102.幾星霜の記憶2
少女は流星の降る夜に、草原で空を眺めていた。
風は凪ぎ、虫の鈴を鳴らすような声だけが時々耳をくすぐった。
蒼い瞳の中に、流れる流星が映り込む。
星の輝きに心酔するように見入っていると、一筋の光がこちらへ近づいてくるのに気が付いた。
それは流星から分離した、星の光。
墜ちてくる。と、感じた少女は走った。走って、走ってその光の筋を追った。草原を息を切らして走ると、光は音も衝撃もなく、地上に墜ちて強い光を放った。青白く光る、その場所を覗けば、あおいろの石板があった。
拾い上げると、ずっしりと重い。綺麗なあおいろで、夜空の星の光が透けて見える。
「それは君のものだ」
「これは、女神様からの贈り物だね」
誰に教わるでもなく、少女は直観的に言葉を紡ぐ。隣りにいる白い羽の人が、少女を抱き上げた。
「君は、最初の魔法使いになるんだ」
二人で見たその日の流星を、少女はそれから長い時を生きている間も鮮明に覚えていた――。
――少女が手に持っている石板は、太陽の光を通し、深い水の中にいるような、夜空を見るようなそんな深いあお色だった。
あお、青、蒼。
「サファイアは蒼玉と呼ぶんだし、蒼が一番しっくり来るんじゃないかしら。あなたの瞳の色と同じだしね」
そう彼女が言えば、少女は素直に納得した。
石板は宝石のサファイアで作られたものだった。
「姉さま。この石板は空から、夜空から落ちてきたの」
流星を草原で見た日に、これが落ちてきた。
「女神アルシオーネ様がこの世界に魔法を与えるって、それをこの石板に記すから、読み解き広めよって書いてある」
石板に金色に光る文字が浮かび上がると、見たこともない文字だったのに、少女はその意味が理解できた。
「聖石の守り人の一族から、あなたが選ばれたんだね」
姉さまは誇らしげに微笑み、少女を抱きしめた。
少女のいる村には不思議な岩がある。神様が宿る岩を守るのが聖石の一族だった。聖石がある場所は森の獣や穢れから守られる。
少女は石板を拾った日から、体の中に不思議なエネルギーの流れを感じるようになった。
生まれたときから傍にいる、白い羽の人がそれは魔力だと教えてくれた。
白い羽の人は、独り言をしゃべる変な子に誤解されないように、信頼する姉さまには姿を見せてくれた。
けれど、姉さまは白い羽の人が嫌いみたいだった。一度だけ、どうしてか聞いたことがある。
そうしたら、「あなたを連れて行くから」とだけ言って、後は何を聞いても答えてくれなかった。少女は白い羽の人が大好きだったから、それを少しだけ悲しいと思った。
白い羽の人は、君は困ったときには光選んでほしいからと、最初に光を作ることを教えてくれた。
ちいさな手のひらに、魔力を集めると、光になった。それを白い羽の人に見せると、頭を撫でて褒められた。
そのまま魔力を集めて、花を咲かせたら白い羽の人は褒めてくれたけど、今度はまだ誰にも見せてはいけないと教わった。
それは、みんな不思議な事に慣れていないからだと言った。不可思議すぎる事を、人はまず先に恐れるからと。そして、不思議になれて奇跡だと信じるようになると、奇跡を起こす者の自由を奪う。だから子どもの内は、隠していなさいと教わった。
少女の時代を過ぎ、大人になりかけた時に、少女の時は止まった。
あの、故郷にいた最後の日に、魔法で作った花畑を残して大好きな姉と別れを告げた。そして、白い羽の人と故郷を後にして、千年の旅に出た――。
ー--
暖かい。
手触りのいいモフモフした暖かい何かが胸のあたりで鼓動を刻んでいる。うっすらと目を開けると、黒い毛並みが見える。小さくかわいい肉球のついてる手は白色だった。
「ハニエル?」
カーテンが占められている室内は薄明るく、光の加減から朝だと分かる。
「これは夢?」
メリッサが今いる場所は、天蓋付きのベッド上だった。
そこにハニエルと一緒に寝ていたようだった。
お城に住んでいるような夢だ。夢の世界ならと、ベッドから降りて部屋の中を歩いてみる。
大きな鏡の前を通り過ぎようとしたとき、自分の姿が目に入った。
白いシュミーズ姿で、髪はおろされ胸元にはルビーのネックレスだけが血を一滴落としたように目立つ。
夢なんだから、一人でも鏡を通り抜けれるかもしれない。ふとそう思って、夢だからと深く考えもせずに、鏡に触れると、手が吸い込まれた。
メリッサはそのまま目を瞑って思い切り飛び込んだ。
飛び込んだ先で、目を開けると保管庫の側の部屋に出た。夢なのにえらく鮮明に再現された室内に驚いた。
こちらも朝方の薄明るさで、ベッドの上に黒猫が丸まって寝ている。
耳がピクリと動き、こちらを向いた。
「メリッサ様?」
「ふふ。夢の中でもラファエルとおしゃべりできるんだね」
「夢?」
黒猫を抱きしめて、そのままベッド身をゆだねた。
夢なのに、また、うとうとと意識が遠のき始める。腕の中の黒猫が暖かく、心地いい。背中もぽかぽかしてきて、こんなに安心感に包まれた夢がずっと続けばいいのにと思って眠りに落ちた――。
「まったく。こちら側へ一人で来たかと思ったら、まだ寝るのか?」
昨日、商会で聖石を買ってから、帰りの馬車でメリッサは眠ってしまった。
聖石の魔力と同調したせいだ。公爵邸でずっと寝かしていたが夜になっても目覚めず、ハニエルを傍において起きるまで待っていて、朝になった。
夢うつつだったのだろうが、部屋の主に気づかずにいるなんて無防備すぎる。
セスランはメリッサが来た気配に気づいたが、いきなりベッドに寝転がり、背中をくっつけてそのまま寝るとは思いもしなかった。
黒猫が身じろぎする。
「もう少し、そのままでいてやってくれ」
主の言葉に、メリッサの腕から抜け出ようとするのをやめて、黒猫は心地よさそうに目を閉じた。
「昔の夢を、見ているのか?」
メリッサは、前世の魔女が時を止めた年齢を少し過ぎ、記憶の中の魔女より、少し大人びてきていた。
シュミーズ一枚では肌寒いだろうと、ベッドの上で眠る彼女に、上掛けをかけてやる。
「思い出さなくてもいいから、生きていていくれ――」
銀色の髪を梳くと、セスランは溜息をついた。
「――どうして、今なんだ?」
寝室の向こう側に、無遠慮極まりない男の気配がした。
いつのまにか100話を超えてました。
ここまでこれたのも、読者のみなさまがいてくれるからです!感謝(*´ω`*)




