104.幾星霜の記憶4
「‥‥‥夢じゃなかった!」
メリッサは顔を真っ赤にして、羞恥に震えた。
「もうヤダ!わたしのバカ!消えたい!!!!!」
ここがどこで、自分の恰好が何であるかを理解して、ばっちり目が覚めていた。
昨日の帰りの馬車からすっぽり記憶が抜けている。代わりに覚えていないが、長い夢を見ていた気がする。
飛び起きて頭を抱えているメリッサの真横に座っている、黒猫のラファエルと目が合った。
「ラファエル。どうしてこうなってるのかな?記憶がないんだけど」
「メリッサ様。落ち着いてください」
黒猫を撫でて、心を落ち着けようと試みる。が、その前にメリッサを見つめている存在達と目が合った。
扉の前に、セスランとアレイがいた。
「――すっすみません!ご迷惑をおかけしました!」
メリッサは、ベッドの上で全力でダンゴムシになって土下座した。
人様の寝床を占拠するなど、これ以上ないやらかしだ。いっそ死んで詫びてしまった方が楽になれる気さえしてきた。
冷静に状況を考える暇もなく、とにかくこの部屋の主であるセスランに謝った。
「おはよう。メリッサ」
「っ!」
セスランは至っていつも通りの挨拶をした後、ダンゴムシのまま固まるメリッサに昨日から眠り続けていたことを説明した。
その簡潔的な内容は、とにかくずっと寝ていたというただそれだけだった。少し付け足せば、本当はハニエルと王都の屋敷にいたのに、寝ぼけてこちら側に転移してきていたらしい。そのせいで、今に至っている。
「迷惑なことはひとつもない。ハニエルが一緒にいられると喜んでいたくらいだからな。顔を上げてほしい」
恐る恐る表を上げると、セスランはいつも通りなのに、何故かそこにいるアレイがセスランの肩に頭ごともたれて下を向いていた。
「お前はいつもタイミングが極端だな。彼女にバレないようにしろ」
肩にもたれるアレイにだけ聞こえるように、セスランは囁いた。
「無理かも」
「泣くな」
「だから無理!魔女が、そのままそこにいるんだぞ!」
アレイが突然メリッサの元へ大股で近づいてきた。そして、ベッドの上で正座するメリッサの膝に頭を埋めた。
「アレイ!?」
彼は、無言で肩を揺らしている。
「‥‥‥泣いているんですか?」
いつも陽気で明るいアレイに、泣くほどの辛いことがあったのだろうか。
メリッサは自分のやらかした失態よりも。アレイのことで胸がいっぱいになった。
そっと黒いふわふわの髪の毛に触れて、頭を撫でてみる。
シュミーズを握って、すがるような手がピクリと跳ねた。
「らしくないですね。女の子にでもフラれたんですか?」
メリッサなりに、冗談交じりに慰めようとしてみるが、いつも陽気な彼は笑うことも言い返すこともない。
「セス。どうしたら」
「もうしばらく、そのままでいてやってくれ」
セスランはいつもアレイには甘いと思っていたけれど、今日は特にその瞳に優しさが見て取れる。
「わかりました」
アレイのために、メリッサに出来ることは膝を貸すことくらいしかないかもしれない。そっと背中をさすってあげれば、いつもと違って彼が子どものように見えた。
◇◇◇
いっぺんに記憶が甦って、動けなくなっていたアレイは寝室を占拠してベッドにつっぷしていた。たった5分ほどメリッサの膝を借りただけて、もう十分だろうと相棒に引きはがされて放っておかれたのだった。ぼんやりと、蘇ったばかりの記憶を思い起こしていると、アレイの心の内にあった疑問の答えが見つかった。
あの過保護で執着心の塊のような男が、アレイだけはメリッサの傍にいることを許している理由。
――魔女にとって家族だったから。
そして、地底で再開した後、あの男がアレイだけは傍に置いた理由が、魔女が育てた子どもだったからだ。
――そりゃあ、魔女が死んだとは言いたくなかったよな。記憶をわざわざ甦らせようと思わないのも納得できる。
相棒が以前に、メリッサの事を知れば俺が彼女を欲しがる。そう言っていた。
その通りで、記憶が甦ったばかりだとういのに、悪魔の性に目覚めたときの感情も鮮明に浮き上がってきていた。相棒の味方でいるつもりだったのに、どうしても欲してしまう。
これでは相棒が言っていた通り、どちらかを消すまで殺り合うことになりそうだ。
「魔女が、メリッサが欲しい。けどアイツがいる限り手に入らない――」
「人のベッドで泣きべそかいてるくせに、何を格好つけてるんだ?」
「うわっ!勝手に入ってくるなよ」
「ここは俺の部屋だ」
いつの間にかベッドサイドに現れた相棒に見下ろされて、反論のしようがないアレイは不貞腐れた。
「お前の方こそ、一人で記憶背負ってカッコつけてるじゃないか!」
「なんだ。記憶が戻ったらやけに子どもじみているな」
セスランは揶揄うように笑って、ベッドに突っ伏すアレイの横に座った。
「お前。地底に堕ちてきた時から、全部知っていて俺と一緒にいたのかよ」
アレイは拗ねた子どものように、枕に顔をうずめて視線だけでセスランを見上げた。
彼はそんなアレイの顔の横に手をつき、覆いかぶさるように真上から見つめ返す。
「記憶を取り戻したお前に、魔女が死んだと言いたくなかった。だから封じたままにしていたんだ」
「昔を思い出したせいで、魔女が死んでたのもショックなのに、色々分かった瞬間生まれ変わった魔女に会って精神がぶっ壊れそうだ!」
アレイは長い時を生きて、転生した天使と魔女に再開していたと、やっと気が付いたのだ。
「もっと早く教えろよ!俺は、お前たちと過ごした時が一番幸せだったんだからな!」
「悪魔のくせに泣くな」
「お前だって、天使のくせに泣いてたじゃないか」
アレイは枕に顔をうずめた。まだ少年だった時の思いが強く表れて落ち着かない。千年以上生きてきたくせに、子どもじみているのが恥ずかしいが、育ての親だった男相手だと勝手に素の感情が出てくる。
「お前が赤ん坊の時は、よく泣いていたな」
「それ言うのはナシ!マジでやめろ!」
アレイはぐるっと仰向けになって、セスランのシャツを掴んだ。
二人の目が合うと、セスランの深紅の瞳が和らいだ。
「俺が地底に堕ちたとき、お前が光に見えた‥‥‥。魔女が作り出す光と同じものが、お前の内側にあったよ」
絶望の暗闇の中に、一筋の光が差した。
光は、魔女が残した愛。
「お前がいてくれたおかげで、俺は孤独に狂わずに済んだ」
清廉な天使の微笑みは、長い時を経て悪魔の子どもを褒める御褒美のようだった。
「――!!っそういうの、ズルいだろ!」
アレイは足をばたつかせて、顔を枕にうずめた。
絶対に、喜んでいる顔など見せてやるもんか。
タイトル、なろうっぽくした方がいいのかと思って、愛でていたい~にしたけれど。
「蒼い業火に焼かれた魔女は守護天使と転生する」に戻します。やっぱりこれが一番しっくりくる。
ずっと読んでくれている読者様。作者の迷走許してねm(__)m




