32.ソルに忍び寄るもの
聖都の中心の南側には高級住宅街がある。そこには、メテオーラに留学してくる貴族の子女達が住む邸宅が立ち並んでいた。
ソルの邸宅には、オルテンシアから連れてきた古参のメイド二人と老齢の執事の三人しかいない。メテオーラは貴族社会ではないので、使用人をはべらす必要もなく、騎士を目指していたので、ある程度のことは自分でできるようになっていた。
「ソル様、お茶をどうぞ」
祖父の側近のエダンが、お茶を用意してリビングに現われた。
マイムで祖父にあった後、聖都についてきたこの男は、屋敷内でソルの世話をするようになった。
「置いておいてくれ」
「ダドリー様が、西の国から仕入れた珍しいお茶ですよ」
蛇のように湿った空気のこの男が、ソルは嫌いだった。世話をされるのも鬱陶しい。
自分のことは自分でするといって遠ざけるが、何故かしつこくお茶だけは必ず用意してくる。
「おじい様は、まだ西のキロシスタの商人と、付き合っているのか?」
ティーカップを覘くと、色は薄茶色で、清涼感のある香りがする。
「最近頭痛でお悩みでしょう。このお茶には頭痛を鎮める効能があるそうです」
茶を一杯飲むと、まとわりつかずに離れいていくので、ソルはお茶を飲み干そうとした。
なんだか、視線が気になる。
草むらから、蛇が獲物を狙って近づいてくるときのような、あの目。
ソルは、一口お茶を口に含んだ。
清涼感が口に広がり、頭がすっと冴えた。ここ数日抱えていた頭重感が一瞬で消える。
「なんだこれは?」
即効性がありすぎないか。
見た目は普通の、薄茶色のお茶でしかない。
毒も、魔力も感じない。
その時、ふと、メリッサとパロサントの選別をしたときのことを思い出した。
――煙の中から魔素を取り出すのは、こうやってやると簡単ですよ。
瓶底眼鏡の同僚の魔法は、いつも繊細で綺麗な輝きを放っていた。
飲みやすく適温に入れられたお茶の湯気は目視できないが、見えないだけで湯気は立っているはずだ。
彼女が教えてくれたように、湯気の中の香り成分を魔力でとらえる。
ソルは、湯気から黒魔法、それも精神干渉系の魔力を感じ取った。
「これは、黒魔法の魔素を含んでいるな」
「おや、お気づきになりましたか。意外ですね、騎士志望の魔法術師では感知できないものと思っていました」
「エダン貴様!」
ソルは立ち上がった、途端に目の前がぐらつきだす。
蛇のような男はニヤリと笑った。
「くそ!」
ソルの意識が、黒い闇に乗っ取られていく。
体の中身がくりぬかれて、空っぽになっていくようだ。
とてつもなく強い喪失感と、冷たさを最後に感じ、そのまま意識が闇に飲まれた。
「人形の完成です」
エダンは、椅子に倒れこんだまま虚ろとなった、ソルにむかって囁いた。




