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事件その2 ゲリラ放送(21) 今はもういない、その人のために

 次の月曜日の朝、早めに登校した北條は、早速、放送部及び長谷川救済策のために動き出した。


 まず、犯人がわかったことを放送部の友人に告げる。

 続いて、放送部の先輩、堅川里香が一昨年に死去しており、犯人であり、堅川の実父である校務員の長谷川に対して重い処分が下される可能性を話して、寛大な処分を求める為の協力を依頼する。

 依頼の内容は、月曜放課後のイレギュラーな放送。

 放送部員の緊急募集という体裁で、ゲリラ放送の「DJピンキー」が本校の卒業生、かつ元放送部員であることを明かす。そして例の放送のような楽しい番組作りを再びやりたい、そのためには部を存続させなければならないが、現在放送部は部員不足のため廃部の危機に瀕している、存続する為に協力してほしい、中途半端な時期ではあるが、思うところがあれば部員になってほしい、廃部まで時間がないため、迷っているなら一度部室に足を運んで活動を見てほしい、という呼びかけを行う。

 その放送を終えたら、報告を受けた後の教頭先生の元に、北條と放送部員で押しかけ、「手段は間違っていたとしても、放送部が部の存続を諦めない、そのきっかけとアピールの材料を提供してくれた方は、他でもない長谷川さんであるから、どうか今回は寛大な処分をお願いしたい」と直訴する。

 以上が北條の考えた、放送部及び長谷川の救済策である。

 上手くいくかはわからない。

 しかし、これが今、北條にできる最大限のことだと、少なくとも本人は信じていた。

 

 一方、土本は昼休みに校務員室に赴き、長谷川の様子を見に行った。


 廊下側から見た限りでは、校務員室内の照明は点いていない。

 ドアノブに手を掛けてみたところ、すんなりと開いた。


 そっとドアを開け、中を確認したが、やはり人気はない。

 いつもの平日は大抵来ているはずなので、今日は欠勤しているのだろう。


 そうなると、処分が出るまで欠勤を続ける可能性もある。それで何か不都合が生じるわけではないが、自分たちが欠勤のきっかけであると考えると、このまま顔を出さないまま処分が決まってそのまま辞められては夢見が悪い。


 今、北條や放送部員が彼のために奔走していることくらいは知っておいてもらいたい。

 そして、辞めるまでは自分の仕事くらいやるべきではないか。

 それが大人の責任ってものだろう。

 そんな風に思っていた。しかし、それを本人に言いたくても、今の土本には長谷川に連絡する手段はない。


 室内の机には日誌が置かれているが、先週金曜日までの分がしっかり記載されていて、内容には特段気になる点はない。

 机の上は片付いていて、その他室内に変わったところはない。


 処分が出るまでに一度くらいは顔を出してはくれないものか。それを願いつつ、土本は校務員室を出て教室へと戻った。


 放課後。生徒会長の片桐と副会長の海野は、小会議室で教頭に対し、「ゲリラ放送事件」の最終報告をしていた。


「……報告は、以上になります」

 海野が口頭で報告する中、教頭は報告書を流し見しながら、その報告に耳を傾けていた。

「そうか……長谷川さんは今日は欠勤という連絡を受けているが、もしかしたら、もう出て来ないかもしれないな」


「あの、その件なんですが。報告の通り、動機には悪意はありません。ですから、我々生徒の立場からこういうのもなんですが、今回は厳重注意までに、ということには、ならないものでしょうか……」

 海野は控えめに、教頭の顔色を窺いつつ、校務員に対する寛大な処分を求めた。

「海野さん、気持ちはわかるが、職員への処分については、生徒がどうこう言うものではないよ。学校の職員の不祥事は、職員の判断で粛々と行う。そういうものだ。彼の行為は、放送そのものだけでなく、学校の施設及び備品の不正使用も含まれている。それを看過するわけにはいかないんだ。如何に卒業生の、実の娘のことを考えた上での行動だとしてもね」

 いつもの教頭よりも厳しめの表情と声で、きっぱりと言い切った。


「そうですか……」

 何も言い返せなくなった海野は、ここで大人しく引き下がった。

 続いて、片桐が発言した。

「施設や備品使用に対する処分は免れない、と言うのはわかります。ですが、何かものが失われた、壊された、その他具体的な被害と言えるものは特にないと思われます。生徒への悪影響も、『ゲリラ放送』の前例、成功例となり得る、という以外には特にないでしょう。それで重い処分、失職するほどの処分となると流石に重すぎるのでは、と思わざるを得ませんが」

 片桐の発言に、教頭はあからさまに面倒臭そうな顔をした。


「そうは言ってもね、本校では、教職員からの許可を受けていない放送や、集会、演説、ビラ配りなど、政治活動に繋がる可能性のある行為については、今までも厳しく対応してきたんだ。今回の放送だって、まさにそれだ。職員が起こしたとなれば、尚更厳しく処断せざるを得ない。背景がどうであれ、だ」

 処分が重くなる見通しである、または教頭自身が重い処分を課すつもりがある、と読み取れる発言。


 だが片桐は、なおも食い下がった。

「仮に今回の件で、校務員が解雇となると、今後教職員による明らかな政治的行為が発生した場合、どのような処分になるのです? まさかこれ以下の甘い処分、ということにはならないでしょうね?」

「解雇は極端だな。そう単純な話じゃない、事象ごとに個別で判断すべきことだよ」

「では、解雇というわけではないんですね」

 うっかり口を滑らせたと感じた教頭は、口の動きが重くなった。

「……明日の職員会議で処分内容を検討する。それまでは何も分からんよ」

「では、せめて処分については、御一考願います。事情もさることながら、この件は生徒の、特に放送部にとって……」


《ピンポーン》


 発言の途中、唐突に校内放送開始のチャイムが流れて、片桐は言葉を止めた。

 海野と共闘も、小会議室の上部に取り付けられたスピーカーに注目した。


《「こちらは、放送部です。只今から、臨時放送を行います。放送部員募集のお知らせです……」》

 スピーカーのボリュームは、最大にされている。大声ではないが、会議室で話をするには支障がある。片桐らは放送が終わるのを待った。


「部員募集の放送? そんな予定はなかったはずだが……」

 教頭の独り言を聞いた片桐は、事情を察してほくそ笑んだ。

「そういうことか……顔に似合わず、思い切ったことをする」


《「先週まで、昼休みに不定期で放送された、『DJピンキーのトキメキ☆オンエア』の件ですが、放送部の調査の結果、こちらは過去の放送部員が制作した、お昼休みに放送する番組、であることがわかりました。DJを担当していたのは、当時の放送部員、堅川里香さんという方です。3年前まで、こういった放送が、放送部により制作され、昼休みに放送されていたようです。ですがその後、放送部による番組制作は中止され、今の放送部には、制作することができません。その理由は、部員が少ないからです」》

 

 今これを話している者の声は「誰もが聞き覚えのある」声である。その理由はつまり、現在「アナウンスができる部員」がごく少数、数で言えば3人しかいないからである。


《「今、放送部は継続的な部員減少のため、廃部の危機に瀕しています。1、2年生の部員は、現在3人しかいません。部活動として存続するためには、最低5人の部員が必要です。それで今年度の部員数を確保しても、来年度には、さらに1年生を3人以上確保することが、放送部存続の条件として、生徒会から提示されています。まずは1年生で2人、今月中に、部員を確保しなければなりません。時間がありません。なので、中途半端な時期ではありますが、緊急で部員を募集することになりました」》


《「私のように、放送で話すことだけが、部員の活動ではありません。先の『DJピンキー』の放送では、番組制作に関わる、録音や、機器操作に携わる部員もいました。私たちと一緒に、学校放送に関わる活動をしてみたい、楽しい番組作りをしてみたい、少しでもそういう気持ちのある方は、もしくはまだ入部を迷っている方も、見学だけでもしていきませんか? 放送部は、月曜と木曜の放課後、新校舎3階奥の、第二視聴覚室にて、活動を行っています。興味のある方の見学、及び加入希望を、お待ちしています。以上、放送部からの、お知らせでした」》


 スピーカーからのノイズで、放送が終了したことを察した片桐は、話を再開した。

「先のゲリラ放送は、生徒にとっては放送部への加入の呼びかけであり、放送部にとってはOGからの遺言でした。考え方によっては、長谷川氏の行動は、堅川先輩と在校生の間の橋渡し的役割であったと言えるでしょう。それを不祥事、禁止行為と断じ、厳しい処分を下していいものか、今一度ご検討下さい」


 少しの間沈黙して、教頭は口を開いた。

「……今ここで、処分についての回答はできない。今さっきの放送を、多くの教職員も聞いただろうし、それが処分に影響することは大いにあると思う。だが、過度な期待はしないでほしい。会議の結果は早めに生徒会に伝えることにするよ」

 教頭の表情は放送以前より柔和である。

「ありがとうございます、では我々はこれで」

 手応えを感じた片桐は、教頭に礼を言って報告を終えた。


 小会議室から生徒会室に戻る途中、海野は前を歩く片桐に問いかけた。

「あの放送って、やはり北條さんが手を回したんでしょうか」

 片桐は歩みを止めず、振り返りもしない。

「だろうな。報告の最中という、絶妙なタイミングでぶっ込んできたところからしても、あいつ以外には考えられない」

 海野からは片桐の顔は見えないが、笑っているのは容易に想像できた。


「中々大胆ですね。ゲリラ放送事件の最終報告中に、学校放送を使って『DJピンキーの遺した放送』と『放送部存続の危機』をアピールとは。一歩間違えば彼女と放送部の心象を悪くしかねないのに」

「それを気にすることなくやれてしまうのが、あいつの長所であり、危うさでもある。まあ以前ならともかく、今は側で支えている人間がいるから大丈夫だろうけどな」

「土本君、ですか」

「ああ。それと梅里もな」

「えっ、でも彼女は……」

「別の意味で危ういか?」

「あっ、はい、彼女の場合、暴力的になりかねないかと」

「今は、それを抑える土本がいる。あの3人が揃っていれば、バランスはいい」


 海野は、実のところ、土本のことをそこまで評価していない。

 片桐が「不良崩れの1年生」のどこを見てそこまで評価しているのか、海野には理解し難いところであった。

「バランス、ですか。正直、彼が2人に並ぶレベルに至っているとは思えませんが」

「レベルとはなんだ? 成績か、それとも素行の面でか?」


 失言だったと気づき、慌てて取り繕おうとした。

「あっ、これはその、生徒会としての、実務能力と言うか……」

「あたしは別にあの1年坊たちに生徒会役員を任せる前提で考えてる訳じゃないぞ。あくまで今の『特命班』に限った話だ」

 ならば、「バランス」の件は「特命班」の中の話、ということになる。

「えっ、梅里さんって特命班に関わってるんですか?」

「まあ、あくまで個人的付き合いの範疇だけどな。そう考えた方が自然だろう。最近あいつは特命班の2人と会話してることが多いし、進学クラスにも時々来てるようだしな。そもそも菅野の小間使いと兼務できるほど、あいつも暇じゃないだろ」

「はあ……」

 海野にとって、正直なところ、「特命班」は、自分が「比較的距離の近い後輩」である北條に任せた仕事であるため、そこに「菅野に近い後輩」が近づくのはあまり歓迎できない。


「まあ、今の特命班の仕事は2人だけで人手が足りるとも思えないし、役付きでない生徒会員を補助につける手間が省けたのはいいことだ。それでも足りないようなら、他から誰か回してやってもいいしな」

「それを、庶務を通して、ですか?」

 菅野の息のかかった者が特命班に加入することを気にして、海野が質問した。


「いや? あたしが直でやるつもりだし、なんなら海野が誰か見繕う、ってんならそれでもいいぞ」

 海野は人を使ったり、仕事を任せるのは不得手である。また、後輩から慕われているとも言い難い。

 それを自覚しているため、これまでも仕事を人に任せるのは極力避けてきた。どうしてもという場合は、久保に頼んできていた。

「いえ……私は人事については手を付けないでおきます」

「そうか。なら特命班に人手がいる時には、あたしが手配しよう」

「では、それはお任せします」


 そこで話は終わったが、海野はその片桐の話と、随分と「特命班」に肩入れしようとする、その姿勢が気になった。


 先月の特命班発足以来、片桐は特命班への関心が高い状態が続いている。

 何故そこまで北條を気にかけるのか。

 会長と北條の間には、生徒会以外での接点はないはず。

 もしかしたら、彼女を「次の生徒会長候補」として考えているのか。

 そのために、彼女と、それを支える生徒会員を育てることを目的として、「特命班」に特別目をかけている、ということなのか。


 ……しかしこれは、海野の誤解、片桐の内心を見誤った結果だった。


 片桐が本当に気にかけていたのは、「北條以外の2人」の方。

 何故なら片桐は、その2人が「自分と同じように」今まさに仕事に関連して相当なプレッシャーを受けている最中である、ということを知っていたからである。


 特に、今、周囲に「疲れを隠して」気丈に振る舞い、キャパオーバー気味になっている梅里が、もう1つの事件に関わることによって潰れることのないよう、早めの対策を考え始めていた。

 

 その北條は、今まさに小会議室から出てきた教頭を見つけ、放送部員とともに駆け寄った。

「教頭先生!」

 放送部員の鬼沢は、北條よりも早く教頭の元に到着し、その正面に立ちはだかった。

「えっ、なに?」

「放送部1年の鬼沢(おにざわ)恭子(きょうこ)です! この度の校務員の処分に関して、直訴に参りました!」

 北條より若干背が低く、大人しそうな顔。その見た目に反して、行動と台詞はなんとも勇ましい。


「直訴?」

 自分に向かって投げかけられた経験のない単語であったため、教頭は思わず聞き返した。

「今回の件で、校務員の長谷川さんには厳しい処分が下される可能性があるとお聞きしました。ですが、長谷川さんは、我らが放送部の偉大な先輩である堅川先輩のお父上、そして今回先輩の遺した仕事を再発見し在校生に知らしめた、その恩義ある方なのです。その方をみすみす退職させるなどということがあれば、私はOBOGの皆様に顔向けできません! どうかひとつ、温情付きの処分をお願いします!」

 直立姿勢で一気にそう捲し立てると、深々と頭を下げた。

 続いて北條が訴えた。

「私からもお願いします。お咎めなしとはいかないでしょうけど、放送部の思いを汲んでいただければと」

 この15分程前にあった生徒会からの要望と、今目の前で行われた「直訴」の関連性から、この一連の流れを計画した者の存在を概ね察した教頭は、落ち着いて目の前の2人の女子生徒に対して語りかけた。


「そうか。うん……今さっき、生徒会長にも言ったんだけど、今日の時点で職員に対する処分については何も言うことはできないんだ。明日の職員会議で検討することだからね。ただ……」

 教頭は注意深く言葉を絞り出した。

「生徒の意見を取り入れる予定はないんだけど、これほどまでに生徒からの強い要望があるなら、考慮せざるを得ないかな。まあ、あまり深刻に考えないでね。君たちが思うような、重い処分にはならないと思うよ。いや、ならないようにするよ」

 北條と鬼沢は、顔を向き合わせて喜びの表情を浮かべた。


「ただし北條さん、これは今回の件に限り、だからね。毎回生徒からの働きかけがあったから教職員の判断が動く、と誤解しないように」

 一応教頭の立場として、生徒が安易に行動しないよう釘を刺した。


「はい、わかりました。ありがとうございます」

 北條は礼を言い、鬼沢の手を取ると、急いで今やってきた方へと戻って行く。


「これは……手強いなあ。考えようによっては、片桐以上かもしれない」

 教頭は頭を掻いて職員室へと戻って行った。

「こうなったら、私が彼を庇わざるを得ないじゃないか。さて、どうしたものか……」

 

 鬼沢と別れて教室に戻ると、そこには土本が待っていた。

「どうだった?」

「はい、処分について、具体的にどうというお返事はいただけませんでしたが、『生徒からの要望は考慮せざるを得ない』という言葉はいただけました。とりあえず、当初の目的は果たしたと言っていいかと」

「そうか。まあ、流石に教頭先生の一存で決められることじゃないから、その場で処分についてどうこうするとは言えないだろうし、まあ上出来だろうな」

「はい、あとは明日の結果待ち、ですね」


 とは言え、そこでは「校長の意向」が必ず出てくる。校長が何を考えているか、全く読めないため、この先の流れは予想がつかない。

「あとは、問題は長谷川さんが明日ちゃんと出勤してくるか、ってところだな。出てこないことには、本人の弁解の機会は無くなるわけだから、出てきてほしいところだ」

「それについては、私がなんとかしてみます」

「えっ、どうするんだ?」

「以前、大学に竪川さんの在籍について確認した際に、家族の連絡先として長谷川さんの電話番号をお聞きしたので、この後電話をかけて『明日の職員会議で貴方の処分が決まりますが、その前に教頭先生からの聞き取りがあるはずです。言い分を話す機会はそこしかありませんので、明日は必ず出勤してください』と伝えます」


 直球な上に大胆過ぎる。

「えっ、マジか」

「はい。何か問題ありますか?」

「いや……まあ、大丈夫か。うん、じゃあよろしく頼むよ」


「はい。がんばります。長谷川さんのために。そして……堅川さんのためにも」

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