その日の放課後(1) 生徒会加入と説明会
その日は日中から薄曇りで、日課時限の終了する頃には雲がいよいよ厚くなり、辺りは薄暗く、風も冷たくなりだした。朝の天気予報によれば、夕方から雪か雨らしい。
本来ならさっさと帰るところだが、放課後には生徒会に顔を出すことになっている。そこで生徒会への加入を志望する旨役員に伝え、承認されれば晴れて生徒会の一員、ということになる。
柄にもないのは百も承知だが、委員長からのたっての願いで、その場の流れとはいえ承諾してしまった以上、ここですっぽかす訳にはいかない。
基本的に馴れ合いを嫌い、特に優等生に対して尊大に振る舞いがちな土本だが、一方で筋を通す性格でもある。
委員長と同時に向かうのはなんとなく気が引けるので、一旦校舎裏に出て数分時間をずらすことにした。それで、することもないので犬走りに胡座をかき、ぼんやりと曇り空を見上げていたのだった。
一瞬、雲の切れ間が見え、そろそろ頃合いかと思って立ち上がり、生徒会室に向かった。
生徒会室に入ると、入口近くで待ち構えていた北條が笑顔で土本を迎え入れた。
「早速ですが、どうぞこちらへ」
副会長の前へと案内され、そこで北條は土本に関する資料(住所氏名、クラスや特記すべき経歴等が纏められたもの)を提出した。
「先ほどお話しした土本君です。あと、これは会長から提出依頼のあった書類です」
高校の願書受付チラシに出てくる見本の生徒が3ヶ月くらい散髪をサボったような、やや伸びすぎた頭髪を整髪料で強引に七三分けにした感じの髪型をした副会長は、しきりにその頭を掻きながら、その資料にざっと目を通すと、北條に向かって質問した。
「うん、加入については特に反対する理由はないね。ただひとつ、気になったことがあるんだけど、いいかな?」
「はい、なんでしょう?」
「3学期は短いので、実質あと2ヶ月ほどしかない。その後は春休みを挟んで新年度だ。そのタイミングで加入してもよかったんじゃないかな? 敢えて、何故今、彼を推薦して急遽加入させようとするのか、その理由を聞かせてもらいたい。……いや、それを理由に今は加入を見送るべきでは、と言いたいわけじゃなくてね。ちょっと疑問に思っただけなんだけど」
副会長は長々と言い訳じみた弁解を述べたが、その内容は至極真っ当なものだった。確かに、何故この時期に生徒会へ……、というのは気になるところに違いない。これを会長に取り次ぐ立場となれば尚のことだろう、と土本は内心思った。
「そのことなんですが……」
北條は言葉を濁しつつ、副会長に顔を近づけ、小声で言葉を続けた。
「先日、進学クラス1年3組で教室荒らしが発生した件は、既に久保先輩も把握していると思いますが」
「あ、ああ。そうだね。聞いてる」
その行動に久保と呼ばれた副会長は随分動揺しているように見える。
「その犯人を突き止めたのが、こちらの土本君なんです」
そう言って、どこか自慢げに土本を手で指し示した。
「えっ、そうなの?」
「証拠が確保できなかったので、あくまで状況からの推測で、正式に報告できる材料はありませんし、本人からの聴取もできていませんが。しかし、確度は高いと思われます」
「すると、いわゆる『探偵』みたいなもの、ということかな?」
「まさにそのとおりです。『例の件』についても、依頼しようと思い、そのためには、年度切り替えを待たずに取り急ぎ生徒会に加入してもらうべきかと」
例の件、という一言が気になった土本は、そこで口を挟もうとしたが、まだ今は加入の挨拶の途中である。それについては、後で改めて尋ねることにし、ここでは口を噤んだ。
「そうか、なら納得だ。あと、今の話はまだ他には伝えてないんだね?」
「勿論です」
「うん、では引き続き、この件は内密に。土本君も、そういうことで、これはここだけの話だから、よろしくね」
「あっ、はい」
こうして、自然な形で加入の挨拶からの流れで秘密の話に参加させられてしまった土本は、その後、生徒会定例会に参加し、壇上で司会を務める久保から新規加入者として紹介され、壇上に招かれて簡単な挨拶を済ませ、拍手で迎えられるという流れを経て、晴れて生徒会の一員となった。
そんなこんなで、定例会終了後、生徒会長、副会長2名、書記、北條と土本で生徒会室に残り、「例の件」についての説明会が開かれることになった。
コの字に並んだ机のうち、教壇に近い6個を教壇前に集め、3個ずつ向かい合わせて並べ直した。
席の位置どりは、教壇から見て、窓側には手前から、生徒会長、副会長女子、副会長男子の順で座り、廊下側には手前から、書記、北條、土本の順である。
土本にとって、生徒会長を間近で見るのは、これが初めてであった。
一般的に生徒会長は男子が務めることが多く、この高校でも過去の生徒会長はほぼ男子であったが、現在の生徒会長は女子である。
その風貌はいわゆる生徒会長というような、大人しい髪型と綺麗な制服で品行方正……というイメージとは程遠く、茶色がかったぼさぼさの長髪を靡かせ、色褪せた朱色のパーカーを羽織り、椅子に座る際には脚を組んで背もたれに寄りかかる有り様で、周りから「会長」と呼ばれていなければ、生徒会にヤンキーが紛れ込んでいるとしか思えない。
当然ながら、そんな風貌なので、彼女は「外部生」である。
背は土本より若干低いくらい、とは言っても170センチ後半くらいはあるだろう、そしてパーカーに覆われているため、はっきりと体格を確認できないが、割とがっしりしている。日本人離れした、おそらく白人の血が入っていると思われる白くて彫りの深い顔で、瞳の色は薄めの茶色のようだ。その瞳の、鋭い視線が土本に向けられているので、流石の土本も萎縮していた。
「土本と言ったか。君については、ざっくりとは説明を受けたが……まあ、あまり気負わずにやってくれ。仮に結果が出なかろうと、あたしは責めたりはしない。精一杯やったという形くらいは残してほしいがな」
会長は出し抜けにそう話したが、久保から横槍が入った。
「会長、まだ彼には『例の件』の詳細を説明してないので……」
「ん、そうか。じゃあ、そこから頼む」
会長は、もう1人の副会長の、ショートカットの女子に向かってそう指示した。
「あ、そうですね、では、あの、私から説明しますね」
急に話を振られた女子の副会長は、慌てた様子で手元のファイルを捲り、ピンク色の付箋が貼られたレジュメを開いた。
こちらは生徒会長とは異なり、真っ直ぐな髪をショートというかおかっぱの様な形にして、前髪を髪留めクリップで留めており、制服はブレザーもその下のワイシャツも綺麗にしており、全体的に端正な感じに整っている。
当然ながら、彼女は典型的な「内部生」である。
読むべき資料を見つけた彼女は、そこで一呼吸置いて落ち着いてから、レジュメを読みつつ説明を始めた。
「ええと、それでは説明します。現在の生徒会における懸案事項、というか未解決の事件が2つあります。1つは、放送室及び機器の不正使用並びに無許可の校内放送。もう1つは備品の紛失、又は盗難の疑い。後者について、前生徒会時代から発生しているというものですが、引継ぎがされて以降も継続しているため、早期の解決が望まれます」
校内放送については、土本も把握していた。内容は、昼休みに突然放送が始まり、生徒と思われる女性が数分間フリートークをした後に音楽を流して終わる、というもの。
確か1回目は昨年末、2回目は一昨日。
これがそこまで大きな問題になっていることまでは知らなかったが。
しかし、備品の盗難、については土本は完全に初耳であった。
「もう少し詳しく説明しますね。校内放送については、これまでに2回、昼休みの時間帯に予定のない校内放送が行われています。1回目の放送は、昨年12月16日にありました。普段は施錠されている放送室に侵入して、無許可で室内の機器を使用されていることから、教職員内で問題になり、対応が検討されましたが、その後しばらくなかったので、なんとなく無かったことにされていました」
「しかし、今週、2回目の放送があったために、改めて対応というか、防止策を検討することになりました。教職員側の方針は、あくまで『防止策を講じる』ということですが、生徒会側では、教職員とは異なる方針をとることになりました。それが……言い方は悪いですが、犯人探しです」
そこで会長が口を開いた。
「生徒会の総意を取ったわけじゃなく、あたしの一存だがな。ぶっちゃけ、あたしが直接現場を押さえてとっ捕まえれば済む話なんだが……」
いや、生徒会長がそれをやっちゃだめでしょう。
土本に限らず、そこにいた会長以外全員がほぼ同じことを思った。
「やめてください! 本当にそれだけはやめてくださいね!」
女子の副会長が慌てて会長にそう念押しすると、会長が「アーハイハイ」と気のない返事をしたのを確認した後、説明に戻った。
「えー、会長にそういう独断専行をさせないためにも、生徒会として犯人探しをすることになりました。しかし、どうしても生徒会全体で動くと、大ごとになってしまいます。特段被害もないため、なるべくことを大きくしたくはないというのもあって、この犯人探しを、限られた一部の人、特別班だけで行うことにしました。それは、ここにいる役員のみによる決定事項です」
土本にとって北條以外は今日初めて会って話した人達だったが、ここまでの一連のやり取りで、会長の性格が概ね把握でき、そして周りの人達の苦労がある程度想像できた。
「丁度いいタイミングでしたので、この件を北條さんと新人の土本君に担当してもらうことにします。当面お2人はこの件に専念していただきます。とは言っても、あまり重く捉えなくてもいいですよ。次があるかどうか、それすら分からない状態ですし、防止策自体は先生方がやっているので、仮に3回目の放送が行われたとしても、お2人は何の責任も負うことはありません。私たちはあくまで犯人探しを目的に動いているので、そこで新たに犯人の手掛かりを得られれば十分だと思います」
土本はこの時点で、生徒会役員から言い渡された仕事の内容に概ね満足していた。ここまでの説明からすると、生徒会の普段の活動にはあまり関わる必要はなく、割と気楽に、重い責任を負うことなく、犯人探しに専念させてもらえるようだ。
「細かい指示は出しませんが、生徒会らしい行動をお願いします。現場判断については、北條さんにお任せしますので、何か決断を迫られる事態がありましたら、その場での北條さんの判断で、またはお2人で相談の上で決めていただいて結構です」
現場判断を北條に一任するということは、生徒会からの信用が相当厚いのだろう。まだ一年生なのに、大したものだと土本は感心した。
「わかりました」
北條は事もなげにそう返事をした。
一見大人しく嫋やかな少女に見える彼女は、実際には大分気が強く、肝が据わっている。というのを、ここ数日で土本はつくづく思い知らされた。
「あ、それから、犯人が分かった場合、くれぐれも『その場で捕まえる』というのは控えてくださいね。誰なのか明らかになったら、速やかにこちらまで報告をお願いします」
先ほどの会長の話(現場を押さえてとっ捕まえる、というもの)を受けてのことだろう、捕まえるのはNGとの念押しがあった。
「これで、放送の件は以上です。あと、もう1つの件……」
そこで説明が一旦止まり、別のファイルを開いてから説明が再開された。
「備品の紛失、または盗難の疑いの件です。正直なところ、こちらの方が本命、というか重大な事件です」
先程までとは明らかに空気が違う。緊張感が増した。
少なくとも、土本にはそう感じられた。
「昨年度の生徒会の会期末における備品の在庫検査を実施した結果、例年よりも消耗品の消費が多いことが判明しました。ガムテープ、セロハンテープ、OA用紙、クリアファイル等の消費が例年より明らかに増えています」
生徒の悪ふざけと思われる放送の件とは異なり、こちらは本当に、社会的な意味で本物の犯罪の匂いを感じた。
「取り急ぎ、生徒会側から、備品の無断使用、目的外使用、無駄遣いを禁止する通達を出しましたが、年明けに検査したところ、以前ほどではなくなったとはいえ、やはり消費量が明らかに多く、役員で検討した結果、実態解明を図ることになりました。というわけで、お2人には放送の件とこの件、同時進行になりますが、犯人探しをお願いします」
果たしてこれは、生徒会で扱うような問題なのだろうか、と土本は訝しんだ。本来なら警察に任せるべき「事件」なのではないか。
「この件については、資料を纏めておきましたので、こちらを参照して下さい。必要があれば、改めてお話しいただければ、必要な資料をお出しします」
そう言って、女子の副会長は土本と北條にそれぞれA4の紙10数枚程度に印刷され、ホチキス留めされた資料を手渡した。
表紙には、「生徒会備品盗難疑いに関する資料」と丁寧に題名が記載され、次の紙には目次が付けられている。
土本がその資料をめくると、過去5年の備品消費の動向、本年の在庫確認結果、関係者からの聞き取り等が丁寧に纏められている。
内容は土本らに依頼するために作ったものにしては、表紙や目次に至るまでしっかり作られたものである。中の本文も、随分と大人びた表現で書かれた文面になっている。そこから察するに、おそらくは教職員側に説明するために纏めた資料の流用なのだろう。
「どうだ? やれそうか?」
唐突な、生徒会長からの幾らか圧を感じる問いかけに、土本は一瞬ビクッとして背筋を伸ばした。
「は、はいっ。全力でやらせていただきまっす」
会長はその返答に満足した様子で、その日初めて少しだけ笑みを浮かべた。
「そうか。期待しておくよ」
事件に関する説明会が始まって以降、この場にいる会長を除く全員が、会長からの圧を多少なりとも感じていたのだが、この発言を境に、その圧が急速に引いていった。土本が素直に犯人探しに全力で取り組む姿勢を見せたからだろうか、とにかく、会長からの圧が引いたことで、その場にいた会長を除く全員が胸を撫で下ろした。
「っと、これで伝達事項は以上だね。何か質問はあるかい?」
久保からそう聞かれて、土本は控えめに手を挙げた。
「じ、じゃあ、ひとつ質問を……」
「どうぞ」
「放送室の鍵って、誰が持ってますか? あと、職員室に保管されてる鍵もあると思うんすけど、その管理状況についても知りたいっす」
ここで北條が口を開いた。
「あっ、それについては私が把握しています。土本君には後で説明しますので」
「えっ、そうなんだ……。じゃあもうひとつ。放送って録音だったと思うんすけど、その時の音源って残ってますか? 聞き直したいんで、ここにあるなら貸して欲しいっす」
土本の質問が想定外だったらしく、久保は隣にいた女子の副会長に小声で質問を振った。
「海野さん、あの時のCD-Rってどうしたっけ」
「こっちで預かったと思うけど……、保管庫じゃない?」
海野さん、と呼ばれた女子の副会長は、生徒会室の隅に置いてある、扉の付いた書棚を指した。
書棚の扉はガラスが嵌められた引き戸で、その中は三段の棚になっている。上段と中段には、ファイルや綴じられた書類らしきものが詰め込まれているが、下段には、書類ではなく、プラスチックケースや音響機器等の雑多な物が詰められている。
「貸し出しについては、この場では判断しかねます。確か、ここにあるCD-Rは放送で使用された現物、かつ現状唯一の記録媒体なので、外へ持ち出すのはちょっと……」
海野は持ち出しに難色を示した。
貴重な放送の元データであり、かつ重要な証拠ともなれば、それも当然だろう。
「放送で使われた現物のCD-Rがここにあるなら、今、それを見せてもらってもいいっすかね?」
「それなら大丈夫です。では、所在を確認しておきますね」
海野は立ち上がって書棚の方へ向かった。
「私も手伝います」
北條もそれに続き、2人でCD-Rを探し始めた。
証拠品の在処を探している間、久保は土本に質問を投げかけた。
「放送の内容に何か手掛かりがある、ということかな?」
その質問に合わせて、会長が久保から土本へと視線を移した。土本は、その質問に答えようとした時、会長が自分に視線を向けていることに気づき、その視線がどうしても気になる。
「あっはい。えっと、当時はあまり興味無くて聞き流してたんで、正直内容も、どんな声だったかもよく覚えてないっす。もしかしたら、喋っている人の特徴なんかが分かればいいかな、と」
会長の顔色を窺いながらも、要点は外さないよう慎重になりつつ、そう答えた。
「1回目の放送の方は、年末に役員で聞き返してみたけど、『DJ』を名乗る人について、皆特に心当たりは……」
そこまで久保が話した時。
「ありました!」
北條は会長達に向けてプラスチックケースを掲げた。
「とりあえず、貸し出しは保留として、現物だけ見てもらいましょう」
海野がそう言うと、北條は頷いて、皆が座っている机の中央にそのケースを置いた。
ケースは丁度CD-Rがぴったり入る大きさで、ケースの蓋には、丁寧にラベルが貼られていて、そこには『DJピンキー』と表示されている。
「開けて見てもいいっすか?」
「どうぞ」
海野からの承諾を得て、土本はそっとケースの蓋を開いた。
ケースの中にはCD-Rが2枚入っており、それぞれ透明フィルムと不織布でできた袋に納められている。うち1枚を取り出すと、そこには白い表面に油性ペンで『DJピンキー vol.1』と書かれていた。もう1枚のCD-Rにも、やはり白い表面に油性ペンで『DJピンキー vol.2』と書かれていた。
どうやら、この「DJピンキー」というのが件の放送における声の主、ということらしい。
「この『DJピンキー』については、全く正体不明、ということっすかね?」
土本の質問に、久保は回答した。
「そう。生徒会では、誰も声の主に心当たりがないとのことだった。うちの生徒ではない可能性もあるね」
しかし、生徒ではない者が校内放送を流す意図が想像できない。
とにかく、放送の事件に関して、あまりにも情報が少ない。
それならば、やはり当時の音声。これをどうにかして入手したい。
どうにかできないものか。
土本は思案しつつ、ふと書棚を見ると、ある物が目に入った。
「この音声データを、あのCDラジカセを使って、ダビングして持ち出すとかはダメっすか?」
土本は書棚の下段に置かれたCDラジカセを指して言った。
まだ書棚の側にいた海野がこれに反応した。
「それなら、可能ですが、テープが……」
「あ、ならこれ使ってもらっても」
土本は、ブレザーの内ポケットに入れていたカセットプレーヤーを取り出した。
「中身はラジオの録音だし、もう全部聴いたから消しても問題ないっす」
カセットプレーヤーの中から60分テープを取り出して周りの者に示した。
「それでよろしければ、今、ダビングしてしまいましょう」
海野がCDラジカセを持って机に戻ってきた。
CDラジカセは、まだ傷や汚れなどほとんどなく、新品同様である。おそらく使用機会はあまりないのだろう、電源コードを纏めるバンドがまだ付いたままになっている。
北條が何処からか引っ張ってきた延長コードにプラグを繋ぎ、電源ランプが点灯するのを確認した。そして、土本が差し出したテープを受け取り、デッキに入れた。
久保は、1枚目のCD-Rを袋から取り出し、ラジカセ上部の蓋を開けて、中のターンテーブル上にそれを置いた。
「せっかくだから、ダビングついでに、放送内容を聞いてみようか」
そう言うと、テープの録音を開始し、CDを再生させ、音量を上げた。
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ーー改めて聞くと、そのDJの質の高さがよくわかる。
再生された放送、その10分足らずのDJによるフリートークの内容は、高校生とは思えないほど流暢な語り口で、多少情緒が不安定なところがあるものの、語彙も大人びており、放送のトークとして完成されたもの、という印象であった。
だが、どこか違和感が拭えない。
その違和感の正体について、土本は未だ掴めずにいた。
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「ここまでトークができる人なら、放送部員とか、それでなくてもしゃべりの上手い人の中から、該当者が出そうなもんっすけどね……」
録音終了後、何気なく土本がそう漏らしたところ。
「それが、僕らの方で、既に放送部員を呼び出して声の主についてわかる範囲で答えてもらったんだけど、部員には該当する人はいないし、部員以外に声の主で思い当たる人もいないそうだ。生徒会でも声の主に心当たりのあるところを調べてみたけど、結局はわからずじまい。生徒の中には声の主はいないと考えるのが自然だろうね」
と、久保からの回答があった。
つまり、生徒会では、少なくともこれまでの間に放送部員から聞き取りを実施し、さらにその他調査を実施したが、結局「声の主」にはたどり着かなかった、ということらしい。
となると、やはり放送内容からヒントを得るか、もしくは鍵を所持する者に当たってみるしかなさそうだ。
テープに無事録音できたことを確認した後、北條は土本にテープを手渡した。
「あと何か、今のうちにやっておくことはありますか?」
心なしか、彼女はこの状況を楽しんでいるように見える。
「えっ、と、とりあえず今のところはもうないかな。貰った資料を一度じっくり読んでから、また質問することにするよ」
少なくとも、これ以上この場でやることは特にない。だが、北條とはまだ話す必要がある。
「よし、それじゃ今日はここまでかな。とりあえず来週、また生徒会の活動日に進捗を聞かせてもらうことにするよ。じゃあ、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
こうして、ようやく説明会がお開きになった。
早々に部屋から出ていく会長の後ろ姿を見送りつつ、土本と北條は机を元の位置に戻した。
久保と海野は、CDラジカセを元あった場所に戻したり、書類の整理をして片付けをしている。
「今日初めて生徒会長を間近で見ましたけど、なんて言うか、おっかない人っすね……」
「でも、本当はやさしい人なんですよ」
土本の、誰に言うでもない呟きに、海野はいち早く反応した。
「誰かのために何かをすることを、会長は躊躇わない。後先構わず面倒ごとに片っ端から首を突っ込んで、全て背負い込んでしまう。真っ直ぐで向こう見ず、そして誰一人見捨てない。そういう人なんです。会長に助けられた人はもちろん、それを間近で見た人は、その人柄に憧れ、尊敬し、好感を持つんです。そんな人だから、みんな付いていく。あの人の力になりたい、あの人のようになりたい。そうなれなくとも、側にいたい。そんな思いで生徒会に入った人も少なくないでしょうね」
「へえ……、そう、なんですね」
あなたもそうなんですか、と言いかけて、土本は言葉を飲み込んだ。
これは言うべきではない。少なくとも今はまだ。
「私も、会長みたいになりたいです」
机に雑巾掛けをしていた北條が、そう言って潤んだ瞳で宙を見つめ、手に持っていた雑巾を胸元でぎゅっと握りしめた。
見た目のタイプは全然違うが、それに近い感じにはなれそうな気がする。土本は口には出さなかったが、そういう感想を抱いた。
「そうだ、ひとつ気がついたんすけど……、これは、事件とは関係ないんすけど、質問いいっすか?」
唐突な土本の質問に、久保が応答した。
「ん? ああ、まあ答えられるものであれば」
「さっきの説明会、役員全員が出る必要はない、っていうのはわかるんすけど、モノが盗まれたってことは、お金に関わる話っすよね? なのに、『会計担当』の人がいなかったのは、なんでっすか?」
「ああ、それは、あの件に会計が……」
「会計の者は今日は別件があって欠席してます、会計に関する質問があれば、私の方に伝えてください、そうしたら私から会計には伝えておきますね」
久保が答えようとしたところ、海野が半ば強引に回答を被せてきた。それで何かを察した久保が一瞬、しまった、という顔をして目を逸らした。
「えっ、と……はい、ならその時は、よろしくおねがいします……」
海野が固まった笑顔のまま早口でまくし立てる、先ほどまでとは全く違った勢いのある様子に驚き、土本はそう返事するのがやっとだった。
土本は先の質問について、特に深い意味があったり、牽制を仕掛けるというような意図はなかった。単に、この場に書記がいるのに会計がいないという、ちょっとした不自然さについて質問してみただけだった。
しかし、海野のあの反応。思いがけない収穫があった。
おそらく何かを隠している。新参者に知られたくない、何かを。
資料は貰って、雑多な情報も得たので、一旦情報を整理する必要がある。
片付けが終わり、廊下に出た土本は、後ろから北條がついて来ているのを足音で察した。教室に向かって数歩進んだあと、ふと思い立って振り返り、後ろにいた北條に声を掛けた。
「委員長、この後、ちょっと時間ある? 聞きたいことがあって。あと、今後の打ち合わせもしたいし」
「はい。では教室に行きましょう」
「うん」
北條は快諾した、というか、土本からの声掛けを待ち望んでいたようにすら見えた。
この事件と、生徒会の事情について、委員長はどこまで把握しているのだろう。
委員長から直接、生徒会について根掘り葉掘り聞いてもいいものなのか。
いや、今はそれよりも、周辺の情報を得ることを優先すべきか。
この後北條と話す際、何を聞くか、話の筋をどこに持っていくか、土本はあれこれと考えを巡らせていた。




