31.アナベルとメリッサ
「スー助けて」
「メリッサじゃない。どうしたの?」
ある一軒家の庭で小さな女の子と遊んでいたスーリアは、突然メリッサが訪れて驚いた顔をした。
「めりっさちゃん!」
スーリアの義妹のアーヤは駆けてきて、メリッサに抱き着いた。ボールを咥えた白い大型犬のムウが後から付いて来る。二人と一匹はボール遊びをしていたらしい。
「こんにちは。アーヤまた少し大きくなったね」
五歳の天真爛漫な女の子は、くるんとターンしてから、グーンと背伸びして背比べのポーズをする。
「ちょっとおおきくなったよ」
「アーヤはかわいいね」
頭をなでなでしてあげると、アーヤはにんまりする。
「今日はアレイに会う予定だったわね、またあの人に何かされたの?」
「それが、アレイじゃなくて、わたしがやらかしたっていうか」
気まずげに告げると、スーリアはアーヤを抱っこして玄関に向かった。
「――取り合えず家に入って、話を聞くわ」
親友はとにかく察しがいい。
聖都の魔法騎士団の塔がある場所の近くに、スーリアの家はある。東の国からの遭難者だったスーリアは三賢者に保護された後、同じ東の国出身者のフーマ師匠夫妻に引き取られた。
「フーマ師匠は?」
「今日は警備の手伝いですって」
フーマ師匠は元魔法騎士団で団長を務めていた人で、今は本人曰く何でも屋をしているらしい。スーリアにとっては剣の師匠だ。
「先生、メリッサが来たわ」
家の中にはいると、キッチンが甘い匂いに包まれている。
「いらっしゃい。いいところに来たわねちょうどクッキーが焼けたわよ」
「こんにちわ。ティリア先生」
ティリア先生は、ウィズダムで魔法学の教員をしている。スーリアは養父を師匠、養母を先生と呼んでいる。そのためメリッサも同じ呼び方をしている。
オーブンから天板を取り出して、クッキーの焼き加減をチェックし終えた先生がメリッサの顔を見て、目を丸くした。
「あら?眼鏡どうしたの?」
「壊れてしまったので、外すことにしました」
「へえ、そう。かわいいわ」
ティリア先生はにっこり笑う。
「ははうえー」
小さいアーヤは母親にかけよってジャンプすると、ひょいと抱き上げられる。
「アーヤはおやつの時間にしましょうね」
とてとてとアーヤを追ってきたムウも尻尾を振って、ティリア先生にすりすりする。
「ムウもおやつにしましょう」
「ワン」
「わたしたちは部屋で食べるわね。コーヒー入れてくから、メリッサは先に部屋で待ってて」
メリッサが二階のスーリアの部屋への階段を上がろうとすると、母親の腕から降りたアーヤが駆け寄って来た。
「かわいいね、おほしさまがきらきらできれいよ、めりっさちゃん」
「お星さま?」
「そうきらきら」
眼鏡のないメリッサの顔を見るのがアーヤは初めてだ。五歳児がお世辞など言えるとは思えない。気に入ってもらえたらそれに越したことは無い。
「アーヤの方がとってもかわいいわ」
「ちがうの、めりっさちゃんの、おおめめがきらきらぼしなのよ!」
「?そうかしら」
蒼い瞳を持つ者の中でも、とりわけ色が濃いだけだと思うのだけど。
「時に小さいこどもには、私たちには見えないものが見えるものよ。やっぱりうちの子天才かしら」
ティリア先生は、先生らしい発言の後に、親ばかを全開にさせて娘をほめちぎりはじめた。
「何言ってるの先生。アーヤは天才に決まってるわ」
親友の、義妹自慢もかなり重症だったりする。
◇◇◇
「はあ?あの秘薬を飲んだの?」
「うん。ほんとついさっき一時間前の事なんだけど」
親友の部屋で二人きりになると、メリッサは王女との出来事を話した。
「ほっとけばよかったのに。魔法術師ってほんと魔法のことになると、プライドむき出しにしちゃうんだから」
スーリアは、マグカップに入ったコーヒーをメリッサに手渡した後、呆れて肩をすくめた。
「美少女だろうが、王女様に肩入れしたってなんの得もないわよ」
チョコチップのクッキーをつまんで彼女は言った。
「家二軒分の報酬は、貰えるよ」
星型のプレーンクッキーを食べると、甘さが口に広がった。
「そうだったわ。本当の意味でめちゃくちゃお得だったわね。馬鹿みたいな金額の報酬貰えるのよね」
報酬にみあった仕事をするのは、プロフェッショナルとしては当たり前だとそう芙蓉師匠に叩きこまれた。
「まじめすぎるのよ。芙蓉師匠は結構途中で投げ出したり、トンズラしてたじゃない」
それは依頼者に嘘があったり、契約違反をされた時だ。本当にめんどくさくなって投げ出す時もあったけれど。
「でも、好きな人が近くにいるなら、どうにか上手くいってほしいと思ったの」
あの薬は、単純な惚れ薬ではないから、運命の相手ではなかったと審判が下される可能性だってある。でも、それでも本気だったら、運命すら超えることもできるのではないだろうか。
あの王女は、諦めると言っていたけれど、運命ではなくても、自分の手で選び取る気がする。
「メリッサはどうするの?秘薬の効果で誰か運命の人と出会うかもしれないわ」
「それなんだけど、それっぽい人は身近にいないから、忘れたころに効果が現われるんじゃないかと思うの」
今まで、誰かを好きになることは無かったし、そうなりたいとも思っていなかった。瓶底眼鏡の地味女と自称するメリッサは、恋愛などとは無縁にすごしてきた。
薬の効果を信じているが、自分事になるとどうしても実感がなくなってしまう。甘いクッキーをかじった後に、苦いコーヒーを流し込む。甘味がコーヒーに溶けだして美味しい。
「ちなみにアレイには、まったくドキドキしなかったわ」
「聞かなくても、それはわかるわ」
スーリアは、部屋着から、外行きの服に着替えるためクローゼットを開けた。
「ねえ、メリッサ、…‥セスランさんには会った?」
「会ってないけど。今日は別の仕事でいないとアレイが言ってたよ。それが何?」
「なんでもないわ。彼は忙しいのね」
スーリアは、いつもの小太刀を腰に下げた。
春物の、薄地の外套を羽織ると、ちょうどよく腰に下げた小太刀が隠れる。
「今日は、学園の方がメイン会場よね。せっかくの春祭りなんだから出かけましょう。気分転換が必要よ!」
元気いっぱいのスーリアに、メリッサは笑顔で答えた。
「そうだね」
そうして二人は、春祭りに出かけることにした。
◇◇◇
魔法学園都市ウィズダムの塔が見える。
「ついこの前卒業したばかりだけど、なんだか懐かしく感じるね」
メリッサはスーリアと、高等科の園庭にある出店を回っていた。
「そうね。少しはわたしたちも、大人になったからかしら」
制服姿の学生達を眺めながら、スーリアも同じ感慨にふけっていたようだ。
ウィズダムは、メテオーラに暮らす多くの子どもたちの為の教育機関だ。魔法の素質のある子どもと、そうでないものも一緒に学ぶように作られている。
聖都の中心から遠い子どもたちのために地方には分校があり、初等科から中等科までは各地方で学ぶ。高等科とさらに上の専門科は聖都の学園都市に集約され、魔法術師と一般職などの職業別の専門教育に特化して学ぶことが出来る。
そのため将来の職のためにも、ほとんどの子女が聖都のウィズダムにやってくるのだ。その場合は下宿生活となるが、費用の大半がメテオーラの共同体から集めた税で援助される。
階級社会ではなく共同体で国を維持するために、人材教育に一番力を入れているのだ。メテオーラ各地方から集まる学生たちと教員によって小さな都市が作られ、それを魔塔の一つウィズダムと呼んだ。
春祭りは、ウィズダムに在籍する高等科以上の学生によって、学園内が祭りモードになっていた。高等科で2年間、スーリアは一般科ですごし、メリッサは魔法術師科にいた。
「秋の学園祭も楽しいけど、春祭りは他国からの旅行客の人も来るし、祭りの儀式もあるからみんな張り切っているわね」
スーリアは、観光客の団体を眺めながら、学園内のサービス係をしている学生を見て言った。
「スーは行きたいところある?」
「そうね、学食の限定カフェメニュー?」
「わたしもそう思ってた」
――学生食堂は、春祭りの期間は学生だけでなく観光客にも解放されている。主にオルテンシア王国の旅行客が多いが、最近ではそれよりも遠くの国の衣裳を着ている人も、よく見かけるようになった。
「なんだか去年に比べて今年は人が多いね、ちょっと待たないと席が空かないみたい」
「メリッサと一緒なら、全然待つの平気よ」
食堂の入口に順番まちの列が並んでいる。春祭り期間限定のカフェメニューを食べるべく、二人はおしゃべりしながら並んで待つことにした。
最後尾に並んですぐに、後ろに貴族令嬢の集団がやってきた。オルテンシアの女子はとにかく可愛いワンピースを着てくる。メリッサはいつも、少しそれがうらやましいと思っていた。
「わたしももっと可愛いワンピースがほしいな。次のお給料で買おうかな」
「あら、やっとその気になったの?もうすぐ大金が貰えるんだし、服選びなら手伝うわよ」
師匠との借金生活が身につていて、身の回りのものが質素だという自覚はあった。地味で存在感の薄い自分には可愛いものが似合う気もしなかったし。
「スー一緒に選んでくれる?」
「もちろんよ!今のメリッサならなんでもきっと似合うから。可愛いのを選びましょう」
スーリアはものすごく目をキラキラさせて、食い気味に言った。
「メリッサですって?」
突然後ろに並んでいた、貴族令嬢の一人が割り込んできた。
すかさずスーリアが、メリッサをかばうように前に立ちはだかる。
声の主は、若草色に黄色い花の模様が刺繍された春らしいワンピースを着た、見知った令嬢だった。
「やっぱり、その銀髪、資材庫番のメリッサ・レイニードね」
そう言って睨みつけてくる彼女は、アナベル令嬢。魔法術師科の同級生で、二年前に占いの館マリアローズで唯一、メリッサが月の女神の秘薬を売った相手だ。
「あの瓶底眼鏡の地味女が、あなたですって?やっぱり本性を隠していたのかしら」
「あなた、魔法術師科の子だったわね。わたしの親友に何か用?」
「どいてくださる?あなたじゃなく、その女に用があるのよ。ソルを誘惑して騙した最低女にね」
「「は?」」
メリッサはスーリアと顔を見合わせる。ソルを誘惑?
「何か誤解してるわ!」
メリッサはいわれのないことに焦って、スーリアの横に立ち、アナベルに向かい合った。
「あなたが騎士を目指していたソルをそそのかしたせいで、資材庫番なんかに就職したのよ!」
「そそのかすって。そんなこと、わたしはしてない」
メリッサはデービス翁の指金で、ソルが資材庫番に来たのだとつい最近知ったばかりだ。だが、それをアナベルに言うわけにはいかない。アナベルはおそらくソルのように動かされているのではなく、本当に知らないのだ。
「卒業目前になって急に進路変更して、どうしたのかと思ったらあなたのことばかり見ているようになったのよ。その変化に気づかないとでも?」
それは、特別な感情ではなく、多分デービス翁にサファイアの事を聞いたからだ。
だが、アナベルにとっては、ソルが他の女に気があるように見えたのに違いない。
だからソルが騎士でないことも、オルテンシアに帰らないこともメリッサのせいだと思っているのだろう。
ソルとアナベルの二人は婚約者だと、二年前占いの館でメリッサは鑑定して知っている。貴族令嬢にとって婚約者は特別な存在だから、卒業後には結婚するカップルも珍しくないと聞く。
学生の間、ソルはアナベルと婚約しているとは公表していなかったし、アナベルも友人として接していた。卒業後アナベルはオルテンシアに帰らずに、魔塔の司書になったのだ。
「ソルが資材庫番に就職した理由は知らないけど。とにかくわたしは、ソルとはなんでもなから」
周囲の視線も集めてしまったし、アナベルの後ろにいる令嬢たちが、「ダサい恰好のくせにどうやって誘惑したのかしら、最低ね」と扇で口元を隠しながらも聞こえるように言っている。
貴族令嬢からみたら変わった民族衣装に見えるかもしれないが、メテオーラでは一般的な服装のはず。外野からの誹謗中傷に、メリッサはおもいのほかメンタルが削られた。
学食の限定メニューが目前にあるというのに。
もう、おいしく食べられそうにない。
「スー。ごめんやっぱり別の場所に行こう」
「いいわよ。火のついたご令嬢には近寄らない方がいいわ」
そう言って、スーリアはアナベルと後ろにいる令嬢たちに殺気を飛ばす。
一瞬で、周囲が静まり返った。
もしも、からんできたのが男だったら、親友はとっくの昔に殴り飛ばしていることだろう。いや、斬っているかもしれない。
相手はご令嬢なうえに、ソルの関係者だったのでスーリアはメリッサに対する悪態を吐く令嬢たちを目で威嚇するにとどめていた。
「メリッサ・レイニード。絶対許さないんだから」
なおも怒りをぶつけるアナベルに背を向けて、二人はその場を去った。




