17.メリッサ2年前回想 アナベル嬢のお悩み
翌日、月の女神の秘薬を作ったから売ってみたいとマルグリットに申し出た。
マルグリットは、師匠含めてメリッサの蒼玉の秘密を知る数少ない人だ。
「あんたまた、たいそうなものを作ったわね」
月の女神のお告げで作ったとなれば、そのようにしないとバチがあたりそうだと、承諾してくれた。
普段のメリッサは、蒼玉の力を使って相談者の持ち物などから情報を読み取って鑑定しているので、実はカード占などの占術が得意ではなかった。
マルグリットいわく。メリッサが見えるものも、表層の情報にすぎないから無意識領域を見るためにも占術を覚えるように言われている。
だから、これまで対応した客のほとんどが、「当たってる」と言うが、なんだかすっきりしないといった反応で帰っていた。
見たものを伝えると、当たっているになるが、客の相談の奥の心の部分はまた別だった。
お姉さま方は「あんたはまだ若いから、これから勉強していきなさい」と励ましてくれている。
メリッサは茶髪のカツラにいつもの瓶底眼鏡をかけ、深緑色のローブをかぶって客の来店を待った。
チリンとベルがなり、若い女の子が来店した。マルグリットの采配でメリッサが担当することになった。個室に入ると、その女の子は恋愛相談を始めた。
名前はアナベル。貴族の子女で一六歳、次の春に隣国のオルテンシア王国から留学して魔塔のウィズダムに入学する予定らしい。今日はこちらで住む家を探しに来たついでに占いの館に寄ったのだという。
彼女には一緒に入学する婚約者がいる。困ったことにその彼が、いわゆる政略結婚目的の婚約なのだから、学園にいるあいだはお互い婚約者だということを隠して自由にしようと言い出した。
アナベルは最初こそ政略結婚が嫌で、彼に冷たく接していた。貴族としてはあるまじき行為だとは思っていたのだが、少しいたずら心も働いてそうしてしまっていた。彼はそんな自分に対していつも紳士だったが、ついに心が折れたのか彼はアナベルが自由にできるようにと気遣ってそんな提案をしてきたのだという。
本当は、冷たくしても変わらず優しい態度で接してくれていた彼のことが好きになっていたが、本音を言うことができないうちに、わがままをぶつけすぎて彼のほうがギブアップしてしまったらしい。
「あなたじゃなくて王子様がいいって言っちゃの」
「それは彼も辛かったでしょうね」
「その彼との関係を修復するにはどうすればいいかしら」
メリッサは、タロットカードをシャッフルしながら、アナベル嬢の耳に光るダイアモンドのピアスを少し視てみる。ピアスに残る思念が断片的に浮かび上がる。
相手の彼が困ったような、何か言いたそうな顔で見ているのだ。怒ったり、恨んだりしているのではなく、ただ悲しみを感じた。
「彼は明るく優しい性格で、なかなかのイケメンですね。それでいて、剣の腕前も良いですね。栗毛色の髪の素敵な方です」
「当たってるわ」
「あなたの言うことは何でも聞いてくれる」
「そう」
「他の男の子を褒めたり、かっこいいと言っても笑っている」
「そうなの、本当はやきもち焼いてほしかったのに」
「お茶の時は、彼はいつも聞き役ですね」
「そうなの、あまり自分のことをしゃべらないのよ、わたしは彼のことが知りたいのに」
メリッサは恋の駆け引きとはなんぞやと心の中でつぶやいた。
カードを一枚アナベル嬢に選んでもらう。選んだカードは女帝の逆位置だった。
「これは女性のわがままな心を表すカードです」
「確かに私はそうだったかもしれないわね」
アナベル嬢はカードを見つめて独り言のようにつぶやく。
「それはわかってるの、謝ったほうがいいことも。でも、もし彼が許してくれなかったら?わたしは婚約破棄もできず、次の恋も探せず片思いを続けるの?」
だから、そのわがままをやめろと言いたいのをこらえる。アナベルは確かに美少女だし、モテるだろうけれど。婚約者もなかなかの優良物件だと思える。
「もう一枚カードを選んでください」
テーブルに並べられたカードから、細い指が一枚のカードを選び取る。
「素直に謝って大丈夫ですよ。恋人の正位置のカードが出ましたから」
アナベル嬢の顔が少し安堵したように見える。
「良かったわ。でも自信がないのよね。彼があんなこと言うのは初めてだし」
「では、月の女神の秘薬を使ってみてはいかがですか?運命の相手に出会い、一時両想いになれる薬です。彼が運命の人であればきっと仲直りのきっかけになりまよ」
紫色の小瓶を懐から取り出し、テーブルの上に置く。
「運命の人じゃなかったら?」
「彼の提案の通りに、学生の間は自由にしてみてはどうですか?」
結局、アナベル嬢は月の女神の秘薬を買って帰った。
帰り際に、「あなたよく当たるけど、なんでかしら、乙女心がわかってない感じがするわ。秘薬は面白そうだから買っていくけど」そう言い残して去っていった。
「やっぱり、向いてないんだわ」
自分には恋愛相談は早すぎる。メリッサは自信をなくして休憩室のテーブルに突っ伏していた。
甘いミルクティーの香りがする。
ルビーが隣に座って、「どうぞ」とティーカップを置く。
顔を上げると彼女が優しく微笑んでいる。
「キミが好きなクッキーを買って来たから、休憩にしよう」
落ち込む自分を励まそうとしてくれているのが伝わる。ミルクティーの甘さと一緒にじんわり胸があつくなった。
「ルビーお姉さま!」
それから小一時間、ルビーに愚痴を聞いてもたった。拗ねたことばかりが口にでてしまう。それでも彼女は根気よく話を聞いてくれた。




