35.トラブルホイホイ娘
ジェイドの研究室から戻る途中で、メリッサは黒猫と見慣れた魔法騎士が中庭にいるのを見つけた。
「ラファエル!会いたかった」
メリッサは黒猫に駆け寄り、抱き上げた。
ふわふわな手触りと暖かいラファエルには、アナベルとの出来事すべてを忘れさせるほどの威力がある。
「にゃにゃ」
「俺は無視かよ」
魔法騎士の正装姿のアレイは、今日は一段と眩しい。
「可愛いラファエルとの癒しの時間を邪魔しないでください。それから眩しいです」
「は?キロシスタの連中がうろついているっていうから、わざわざ飛んできたってのに」
なぜか彼は、少し焦っているように見えた。
「騎士のお仕事はどうしたんですか?」
「他の奴と交代して抜けてきた」
騎士団の仲間に隠しながら、緑陰の仕事をするのは大変そうだ。
「あいつらの視察ルートをかわすためにジェイドの奴を動かしたのに、保管庫の展示室じゃなく、奴らは結局君のところに行った」
保管庫棟の入口には、魔道具や、貴重な素材が一部展示されている。
でも、それがなんだというのだろう。メリッサは、それよりも気になったことを聞いておくことにした。
「あのアレイとジェイドさんって知り合いなのですか?」
「ジェイドは‥‥‥」
アレイは、何かを言おうとしてから、一つ溜息をついた。
彼はメリッサの質問には答えずに、心の底からといった気持ちを込めて言った。
「君はトラブルホイホイ娘だな!」
「ホイホイ?」
「メリッサ様。早く資材庫へ帰りましょう。主のテリトリーの中が一番安全です」
「二人とも何なんなの?わたし何かしたの?」
「してるよ!」
アレイはよくわからないことで怒り始めた。腕の中のラファエルは心配そうにしている。
「とにかく!今日は出歩くな!」
「あら、そんな言い方では、レディに嫌われるわよ」
唯我独尊を地で行く、高貴な声色の美少女が現われた。
「ほらな。次から次へと」
アレイは後ろを振り返る。
「王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
メテオーラの第一騎士団の正装姿のアレイは、職務にのっとって恭しく挨拶をした。
メリッサも、その横で礼をする。瞬時に態度を変えたアレイは、やっぱりちゃんと騎士なのだと思った。
シャリア王女はドレス姿で、護衛騎士を引き連れて現われた。あの女騎士はいないようだ。
「わたくしったら今日はとてもツイてるわ。あなたに会いたかったのよ。そこの騎士が取り次いでくれないから」
王女はメリッサの前まで歩み寄り、扇で顔を隠しながらこっそり耳打ちした。
「秘薬の効果は現われたかしら」
「いえ、まだです」
今日は資材庫番の制服を着用しているが、月の女神の秘薬を作った魔女だと、確実にバレている。
アレイはそのやり取りを見ながら、溜息をついて言った。
「それで、殿下は何しにここへ?あまり魔塔内を勝手にうろつかないでください」
「優秀な魔女殿がどこかにいないか探してたのよ。すごいでしょ。すぐに見つかったわ」
「あなたの強運には、度肝を抜かれましたよ。あなたのせいで俺の寿命が確実に縮まりました。相棒に殺されること確定です」
王女はふふんと鼻をならして、得意そうに言った。
「あなたをピンチに追いやれるなんて、たまらなく愉快だわ」
「それはよかった。では、失礼します。行くぞ」
アレイは最速で話を切り上げて、メリッサの手を引っ張った。王女に背を向けてずんずん進んでいく。
「待って!魔女のお姉さまにお願いがあるの!」
――お姉さま?
「おい、止まるなよ」
王女の呼びかけにメリッサは立ち止まった。繋いでいた手をアレイが引っ張るが、ついて行かずに振り返った。
「何でしょう」
「一緒に、お祭りを見て回りたいの」
美少女の王女が、上目遣いでお願いしてくる。
そんな目立つ役割は、アレイが許可しないだろう。メリッサもデービス翁の件で安全ではないのだ。
「申し訳ありませんが、できません」
「駄目かしら。お姉さま」
王女は期待のまなざしを向ける。後ろに控えているマキシム以外の護衛騎士たちが、今にも切りかかってくる勢いで凄んでいる。
お姉さまとしてはやぶさかではないが、やはり無理がある。
「ごめんなさい」
「では、魔女への依頼ではどう?報酬をお支払いするわ」
「もう、あきらめろ。金でなんでも思い通りにいくわけじゃない」
アレイがもう一度、メリッサの手を引く。
「そんなことはわかっているわ、一度きりでいいの。なんでもいいから望みを聞くわ!」
王女はなおも諦めなかった。
王族らしく命令したとしても、ここはメテオーラだ。魔法術師がその命に従うことは無い。それをわかっていて、王女は個人的なお願いを、依頼と称してまで強請っている。
どうして自分などに、興味を持たれたのか。
もう秘薬の依頼も終えたし、同情する理由もない。お姉さまとしては、できれば穏便にこの場を去りたい。絶対に無理な条件を突きつけて、ここは諦めてお貰おう。
「王女殿下。私の望みはある人に会うことです。ルビーという凄腕の占い師です。その人を連れてきたら一緒行ってあ――」
最後まで言う前に、アレイに羽交い絞めにされて、手で口を塞がれた。
腕の中のラファエルがビクついて、飛び降りた。
「占い師のルビー?」
王女がきょとんとしている。
「知ってるわよ。すぐに連れてくるわ」
「この。トラブルホイホイのバカ娘!」
アレイは本気で叫んだ。
まさかの王女の返答に、メリッサ自身驚きすぎてアレイの叫びが彼方に聞こえた。
失敗したと気づいたのは王女が「明日集合ね!」と満面の笑みで言ってからその場を去った後だった。




