20.三人の悪党1
「お腹すいた。疲れた。家に帰りたい」
勢いで宿を出たものの、西の森の近くの街はあまり詳しくはない。いつも、西の森の中で精霊や女神に会って、街によることなく夜になる前には家に帰っていた。
今からでは、聖都のアパートまで小一時間は歩く羽目になる。
西の街は聖都の夜の繁華街とは違って、旅人や傭兵ギルドに所属していそうな屈強な男達や酔っ払いが多い印象だ。西の森は女神がいるので魔物の被害はそこまで多くはない地域だが、西側にある隣国から流れてくるならず者や、盗賊などがたまりやすい場所になっていた。つまり、魔物ではなく人間によって治安が悪いのだ。
聖地メテオーラの西側はオルテンシア王国だ。そこは王侯貴族と一般市民では貧富の差も激しい階級社会を形成している。
そちら側の社会のはみ出し者と、メテオーラ内の血気盛んな者たちがここに集う構図になっている。
魔法術師とはいえ、女だとからまれるかもしれない。メリッサはローブを深くかぶり足早に歩く。
――今は外に出ない方がいい。
セスランが言っていたとおりかもしれない。
「そこの深緑色のローブの魔女さん」
「おーい魔女さん、一緒に飲まないか?」
少し歩いただけで数人に声をかけられたが、すべて無視して通り過ぎて来た。
どうしよう、防御魔法は攻撃になるだろうか。
防御壁で相手を損傷させなければいいのだから出力を押さえるか、いっそ素材保護魔法を自身に掛けるという手段もありかもしれない。繁華街で攻撃魔法を使うのはためらわれる。
「なあ魔女さん」
露店の影から、メリッサの行く手を阻むように男が三人現れた。
がりがりに痩せたひょろ長の男と、いかにも雇われ傭兵といった筋肉の固まりのような大男と、陰湿さを丸出しにした真っ黒な服装のコウモリのような男だ。
「ちょっとそこの店で一緒に遊ばないか?」
「結構です」
「ちょっとだけだから」
「結構です」
「顔見せてみろよ」
さっきからメリッサに話しかけてくるひょろ長の男が、背をかがめてローブで隠している顔を覗き込んできた。
「なんだ瓶底眼鏡のブスじゃないか」
「は?」
「意外と素顔はマシかもしれないし、まあ遊ぶだけなら問題ないか」
こいつ!
メリッサはカチンときた。立ち止まり、男たちを睨みつける。
「わたし、結構ですって言いましたよね。誰が遊ぶなんて言いましたか?」
「おっと生意気なガキだな」
ひょろ長の男に、ブスの次にガキ呼ばわりされて腹が立った。
もう成人した立派な大人の、魔塔の魔法術師が簡単にキレてはいけない。
そう思い直したが――。
「不細工なナンパ野郎に、誰がついていくものですか」
メリッサの口はあっさりと言い返してしまった。
「このガキ連れて行くぞ!」
顔を真っ赤にしたひょろ長の男が激怒すると、その後ろに立っていた筋肉の大男がメリッサの腕をつかもうとした。とっさにメリッサはを防御魔法を最小で展開する。
その瞬間――。
「魔女殿に触れるな。殺すぞ」
音も気配もなく、群青色のローブの魔法術師がメリッサの前に現れた。
筋肉の大男は、いつのまにか十メートルほど向こう側に吹っ飛び、完全に気絶していた。
おそらく五秒間はその場にいた人間が、何が起きたか理解できずに固まっていたに違いない。
「‥‥‥お客様?」
「外に行かない方がいい、という意味がわかっただろう」
メリッサの方を振り向いて、そうセスランは言った。
「おっお前何しやがった!邪魔するな!」
筋肉男が吹っ飛ばされ、突然目の前に現れた美丈夫に、ひょろ長の男はあわをくって腰に下げていた剣を抜いた。
繁華街のはずれとはいえ、まだ人の往来もあるというのに、ひょろ長男は剣を振りかぶった。
「遅い」
セスランは懐から出した短剣で、ひょろ長の男の小手を切り、そのまま喉仏に短剣を付けてピタリと止めた。
「ひいっつ」
ひょろ長の男は剣を落とし、切られた手首を握り止血するのに必死だ。血がドクドクと地面に滴り落ちる。
「誰の指金で動いている」
「ちょっとナンパしただけじゃねーか。お前こそナニモンなんだよ!最悪だ!」
「このまま喉を刺してもいいのだが」
「待ってお客様。街中ですよ!それ以上はまずいです!」
メリッサはセスランがまったく容赦なく男を切りつけて、その先までしでかしそうな気配に焦った。
ただのナンパ野郎にこれ以上やったら、こちらが犯罪者になってしまう。
止める声も聞かずに、セスランはさらに短剣を突きつけた。剣先が皮膚に刺しこみ血が流れる。
メリッサには彼の後ろ姿しか見えていないが、ひょろ長の男はその魔法術師の冷酷な紅い瞳に震えあがった。
「言うって!サファイアを連れて来いって言われたんだ!」
ひょろ長の男は叫んだ。
メリッサは、その言葉に背筋がぞわりとした。
「あの男が俺たちに…―――」
続けてひょろ長の男が言いかけたとき。
セスランがメリッサの視界を群青色のローブで包んで隠した。
ザシュッツ!ドサッ。
彼のローブの裏側に隠されたメリッサはボタボタッとローブに血が飛んできたのがわかった。前方の視界を遮られたメリッサには、足元すれすれに血しぶきが飛び散り、地面を汚したのが見える。近くを歩いていた人たちが叫び、逃げる声が響く。
「仲間を口封じに手に掛けるとは」
「イヒヒ。そいつは仲間ではない。不要なことを言う奴を消しただけだ」
三人目のコウモリ男が、空中を飛びながら不気味に笑う。
「風魔法の斬撃でそいつの喉を切ったついでに、お前の首も落とすはずがどうして届かなかったんだ」
コウモリ男がおぞましいことを口にする。セスランが今なおローブで隠してくれているおかげで、メリッサは惨状を目の当たりにしないですんでいる。
―――サファイアを狙う人間がいつか現れるかもしれない。
祖母の言葉がメリッサの脳裏によみがえる。
―――メリッサ、その瞳の色を大叔父の伯爵とオルテンシアの王様にみつからないように隠しなさい。
幼いころ、祖母が亡くなるまで聞かされた言葉を思い出す。
メリッサの背後にはセスランがいる。少しだけ隙間があって、ほんの少し動いたら触れる距離で彼のローブの中に隠されている。
これは、メリッサ自身が片づけなければならない問題だ。「あの場所から出る」と決めたときに覚悟したのだ。自分を狙う人間と戦うことを。メリッサはかぶっていたローブを取り、瓶底眼鏡を外してポケットにしまいこむ。そして、セスランの腕に手をかけた。
「魔女殿」
「隠さなくても大丈夫です」
彼の方を見上げ、その紅い瞳をメリッサの蒼い瞳が見つめる。
「わかった」
決意が伝わったのだろう、彼はローブの囲いを降ろした。




