その日の放課後(3) 帰り道
廊下と昇降口は辛うじて電気が点いている。土本は教室の電気を消すと、先行する北條に続いて早足で昇降口へと向かった。
「生徒会に入ってると、毎週こんなに遅くなるもんなの?」
土本はなんとなくそう聞いてみた。
「金曜日はいつも帰りが多少遅くはなるんですが、この時間までというのは、今日が5回目ですね」
「そうなんだ……」
ということは、過去4回はここまで遅くなってはいた、ということだ。
「あっ、そうでした。すみません、突然のお話しなのに遅くまでお付き合いいただいて」
「あ、いや、それはいいんだ。大丈夫」
余計な気を使わせてしまった、と土本は後悔した。
「今日は例の説明会があったために遅くなってしまっただけで、今後は土本君をそこまで遅くまで残っていだたいたりすることは、恐らく滅多にないので、ご安心ください」
「うん、まあ、生徒会の都合で遅くなったとしても、それはそれでいいけどな。残ることには抵抗ないし」
昇降口に着いたところで、土本は靴を出しながら、この日初めて、生徒会活動に前向きなことを言った。
その発言を聞き逃さなかった北條は、薄暗くなった昇降口でもわかるくらい、目を輝かせた。
「本当ですか? 生徒会に興味持っていただけました?」
「うん、正直、今日顔を出すまでは不安だったけど、実際行ってみれば、案外いいところだった」
「よかった、そう言ってもらえて嬉しいです」
北條の輝いた眼差しから逃げるように、土本はさっさと靴を履いて昇降口を出た。
昇降口を出ると、辺りは既に真っ暗になっていた。こんなに暗くなってから帰るのは、土本にとって初めてのことだった。
「行きましょうか」
予報が外れて雲の薄くなった夜空を見上げていた土本は、後ろから声をかけられてまた驚いた。
「う、うん」
土本も北條も電車通学である。だが最寄駅からの方向は、土本が下り、北條が上り方向。よって、話ができるのは駅まで、ということになる。
学校から最寄り駅である稲岡駅までの数百メートルの道は、あまり車が通らない。一応街灯はあるが、道沿いの建物は少なく、灯りに乏しい。
その暗い道のりを、彼女はこれまでも、生徒会の仕事で遅くなった時などは、1人で歩いていたのだろうか。
土本は、横を歩く北條の横顔を時折横目で見ながら、何か質問を振ろうと、無難な質問を考えた。
「また、生徒会について、基本的な話になるけど……、そもそもこの話、前生徒会役員からの引き継ぎになるわけだよな? その人らは、引き継いでそれっきりなのか?」
「……そうですね、私は直接引き継ぎに関わってはいませんが、まさにその、引き継ぎの際に、備品の件が問題化して、現生徒会が実態調査を始めたそうです。ですから、引き継ぎ以前には問題化しておらず、従って前生徒会では特に調査等は行っていません」
「そこで一旦備品管理の見直しが図られ、月毎の備品数量の確認と使用の際の簿冊管理、無駄遣い防止の呼びかけ等の対策が取られました。しかし、年明けに備品の状況を確認した結果、やはり備品の数量が合わず、『備品の盗難が継続している』という話になりました。そこから先生方に取り急ぎ口頭で報告したところ、文書化した上での詳細な報告を求められたとのことです。恐らくは、あの資料がそれなのでしょう」
「その資料作成に、前生徒会は協力したのか?」
「いえ、そのあたりは何とも……、ただ、少なくとも引き継ぎ期間以降は、前生徒会の方が生徒会室を訪れたり、現生徒会に接触したところは私は見ていません」
何か釈然としない。何もしていないようにしか思えない。
「元々自分たちの代の時に発生した事件なんだから、もうちょっと責任持って貰いたいもんだけどな……」
「でも、生徒会役員の任期はたった1年なんです。その1年で、その年にあった問題を全て解決、あるいは何らかの方を付けるというのは、やはり難しいと思いますよ。そして、任期満了後は、何の権限もない、生徒会ですらない、ただの生徒になるんです。前生徒会と言えど、今はもう、責任を負う立場ではないんです」
とはいえ、それを言ってしまったら、最長でもその1年やり過ごせば、責任逃れができてしまう、ということになる。
土本にとってはよく知らない先輩方だが、最低限の責任はとってもらいたい。そういう思いはあったが、それをそのまま言うのは避けた。北條にとっては、庇いたいくらいの大事な人である可能性があった。
「でも、今まさに責任を負う立場の人たちが困っているわけだけど」
「なので、そこを土本君にお願いしたいんです。会長も言ってましたが、必ず犯人を見つけて解決しなければならない、ということではないんです。でも、やるだけのことはやりたいし、せめて再発を防ぐことはしたいです。いえ、そうしなければならないんです」
その言葉からは、彼女の強い意志を感じ取れた。
「ま、乗り掛かった船だ。やってみるさ」
「はい、がんばりましょう」
やる気に満ちた表情と返事だった。
やはり北條は、この「犯人探し」を心から楽しんでいるように思える。
「ところで、来週からこの活動、いつどこでやることにする? 放課後の教室とかか?」
「それについては、教室でもいいのですが、土本君の『犯人探し』は、結果が出た時点で発表することにし、それまでは、なるべくクラスの皆さんの目には入らないようにしようかと考えています」
そういえば、そんな話だった。土本の汚名返上、悪印象の払拭、そのための生徒会加入であり、犯人探し、真相解明であった。
いつの間にか土本は、本来なら断ってもおかしくないような、そんな面倒な頼み事を自然に受け入れていた。
「生徒会室はどうでしょう。そこなら私も鍵を持っていますし、放課後なら、常会の金曜日と、不定期の活動のある月曜日、水曜日以外は毎週使用可能ですので」
確かに。そこなら他人の目には入らないだろう。土本にとっても、趣味の範疇には邪魔が入らないに越したことはない。
「なら、木曜日に、生徒会室で。その時間に現場確認なり調べものなりをやって、役員への報告内容をまとめる、ってことにしよう」
「はい、そうしましょう。内容については私がまとめて、金曜に報告することにします」
そこで丁度、稲岡駅に着いた。
既に交換待ちで停車していた下り列車が、改札から跨線橋を渡った向こう側のホームに停車していた。この時間、特に遅延がない限りは、すぐに上り列車が来る。
列車が着いてから跨線橋を走って渡れば、十分間に合うことは既に経験済みであった土本は、跨線橋近くで立ち止まり、北條との話を続けた。
「ん、あとさ、備品の件が重要、とは言ってたけど、そちらを先にどうにかする、ってことじゃないって解釈でいいのかな? 正直、どっちかと言えば、放送の方が何となく解決が早そうな気がするけど」
「もちろんです。同時進行、というお話しでしたので、結果放送の件の解決が先行することは何も問題ありません」
上りホームから真っ直ぐ下り側に向かって伸びる線路の向こうから、先頭列車のヘッドライトの眩しい光が見えた。
「むしろ、そちらが解決できるなら、早期にひとつ結果を出す、そして実績を積むのは、それはとてもいいことだと思います」
なるほど、確かに、実績が早期にひとつできるのは、その後のこと(犯人探しの正当性、意義を問われる状況が、今後ないとも限らない)を考えると、何もないよりは、説得力が増すだろう。
「まあ、簡単にはいかないだろうけどな」
土本はいつもの調子が戻ってきたらしく、そこで皮肉っぽい台詞を吐いてみた。
「大丈夫ですよ、きっと。あの教室荒らしを解決できたんですから」
北條は、土本を励ますように言った。
「そうかなあ」
「そうですよ、それに、今日からは……」
その時、列車がホームに滑り込んできた。
北條の髪が風に靡く。
「私がついてますし」
電車の喧しい走行音の中でも、その一言は、はっきりと聞き取れた。
もう少し話をしていたかったが、もう出発の時間が迫っている。
「そっか……じゃ、また来週」
「はい、また来週、よろしくお願いします」
土本は軽く手を挙げ、反対ホームへと駆け出した。
跨線橋を登って下りて、列車に飛び乗ると、ちょうど目の前の窓の向こう、反対側の列車の中に北條がいて、そこで目が合った。
後ろの扉が閉まって、列車が動き出す。土本は、右へと流れていく、北條に向かって手を振った。
北條は、笑顔で手を振って答えた。
その北條を目で追って、すでに見えなくなっていたが、しばらくその方向を見続けていた。
辺りは暗く、すれ違い区間を過ぎると、窓には車内の様子がはっきり映る。
そこで初めて土本は、自分の顔が窓に映っていることに気づき、慌てて真顔に戻した。
なんという情け無い顔。周りの乗客は少なく、幸運にも土本のその顔は誰にも見られていないようだ。
そこから降りる駅までは40分ほど。いつもは勉強の時間に充てているその時間だが、今日は勉強より優先してやるべきことがある。
まず、さっき依頼のあった2つの事件の調査、そのためにルーズリーフを1枚使って、今日得られた情報のまとめに取り掛かった。
まずは、DJピンキーについて。
日時は、1回目が12月中旬、2回目が1月上旬。いずれも水曜日の昼食の時間。
放送を流している場所は当然、放送室。
放送については、タイマーを設定して流していたため、放送開始直後に放送室に駆けつけた教師が入ろうとするも、鍵が掛かっていたため、停止に手間取ることに。結局、1回目は約10分後に停止。2回目も概ね同じ程度の時間。
放送室の鍵については、現在把握されているものが6本。
職員室と予備鍵金庫にそれぞれ保管されているものの他、教頭先生、月山先生、放送部、校務員がそれぞれ1本ずつ所持。
職員室の鍵保管庫は施錠されていない。予備鍵金庫は施錠されている。
今のところ合鍵、つまり元の鍵から複製鍵を作成し、それを使用したという可能性は低い。鍵の複製が困難であるとのことであり、作成は不可能ではないが、そこまでの労力をかけてまで放送をする可能性は低いとみられている。
よって現在、侵入が可能なのは、(複製鍵が存在する可能性を無視することとして)放送室の鍵の所有者、または職員室に出入り可能な人物。
犯人は、鍵を使って放送室に侵入し、CDプレーヤーに用意したCD-Rを挿入し、昼の時間に再生するようタイマーをセット。その後、放送室を施錠して立ち去った、とみられる。
(あれ、これって、毎日昼前に、放送室の機器を確認したら、防止できるんじゃ?)
土本は、ふと、この放送について効果的な防止策を思いついたが、これは採用しないことにした。
生徒会から土本への依頼では、あくまで「犯人探し」が主目的である。
先の防止策を実行してしまえば、少なくとも次の放送、その一回だけは阻止することはできる。しかしそれでは、犯人を追うことができなくなる。それに、犯人が手口を変えて次の放送を行ってきた場合、「犯人探し」が更に面倒なことになる。
(となると、やはり、「3回目」はやらせるのもやむなしか……その時に、犯人が誰だか確認するか、せめて何か証拠を押さえないと)
土本は慎重に、そしてできる限り早期に、このゲリラ放送事件の犯人を突き止める必要があると考え、そのための有効な策を練ることにした。
兎に角、この事件において現状唯一、土本の手元にある証拠は、放送の内容、例のCD-Rから録音したテープの音声のみ。
これを聞き直し、何かヒントになるものを探しておきたい。内ポケットからイヤホンを引っ張り出して、再生を開始した。
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(♪ BGM、明るい感じの打ち込み系音楽)
はい、皆様こんにちは〜!
DJピンキーのトキメキ⭐︎オンエアの時間がやって参りました!
お昼のひと時、少々お耳を拝借、10分ほどお時間をいただいて、私DJピンキーのフリートークをお送りいたしたいなあ、と! 思うのでありますが!
まずは私のね、自己紹介から!
とは言ってもね、この放送、一応「正体不明の謎の女が、お昼に放送室をジャックして、ほんの数分、軽妙なトークで、皆様に楽しいひと時を提供したい」というコンセプトのものなので(笑)、いち生徒であること以外、プライベートな情報はお伝え致しません、あしからず。
まあね、わかっちゃった人は、後で周りに誰もいない時にでも、教えて下さい! 「こないだの放送、よかったです」なーんて言われちゃったらね、大変励みになりますのでね、ひとつ、こっそり声をかけていただけたらと思います〜。てなわけで!
今日のトーク、お題は!? ジャジャン!
「クリスマス」(←エコー)
そうですね、間もなくクリスマスですからねー、恋愛真っ最中のティーンの諸君は、今からソワソワしてるんじゃないかなーと思います!
ねぇ! いいですね…… 私はね、そういう人はいないので…… でもいいの! 私はリスナーが恋人! そう、恋人に向かって語りかけるように、今日もマイクの前で甘く語りかけるのよ。
「クリスマスは、2人だけの特別な夜にしたいね」(←セクシーボイス)
……なんつってー! なんつってー! (笑)
ちょっとね、こちらのスタッフにね、今まさに彼女ができて浮かれてるのがいるんですよね。で、今まさに、この彼氏いない私のトークをニヤニヤしながら見てるわけですよ!
おうおう、見せつけてくれるじゃねーかおふたりさんよう! 彼女さんはここにはいないけどね!
いいんだよ、もうさ、そもそもクリスマスってさ、サンタさんからプレゼントもらえるってんで、その日ばかりはめっちゃいい子にしてる子がさ、サンタさんみたいなーなんて言い出したりしてさ、でも、ちゃんと寝てないとサンタさん来ないよ、なんてママに言われたから、とりあえずベッドに入るんだけど、頑張って寝ないで待ってて、でも眠気には勝てなくて、眠っちゃった後に、パパが物置の奥からこっそりプレゼントを持ってきて、よく寝たいい子の枕元にプレゼントをそっと置いてさ、翌朝に目が覚めた子供がプレゼント見つけて「わぁい」ってさ、そういうものじゃん? ねぇ?
子どもたちのために、なんかしようよ! 愛を与えよう? あたしらってもう、そういうトシじゃん?
あっ、ごめんもしかして、今の今までサンタさんを信じてた人がいたら、夢を壊してしまったかも……、いるよ! サンタさんいるからね! いい子にして待っててねー!
とまあ! そんなこんなで! いきなりおバカな話をしてますが。
こっからちょっとマジな話ね。
今、プレゼントとかパパママとかの話したけど、世の中そういう恵まれた子ばっかりじゃないわけさ。
とある施設でね、まあその施設っていうのは、要は親のいない子たちが入る施設なんだけど、その子達のために施設でクリスマス会みたいなのをやるわけね。
そこでさ、私はちょっとお手伝いさせてもらってるんだけど、まあ会をやる少し前に、子供たちがサンタさんに手紙を書くのよ。でさ、手紙の中身を確認するのは施設の人たちなんで、そこで私も中身見たりするのね。
で、読んでみると、子どもだからまあ、大体は、ゲームとか、おもちゃとか、そういうものがほしい、って書いてくるんだけど、その中にひとつ、「パパママがほしい」って書いてあってさ……。
……もう泣いちゃうよね、なんでこの子のパパママは、こんな可愛い子を置いて、いなくなっちゃったんだろうって。本当にこの子は、他の子にはパパママがいて、自分にはいないから、寂しくて、欲しいって思ったんだろうなって思って。ママが迎えにきてくれないんなら、私がママになっちゃいたい、ほんとに……
えーすいません、この話してたら、また涙が(笑)。
今年のクリスマスは、みんなが幸せになる、そんなクリスマスになってほしいなー。と、思いました!
皆様にも、幸せが、訪れますように!
メリー・クリスマス!
というわけで、本日はここまで。また次回、お楽しみに!
ラストはこの曲。ワム!の「ラスト・クリスマス」。
(BGM:WHAM!/LAST CHRISTMAS)
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ここまでがvol.1。続いてvol.2が再生される。
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(♪BGM:宮城道雄/春の海)
あけまして、おめでとうございます。(←艶のある声)
本年も、DJピンキーのトキメキ⭐︎オンエアを、どうぞよろしくお願い致します。(←艶のある声)
皆様にとって良い年でありますよう、タテカワはじめスタッフ一同、心よりお祈り申し上げます。(←艶のある声)
……なんつってー! なんつってー!
ガラにもない、こんな丁寧な挨拶なんてするもんじゃないねー!
あーもう鳥肌立ったわ。それじゃー今日もいってみましょう! DJピンキーのトキメキ⭐︎オンエア!
はい、というわけでまた私ことDJピンキーのフリートークを始めていくわけですが、ねぇ。
皆さま、お正月、いかがお過ごしでしたでしょうか? 私はね、まあ普通ですよ、ふつー。
大晦日に夜更かししたおかげで、元日の朝は寝坊して親に起こされ、そこで慌てて着替えた上で、あけましてのご挨拶をして、ね、そこからお屠蘇に口をつけたり、おせちをつついてみたり、初詣に行ってみたり、親戚にご挨拶して、お年玉貰ったりして。んで親戚集まって遊んだりしてたら結局夜更かししちゃって、次の日寝坊する、と。その翌日もそのまた次も、大体そんな感じでしたよ、ええまあそんなこんなでボヘーっとしてたら、いつの間にか3学期がはじまってしまう、と。(笑)
これは普通じゃない、と言われてしまうともう、何も言えないんですけどね。
さあ、そんなこんなで、今日のテーマ!
「今年の抱負」(←エコー)
ねー。新年なんで、今年は新たになんかに挑戦するぞ! とか、今年こそは、こういうふうに生きていきたい、とか、皆さんそういうね、なんかがあると思うんですが!
私はというとですね。とにかくこの後控えている、センター試験に全力で取り組んで、まずは基準点突破、二次に望みを繋いで、そこでの小論文と英語でなんとか、なんとか! 合格を勝ち取ろうとね、思っているわけです。というわけで、第一志望絶対合格、これを抱負としたいと思います。ええ。
そんな試験本番が迫っている人間が、お昼時に放送してる場合かっ! というお叱りは、当然あるかと思うのですが。(笑)
大丈夫です!
この放送に関わっている時以外は、ちゃんと受験生してますから! 残り1週間の追い込みじゃー!
どうです3年の皆さん! 勉強してますか? 追い込みかけてますか? ラストスパートかかってますか? いくぜみんな! 走るんだ! このまま後期二次試験まで駆け抜けろ! というわけで今日のナンバーは、爆風スランプの、RUNNER !
……あっ、まだもう少し時間あるの。じゃもう少しトークを。
えーもう、年が明けてしまったので、受験も目前なんですが、卒業も、もうすぐなんですね、はい。卒業前に、なんかやり残したことないかなー、って最近考えている訳なんですけど。
色々考えるところがあってね。実際志望校を決める時にさ、これこれこういう理由で、この大学にどうしても行きたい、っていう、本当のところをさ、実は周りの人にも、親にも言ってないんだよね。
ちょっと関西にさ、親戚がいて、その人は、私の叔母さんにあたる人なんだけど、放送関係でバリバリ働いてる人なのね。私もそっち方面に就職したいって思いがあって、でも周りには言えてなくて。
あ、当然スタッフには言ってるし、そりゃそうだろ、お前しゃべりの仕事目指してなかったら今のソレはなんなんだ、って言われちゃうんだけどさ。(笑)
やっぱ今のうちに言うべきかなって、そう思ってるわけさ。合格したら、言おうと思ってたんだけど、でも、それって「言い逃げ」みたいじゃん? ちゃんと本当の理由を言って、反対されるかも知れないけど、ちゃんと本当のことを伝えた上で、私は神戸に行きたい。
自分の将来の夢に向かうなら、嘘やごまかし、卑怯な手は使わないで、真っ向勝負したい。そんなふうに思ってます。
そんなわけで、言うぞ! 今日! ちゃんと言って、正直な気持ちで、センター受けるんだ! うん。
そんなわけで、3年のみんな、頑張ろう! という気持ちを込めて、改めまして曲、いきます!
また次回もお楽しみに!
それではいってみましょう、ランナー!
(BGM:爆風スランプ/Runner)
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土本は、この録音テープを何度か聞き直しつつ、書き起こしを始めた。
そうすることで、聞いているだけでは見えてこなかった、犯人に関するヒントが得られる可能性がある、と考えてのことだった。
書き起こしをすると同時に、気になった部分を別のルーズリーフにメモしていく。
その中で、最初に聞いた時、あの生徒会室で抱いた違和感の正体が見えてきた。
まず、全体的に音質が悪い。このテープにダビングする前はCD-Rの音源であったが、おそらく元はテープに録音したものを、一旦デジタルデータ化して、なんらかの編集加工をした上でCD-Rに記録したものと推測できる。そして、この数日、数週間のうちに録音したものではないだろう。
選曲も、今時の高校生のものとは思えないほど古い。しかし、これについては選曲する者の趣味の影響もあるので一概には言えない。
それでも、DJの語りはあまりにも、こう、一言で言うと「古臭い」のでは、という感はある。
そして、トークの内容。事実であれば、DJは録音当時3年生。ボランティア活動に積極的で、関西方面の大学を受験予定。
また、スタッフが複数いる。少なくとも、1回目でDJに彼女の件で話題に挙げられた男子生徒がおり、「スタッフに◯◯がいる」「スタッフ一同」との言い回しから、それ以外にも複数名スタッフがいるのだろうと予想できる。
ならば、組織としてこの放送を収録し、流しているのだろう。
想像だが、録音当時はゲリラ放送ではなかった、少なくとも収録の時点ではそれを意図したものではなかったのではないか。少なくともそう考えた方が自然だ。
あともう一つ。
決定的な情報を話していたが、これは無意識なのだろうか、それとも嘘か。いや、わざわざ偽情報を放送で言う意味など、それこそ思いつかない。やはりこれは、正しい情報なのだろう。
これに関する調査は、やはり北條に依頼するべきか。
書き起こしが終わると、土本はこの犯人の目的を想像してみる。
犯行がバレてしまえば、それまでと同じ立場ではいられないだろう。学生であれば、進学に影響する可能性がある。職員なら、失職の可能性すらある。そこまでのリスクを冒してまで、このゲリラ放送を敢行する理由、及び意味はなんなのか。
生徒全体に向けて流すことを目的とした放送である場合、何らかのメッセージが含まれているのであれば、放送する理由はまあ納得できる。しかし、この2回の放送の内容には、それらしきものは見当たらない。
であれば、特定の何者かに向けた放送なのか。だとしたら、それは誰か。そして、その理由、及び意味は何か。
犯人はこの録音テープを校内の誰かに聞かせたいという目的があるが、その対象者に、直接この録音テープを渡せない何らかの理由があり、しかしどうしても対象者に聞かせたいものであったから、放送で流すという手段に出た、と考えるべきか。
しかし、その線で考えると、望ましくない背景が浮かんできてしまう。放送関係志望、関西への進学、昔の録音テープ、テープを直接渡せない事情、それら断片的情報から想像できる内容は、どう考えても重苦しくなっていき、流石の土本といえど、深く考えるのを躊躇するものだった。
それらは憶測に過ぎず、調査に必要なものではない。土本はそれをメモすることは止めておいた。
次に、備品盗難疑いの件。
発覚は生徒会の引き継ぎ実施時、備品の在庫確認中に、消耗品の消費が不自然に多いことから発覚。引き継ぎ後も消費量の多い状態が継続していたことから、生徒会で調査を開始。
昨年11月の時点で生徒会で調査した結果は資料にまとめてあるが、内容の詳細は(まだ資料を読んでいないため)不明。
仮に内部の犯行だとすると、前生徒会と現生徒会、2期にわたり備品を盗み続ける者がいる、ということになる。
だがそれだと、1人の人間がやるには負担が大きい。誰かに見られずに限られた時間で、それなりの大きさ、重さのある備品を運び出さなければならないからだ。
また、盗む理由が想像つかない。換金は不可能ではないが、そのためにわざわざ学校の備品を盗んで換金するだろうか。よほど備品に関して盗むのが容易な立場で、換金のルートがある者でもなければ、そこに手をつけはしまい。
それ故に、1年生の時から生徒会で活動し、自ら望んで役員、しかも金の流れに直接関わる役職を希望して、その通り会計になった小瀬が、犯人だと疑われるのも必然といえる。
しかし証拠はない。そもそも、前役員の目を盗んで備品を盗んだ(継続的に盗み続けた)ところを誰にも気づかれていないのは不自然だ。
海野からの説明では、盗まれたと断言されてはいない。そう、そもそも現時点で「盗まれた」とは言えない。
一つだけ、はっきり言えるのは、引き継ぎからその後の在庫確認までの間に、備品がなくなっていたということ。
これと、前の備品がなくなっていた件については、同一の犯人と断定はできない。
まだ情報が少ない現時点では、事件の真相について思いつく限りの可能性を整理するくらいしかできない。
そこで土本は、その可能性を書けるだけ書き出すことにした。
◯引き継ぎ以前と以後について
・犯人は同じか? 別か?
◯備品は盗まれたのか?
・盗まれた
・他の委員会、部活等が消費した
・そもそも生徒会の倉庫に届いていなかった
◯犯人は誰か?
・生徒会の内部犯行
・特に備品に触れる可能性が高い者(会計、庶務)
・生徒会以外の生徒、教員等
・学校関係者以外の者の侵入の可能性
……そこまで書いて、土本はペンを止めた。
正直なところ、全くわからない。
とにかく、調べれば分かりそうなところから、地道に調べていき、少しでも可能性を潰せるところは潰していくことにした。
あとは、備品の移動先。
持ち出されていたと仮定すると、金にならない、消費するにも嵩張るものを学校外へ運び出すのも一苦労だろう。
もしかしたら、まだ学校外へ持ち出されておらず、どこかに隠されている可能性がある。とりあえず倉庫、ロッカー、空き教室等を捜索してみるか。
しかしそれは、短時間に一気にやらなければならない。犯人に勘づかれて先回りされて運び出されたら、捜索が無意味になる。人手があれば効率的で、生徒会から人手を借りることも不可能ではないだろうが、そこに至るまでには、「どこかに隠されている可能性」の根拠くらいは示したい。
何を根拠に……。今のところ、妙案は浮かんではこなかった。
そうしているうちに、自宅の最寄駅に近づいたため、土本は降車の支度を始めた。
通常、土日の昼は図書館での勉強時間に充てているのだが、今は勉強が手につきそうもない。
明日からの勉強時間は、この犯人探しのことをあれこれと考えて、その合間に本来の勉強をする、という形になりそうだった。
駅から自転車で約10分、古い住宅街にある薄汚れた一軒家。それが土本の自宅である。
そこに長距離トラックドライバーで家を空けることの多い父と、パートの母、工務店勤務の兄と4人で暮らしている。
中学時代は素行が悪く、喧嘩トラブルは日常茶飯事の問題児だった次男坊こと土本辰巳が、中3のある日突然勉強に目覚め、半年の猛勉強の末、高校入試で見事学業特待生試験に合格した。両親は大いに喜んだが、同じ高校の工学部を出て進学の道など端から考えていなかった長男は、合格の報せに対してあからさまに面白くないという態度を取っており、そこから元々仲の悪かった兄弟は一層折り合いが悪くなって、そのまま現在に至る。
自宅で勉強すれば兄に嫌味を言われ喧嘩に発展するため、なるべく顔を合わせないよう生活し、土日は日中図書館に出向き勉強する日々。そんな生活も、秋口から初めて早数ヵ月。二学期の中間で成績が振るわず進路指導から呼び出しを受けたものの、期末では巻き返してなんとか20位以内(進学クラス上位)に食い込んでいる。
いいところまで来ているのだから、ここで勉強を投げ出す訳にはいかない。高校が最終目標ではなく、大学に行き、いい会社に入って貧乏暮らしとはおさらばする。それが土本の目標であり、勉強に励む理由だった。
勉強に励む理由はそれだけではない。一言で言えば、内部生や学校への反抗心だった。
金持ちだから内部生を嫌っているわけではない。苦労知らずが貧乏人を蔑むのが許せなかった。不自由のない暮らしをし、勉強をサボって怠惰な日々を送る奴らの鼻を明かしてやりたかった。
他の外部生たちは、内部生のことをどう思っているのだろう。校内に友人の少ない土本にとって、それを聞けるような者はいない。ただ、内部生とはそれなりに上手くやっているようではある。
それは、それら外部生達が、自分のように明らかな貧乏人ではないということもあるだろう。
うまくやっていけるのなら、それに越したことはない。しかし、土本は安易に内部生に迎合することはどうしてもできないままである。
どの道高校にいるのはたった3年間、大学へ行くまでの通過点に過ぎない。同級生とは、ここで離れてしまえば二度と会うこともない、そんな人間たちでしかない。
……そんな思いが、周りの同級生と自分との距離を余計に拡大させる結果となった。
年明け早々の金曜の夜は、こんな田舎の駅前ですら多少賑やかになる。当然酔っぱらいなども出てくるし、そんな輩に絡まれようと返り討ちにするくらいの気持ちはあったが、今の土本は不良時代とは違って、揉め事を避ける小賢しさを身につけている。
そういった人々の流れを見極めつつ自転車置場に向かい、そこで自分の自転車を引っ張り出すと、駅周辺の混雑を上手く避けつつ自転車を漕いで帰路についた。
帰宅が遅かったことを母親に問われ、思わず正直に、今日付けで生徒会に入ったこと、初仕事で遅くなったことを話してしまい、あの悪童が見違えるように立派になって、と大げさに泣かれてしまった。
そんな大層なことじゃない、クラスメイトに誘われて雑用をするだけだと取り繕おうとしたが、あんたが優秀な人たちからお役目をいただけるなんてそれだけでも十分ありがたい、帰りが多少遅くなっても構わないから精一杯勤めを果たせ、と言われてしまい、図らずも「趣味」で帰宅が遅くなることに親からの承諾を得た、いや、むしろやらざるを得ない形になった。
土本にとっては多少不本意ではあったが、これで探偵ごっこが親にも咎められることもなくやれるのだ、と思うことにした。
兄はまだ帰宅していない。仕事ではなく、青年団の新年会が入っているとのことなので、それならば帰りは遅くなるだろう。ならば好都合で、今なら落ち着いて机に向かうことができる。
土本は急ぎ気味に夕食と風呂を済ますと、早速自室の机に向かい、電車内で作ったメモをまとめ直した。
また、大事な証拠品であるDJピンキーのトークを録音したテープの爪を折って、さらにそれをラジカセで空のテープにダビングした。
そこまでやって、次にすべきこと、つまりは例の資料の読み込みに入るわけだが、やはり気が進まない。
仕方なく、イヤホンでラジオを聴きつつ、ピンク色の蛍光ペンで気になる部分をマークしていった。
資料の題名は「生徒会備品盗難疑いに関する資料」となっており、過去5年の備品消費の動向、本年度の在庫確認結果、関係者からの聞き取り等が記載されている。
高校生の作った資料にしては随分と大人びた文体とな
っていて、それがまず土本の読み込みへの意欲を削ぐ要因となっていた。
それをなんとか我慢して読み進めると、冒頭に資料作成に至る経緯が書かれており、それによると、本年10月末の時点で備品消費量が例年に比べ多いことが判明したことから、消費動向について生徒会で調査を開始したとのこと、また確証はないものの、盗難の可能性も考えられるとのことであった。
過去5年の消費動向については、こういった事態が想定外だったためか、月毎に消費量を記録した資料ではないが、各年4月末と10月末に備品の補充をした記録がグラフ化されていて、それが「昨年10月に跳ね上がっている」のが可視化されたものになっている。
そして11月の時点で、「既に通常では考えられない備品の消費が見られる」ことが文章と挿絵で説明されている。
関係者の聞き取りについては、前生徒会の役員一人一人からの聞き取りが要約して書かれており、それによれば、「備品消費について特に注視していなかった」、「不正な、または異常な量の持ち出しは把握していなかった」、「自分は無断で持ち出しなど一切していない」などといった内容であり、備品の件に関与したことを伺わせる内容は全くない。
結論としては、「生徒会では備品の消費については何もわからない」という調査結果で締めくくられていた。
末尾には、これはおそらく資料完成後に追加されたものと推察できるが、生徒会の引き継ぎ後、倉庫の施錠と毎月の備品在庫の確認を徹底して以降も備品の消失が止まらず、これが倉庫の鍵を所持した者による行為であり、「現在もその行為が継続しているものと思われる」とのメモが添付されていた。
ここまでやっても、どう進めるべきか、その方針も浮かばない。
多数の可能性を一つずつ潰していく、備品保管状況を見直して、再度盗まれた場合に見つけられるよう何らかの手段を講じる、そのくらいしかやれそうなことはなかった。
そこで一旦区切りをつけ、この時間に本来やるべきこと、すなわち勉強に取りかかることにした。
自身の環境が金銭面で厳しいことをよくわかっている土本は、今さら若者らしい娯楽に興じようという感覚は持ち合わせていない。
基本的に娯楽から距離を置いており、「趣味」はそれほど金と時間の掛からないもの(デジタルカメラを除く)、そんな中での数少ない娯楽が、今まさにイヤホンで聴くラジオである。
土本が持っているCDWラジカセとカセットプレーヤーは、中学時代に知人の伝手を使って格安で手に入れたアイワ製の中古で、中古とは言っても特に不調もなく新品と遜色ない。
そのラジカセで夜のラジオ放送を聴きつつ勉強に勤しむ、という生活を送っていた。
その放送の中、DJがリスナーからの葉書を読み上げた。内容は、「高嶺の花の同級生に告白する勇気がない、自分にその資格があるとも思えない」というものだった。
DJは励ましつつ、「いきなり告白ではなくまず自分を知ってもらうように」とのアドバイスを送っていたが、土本はそれに対し、冷ややかな感想を抱いた。
(この先会うこともない相手だからといって随分と無責任なことを言うもんだ。知ってもらってどうなる。一層距離を置かれるだけだろう?)
時刻は午後10時を回り、そろそろ兄が帰宅する予感があったため、勉強を切り上げてベッドに潜り込んだ。
イヤホンをはめたまま、ラジカセのオフタイマーをセットして、ラジオを聴きながら目を閉じる。
しばらくすると、玄関の引き戸を引く音と、その後に無遠慮な足音が隣の部屋に入っていく音が聞こえたが、土本は構わず壁の方に寝返りをうって眠ることにした。
目を閉じて横になりながら、土本はその日あったことを思い出した。
北條からの、生徒会への勧誘。
生徒会加入時のやり取り。
2つの事件の説明会。
その後の北條との話。
思い返せば、随分と激動の1日だった。
そして、最後に北條から言われた一言。
『今日からは、私がついてますし』
その言葉と、その時の情景が強く印象に残り、頭から離れない。
困難な仕事を請け負ったプレッシャーと、心強い相棒を得た喜び。
それらに起因する高揚感は、土本の眠りを妨げるのに十分すぎるものであった。
午前零時の時報が聞こえた頃、ようやく眠気が訪れ、それと同時に、夢とも妄想ともつかない、ぼんやりとしたイメージが脳裡に浮かんできた。
春の高原。陽光の中、蒲公英の綿毛が時折吹く強い風に飛ばされ、その中でも一番高く舞い上がった綿毛が、風に乗って風下の集落に向かって飛んでいき、ゆっくりと地面に降りる。
そこは元々人の家があったのだが、今はそれも崩れて荒れ果てている。
そこに降りた綿毛、それに付いた種は、やがて芽を出し、成長してとうとう黄色の花を咲かせる。
そのイメージの意味するところを考える余裕もなく、土本は深い眠りに落ちていった。




