36.セスランを悩ませるもの
聖都メテオーラの迎賓館は、ウィズダムの敷地内に建っている。
魔法学園都市であるウィズダムが、魔塔と他国との外交の場になっていた。
「閣下。殿下が戻られました」
女騎士のブリジットが報告しに来た。
セスランは、今年のメテオーラからの魔道具燃料の買い取り額の書いてある書類に、魔法印で封をした。次の書類にペンを走らせながら、その知らせに顔をしかめた。
公爵の役目など、捨ててしまいたくなる時がある。息子が優秀だからと早々に爵位を譲って隠居した両親は、外遊の旅に出ている。人間らしく、人間の世界のルールにのっとって生きることが、時々煩わしくてたまらない。
長い時をかけて、人間としての地位と権力を確立して、大切なものを守る準備をしてきた。やっと、手の届くところまできたのだ。邪魔するものを排除して、彼女の憂いをなくすために多くのものを積み上げてきた。
彼女を宿舎に送った日からずっと、公爵としてオルテンシア王国で仕事をし、保管庫全体のセキュリティを強化してからラファエルに管理を任せ、彼女の護衛はアレイに委ねていた。
デービス翁とソルの動きも考慮しつつ、キロシスタの連中の目論みも調査しなければならない。
だが、それよりなにより、一番の難問が、第三王女シャリアの相手をすることだった。
王女の前では、オルテンシア王国のピジョンブラッド公セスラン・ルべリウスであらねばならない。
「セスランおにいさま。明日一緒に出かけるわよ」
「戻って来るなり、勝手気ままなことを言うな」
シャリアは、書類の積まれた机で仕事を続けるセスランの前に立った。
「魔女のお姉さまとお出かけする約束をしたの」
「は?」
「だから、秘薬を依頼した魔女のお姉さまと、お祭りに出かけるの」
「――は?」
セスランは耳を疑った。
側に控えていたブリジットも、驚愕の表情を隠しきれずに主に質問した。
「殿下、それは本当ですか?」
「ええ本当よ」
あまりにも突飛な王女の発言は、あっさりと本人によって肯定された。
この王女のこういうところが、本当に腹立たしいのだ。すべての段取りを狂わせる。
バキン!
セスランは、ペンをへし折った。
「却下だ」
怒気を込めるセスランの言葉も意に介さずに、シャリアはさらに衝撃的な一言を放った。
「ルビーに変装してくれないかしら。占い師のルビーを連れてくことが条件で、出かける約束をしたのよ」
「――なんだって?」
「昔、お兄様のお仕事のお手伝いで、変装して潜入調査していたじゃない。あの時のあなたに、また変身してくれたらいいのよ」
今よりも少女だった王女は、ルビーの姿に変装したセスランに一度会っていた。
シャリアの兄の王太子は、親メテオーラ派であり、オルテンシアの影を統括している。二年前に王都で起きた占い師の女性ばかりを狙った殺人事件がメテオーラに飛び火した事件を追っているときに、王国の影と緑陰で共同捜査をしたのだ。
その時、セスランは女装してルビーと名乗り潜入捜査していた。そして、メリッサと出会ったのだ。
「魔女殿が、その話を持ち出したのか?」
「多分、無理難題を提示してわたくしを諦めさせようとしたのだろうけど、叶えられる条件を言ってくれたからよかったわ」
わたくしの強運ってすごいでしょ。と、鼻高々に胸を張っている。
セスランはメリッサと西の森に行った時の事を思い出した。彼女はルビーを今だに探していたのだ。
こんなことなら、捜査が終わった後にきちんと別れを告げるべきだった。捜査に関わった者との接点を切るために何も言わずに消え去ったことが、こんな場所で裏目にでるとは。
「ふざけるな。俺はやらないぞ」
「いいのかしら。ルビーの正体。隠しているんじゃないの?バラしちゃうかも」
「わがまま娘が、調子に乗るな」
アレイの奴、一体何をしているんだ。
メリッサとシャリアの掛け合わせは、倍数で危険な歪みを生み出すことが判明した。




