上位の魔法術師だけが気づけるくらいのわずかなものだ。きっと魔力を解放したらそれは誰が見てもわかるようになり、極上に美しく煌めくのだろう。
物の記憶を読み取るの能力とは別の、祈りと自然物との対話の能力とも違う、もっと強大な能力が隠されていると感じさせるのだ。セスランが本当に隠して守ろうとしているメリッサの秘密。相棒の自分にすら真実を明かさない特別な何かがある。
暗に言うまで帰らないと意思表示して、アレイはメリッサの言葉を待った。
「‥‥‥昨日、スーリアと学園に出かけたとき、ソルの婚約者のアナベルに会いました」
メリッサはぎゅっと手を握りしめながら、アレイの様子をうかがった。
「それで?」
「怒りませんか?ソルの関係者に会ったことを報告しませんでした」
「怒らない。俺は君の護衛をする任務があるが、護衛対象がすべて護衛者に報告するという義務はない」
スーリアからの報告もないということは、プライベートの範囲内のことであったり、メリッサ自身に委ねるべき事柄だったのだろう。
「アナベルに、わたしがソルをそそのかして誘惑したから、騎士ではなく資材庫番になったと責められました。わたしは、婚約者の彼女のことを知っていたのに全然アナベルの気持ちを考えられなくて、ソルにも気づけなくて、ほんとに間抜けな奴だと思っているんです。それに、わたしダサくて最低な女だったみたいです」
どうやらアナベル嬢に、激しく罵倒されたようだ。
「君が、少し、いやかなり鈍感なのは認めざるを得ないだろ」
「うっ」
「それにしても、君が男をそそのかして誘惑しただって?ハハッ」
「わ、笑わないでください」
「できるのか?」
少しいじわるしたくなって、彼女の固く握りしめていた両手を掴んで距離を詰める。
「できません」
恥ずかしがるメリッサの蒼い瞳の揺らぎに合わせて、星がもっと煌めきだした。
「‥‥‥意外とできてるじゃないか。アナベル令嬢の言う通りかもしれないな」
もう片方の手で、メリッサの後ろの首筋に触れ顔を引き寄せた。
「アレイ近いです」
捕まれた手で押し返しながら、メリッサは後ろに引き下がる。椅子ごと転げ落ちそうだが、アレイはがっしり支えて逃げ場がないようにした。
彼女から溢れ出る魔力が増して、星の煌めきが零れだした。
「これは、欲しくなる」
アレイの目が捕獲者のそれに変わった瞬間。
ガブリ!
「痛って」
二の腕に、ラファエルが嚙みついた。
メリッサは目をパチクリさせて、つかまれていた手を引っ込めた。
「お戯れはそこまでです。仕掛けが発動したら、アレイ様といえどただではすまされませんよ」
「わかってるよ、悪かった。からかいすぎた」
毛を逆立てた黒猫が、睨みつけてくる。
相棒が仕掛けた守護魔法が、発動するすれすれだった。
それがわかっていても触れたくなるほどの、魅力的な魔力だったのだ。
「本当に、アレイはいじわるですね。もう帰ってください。一人でいれば誰にも迷惑かけないし、トラブルも起こりません。資材庫の見回りに行くので、ここから出てください」
メリッサは、資材庫の鍵を持って席を立った。平静を装っているが、明らかに落ち込んで見える彼女の本音は、結局これなのだろう。
周りに、迷惑をかけるくらいならと。
「そういうことか」
「え?」
「君の護衛くらいなんてことはない。何かあっても責任はセスに取ってもらう」
「アレイじゃなくってセスが?」
訳がわからないといった顔で、メリッサは呆然としている。
「王女をきっちり見てなかった、アイツがそもそもの原因でもあるんだ、こっちはむしろ巻き込まれたといってもいい。だよな、ラファエル?」
「確かに、セスラン様の落ち度とも言えますね」
相棒は、月の女神の秘薬をメリッサが飲んだ事を知らない。
あの時、ホテルの一室に集まった四人だけが知っている秘密だ。王女たちには、口止めしてある。
二人は、遅かれ早かれ会うことになる。
どんな姿であろうとも、秘薬の結果は現われるだろうし、それはもはや神のみぞ知ることだ。
極上の魔力を隠し持つ娘を、手中に治めようとする相棒に、わずかばかりの嫉妬を覚える。長い時のなかで、アレイは久しくもつことのなかった感情に、胸が躍った。
「気が変わった。明日王女に会いに行こう。もちろんルビーにも」
「でも」
「大丈夫だ、凄腕の護衛がそろっているからなんとかなるさ」
「ですが、これ以上勝手なことしたら、セスにも怒られる気がします」
「他の仕事にかまけてるアイツが悪い。今回は、俺はメリッサの味方をするよ」
セスランがこれまでに払ってきた代償を思えばこそ、親友として隣に居続けた。
だが、蒼玉の魔女の本当の魔力に魅せられ、興味をそそられたからには目の前の彼女の味方をするのも悪くない。
それに、誰にも知られていないルビーが、メリッサと王女の護衛についたほうが何かと都合がいい。王女とメリッサが一緒に行動する展開になった場合、二人を囮にする事を、セスランなら想定するはずだ。そしてその場合はセスラン自身が必ず二人を守る。
「アレイ様、またよからぬことを企んでいるのでは?」
ラファエルが肩に飛び乗って、メリッサに聞こえぬように話しかけてきた。
目ざとい執事猫を、こちら側に引き込んでおかなくては。
「メリッサの願いを叶えるだけだ。アイツがいない間、お前が彼女に撫でられながら、ちゃっかり魔力を食っていたことを黙っててやるよ。だからルビーに会いに行くことを止めるなよ」
「仕方ありませんね、魅力的な魔力は僕のような聖獣にとっておやつのようなものです。ちょっとつまんだだけですが、嫉妬深い主には黙っていてほしいですね」
「交渉成立だな」
セスランには悪いが、秘薬のことは隠しておく。ルビーに会えると期待するメリッサの顔が少し明るくなった。月の女神の秘薬の効果がどうでるか、アイツの嫌いな神しか知らないことだ。




