その日の放課後(2) 終了後の打合せ
時間はもう5時近く、辺りはもう日が落ちて、夜になりかけている。
教室の扉を開くと、もう本来の下校時間を過ぎているので、暗い教室には、当然誰も残っていない。
土本が入口横の壁に付いている照明のスイッチを入れると、蛍光灯が点いた。がらんとした教室には慣れてはいるが、夜の教室は経験がない。
土本はどこかぎこちなく自分の席に座ったが、何故か北條は、教卓の所に立った。
「さて、それでは質問を受け付けます。何からお話ししましょうか?」
どうやら、北條はこの立ち位置で話をするのが気に入っているらしい。
「えっと……、それじゃ、放送室の鍵について、誰が持っていて、管理状況がどうなってるか、から」
その質問を待っていたかのように、北條は笑顔で回答した。
「はい、ではお答えします。2回目の放送以降、生徒会では、施錠された放送室への侵入方法について、正規の鍵を使ったものと考え、鍵の所有者及び保管場所について、既に調べてあります」
「まず、職員室の鍵保管ケースに1本。それとは別に、予備の鍵はありますが、これは現在予備鍵用金庫に入っていて、ナンバー錠が掛けられています。ナンバーについては、一部の教職員しか知りません。通常は、鍵保管ケース内のものを使用しています」
「その他には、放送部と顧問の月山先生が各1本、それから、学校校務員の方と教頭先生が各1本所持しています」
「合鍵を作ることは不可能ではないですが、その可能性は低いと考えられますので、それを踏まえると、現在ある鍵はこの6本のみとなります」
鍵の所在についてはわかった。しかし、合鍵が存在する可能性があれば、あまり意味があるとは言えない情報のようではある。
「その、合鍵を作られた可能性が低いと考える、というところがよくわからないんだけど。それはなんでだ?」
「それは、比較的新しい鍵だからです。旧校舎は、3年前に一度大きな改修を行なっていて、その際、施錠できる扉の鍵を一新しています。鍵は合鍵作成が困難なものになっていると、月山先生からはお聞きしました。今回の事件の内容から考えて、わざわざ手間をかけて合鍵を作成するのは合理的でないと判断しました」
なるほど、確かにそれは一理ある。では、やはり今ある情報からは、鍵を持った者を疑うのが自然か。
「そっか。じゃ、あと、職員室の鍵を持ち出すのはどうなんだろう。それが容易なら、合鍵どころか、鍵を持っている意味すらなくなる、ということになるけど」
「そうですね、実際鍵の入った保管ケースはカギは掛かっていないようです。職員室に入ることが容易な人なら、放送室の鍵を取り出して侵入するのもまた容易でしょう。でもそうなると、職員室の鍵を持った人、つまり先生の誰かがゲリラ放送を行ったことになってしまいます。職員室の鍵も、新しい鍵なので。それは考えづらいかと」
なるほど、確かに教師自らゲリラ放送は考えづらい。ならば、やはり職員室から鍵を持ち出すという可能性を考えるのも「合理的でない」ということになる。
「その鍵の保管状況、直接見ることはできる? 見た上で、その鍵で放送室を開けて、室内を見てみたいな」
「鍵の保管状況については、直接見るのは難しいかと。鍵の保管場所について、生徒になるべく知られないようにする方針らしいです。生徒会にも見せてはもらえませんでした」
「それは、事件前からその方針、ってこと?」
「はい、そのようです」
となると、仮に職員室に侵入できたとしても、鍵を持ち出すのは困難、ということか。
「あと、職員室から鍵を借りて放送室を開けること自体は可能ですが、あの事件があった直後なので、放送室及びその鍵の管理責任者である教職員の付き添いが必要になります。おそらく月山先生か、教頭先生になるかと」
探偵のまねごとに、わざわざ教頭先生を連れ出すのはちょっとまずいのでは。と土本は思った。
ひとつひとつ情報を集めていくと、鍵を持たない一介の生徒がゲリラ放送を行うのは、意外にも困難であることがわかってくる。
「うーん、生徒の立場では鍵の入手が難しいとなると、やっぱり放送部員を疑いたくなるなあ」
土本がそう言うと、北條は表情を曇らせた。
「……実は、この件で放送部は大分ピリピリしているらしく、生徒会からの聴取に対し、既に部長から苦情を受けています。『放送部はゲリラ放送などというふざけたことはしない、疑われるのは心外だ』とのことでした。また聴取するとなると、反発は避けられないでしょう」
「でも、放送に関してのことは放送部に聞かざるを得ないだろう?」
「……そうですよね、そうなんですが……、あの、これは私情なので、あくまで私個人の意見として聞いてほしいんですが」
ここへきて、北條が私情を持ち出してきた。教卓に置いた右手は、いつの間にか握られている。
「……放送部に友人がいて、彼女は、放送部の活動に真摯に取り組んでいるんです。それなのに、この事件以降、部内の雰囲気が悪くなっているらしくて、活動にも支障が出ているそうです」
「……犯人が部員にいる可能性があるのなら、聴取自体は仕方ないと思います。でも、証拠がない現状で、徒に部を刺激するのは避けたいんです」
「ですから、できれば証拠のない段階では、聴取は控えていただきたくて。どうしても必要であれば、私から彼女に取り次ぎます。必要な聴取は彼女を通じて行いますので、どうかお願いします」
北條は縋るような目で土本に訴えた。
「う、うん、わかった。俺が直接放送部に出向くことはやめとくよ」
「ありがとうございます……」
北條の表情が少し緩んだ。
実のところ、土本は放送部に直接聴取することまでは、今のところ考えていなかった。それなのに、北條からの願いを聞き入れた形になったことで、却って申し訳ないような気分になった。
「あ、それと、DJの件、他の生徒から何か情報が寄せられたりしてないの?」
土本は、何とか話題を変えようと新たな質問をしてみた。
「はい、そうですね、生徒の誰々に声が似ている、という意見はいくつか寄せられていますが、根拠が薄く、単発の意見でしかないため、有力な情報とは見ていません。従って、該当する生徒への聴取は行っていません」
北條は明言しなかったが、イタズラや妄言の域を出ない情報しかなかったのだろう。
「先生からは、何か情報ない?」
「いえ、特には……」
教職員側には有力な情報はないらしい。
仮に外部の者の犯行なら、生徒よりも教職員の方が先に情報を得る可能性が高いと思うが、今の時点で情報がないなら、内部の者の可能性を探るのを優先すべきか。
あとは、放送室の中を知りたい。機器も調べたいし、鍵なしで侵入した可能性をつぶしておく必要もある。
「ちなみに、例えば、今放送室に入りたいって言ったら、入れる?」
「もう少し早い時間なら可能でしょうけど、今日はもう完全下校の時間も迫っているので、入るなら後日にするのが適切かと」
「そうか。じゃ、来週、入ってみよう。放送に使われた機械とかも見てみたいし」
「そうですね、では月山先生にお話しを通しておきます」
「いや、それはやめとこう」
「えっ?」
土本からの想定外な反応に北條は驚きを隠せなかった。
「だって、放送部を通したらまずいだろ? 顧問とはいえ」
「あっ、そうですね」
放送部顧問に生徒会が接触したことが知られれば、放送部員からの反発が十分あり得る。
意外にも先ほどの北條の訴えに対し、土本はその訴えの本質を正確に把握した上で、生徒会の動きが周囲に与える影響を細部まで考慮に入れて、真摯に考え、配慮の上で行動を決めているらしい。
「かと言って、教頭先生に頼むと大事になりそうだし、職員室から借りるのは、本当にやむを得ない時だけにしておこう。せっかくだから、これまであまり生徒会が接触してない人に鍵を開けて貰うようお願いして、ついでに放送について話を聞いてみようと思う」
「と、言うと?」
「校務の人に頼んでみようかと」
土本は意外な人物を指定した。
「ここまでの話からして、校務には接触したり聴取したりはしてないんだよな? もしかしたら新たな情報が得られるかもしれない。鍵についても、生徒会から依頼するんだし、断られはしないんじゃないか? 校務の人が付き添ってくれるなら、先生が付き添う必要もないだろうし」
「そうですね、では、その件は来週早々に、校務の方に依頼しておきます」
北條の表情は明るくなった。
とりあえず、放送についての方針は決まった。
問題は、もう一つの方、「例の件」、つまり備品盗難(の疑い)の件。
こちらについては、まず生徒会の組織や内部の人物について知らなければ、その先へ進めない。だが。
今、これを北條にどう伝え、どうやって納得させるべきか。土本は平静を装いながら、随分と頭を悩ませていた。
ストレートに「生徒会管理の備品がなくなったのだから、生徒会内部の人間が最も疑わしい。だから、組織構成や備品に関わる人の情報を洗いざらい教えてくれ」と言ってしまえば、彼女の口は重くなるし、話は拗れるだろう。
教室荒らしの時のような、北條に話す前から犯人がわかっている事件とは違う。あの時は場合によっては北條をやり込めるつもりで準備していたが、今回、現時点では事件の現場を見ていないし、放送の件のような証拠なり手掛かりなりも全くない。むしろ当事者である生徒会の一員でもある彼女の機嫌を損ねないよう配慮しつつ、できる限り彼女から情報を引き出さねばならない。
実際のところ、その、人の機嫌を取りつつ話を通じて情報を引き出す、というのは土本にとっては苦手とすることであった。彼は今さらながら、自身の口下手さを呪った。
情報を得るのも難しいが、そもそもこの件、「盗難」なのか。それすら今の土本にはわかっていなかった。
細かいことを言えば、生徒会から他の部活なり委員会なりに備品を流していれば、それは横領と言えなくもないが、学校内で消費するものを部なり委員会なりに融通する目的であれば、無許可で行ったことは責められるべきではあるが、悪質とは言えない。
また、現時点では「なくなった」とされる備品が、実際に納品され、倉庫に納められたのをどこかの時点で確認したのか、さらにその後いつ頃その備品がなくなった、というのを明らかにできているのか、それもわからない。仮にそれができていなければ、盗まれたとは言えない。極端な話、そもそも納品されていなかった、納品の時点で数量に誤りがあった、という可能性もあるからだ。
それを、先ほど渡された、そこそこ厚みのある資料に全て目を通した上でそれを判断することになる。それが今日からの自分の仕事だと考えると、大分気が重くなった。
「さて、じゃあ次の、この件……、どうしたものかね」
土本は、手元にある資料の冊子を顔の高さまで持ち上げてヒラヒラと振ってみた。
「やはり、こちらの犯人探しは難しい……ですよね」
「うん、それもそうだし……」
土本は、慎重に話を続けた。
「そもそも俺は、今日生徒会に入ったところなんで、この資料について、誰が作成に関わったのか、それもわからない。この資料の作成経緯を知るためにも、まずは現在の生徒会の構成とか、メンバーについてとか、ざっくりと教えてほしいんだけど」
「誰が資料作成に関わったか……が重要なんですか?」
北條は怪訝な反応を見せた。
「重要というか、参考にすべき情報だと思う。なんでかって言うと、こういう情報を纏めた資料みたいなものって、多少なりとも作成者の『視点』とか『意図』なんかが反映されているものだからさ」
「視点や意図……ですか?」
「そう。作成者は、その人の視点で見た情報を一旦収集する。そして、その情報をこう伝えようという意図でもって整理して、資料を作成する。どんな人でも、見ている立ち位置によって、ものの見え方はそれぞれ違ってくるもんだ」
土本は、「生徒会内部の情報」から、「資料作成に関わった者を知る意味」へと、話の焦点を移動させるべく、考えながら話を続けた。
「だから、作成者が誰で、どう伝えたかったか。そういうものが、元の情報を資料化する際に、何らかの影響を与えた可能性を考える必要があるのさ。当然、悪意などなくても、そういう、視点や意図が反映されてしまう、といったことが起こると、少なくとも俺は考えてる」
そこまで話したところで、土本は、「失敗した」と感じていた。
あまりにも言い訳がましい。そしてその言い訳が長い。
それでも、一旦始めてしまった話は、最後までやるしかなかった。
「なるほど、そうなんですね!」
北條は、この長く言い訳がましい語りに感動したかのような反応を見せた。
「そういうこと。そんなわけで……」
土本は、北條が先ほどのくどい話に納得したものだと思い、内心ほっとしていた。
「すると、土本君の、その長い話の『意図』はなんなんですか?」
「えっ?」
それは油断していた土本に対する、北條からの全くの不意打ちだった。
「土本君のその長い話、なんらかの意図があってのことですよね? 生徒会の構成やメンバーについて説明がほしい、というのはわかります。ですが、そこに長い説明をわざわざ繋げてくるのは、何か理由があってのことかと」
実に鋭い指摘だった。
土本は、北條の頭脳のレベルを完全に見誤っていた。
目の前にいるこの人は、凡人とは明らかに違う。
頭脳明晰、品行方正、成績優秀。人の噂話には疎いが、他の生徒からは一目置かれる存在であり、一年生ながら生徒会役員から現場判断を任せられるほどの信頼を得ている、とびきり優秀な生徒。それがこの、北條琴音という人物なのである。
彼女は、先ほどの長い語りから、裏にある「意図」の存在を見抜き、しかもその語りを全て聞いた上で、その内容から引用して不意打ちを掛けてきたのだ。
「うん……まあ……」
土本は答えに窮した。
「で、どういうことなんですか? 何を『意図』していたんです?」
北條はさらに追及する姿勢を見せた。
「うん、実は……この事件、俺は生徒会内部の犯行を疑っているわけで……、それで、現生徒会に関する情報を、とにかく聞けるだけ聞こうかなあ、と……、で、そこで『生徒会の人間を疑ってるよ』とそのまんま言ったら、まあ、その生徒会の一員である委員長は気を悪くするだろうし、言いたくない、ということになりかねないから、生徒会メンバーについて情報を聞く理由を後付けした、というわけで……」
結局、「意図」の存在を見抜かれている以上は、これ以上隠すこともできないと悟り、観念した土本は、その「意図」を白状した。
「そういうことでしたか……」
と、一言呟いた北條は、はあ、と大きめの溜息をひとつ吐いた。
「あのですね? この事件について、生徒会内部の人間が関わっている可能性がある、というのは、既に、私も、生徒会役員も、薄々感じてはいるんです。ですから、土本君が、遅かれ早かれそこを疑うことになる、というのは理解していますし、そのことで私は怒ったり、土本君に対して説明を拒否する、なんてことはないんですよ。わかりますか?」
「は、はい……」
北條の顔からは笑顔が消えていた。怒っているわけではなく、ただ稚拙な言い訳をする子供に対し、正直に話すよう諭すような口調で、優しく語った。
「これから私たちは、たった2人で『犯人探し』をするわけですから、2人で話をする時には、そういう『意図』を挟むのは、今後なしにしましょう? 情報伝達に『意図』が入って、本来伝えるべき情報が正しく伝わらなければ、色々支障が出るかも知れませんし」
「……はい、すんませんでした……」
もはや言い返しようもない正論で構成された説教を受け、土本は平謝りした。
「はい、(ポン)では私からのお説教は以上ということにして、先ほどの質問、生徒会の構成や役員について、とりあえず今、私がわかっているところまでお答えしますね」
北條は、土本からの謝罪の言葉を聞いたことで胸のつかえが取れた様子で、柏手を打ち、気を取り直して土本の質問に答えだした。
「私たち、生徒会室に定期的に集合して生徒会としての実務を行なっている者については、生徒会員と言います。以後『会員』としますね。会員と役員は、組織図上は『生徒会本部』に属します。本部は生徒会に関する実務を行うところであって、活動の場所は基本的に生徒会室です。常会は、毎週金曜日の放課後となっています。本部には、生徒会長以下役員7名と、役職のない、私のような会員が現在約30名ほどいます」
立板に水の如く生徒会について説明する北條に、土本は驚愕を隠せなかった。
まるで事前に準備していたかのような語りという印象だが、今日の今日、土本が求めた説明なので、準備する時間はないはず。彼女は今、何の資料も持たず、そして何の準備もなしに、自らの記憶のみを情報源として脳内で文章を構成しつつ、やや早口で途切れることなく話している。
「生徒会本部の会員になるには、会員になることを希望する旨を生徒会本部に申告し、所定の手続きを経て最終的に会長の承認を得る必要があります。ただ、これについては副会長の代決もできます、これは先ほど、土本君の加入を承認する際に行った一連の手続きの通りですね。そうした本部の会員から、生徒会長の就任に合わせて、会長以外の役員が前生徒会役員会により任命されます」
「ただし、生徒会長だけは、毎年秋に2年生から立候補者を募り、全校生徒、生徒会員、その他生徒会関係者に投票権のある総選挙によって選出されます。多数決ですが、過半数の票を得られなければ、上位2名の決戦投票になります。規定上、生徒会員でなくても会長選挙に立候補できますし、選出されることに何の問題もありません。現に、今の会長も会員ではありませんでしたし」
土本はその早口の説明を一応聞き取れはするが、膨大な情報量のため、頭の中の整理が追いつかない。これが全て記録されており、今まさに原稿を読むことなく、中断なしで語り続ける彼女の頭の中は、一体どうなっているのか。
「あと、役員の説明ですね。生徒会長以下、副会長2名、あとは会計、書記、庶務、監査が各1名です。各役員の役割については詳細な説明は省きますね。簡単に説明すると、会計は名前の通り会計業務の担当、書記は議事録や書類作成の担当、庶務は会計と書記を除く実務全般、監査はそれら全ての実務の状況を確認し、必要に応じて助言や補助、会長及び副会長への報告を行います。副会長は生徒会で処理すべき業務を2人で分担し、責任者として実務にあたります。今は、主に予算、会計、物品管理担当が海野先輩、書類関係、広報、学校行事担当が久保先輩ですね」
一旦止めてこちらの頭を整理すべきだろうか、あるいは全て終わってから質問すべきか。それを考えている間にも、説明はどんどん進んでいく。
「その他生徒会組織図に載っている人は、学級委員、各委員会の委員長や、部活動の部長、同好会の会長等ですが、これらは役員扱いではありませんし、本部の実務にはほとんど関わりません。生徒会総会に出席する程度です」
「ここまでが生徒会の、主に本部についての説明になります。ここからは、現生徒会の役員、一人一人についての説明です。時間の都合で駆け足の説明にはなりますが、まず会長の片桐先輩から」
いや、ここまでずっと、割と「駆け足の説明」のようだけど。
「普通科進学クラス2年、片桐静香先輩。1年生の時から、その行動力とカリスマで同級生、下級生から絶大な支持を得ています。海野先輩のお話にもありましたが、些細なトラブルや諸問題にも積極的に関わり、誰を責めることもなく、トラブルになった両者の仲裁に努め、時に半ば強引な手法も使いはしますが、必ず何らかの解決策を示して実際解決へと導いてきたため、着実に支持を得てきました。会長選では一度の選挙で得票数が過半数に達したため、決戦投票なしに生徒会長となっています。会長となって以降は、基本的に余程のことがない限り直接行動はしません。実務には興味がないようで、ほぼ副会長2人に任せています。それでも、役員も、会員も、多くの生徒も、会長を支持していますし、頼りにしています。当然、私もです」
だろうね、と土本は言いかけたが、やめておいた。ここで会長の話を長引かせると、とんでもなく時間がかかりそうだった。
「次に副会長、まずは久保先輩から。久保泰寿先輩、普通科普通クラス2年。久保先輩は少々特殊な経歴で、中等部の1年の途中で編入しており、その前にはスペインにいたそうです、いわゆる帰国子女ですね。中等部時代はサッカー部で活躍し、また同時に生徒会長を務めており、その経歴もあって、同級生、特に内部生からは信頼が厚い方です。現在もサッカー部所属で多忙なのですが、常会のある金曜日放課後は毎回参加してくださっています。会長選では立候補していましたが、惜敗でした。それでも2割弱の票を獲得しています」
「それから、もう1人の副会長、海野紗良先輩、音楽科2年。本来音楽科はコンクールに備えた全体練習やレッスン等があって放課後に時間的余裕がなく、そのため音楽科の生徒が生徒会役員になることは稀だそうですが、前生徒会からの強い要望を受け、特例として副会長に就任しています。『強い要望』の理由については、端的に言えば、会長の『お目付け役』です。そのあたりは今日見ていただいたので、何となく察していただけるかと。そういうわけで、海野先輩も多忙であり、今日はいらっしゃいましたが、音楽関係の用事があったりすると、生徒会に顔を出さないこともしばしばあります。その際は庶務が業務をカバーしています」
本来なら、この2人の副会長だって、この学校でなければ、生徒会長になってもおかしくないくらいの人材だろう。
土本は、生徒会のメンバーに優秀な人物が揃っていることを、改めて知った。
「会計は、本日の説明会では不在でしたね。商業科2年、小瀬渉先輩です。役員になる前には、生徒会員活動以外に特に目立った経歴はありません。役員就任までの経緯ですが、小瀬先輩の場合、自ら会計になることを希望して、その通り指名を受けたという流れでした。希望理由は、経験値を上げるため、とのことで、おそらくは就職を視野に入れてのことと思われます」
「就職を視野に」ということは、現会計は外部生なのだろう。内部生が進学しないとは考えづらい。
そして、おそらく他の役員からは、この事件への関与を疑われている。自ら望んで会計になったとなれば尚更だ。
「庶務も説明会では不在でしたね。英語科2年、菅野恵梨先輩です。英語スピーチでは定評のある方で、本日は確か、英会話関係の集会があって説明会前に席を外していました。業務範囲が広いこともあり、役職のない会員は、主に庶務から仕事を振られることが多いです。庶務の業務について、菅野先輩は行事等のスケジュールに合わせて業務を進行するという主義のようで、スケジュール管理を主に行なっている、という印象です。スケジュールに遅れが出ないよう、仕事を早めに回すため、遅滞が生じがちな久保先輩を急かす、というのが最近の流れになりつつあります」
要はせっかちなのか。
業務が多いならそうなるのもある意味必然だろうけど、どの程度のものなのか、可能なら今日のうちに見ておきたかった。
「書記は、普通科進学クラス2年、松田蒼太先輩。先ほどいらっしゃいましたが、普段もあの通り寡黙で、1人黙々と作業している、という方です。経歴としては、特に目立ったものはなく、ただ水泳部と軽音楽同好会に所属し、その上で生徒会役員も務めていますので、多忙かと思うのですが、常会を休むことはありません」
多分、部活と同好会は「所属してるだけ」なのでは。幽霊部員なんて珍しくもないが、真面目な委員長には理解しがたいのだろう。
「最後に、監査、これは工業科2年、鶴巻弥飛虎先輩です。あの、実はこの人は……」
「ん?」
ここまで早口でずっと流れるように説明を続けてきた北條は、ここへきて急に口ごもった。鶴巻に何か問題でもあるのか。
一呼吸置き、彼女は再び話し始めた。
「……正直、あまり顔を出しません。今日も連絡はないため、サボりと思われます。何故この人が役員になれたのか、私はわかりません。3年の先輩方は、一体どういう考えでこの人を役員にしたのか……」
確かに、サボるような人を敢えて任命するくらいなら、他にもっと適任な者がいそうなものではある。まして役員に多忙で不在がちな人がいるとなれば、尚更だ。
「監査って、他の役員の仕事の状況見たり、補助や上への報告をするんだろ? じゃあ、そういう仕事をやってない、ってことか?」
「少なくとも、今日みたいに、役員の不在時に業務を代行することはありません。常会だけが仕事の時間というわけではないので、他で何らかの仕事をしている可能性も否定できません。それにしても、常会には顔を出すべきだと思うのですが」
先ほどの説教の時とは違い、今度は本当に怒っているようだ。
「……すみません、説明に戻りますね。どういうわけか、工業科では人気が高く、この方も会長選に立候補していました。当然、落選なのですが、驚くことに、久保先輩に次いで3位になりました。私には理解できませんが、それほど人気があるようです、工業科の方々からは」
いちいち言葉に棘があるように感じられる。
「そして、他の役員の方が、鶴巻先輩に対して注意している様子はありません。常会に居なくても、誰も触れないんです。すみません、これ以上のことは、よくわからないです」
そうなると、副会長すらこのサボりに対して何も言わない、ということだろうか? 会長にはダメ出しするのに? 土本にとって、この監査の存在が大分奇妙に思え、気になりはじめていた。
「はい、これで一応一通りの説明はしましたが、ここまでで何か質問はありますか?」
ないわけではないが、情報量が多すぎて、どこから聞いていいものか、それもわからない。
とりあえず、説明が始まる前から気になっていたことはあるが。
「えっと、じゃあ……」
土本は遠慮がちに手を挙げると、北條は右手で土本を指した。
「はい、では土本君、どうぞ」
ここには北條と土本しかいないので、わざわざ名前を呼ぶ必要はないのだが、彼女はそれでも土本の名前を呼んだ。
「あの、さっきの説明会の場でも聞いたんだけど、会計の人はやっぱり、疑いがかけられていて、敢えてあの場に呼ばなかったんじゃないのか? 委員長は、その辺の事情について、何か聞いてたり、思い当たるところはない?」
既に「意図」を含んだ質問を見透かされ、それをなしにするよう釘を刺されていた土本は、会計が疑われている可能性について、小細工なしに、ストレートに質問をぶつけてみた。
「すみません、それについては私は何も聞いていませんし、思い当たることもありません。疑いがかかっている、という見方はできると思いますが、証拠はないはずです。あれば、そもそもこの件を土本君に依頼することもないので」
まあ、それはそうなんだが。
「海野先輩は、『会計は用事があって』と言ってたけど、それは本当なのかな。なんか、あの言い方だと、こっちに『疑いがあるから席を外させた』と言えないからそう言い訳したような、そんな印象なんだけどな」
「そこは確かめようがありませんね。常会終了後、小瀬先輩と海野先輩は何か話しているようでしたが、その際のやり取りは、少なくとも私はその場に立ち合っていませんし、小瀬先輩がすんなり立ち去っているため、内容は不明です。小瀬先輩にこの件で疑われている自覚があるかどうかもわかりません」
「確かにな……、やっぱりこれについては、気にするのはやめておくか」
今となっては、その時のやり取りを知る手段はない。ならば、そこについてあれこれ考えすぎるのは無駄か。
瑣末なことに気を取られると、大事なものを見落とす可能性がある。それよりも、まずは基本的な情報を得なければ。
「そうだ、備品の保管場所ってどこにある? 今から行くわけじゃないが、場所だけは知っておきたい」
「それは、生徒会室の廊下を挟んで向かいにある物置部屋です。来週見に行きましょう」
そこか。その位置関係なら、ますます生徒会内部の者が疑わしくなる。
「うん、そうしよう。あとは、資料の作成経緯だけど……まずは資料に目を通してからかな」
「そうですね、おそらく資料作成の責任者は久保先輩だと思いますので、作成に関わった人については私が後で聞いてみることにしましょう、経緯についても、後ほど詳しく聞きたい旨は伝えておきます」
「じゃあ、お願いするよ。あとは……」
「あっ、すみません、そろそろ時間の方が」
「えっ、時間?」
そこで、校内放送のチャイム音が鳴った。
『(ピンポーン)こちらは、職員室です。完全下校の時間になりました。まだ残っている生徒は、速やかに下校して下さい。繰り返します。完全下校の時間になりました……』
完全下校の時間、つまり午後5時半を伝える放送が流れた。
この放送は、職員室にある放送機器で、テープに録音された音声を自動再生させている。
北條は、時計を見ずにこのタイミングを察知したのだった。
教卓に向かって立っていると、そこからは黒板右上の壁に取り付けられた時計は見えない。教室に入って以降、振り返って時計を見上げた様子はない。そして窓から見える範囲に時計はなく、北條も土本も、時計を持っていない。
つまり彼女は、この教室に入ってから一度も時計を見ることなく、時間を、少なくとも分単位で、正確に把握していたことになる。
ひょっとすると、説明を「駆け足で」やっていたのも、時間内にギリギリ収めるため、しかも内容を端折りつつ、最低限の質問時間を確保しようとした、ということなのか?
もはや頭がいいとか、そういうレベルではない。頭の作りが違う。モノが違う。人間離れした、得体の知れない何かだ。
土本は思わず身震いした。
「続きは、駅に向かいながら、できるところまでお話ししましょう」
「そ、そうだな」
北條は、手早く帰り支度を始めた。その切り替えの早さに、数秒間呆気にとられた土本は、その後慌てて持ち物をとりあえず鞄に詰めて、荷支度をした。




