28.オレンジシューズ
保管庫を破壊した翌朝、黒猫の姿のラファエルが資材庫に訪れた。
メリッサは、資材庫番の上司であるレイズ課長にお叱りを受け、マスターガーディアンにクビ宣告をされる覚悟で、誰よりも早く出勤してきたのだ。
月の女神の秘薬の依頼ですでにクビがかかっていたが、その件も吹っ飛ぶくらい、クビが目前に迫っていた。
他に誰もいない資材庫の事務室で、メリッサの膝の上にラファエルが飛び乗った。
「保管庫はもう修復できたので、問題ありません。謝罪は不要とのことです。主は怒っていませんよ」
「‥‥‥本当に?」
「本当です」
「保管庫破壊なんてテロリストと同じなのに?」
メリッサが一晩中眠らずにいて気づいたのが、保管庫破壊はテロ攻撃とみなされるレベルの出来事だったということだ。
「緑陰の二人が片づけたので、なかったことになりましたよ」
「三賢者様には?」
「秘密です」
「よかった。ありがとうラファエル教えてくれて」
流石に今回は、クビの恐怖に震えて、朝まで眠ることが出来なかった。
やっと、体から力が抜けていく。
ラファエルは、メリッサの顔を見上げたままじっと見て、申し訳なさそうに言った。
「メリッサ様眠れなかったのですね。僕たちの配慮が足りないばかりに、不安にさせてすみません」
どうやら、寝不足の顔だとバレたらしい。朝鏡を見るとそれはしっかりとクマが出来ていた。
「わたしが迷惑をかけたのに、ラファエルのせいじゃないよ。むしろ助けてくれてありがとう」
ラファエルの背中を撫でて、感謝の気持ちを伝える。
「マスターガーディアン様に直接謝りに行かなくても、本当にいいのかな?」
「大丈夫です。アレイ様が保管庫にいたことがバレては困るので、レイズ課長にも何も言わないようにと。それよりも資材庫番の仕事を頑張るようにと言っていました」
「わかったわ。マスターガーディアン様は心の広い立派な方ね」
ラファエルの頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。かわいらしい猫にほっこりする。
猫はやっぱり癒しだ。黒猫の姿でも、言葉をしゃべることができるなんて可愛すぎる。
それから数日は、仕事に集中してすごした。
メリッサは一番資材庫に籠り、木材の種類と数とを調べて、仕入れ先とのやり取りに追われていた。
前任の不正が思った以上にあり、本来入荷するはずの木材とは違う安い材料を仕入れて、代金をちょろまかしていた事がわかった。
報告書の数が増え続け、仕事に没頭して過ごしていた。
それからアレイに言われた通り、ソルに対してはいつも通りに接している。
メリッサは一番倉庫に籠り切りで、ソルはレイズ課長の仕事の補佐をして、お互い会う時間が限られていたのでそれほど気にすることもなかったが。
それよりも、ここ数日で困ったことが起こった。
瓶底眼鏡が壊れたので、素顔で出勤した日から周りの態度が変わったのだ。
魔塔の門番は、最初は別人と思って身分証を出せと言ってきたし、資材庫の先輩たちは恋人でも出来たのかと騒ぎ出す始末だ。取引先の木材屋のおじさんにはナンパされた。
食堂では魔技研の研究者から、実験台になってくれとかよくわからない誘いまできた。
「あなた、そんなスペックを隠していたなんて、これから大変よ」
レイズ課長が不適な笑みを浮かべて、謎な予言までしてきた。
同席のソルが、朝の挨拶もしないまま、瓶底眼鏡のない顔を見て一瞬固まっていたのを思い出す。
本当にサファイアだと、思ったのかもしれない。
メリッサはもう瞳を隠さずに、サファイアの因縁を終わらせると決めたのだ。だから、ソルの前でも堂々としていることにした。
「メリッサ!眼鏡どうしたの?」
出庫用カウンターに荷物を運んでいるメリッサに、運び屋のスーリアが声をかけてきた。
「スー。久しぶり。いろいろあって眼鏡は壊れたの。これを期に眼鏡を卒業したのよ」
彼女はメリッサに近づき、耳元で囁いた。
「その目を隠しておかなきゃ、いけないんじゃなかったの?」
幼馴染のスーリアは、メリッサの秘密を知る数少ない人間のうちの一人だ。彼女は東の国の出身で、幼い頃に旅の途中で船が難破し、メテオーラに流れ着いてそのまま三賢者に保護されたのだ。メリッサと同じく、他国から来た訳アリな人間だ。
一般職の運び屋をしていて、時々、魔技研やウィズダムへの資材を運んでもらっている。
「その、ここでは話せないのだけど、夜は空いてる?」
「もちろん、いつもの場所で集まろう」
スーリアは魔技研への届け物を受け取ると、小太刀を腰に下げて俊足で駆けて行った。
ここ数日の怒涛の出来事を、親友に話してメリッサは早くすっきりしたかった。
◇◇◇
夜の聖都は、春祭りに向けて町中が装飾され華やいでいた。
「女子会に乱入するなんて、相変わらずね。アレイ」
ウサギや猫などの動物の人形が置いてある、アンティークの調度品でコーディネートされた、幻想的な空間が売りの隠れ家レストラン。
その個室に、なぜかメリッサとスーリアとアレイが集まっていた。
「俺もメリッサに用があったんだよ」
「ちょっと待って、二人は知り合いですか?」
スーリアとアレイがどうみても初対面ではない、バチバチのやり取りをしている。
「アレイはわたしの義兄の友人でね、昔はよくいじわるされたわ。この期に及んでまた嫌がらせする気?」
「俺だって、スーリアがメリッサの親友だなんて、知らなかったんだ」
メリッサは、仕事帰りの事を思い出す。宿舎で制服から着替えた後に外に出ると、アレイが数日ぶりに現れたのだ。話があると言われたが、先約があるからと断ったのに、先日保管庫を壊したことをつつかれて、彼を巻き切れずにここまできてしまったのだ。
「‥‥‥世間狭すぎ」
メリッサはテーブルにつっぷして泣きたくなった。
アレイは私服でタイミングよく現われた。隠密の抜け目なさが怖い。
今日は、何も起きませんように――。
「――ってことがあったの」
不服だけれど、アレイがいたことによって、すべて包み隠さずに話してもいいという許可が下りて、秘密の依頼までしゃべることができた。彼はさりげなく、防音魔法まで掛けてくれた。
「月の女神様の秘薬を王女様がね…‥。昔、秘薬でめちゃくちゃ稼いだって芙蓉師匠が自慢していたの思い出したわ」
スーリアの師匠と、芙蓉師匠は交流があった。そのおかげで彼女と仲良くなったのだ。
「それで、ついにその蒼玉を狙う、おじいさんが動き出したって訳ね」
うさぎのアンティークのお皿に乗ったサラダと、パイ包みスープがテーブルに並び、こてこてに夢可愛い女子向けのカトラリーがセットされている。
何故か違和感なくそこにいる美男子が、店のコンセプトになじんでいる。
「俺も、裏の仕事で動いてるんだよ。だからスーリアもメリッサの周囲には気を配ってくれ」
「わかったわ」
「え?」
メリッサは、アレイが緑陰だという部分は隠して話をしていたのだ。
「スーリアは組織には入ってないが、俺たちの協力者なんだ。だから全部話して大丈夫だって言っただろ」
「ごめんメリッサ。運び屋の裏家業で、情報屋みたいなこともしているの」
「そんな危険な仕事までしていたの?」
親友の以外な一面に驚いた。同じ十八歳なのに、スーリアの方がいつも大人びてみられている理由がわかった気がした。
けれど、それならそうと、先に言ってほしい。
自分の事なのに、一番メリッサが何も知らないでいる。
師匠には世間知らずと言われ、三賢者には箱入り娘に家出などできるかと笑われた。
メリッサはなぜだか、昔のことまで思い出して、腹が立ってきた。
「わたし、どこかに旅に出てみようと思います」
「は?」
「そしたら、世間知らずじゃなくなるし、箱入りとか言われなくなるでしょう?」
「おいおい!いきなりどうした?」
脈絡もなく始まったメリッサの発言に、アレイとスーリアは顔を見合わせる。
そのまま、今度はぽろぽろ泣き出した。
「ちょっと、え。メリッサ。まさか酔ってる?」
親友の異変に、スーリアはメリッサのグラスを取り上げて、オレンジジュースを一口飲んだ。
「これ、カクテルだわ」
おそらく、店員が間違えたのだろう。
「この子、お酒飲んだことないの」
「まじかよ」
「オレンジジュースなんか飲んでるから、ガキ呼ばわりされたんですね」
数日前に戦ったひょろ長の男の発言を、しっかり根に持っていた。
「わたし、お酒飲めるんです」
メリッサは、アレイのワイングラスをつかみ取った。
「いや飲んだことないんだろ。返しなさい!」
アレイがあわててメリッサの手からワイングラスを取ろうとする。
「嫌です」
席を立って、ワイングラスを取られまいとする。
「わたしは大人なのでこんなの余裕です!」
「「メリッサまって!」」
ワインを一気にあおろうとするメリッサを、二人が同時に止めに入る。
その時。
「誰が大人だって?」
背後から現れたセスランに、あっさりグラスを取り上げられた。
「‥‥‥セス?」
「どうして酔っぱらっているんだ」
「セスが、一番わたしを子ども扱いしていますよね」
ふらつきながら詰め寄るメリッサの顔は、瞳は潤み、うっすら頬が赤い。
「この酔っ払いは危険だな」
「どうにかしてくれよ」
やれやれといったふうで、アレイは相棒に助けを求めた。
セスランは、メリッサの手を引いて、備え付けのソファに座らせる。
「ねえ、アレイ。あなたと違って本物の王子様みたいな人って存在するのね」
「スーリア。お前。俺に容赦ないな」
酒が回ってピークを過ぎたのか、急におとなしくなったメリッサに、スーリアは水を飲ませる。
「君がソーマの義妹か」
「初めまして、情報屋のスーリアです。あなたがセスランさんですね。メリッサから聞きました」
スーリアはセスランに対して礼をした。
「ああ」
「それから、義兄からも聞いたことがあるわ、とっても強い魔法術師の友人がいるって」
「ソーマは、今どこにいる?」
「魔物退治の遠征で、北に」
「そうか、君のことも聞いている。ソーマがやたら友情に厚い義妹自慢をしていたからな」
「なら、ご存じかと思いますが、わたしはメリッサを傷つける輩は容赦しませんよ」
スーリアは、うとうとし始めたメリッサを支えながら、セスランに忠告する。
親友のメリッサは、緑陰の二人に、特にセスランに対して心を開いている。
メリッサの話を聞いていれば、誰もがそう感じるだろう。
「なら、君と俺は同類という訳だな」
「言ってくれるじゃない」
二人の間に火花が散る。
「おいおい、どうしてお前らがバチバチなんだよ!」
アレイは呆れを込めて、ツッコミをいれた。
「んん‥‥‥」
誰かの話声と、飲み物をグラスにそそぐ音が聞こえる。
もぞもぞ。
誰かの上着が体に掛けられている。
「あ、メリッサ目が覚めた?」
目を開けると、そこにはテーブルを囲む、スーリアとアレイとセスランの姿があった。
「スー!わたし‥‥‥」
慌てて起き上がる。個室に設置されていた、アンティークのソファーで寝ていたことに気がつく。
シャツ姿のセスランと目が合った。メリッサの体の上にかけらた上着は、多分彼のものだ。
――またやってしまった。
今日は、絶対何もやらかさないって決めていたのに。
メリッサは両手で顔を覆った。
うっすらだが、間違えて酒を飲んだことは憶えている。
「恥ずかしくて、死にそう」
羞恥に悶絶するメリッサをよそに、三人はしっかり交流を深めて、メリッサ護衛の作戦をしっかり話し合っていた。




