18.メリッサ2年前回想 殺人犯を捕まえる
キッチンで昼食を作っていると、マルグリットが下の階からメリッサを呼んだ。
「みんな風邪をひいて休みですか?」
「そうなのよ、冬だし仕方ないけど、こんなこと初めてだわ」
お姉さま方が風邪を引いて、一人また一人と休んでいることは気になっていた。
頼みの綱のベテランのリリカが昨夜ついに発熱したらしい。
「それで悪いんだけど、あんたとルビーで今日は回してほしいのよ。 予約は少ないし、難しそうな客はつけないようにするから。私は今日VIPのお客様の対応でほとんど見てられないのよ」
「わかりました。がんばります。」
急いで店の開店準備にとりかかる。ルビーが出勤してきて事情を説明すると、大丈夫なんとかなるからと余裕の笑みでかえされ、メリッサの緊張が少しやわらいだ。
「前から思っていたんだけど、どうして店番するときそのカツラをかぶって眼鏡をかけるんだ?」
ルビーはメリッサのカツラの毛を触りながらたずねた。
いつも店に出るときは茶髪に瓶底眼鏡をかけて眼の色を灰色に変える。ついでに名前もシャムに変えている。マルグリット命名だ。
「このほうが神秘的で占い師っぽいですから」
「銀の髪のままでも神秘的だと思うけど、それに眼鏡を外したら可愛いと思う」
メリッサは急にルビーに可愛い発言されて、顔が熱くなった。
「いつも二階にいるときは、眼鏡をしていないから、蒼い瞳が綺麗なのにもったいない」
事情を知るマルグリットと、占い師のお姉さまだけしかいないのをいいことに、つい気が緩んで二階の休憩室では眼鏡をはずしていた。
本当は人に見せてはいけないと、祖母に言われて育ってきていたのに。
「眼の色、灰色のほうがかっこいいでしょ!かっこいいを目指しているんです」
かわいいと綺麗のダブル攻撃で、むずがゆくなってこどもじみた言い訳を並べた。
「ふーん、まあどっちも可愛い」
ルビーが微笑む。可愛いのはお姉さまのほうだ。メリッサは破壊的な美女の微笑みと、おほめの言葉を頂戴してどぎまぎした。
チリン、ベルが鳴りお客様が来店した。
隣国のオルテンシアの貴族がよく着る服装をした、二十代くらいの青年が現れた。
「予約をしていないのだが、良いだろうか」
「大丈夫ですよ、空いておりますので承ります」
ルビーが対応する。黒いロングドレスの美人占い師の登場に、一瞬驚いたようだが、その男はなぜか、店の奥にいたメリッサを指名した。
「あの、茶髪の子にみてもらいたんだけど」
「あの子は新人で、まだ勉強中なんです」
「かまわないよ、大した悩みじゃないからむしろ練習台だと思って話を聞いてもらえるだけでいいから」
人のよさそうな青年は、眼の下にクマが出来ている。少し疲れているような顔でメリッサを見て言った。そこまで言われては、お客様のために頑張らなければとメリッサは意気込んだ。
「わかりました。私でよければご相談ください」
ルビーは何か言いたそうだったが、その青年を鑑定室に通した。
困っている人の相談に乗るのが占い師の仕事だ。
鑑定室で青年に対面する。
「へえ、シャムちゃんっていうんだね」
青年は年下の子に聞いてもらうのがちょっと恥ずかしいなと照れてながら語り始めた。
「僕の悩みはね、好きになった子が全然僕に興味をもってくれないことなんだ」
顔には少し、疲労がみてとれるが穏やかな好青年といった印象だ。服装もきっちりしており、隣国からよくやってくる貴族らしい貴族といったところだ。だが、お客様の詮索はしてはいけないので、観察するにとどめておく。
「興味をもってくれないんですか?」
「そう、付き合おうとしても拒絶されて、すぐにお別れになる。なにがいけないのかな?
王都でもうまくいかなくて、気分転換にこっちに旅行に来たんだ。そしたら出会う子みんなやっぱり興味をもってくれない」
「それはお気の毒に」
どれだけの女性に声をかけて、そんなことを言うのだろうか。
「まあ道楽旅行で、ちょっとナンパに失敗しただけではあるんだけど、こんなのでも聞いてもらえてうれしいよ」
青年はクマの目立つ目を細めて笑う。
「で、どうしたら上手くいくのか占ってほしいな」
「わかりました、タロットカードでみてみましょう」
メリッサはカードをシャッフルしながら、青年の腕時計の記憶と思念を読み取る。
腕時計から黒い靄が立つのが視えた‥‥‥その瞬間。
一瞬ですべてが真っ黒になり、頭にひどい痛みが走った。
衝撃がメリッサの脳内に走る。
そこから鮮明な記憶が視え始めた。
真っ赤な血の海。
殴り、蹴られ、刺される女性の姿。
その悲鳴と断末魔が、頭を割る激しさでメリッサを襲う。
カードをばさっと落っことし、思わず両手で口を押えた。
「‥‥‥」
「どうしたの?」
青年がニヤニヤと笑っている。
メリッサは、悲鳴を上げずに必死に堪えた。体は硬直し、動けない。
こいつ、人を殺している。
「し、失礼しました。」
動揺を悟られまいと、持っていたカードのシャッフルを再会するが、手が震えてまた取り落とした。
ばさっ。
一枚だけ表を向いて散らばる。
「塔のカード!みんな僕が相談すると、そのカードを引くんだよね」
おもしろがるようにその男はカードを手に取った。
「塔」破滅を意味するカード。
殺人鬼が目の前にいる。時計にこびりついている殺された女性の怨念がとぐろをまいて男にまとわりついている。そして、こいつを殺せとメリッサに訴えてくる。
どうしよう、自分には視えるが、証拠がどこにもないのだ。いきなり魔法で攻撃しようものなら、自分が悪者になって店に迷惑がかかる。
どうにかして、この男を、殺人鬼を捕まえなければ。
不幸な女性がこれ以上増えないように。
「ねえ、キミかわいいからさ、今度いっしょにお茶でもしない?キミならきっと僕に興味を持ってくれると思うんだ。」
気味の悪いゆがんだ笑みを向けられて、メリッサは殺人鬼を捕まえようと決意した。
「‥‥‥わたしはあなたなんか興味ないし、‥‥‥どうでもいい」
メリッサは時計の記憶に残る、この男がもっとも嫌うであろう言葉をぶつけた。
この男の母親が、彼に放った凶器の言葉だ。
「なんで、‥‥‥お前がその言葉を言うんだ」
声から軽薄さが消え、冷えっ切った怨念のこもった声色。そして、男の目がぎょろりとねめつけてくる。
ガシャン!バリン!
男はテーブルをたたきつけ立ち上がり、テーブルの上の物を手で払ってぶちまけた。
「どうでもいいだとぉ!うるさい!だまれ!」
男は腕時計を拳に巻き付け、メリッサを思いっきり殴った――はずだった。
バチバチバチっ。
防御魔法に拳は弾かれ、男の右腕はメリッサに届かずに血を吹いてぐしゃぐしゃになった。
椅子から転げ落ちて唖然とするメリッサ。自分で身を守るために簡易の防御魔法を展開していたが、誰かが上乗せして魔物相手の上級防御魔法を張っていた。人間が触れたら人体が破損するしろものだ。
突然右腕が崩壊してパニックになった男は、あたりに血をまき散らす。
その時、タイミングよく部屋に飛び込んできたルビーの華麗なる蹴りで、男は側頭部を吹っ飛ばされぶっ倒れた。
騒音に気づいたマルグリットが慌てて鑑定室に来た。
「なにごとよ!!」
鑑定室がめちゃくちゃに破壊されて、血みどろの惨状を目の当たりにし、マルグリットは怒り心頭で犯人をヒールで踏みつけた。
それから警備隊の騎士団に男は連行されていった。
占いの館をめちゃくちゃにされて、マルグリットは怒髪天を衝く勢いで連行される男を罵っていた。
「メリッサ、もう大丈夫」
血の気が引いた顔で、震えて動けなくなっているメリッサに、優しくルビーが声をかける。
メリッサは犯人から読み取った思念と女性たちの叫びがずっと頭から離れなくてひどい吐き気に見舞われていた。
ルビーに手伝ってもらい、返り血を浴びたカツラと眼鏡を外してローブを脱ぐ。銀髪と蒼い瞳があらわになる。
「どうして、あんな挑発するようなことを言ったんだ?」
「‥‥‥あいつから、気持ちの悪いものを感じてどうにかして、ここで終わらせなきゃいけないって思って」
苦しいが、ルビーには視たものは言えない。
「怖い思いをさせてすまない」
メリッサは耐えきれなくて、ぽろぽろ涙があふれだす。ルビーが指で涙を拭いてくれた。
「ルビーお姉さまが、やっつけてくれてよかった」
恐怖をかき消したくてルビーに抱き着いた。ルビーはじっとされるがままメリッサを受け止めていてくれた。
しばらくすると気持ちが落ち着いてきて、メリッサは悪人を成敗できたのだから自分はよく頑張ったと思えてきた。
「あの飛び蹴り、私もできるようになりますか?」
少しいたずらな笑みを浮かべてメリッサはルビーに問う。
メリッサの気持ちが浮上してきたのが伝わったのか、ルビーも微笑んだ。
「もちろん、教えてあげよう」
後日、マルグリットから聞いた話では、隣国オルテンシア王都で起きていた占い師の若い女性ばかり狙った殺人事件が、聖都メテオーラ内でも起こりだし捜査隊が組まれていたとのことだった。
たまたまあの日、犯人が占いの館に下見に訪れたときに相手をしたのが、メリッサだったというのだ。
犯人の供述では、本当はリリカを狙っていたらしいが、同じ茶髪で童顔で弱そうなメリッサをターゲットに変えたらしい。ちなみに金髪美女は好みじゃなかったそうだ。
そして、事件の日の翌日から、ルビーは店に来なくなった。
店を改装するためにしばらく臨時休業となったので、会うことができないまま、また旅に出たのかもしれない。
それから数日後に、師匠が改装中の占いの館にやって来て、メリッサは大きな雷を落とされた。家を爆破してからの経緯をすべて話して、師匠に土下座したのだった。




