30.月の女神の秘薬と王女2
聖都の中心街にあるメテオーラでも屈指の、高級ホテルの一室に通された。
やたらと景色のいい上階の部屋だ。
王族は普通、迎賓館に泊まるはずだが、魔女との取引を他人に見られたくなかったのだろう。おそらくここは、秘薬の受け渡しの為だけに用意された場所だ。
一生来る予定のなかった、高級ホテルに見学者気分でついてくることになってしまうとは。ドレスコードもへったくれもない町娘姿の恰好で、ホテルに入らなければならないのが正直辛かった。せめて、魔法術師のローブがあればよかったのに。
廊下には護衛騎士たちがいて、部屋に入るときに屈強な男達にものすごく睨まれた。
ブリジットとかいう女騎士と、アレイだけが部屋に入る。
メリッサはパン屋の紙袋から秘薬の小瓶を取り出して、テーブルの上に置いた。
「ご所望の品です」
女騎士が、小瓶を取り上げ、外観のチェックをする。
「急な依頼に、答えてくれてありがとう」
王女は椅子に腰かけて、まるでお人形のような美しさでにっこり笑った。
「使用方法は、この秘薬を一滴入れた飲食物を口にするだけです。これによって、運命の人がわかり、一時両想いになれます。注意点は他の魔法と絶対に併用してはいけないことです。」
「意中の相手がいる場合は、これを飲むことで、運命の相手かどうか判別できるってことね」
「その通りでございます。ただし、他に運命の相手がいる場合は、すぐに出会えるとは限りません。それでも月の女神のお力で、運命の人との縁が結ばれ、いずれ出会うことになるでしょう」
メリッサは師匠の真似をして、神秘を売りにした魔女らしく説明をした。
「それって、かならずしも幸運な相手とは限らないわよね」
王族らしく、抜け目ない指摘をしてきた。
「運命の相手とは、幸福も、不幸も、喜劇も悲劇も共にする者の事です」
そういうものだと、芙蓉師匠が言っていた。
「わかったわ」
十六歳の王女は、何かを決するようにうなづいた。
「ところで、あなたは恋人はいるの?」
「は?」
「どうなの?」
「…‥いません」
「今までに?」
「一度もいません」
なぜか矛先がメリッサに向いてきて、あれこれ恋愛事情を聞かれる。
「秘薬を使ったことは?」
一番聞かれたくない質問だ。
「ありませんが…‥」
王女より年上なのに、なんの経験もないのが恥ずかしい。
「今、好きな人は?」
「いません」
美少女の怒涛の尋問の迫力に押されて、適当にごまかせばよかったものを、素直に答えてしまった。アレイにまで聞かれていて、本当は恥ずかしい。
まるで修行僧のように黙想している風を装って静かにしているが、絶対に聞いている。
「秘薬を売っている魔女は、恋愛マスターだという噂だったはずだけれど」
「すみません。それはおそらく師匠の事です」
師匠には、恋愛マスターという肩書がついていたらしい。
残念ながらメリッサはその手の相談が苦手だ。そうとは知らない王女は、ぽつりとつぶやいた。
「――わたくしには、好きな人がいるの」
「え?」
「お父様が、婚約者を選定したのだけれど、そこにいるアレイと、セスランと西の国のキロシスタの王子、それから護衛騎士団長のマキシム。わたくし、絶対に、マキシム以外と婚約したくないの!」
「それは、護衛騎士の方のことが」
「そう、好きなの」
王女は頬を赤らめて言った。
「もしかして、秘薬は彼の気持ちを確かめるために?」
「わたくしも王女です。政略結婚に従わなければいけないのは承知してるわ。でも、アレイと、セスランは腹黒いから絶対に嫌!キロシスタの王子は近隣諸国と貿易で富を築いてる今一番勢いのある国の王子だけれど、その分黒い噂が耐えない相手だわ。あの国では側室も何人もとるのが当たり前らしいし、ある意味わたくしが婚約者を装って潜入するのも一手となるだろうけれど、おそらくそれほどの利益にはならないわ」
王女は一気にまくしたてる。
「わたくしはね、腹黒い連中より、公明正大で正義感あふれる、筋肉の塊のような騎士が好みなの。護衛騎士団長のマキシムは、今後辺境伯として国防の要になる男よ。でも、候補者順位でいったら最後だわ、もし他の候補者と婚約することになっても悔いを残さないために、運命の相手かどうか知りたいの。もしうまくいったら、少しの間でも、両想いになれるのでしょう。それに、もしも違ったら諦め切れると思うの」
「そうですね」
部屋の入口で唯一睨みをきかせてこなかった、紳士な護衛騎士がいたが、彼がきっとマキシムという人なのだろう。一番いい筋肉をしていた。
ちらりとアレイを見れば、顔色を変えずに腕組みして遠い眼をしている。
腹黒い。確かに。
「お客様が、秘薬にかける思いはわかりました。どうぞ、その思いのままにご使用下さい」
「では、魔女殿が、その効果を先に示してくれませんか」
王女の後ろに控えていた、女騎士が突然割って入ってきた。
「殿下に、いきなり飲ませるわけにはいきません」
「ブリジット控えなさい」
王女が命令を下すが、メリッサはすでに聞いてしまった。
「――つまり、これが毒でないことを証明しろと」
魔女の薬に難癖をつけるくらいなら、初めから王女を止めればいいものを。メリッサは仕事のことになると、絶対に手を抜けないタイプだった。仕事とはいえ、ブリジットの言い様に対抗心が生れた。
ましてや、祖母様の事もあって王族に良い感情はない。けれど――。
蒼い瞳は女騎士を見すえる。
「あなたが、毒身をするといい」
「私は既婚者だ、実験体にはならない」
「いいえ、運命の相手といいました。ご主人以外にいいひとがいるかもしれませんよ。それに、結果はどうあれ、毒見くらいできるでしょう」
「魔女風情が生意気な!」
魔女を見下すお貴族様の相手は初めてではないが、王女の護衛がそういう類の人間であることが不愉快だった。魔法術師は重宝がるくせに、市井の魔女だと下法もの扱いする貴族がいる。魔塔所属の魔法術師の肩書を示せば、メリッサにも違った態度をするに違いない。だが、今は魔女としてのメリッサがここにいるのだ。
魔女の仕事において、必ず守るべきルールがある。それは絶対に舐められてはいけないことだ。
メリッサはわざと、秘薬の残酷な部分を強調して伝えた。そういうことも、織り込み済みで貴族の女性たちは買っていったのだ。王女にも、あえて聞かせるようにした。
「魔女殿に失礼だわ、あやまりなさいブリジット。魔女殿、失礼いたしました」
「――申し訳ありません」
主人が先に謝罪したので引き下がったが、女騎士の顔には謝罪の言葉とは裏腹に不満がありありと見える。
「魔女殿、もう依頼は達成だ。後はあちらさん次第だ。報酬はちゃんと振り込んでおけよ」
――帰ろう。そう言って、アレイは立ち上がった。
だが、メリッサは動かなかった。
「お茶を一杯下さい」
「魔女殿、もうわがままにつきあう必要はない」
「アレイ。これは、わがままではありませんよ」
王女という立場に生れた女の子が、どれだけ勇気を出して秘薬を求めたのか。
「困っている女の子がいたら、助けるでしょう」
メリッサは、空のティーカップに、ポットに残った紅茶を注いで、秘薬を一滴落とした。
「魔女の仕事を、舐めないで下さい」
そう言って、紅茶を一気に飲み干した。
王女は、メリッサのその姿に釘付けになった。筋肉以外に初めて感動を憶えたと後に語ったらしい。




