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事件その2 ゲリラ放送(22) あなたの人生の物語

 火曜日の放課後、職員室の扉は閉じられ、非公開で職員会議が開かれた。

 そこには、前日に生徒会から報告を受けた教頭の貝塚のほか、もう1人の女性の教頭、そして校長も顔を出していた。


 議題は、「ゲリラ放送事件」の最終報告及びそれに関する質疑と、「犯人」の処分について。


 事件の調査は生徒会が実施し、報告を受けたのは貝塚教頭であったことから、貝塚が資料をなぞる形で口頭にて報告した。


 1人の新人教師から、調査の担当者とその正確性、信憑性について質問が出た。

 それに対して貝塚教頭からは「生徒会の1年生、進学クラスの北條と土本が調査を担当しました。放送前日に長谷川が放送室に侵入し、機器を操作したり、放送に使ったCDを持ち込んだ状況をビデオ撮影しておりますので、調査結果については、少なくとも犯人が長谷川さんだという部分についてては信用していいかと」と回答した。

 それ以上疑問を呈す者はなかった。


 続いて犯人である長谷川の処分についてである。

 こちらは中々纏まらなかった。

 職員は当初「実害が出ていない」ことを理由に大人しめの処分を、という意見が多数派であったが、一部古株の教師から「確か本校では、無断での放送、演説、ビラ配り等は厳しく対処するという方針が掲げられていた筈で、それに従えば今回の事件は正にそれに該当し、生徒に示しをつける意味でも厳しい処分を下すべき」という意見が出て、両者の意見は擦り合わせが困難であるかに見えた。


 そこで校長が一言。

「前例や雑多な周辺情報にとらわれることなく、あくまで本件に視点を集中し、妥当と思われる着地点を模索しましょう」

 落ち着いた口調でそれだけ言って、また静観する姿勢に戻った。


 その一言により、「免職に至らない、一定の処分を下す」方向で議論が進んでいった。


 その過程で貝塚は、長谷川からの弁明について、「政治的意図はない、娘の放送部での活動、その歴史が消えてしまうのが忍びなかった、それだけであった。無許可での放送は軽率だったと認めているし、反省している、と話している」と説明した。

 その説明を踏まえた上で、会議参加者の間では、長谷川の弁明の中の、放送部に対する懸念の部分に多くが理解を示し、昨日の放送部による臨時放送の内容と合わせて考えた結果、放送部の現状、それに対して放送に踏み切った点について一定の道理を認めた。

 そして、1人の中堅教師による「悪質とまでは言えず、具体的な被害も発生していない行為者の行動を厳しく責め立て、退職にまで至る処分を下すのはいかがなものか」という意見に、多くの教師が同意する意思を示した。


 しかし、生徒に対して「示しをつける」意味で、一定の、目に見える形での処罰が与えられるべき、という結論に達した。

 

 具体的な処分については、校長の判断に委ねられる形で、会議は終了した。

 会議終了後、校長室に戻る校長に続き、2人の教頭が校長室に入室した。

「さて、それでは処分について具体的にどうするかを決めるわけですが、その前に」

 校長は、貝塚の顔を見た。

「彼の政治的意図について、『あったとは言えない』のではなく『ない』と断定していましたが、それでいいんですかね? まして彼はかつて活動家であったということでしたが」

 先程「周辺情報に捉われることなく」と言っていた校長は、ここでその情報について深掘りするような質問をしてきた。


「長谷川さんの過去については、元の奥様から聞いた情報でしかなく、その元奥様も、長谷川さんからの自己申告を聞いただけで活動を直接見たわけではないですし、少なくとも結婚後もそういった行動をしていたという事実はないそうです。ここで勤務している間も、不審な行動はありませんしね。また、放送内容も生徒会で書き起こし文書を作成していましたが、それを読んでも特段問題になる文言、表現はありませんでした」


「そうですか……では、政治的意図はなし、ということでよいでしょう。それでは、単に放送室及び機器の無断使用について処分を検討する、ということになりますね」

「はい、そうなります」

 

 そこで、もう1人の教頭、鯨井が発言した。

「しかし、年度採用の職員に対する処分で、次年度更新しない、という以外の処分となると、厳重注意くらいしかないのでは? それで『目に見える形での処分』となるかは疑問ですが」


「その件ですが……」

 貝塚は、その処分について、自ら考えた案を示した。


「そうですね、それならよいと思います」

 校長も、鯨井も、貝塚の案に賛成した。

「では、今週末にはこれを文書で流します。同時にそれを本人にも伝えます」

「よろしくお願いします」

 長谷川の処分に関する通達は貝塚が自ら作成することを申し出て、校長がそのまま了承した。


「長谷川さんは、処分を伝える前に、自ら辞めたりしませんかね?」

 鯨井の疑問に、貝塚は答えた。

「その辺りは既に本人の意思を確認しました。今後も、生徒の、放送部の行く末を見守りたいそうです」

「そうなんですね。では、そうしていただきましょう」


 その数時間前。


 この日、長谷川は何事もなかったかのように出勤して、日常の業務をこなしつつ、校務員室の中を粛々と整理していく。

 そこで、机上に設置されていた内線電話が鳴った。


 内線電話にかけてくる人物はごく限られている。そして、時期からして用件も概ね想像がつく。

 受話器を取ると、予想通りの人物の声だった。

「おはようございます。貝塚です。お話がありますので、今からそちらに伺っても宜しいでしょうか」


 数分後、訪ねてきた教頭は、これから「不祥事」に関する話をするとは思えない程に、明るく落ち着いた様子であった。

「よかった、どうしても今日のうちにお聞きしたい話があったんですよ」

「はあ……」

 当然、話というのはゲリラ放送に関すること、放送室及び室内に設置された機器の不正使用に関すること、であることは容易に想像がつく。

「まあ、あまりお時間は取らせませんので、2、3お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

 長谷川は部屋の奥にある応接用の席を指した。

「ではちょっと失礼……」

 貝塚が座ると、長谷川はその向かいに座って聞き取りに応じる姿勢を見せた。

 

「早速なんですが、昨年末から計3回、昼休みに予定にない放送が行われている件ですが。あれが長谷川さんによるもの、という生徒会からの報告が来てまして。それは間違いないですか?」

 もはや言い逃れのしようもない。長谷川は腹を括って答えた。

「はい。間違いありません」

「理由をお聞きしても?」


 一旦話すと決めると、言葉が立て続けに出てくる。長谷川は、言葉が出てくるのに任せた。

「あの放送の元の音声、というかテープですが、話していたのは私の娘です。現在は昼休みにああいった番組仕立ての放送は行われていませんが、過去には盛んに行われていた。それを今の生徒さんたちに知ってほしい、できるなら、またそういう活発な放送をしてほしい、そういう思いからでした」

「そうですか。ですが、これは本来、学校側に許可を得て放送すべきもの。許可を得ずに流すのでは、放送室や機器の無断使用、不正使用ということになってしまいます。そういう正規の手続きを経ず行ったのはどういうわけですか?」

「手続きをしている間に、埋もれてしまう可能性を考えたからです。そもそも、卒業生が数年前に録音したテープを今、敢えて放送する理由はありません。例え本人が死亡したとしても、です。どうしても聞いてもらいたかったので、それを最優先しました。ですが、事前に放送部なり生徒会なり、テープの放送に賛同してくれそうな方に根回ししていれば、このような手段をとる必要はなかったかもしれませんね」

「そこは反省している、ということですか」

「はい、申し訳ありませんでした」

 続いて、教頭はこの聞き取りの核心部分に話を進めた。

「なるほど。ではテープを流した意図は学校放送のあり方に一石を投じる、そういう主張ですね。ですが、我々教職員の立場で見ると、それとは別の意図があるのでは、という懸念があるんですよ」

「それは……」

「例えば、生徒らが学校や世間に何かを訴えるために、生徒による実力行動を起こす、それを煽る意図とか」


「そんな! あり得ません、こんなたわいもない高校生のおしゃべり程度で」

「ですが、現にゲリラ放送は成功しました。それも3回。これが全て無許可だと知られれば、『生徒がその気になれば、放送室をジャックしてアジ演説を流すことも可能』と考える者もいるでしょうね」

「そんな馬鹿なこと!」

「ない、と言い切れますか? 我々があの生徒らくらいの年代の頃、現にそういう考えで行動を起こした、同年代の連中を貴方も見てきたのではないですか? いや、貴方の場合は、実際に行動を起こした側かもしれませんが」


 自らの「過去」に触れられ、長谷川は狼狽した。

「どこでそれを……」

「一応、生徒からではないことは言っておきます。まあ彼らは、かつてこの国にそんな時代があったことすら知らないでしょうが」

「私はもう彼らとは関わっていない、もう何十年も前の話じゃないですか」

「家庭よりも『活動』を優先させておきながら、ですか?」

 

 それを聞いた長谷川は、情報元を理解した。

「……そうか、妻から聞いたのですね。よくよく恨まれたものだ」

「それは違いますよ。奥様、いえ元奥様ですが、あの方は恨んでいるからそうしているのではないはずです。貴方を思い留まらせることをまだ諦めてはいないんですよ」

「既に離婚は成立し、娘も亡くなってしまった。今更引き返せないでしょう」

「それでも、貴方は父親だ。これからもずっと。里香さんのお父さんであることには変わりないんです」

 いつの間にか貝塚は、聞き取りではなく、長谷川を説得するような口調で話しかけていた。


 長谷川は、大きな溜息を吐いた。

「……私ももう歳をとってしまった。このまま老いて枯れていくのをただ待つことに、耐えられなかった。道半ばで、中途半端なまま残っていたそれを、まだ捨てられなかった。ずっと、持っていたかった。実際に行動を起こすかどうか、そんなことは二の次なんです。ただ、若い頃に自分の中にあったあの輝きを、自ら否定したくなかったんです」

「わかります。『正しい』と信じたことなら尚のことそうでしょう。ですが、我々は既に社会人で、親なんです。何よりも優先させるべきは、それではないし、何を優先させるべきであるかは、もう気づいている筈です」

「だが、もう取り返しがつかない。一番大切なものを失って、手元に残ったのはその欠片だけだった」

「ならばその欠片、大事にしましょう。思い出は思い出として残しておけばいい。でも今、貴方の手元にあるその欠片は、まだ活かすことができる」

「どう活かせと? 私にはもうできることなど何もない」

「あります。まだ終わってはいない。今、ここでできることを模索しましょう」

「ここにいられない以上、それも空虚な話ですよ。不祥事を起こした校務員が次年度も引き続き採用されるわけもない」

「それを決めるのはこれからです。貴方を救いたくても、貴方自身が残りたいという意思を示さない限り、道は開かれない」


 それは、今この段階で、長谷川が足掻きさえすれば雇用解除を回避できると、学校の管理職が自ら認めたかのように聞こえた。

「道があると、そうおっしゃってるんですか?」

「はい、まだそれを決めるのはこれからですがね。どうです? 次年度も校務員として勤務する意思はおありですか?」


 少しの間考え、長谷川は首を縦に振った。

「それが可能であれば、お願いします。私はまだ、この先の学校の姿を近くで見ていたい」

「わかりました。全力を尽くします」

 聞き取りが始まってから両者とも硬い表情であったが、この段階になってやっとお互いに笑顔になった。


「しかし、先生も大分考え方がお若いようですね。まるであの生徒たちと同じくらいに」

「そうですか? ありがとうございます。まあ、あの子らに影響を受けていることは多分にあるでしょうね」

「私の古い記憶では、子供の話を真摯に聞いたり、意見を取り入れたりする教師などいなかった。今はそういう時代、ということですね」

「時代……かもしれません。私らの子供の頃は、戦中から教職にあった軍国主義者や、戦後の混乱期に上からの指示で、それまでの教育を全て否定するよう指示されて動いているような、そういう極端な教師ばかりでしたから。それがようやく落ち着いた、という感じでしょう。もっと昔の学校では、教師と生徒、学年も立場もまちまちな者達が車座になって地べたに座り、ざっくばらんな話をしていたそうですから」


 それは長谷川にとって初耳だった。

「そうなんですか?」

「私の祖父の話ですから、明治時代の話ですけどね。サムライがいなくなって、新しい時代が始まった頃です。それが、本来のこの国での、学校の姿で、それがようやく戻ってきたのだと思います。その頃は皆、将来に希望を持って、皆明るい未来に進もうという活力に満ちていたと聞きます」

「だから、今の高校生達も、そうなりつつある、と」

「はい。皆が未来に向かって成功できるとは限りません。ですが、その船出を笑顔で見送ってやる、それが大人の、親や教師のあるべき姿だと信じています」

 

「……しかしですね、やはり私の中では、後悔が消えないんですよ。あの時娘を神戸に行かせてしまったがために、結果として娘を失った。死なせてしまったという思いが」

「その心情はお察しします。ですがね。娘さんがアナウンサーを目指して、その道を自ら歩もうとしているその時に、親が止める道理などありはしないんですよ。例えその先の、受け入れ難い未来が見えたとしても」

「道半ばで命を落とすおそれがあると、事前に知ったとしても?」

「そうです。子供が自ら将来進む道を、真っ当な道を決めて、自ら歩もうとしているのに、それを阻むようなら、そんな人は親ではない。子供が前に進むのを応援する、貴方の当時の行動は、親として全くもって正しかったんです。それはここで長いこと教師をしている私が保証します」

「そうですか……」


 涙を拭う長谷川に、貝塚はもうひとつ、大事なことを告げた。

「あと、これは奥様から依頼された話ですが。あの時、里香さんが亡くなったのは貴方のせいだと言ったことを謝りたい、それを伝えてほしい、とのことです。誰のせいでもない、それは避けられない運命だったと、奥様も気付いておられるんです」

「はい……ありがとうございます……」


 校務員室を出た貝塚は、この後開かれる会議において、どうやってこの長谷川を庇いつつ、余計な波風を立てず、校務員を辞めることなく丁度よい処分を与えて、八方丸く収めるかを思案していた。


 表に出す情報は最低限でいい。

 堅川里香のためを思って行動した、その筋を強調して情に訴える。

 放送部の現状と絡めて、放送が学校のためにプラスに作用したというストーリーを仕立て、「学校のため」と称し、長谷川に対し厳しい処分を求めようとする一部教師を牽制する。

 あとは、事前に何名かの教師に対して、「これが果たして悪質とまで言えるのか、それで失職すると言うなら、教師によるこれ以上の不祥事が発生したら、もはや免職以外の選択肢がなくなる。それでいいものか」とこぼし、甘めの処分を検討するよう世論を誘導する。


 これがうまくいくかは微妙なところだが、やるしかないし、やる価値はある。

 そうと決まれば時間がない。貝塚は職員室に戻ると、早速行動を開始した。

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