34.研究員ジェイド2
中庭の廊下を抜けて行くと、魔技研まで少し近道ができる。春祭りにふさわしく、空は快晴だった。中庭には小さな花が咲いている。
「お祭りには行った?」
「はい。昨日友人と行きました。ジェイドさんは?」
「僕は人混みが苦手だから、ずっと研究室にいたよ。今年は来賓が多くて魔塔の事務方がてんやわんやしているくらいだから、観光客も多いんじゃないかな」
「昨日はたしかに、観光客が多いと思いました」
「それにさ、隣のオルテンシアのさらに西の国、キロシスタの王子がお忍びで来てるらしい」
山脈と森に囲まれて標高が高い位置にあり、唯一隣接している国がオルテンシア王国しかない聖都メテオーラは、閉ざされた聖地として他国から見られている。
メリッサは、キロシスタ王国の人間に会ったことがない。
「三賢者様達は大変でしょうね」
「そう思うかい?きっと三賢者は総務とか財務の代理人たちに、全部丸投げしてると思うよ」
三賢者直属の幹部たちを代理人と呼ぶ。魔法術師と一般職の混合幹部チームだ。
「そうでしたね、本当に大変なのは周りの人たちですよね」
三賢者は、決して国政に特化した人格者ではない。とてつもなく個性を振り切った凄腕の魔法術師なのだ。魔法術師としてのカリスマ性が他の追随を許さず、その高みを目指そうとして魔塔の魔法術師たちは日々研鑽を続けている。
メテオーラの仕組みがどうであろうと、末端の魔塔の勤め人でしかないメリッサには、三賢者の理不尽さを少し知っている分の、ほんの少しの同情心しかわかない。
魔技研と資材庫は隣接しているので、そんな話をしている間に研究所についてしまった。
「ジェイドさんの研究室は何階ですか?」
「五階だよ、エレベーターで上がろう」
魔法技術研究所のエントランスでエレベータを待っていると、誰かがやってきた。
魔塔の事務官たちと、見たことのない衣裳を着た、背の高い男だ。
一目で他国の来賓客だとわかる。
「メリッサちゃん。僕の後ろに立って」
突然の来客に気づいたジェイドは、メリッサを背に隠しながら小声で言った。
他国の来賓客をひきつれた集団が二人に気づき、一人の事務官が走り寄って声をかけにきた。
「上級魔法術師のウォーカーさん、いいところに!魔技研の案内をしてもらえませんか?」
「僕は研究に忙しい。断る」
鉄パイプを指さして、間髪入れずに断った。
一瞬事務官がひきつった顔をしたが、気を取り直してすがりつく。
「そこをどうか!キロシスタの王子がいらしてるんです」
事務官は汗をかいて、必死の形相で小声で訴える。
チーン。
エレベーターのドアが開いた。
「メリッサちゃん。五階の突き当りの部屋だ。先に行ってくれ」
ジェイドはそう言って、メリッサの背を押し、エレベーターに押し込んだ。
「ちょっと、ジェイドさん?」
彼は、五階のボタンを押して、にっこり笑うとドアの閉めるボタンまで押してしまった。
エレベーターのドアが閉まり、動き出す。
メリッサはドアが閉まる一瞬、遠くからするどい視線を感じた気がした。
エレベーターを見送ったジェイドは、汗をかいた事務官とともに、貴賓のもとに向かった。
「魔法技術研究所に入れるのはここまでです。どうぞ、街の方に視察に行ってみてください」
ジェイドはキロシスタの王子御一行に、それが魔塔のルールですからと、爽やか青年の笑顔でもって説明した。
メテオーラとは違う異国の衣裳を着た長身の男もまた、腹の中の読めない笑みを浮かべる。
「そうか。聖都はとても興味深いので、出来るだけ視察と交流を深めたいが、ルールは守らねばなるまい。ここは失礼しよう」
キロシスタの王子はそう言って魔技研を出て行った。
◇◇◇
五階の突き当りの部屋。その研究室の前でメリッサは、水晶の入った箱を抱えたままジェイドが来るのを待っていた。
「待たせてごめんね」
「ジェイドさん、さっきの人たちは?」
「キロシスタの王子御一行だったよ。お忍びで来ているくせに、企業秘密満載の魔技研の視察なんてもってのほかだから、帰っていただいたよ。事務官も魔法術師のお偉いさんを捕まえられなくて、困っていたんだろうね」
上級魔法術師であれば、魔塔内では一定の発言力が認められる。
ジェイドは、魔力を流して研究室の鍵を開ける。
研究室の中は、魔法書と、魔法陣を書いた紙が山積みになっていて、魔法素材が入った保存瓶と実験器具類とビーカーが棚にびっしりと整列している。足の踏み場があるのは綺麗な方の研究室だ。
「以外に片付いてるでしょう。助手が綺麗好きで僕が散らかしてもすぐ片づけてくれるんだ。今日は休暇中でいないけどね。箱はその辺に置いてくれればいいよ」
メリッサはジェイドが指さした机の上に、持っていた箱を置いた。机の上には、研究中と思われる魔法設計書が置いてある。
「これは‥‥‥」
「今、作ってる途中の魔法だよ」
鉄パイプを部屋の隅に置きながら、彼は言った。
「すみません、勝手に見てしまって」
「かまわないよ。ちょっと手詰まりでさ、メリッサちゃんよかったらなんか意見くれるかな。意外とまっさらな目で見てもらった方がいいアイデアが見つかったりするし」
「うーん。水晶と聖水は必須として。いったん呪いを引き付ける物があるといいのではないでしょうか。石でそろえるなら、オニキスとかどうでしょう。オニキスには邪気払いの効果があります。それは逆に邪気を含む呪いに反応することができるということでもあるので‥‥‥」
「そうか!核にオニキスを使うのか。いいかもしれない。やっぱり資材庫番は材料にくわしいから面白いアドバイスをくれるね。ありがとう」
「そ、そんな」
資材庫番の仕事を褒められるのは、素直に嬉しい。
「ジェイドさんの研究って、呪い関係だったんですね」
「いろいろやってるけど、今一番力をいれているのはこれだ。精神系闇魔法へのカウンター攻撃、呪いの反転術式を付与した魔道具を作っているんだ」
それから、ジェイドは目をキラキラさせて「呪いについて」の研究内容を熱弁しはじめた。おかげで、メリッサは昼休み終了ギリギリに事務室に戻る事になった。




