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事件その2 ゲリラ放送(20) 第4回経過報告

 木曜日の放課後に校務員への聞き取りを終えてから、翌日の金曜朝までの間に、北條は最終報告のための報告書を書き終えていた。

 それを持って早めに登校すると、土本も既に教室にいた。

 その報告書を土本に渡して確認を求めると、土本はそれを受け取り、丁寧に読み込んでいく。


 最後まで読んだ後。

「うん、いいと思う。あとは、報告会で『例の件』について、いい感じに説明して、なんとかいい方向に持っていかなきゃな」

 そう言って報告書を返した。

「はい、頑張ります」

 返事をした北條の表情は明るかった。


 そして、常会を終えた後の報告会にて。

 その日も監査以外の役員が揃った中、それらと向き合う形で、北條と土本が並んで座っている。

「……ということになります。これで、先週までの時点で報告していた通り、校務員の長谷川喜一さんと『DJピンキー』こと堅川里香さんは親子であり、そして堅川さんは一昨年に亡くなられていて、放送については長谷川さんの単独犯行である、という供述が得られました。また、動機についても状況から矛盾はなく、深い意図はないというのは嘘ではないと思われます」

 北條は、昨日の聞き取り結果について淡々と報告した。

 

「聞き取り結果についてはわかりました。ですが、放送自体に深い意図がないと断定するのは早計ではありませんか?」

 報告を受けて、海野が一部内容に疑問を呈した。

「申し遅れましたが、過去3回の放送内容については、放送部に保管されていたテープの内容とほぼ同一です。保管されていたテープも聞きましたが、比較した結果、一部音楽を後から追加している箇所があるものの、トーク内容を切り貼りしたのは、堅川さんの言い間違い、またはトークの切れ目が長かったり、録音時にスタジオ内で大きなノイズを発生させた部分を消したものであって、他意はないものと考えていいでしょう」

「では、長谷川さんはなぜそれを、『内容の編集』をやったんでしょうか」

「そこは本人からは聞いていませんが、おそらく『放送としてなるべく良い内容にするため』に『放送上のミスを削った』のでは、と」

「ミス……ですか?」


「はい、長谷川さんの前職は地方ラジオ局の音響担当です。自分で聞く分には高校生が制作した番組の内容に関して、放送事故的な部分やノイズなどは気にしないでしょう。実の娘の遺した音声ならば尚更です。でも、それを他人に聴かせるとなれば話は変わります。おそらくCD-Rを作成する時点で、他人に聴かせることを想定していたのでしょう。そこで人に聴かせる上でノイズ等を消して、取りきれない部分は音楽を被せてなるべく気にならないように仕立て、番組として完成度の高いものを提供しようという思いに至ったものと思われます」

「元の放送自体に何らかの意図が込められている可能性はどうでしょう?」

「その可能性もほぼないと思われます。書き起こしを見ても特に問題となるような内容はありませんでしたし、聞き返しても不審な音声は確認できませんでした」

「そうですか。では、放送内容は特に問題のないもの、ということですね」

「はい、そう判断しました」

「わかりました。それでは、この調査結果を教職員側に報告して、後はそちらで放送室及び機器の無断使用について調査していただいた上で犯人の処遇を判断していただくということで。役員の中で何か質問、意見などありますか?」

 

 海野は他の役員に意見を求めたが、特に発言する者はいない。


「意見はないようなので、ゲリラ放送の件については以上ということに……」

「あっ、すみません。こちらから申し上げたいことが」

 ようやく終了、というタイミングで、北條が手を挙げた。


「最後に2つほど申し上げたいこと、というかこの場をお借りしてお願いしたいことがあります。まず、長谷川さんへの処遇についてですが。そもそもの発端は娘さんの放送を聞かせるため、それも活動を縮小した放送部への働き掛けが目的です。放送室及び機器の無断使用について全くの不問というわけにはいかないとは思いますが、悪意は感じられません。そういった事情を先生方に汲んでいただきたいとお伝えいただければと」

「それについては、役員で検討します。事情はわかりますし、卒業生の遺志を尊重する、という方向でお願いしておきます」


 海野からの回答に、片桐が言葉を続けた。

「だが、思うようにはいかないという事態も覚悟しておいてくれ。どうも教職員側には、このゲリラ放送が『生徒の犯行』と思い込んでいる節がある。その為に、生徒指導を優先させることを考えて、対応が鈍くなっているらしい。放送が職員によるものと明らかになれば、対応が急転換して、その流れで処分が厳しくなるかもしれない。それに、大分昔の話とは言え、この学校は『学生運動』に対してシビアに対応するという、今までの流れがある。放送やビラ配布については、直接政治的でない場合であっても、割と厳しめの対応が取られてきた。まして長谷川氏が元活動家となれば、尚の事処分が厳しくなることも十分あり得る」

「ですが、長谷川さんと本校の生徒との間には特に繋がりはなく、現在政治的な言動は一切確認できていないので、特に活動に引き込むとか扇動するといった可能性はないと思われます。そういった事情も考慮していただければと」

 北條は、片桐に対して引くことなく堂々と自らの考えを主張している。


「わかった。いや、わかっている。できる限りやるさ」

「ありがとうございます」

 北條は丁寧に頭を下げた。

「それと、2つ目のお願いですが、これは放送部の存続についてです。廃部予定、となっていますが、これについて再考をお願いしたく」

「それは……難しいですね。部員減のため活動困難であることと、存続困難であることは既に告知していますし、2年も猶予を与えています。部員増加で廃部を免れる時期はとうに過ぎています。今急に部員が増えるとも思えませんし、決定は覆りません」

「いや、まだ望みはあるよ」

 ここへきて、庶務の菅野がこの日初めて発言した。


「当然、廃部予定については今のところ変わらないよ。活動について、委員会への移行を進める計画もタイムスケジュール通り進めていく。ただ、状況次第では廃部を延期することもできなくはない」

 続けて具体的な「放送部救済プラン」を語りだした。

「要は部員が増えればいいわけだ。とりあえず今の1年生であと2人、更に来年度の新1年生を2人、いや3人以上だな、確保できれば廃部計画は一旦延期にしていいだろうね」

 その発言に、海野は眉間に皺を寄せて反論した。

「そんな勝手に……」

「そうなった場合は、ボクが事務作業でちょっと苦労すればいいだけでしょ? 問題ないね。キミは固く考えすぎなんだよ。何も放送部を潰したいわけじゃないんだし、ここは融通利かせてもいいじゃん」

 廃部手続きを軽く考えているかのような発言に対し、海野は感情を露わにした。

「生徒の放送活動を継続する為に、廃部まで2年の猶予期間を設けたり、委員会設立の段取りを一から作ったりと、ここまで準備してきた先輩達の苦労を一体なんだと思ってるんです?」

「なら、歴史ある放送部を潰すこと前提で動けっての? そもそも廃部予定ってのは、部員が急減したりして部が急に活動不能になるような混乱を避けるためであって、潰すこと自体が目的じゃない。そこを履き違えてはダメだよ」

「これまで減る一方だった放送部員が今から急に増えるなんて、そんな都合のいい話があるわけないでしょう」


 口論に発展しかけたところで片桐が立ち上がって口を挟んだ。

「あー、もういい、わかった。どうせ面倒なことは菅野が一手に引き受けるって言ってるんだ、難しく考えるな。海野、一旦引け。菅野、後になって泣き入れるなよ」

 有無を言わさぬ強い口調で言い放って、また席に着いた。

「わかりました……」

「当然、責任持ってやらせてもらうよ」

 不服そうな海野に対し、菅野は満足気であった。


 実は、これは北條の「計略」だった。

 昨日の「定例会」で土本に話した、放送部存続への奇策。

 まずは報告会において、放送部救済を「お願い」する。既に廃部に向かって手続きが進んでいるため、海野からは断られるだろう。なので、他の役員、とは言ってもこの場合は菅野であるが、菅野から「人数さえ集めればまだ存続は可能」という言質を取り、それを会長に追認させる。

 そしてそれを放送部に伝え、生徒の間で「DJピンキー」の記憶が新しいうちに、「先輩の偉業」という体で宣伝し、急いで部員をかき集め、その後新入生をなんとかして確保する算段をつける。

 部員が確保できたという既成事実ができたら、菅野に報告して廃部手続きを一時停止させる。

 報告会で言質が取れたら、あとは部員の頭数が揃えば上手くいくはず。


 この日の朝、北條は「報告書」を土本に見せた直後、英語科の教室に向かい、梅里に事の次第と、報告会で放送部存続を嘆願する予定であること、それに対して予想される海野のネガティブな反応に対抗するために菅野の力を借りたい、という話を持ちかけた。

 

「がってん承知! 早速今から話してくるね」

 こういう時の梅里は動きが早く、そして機転が利く。


 梅里は、菅野に接触するまでの僅か1分少々の間に、海野の予想される反応を正確に予測(前役員の今までの仕事を台無しにする判断はまずしないはず、放送部の存続はできないとその場で断るだろう)して、更にそれへの対策(来年度4月末までに1、2年生部員を新たに5名確保すれば形式上は部が存続可能、あとは生徒会担当者の判断だが、部員が確保できさえすればゴリ押しできる)を考え、菅野に接触して即それを早口で澱みなく説明し、ダメ押しに「海野の鼻をあかそう」と唆して菅野をその気にさせた。


 梅里個人の判断によるところも大きいが、そもそもの起点である北條の発案が、今までの彼女と同一人物とは思えないほどにえげつない。

 先輩である菅野を焚き付けて、菅野と犬猿の仲である海野にぶつけるとは。

 昨日、北條からこの案を聞いた時、土本はその「手段を選ばない」やり方に戦慄した。


 そもそも彼女は、片桐を快く思わない者達、「反体制派」の存在を語りたがらなかったり、役員間の人間関係、特に海野と菅野が険悪であることは言いづらそうにしていた。

 複雑な人間関係については疎いので積極的には語らないという理屈は分かるが、その割にはそういう人間関係的に微妙なところを利用する発想に至る、そしてそれを躊躇なく実行できるのは意外だった。

 役員同士が喧嘩するよう仕向けるのは彼女的にはアリなのか。とすれば、そのアリナシの判断基準は何処にあるのか。

 

「ありがとうございます。では放送部存続への条件は、まずは3学期中に現1年生を新たに2名、新年度に新1年生を3人以上加入させること、ですね。放送部に伝えておきます」

「……よろしくお願いします。時間的猶予がほとんどないので、部員を集めるなら急ぐように伝えてください。条件を満たせなかった場合は、予定通り廃部と委員会への移行を進める、ということも併せて伝えるようお願いします」

「わかりました」


 当初の目論み通り、放送部救済の可能性について言質を取って、更に会長からの追認も得た海野は嬉しそうに放送部に報告する旨を話し、それに対して海野は淡々と事実のみを伝えた。


 この一部始終を間近で見ていた土本は、北條のやり方と自分との違いについて考えていた。

 彼女も自分も、「手段を選ばない」ところがあるが、考え方の方向性は異なっている。厳密に言えば、手段は「選んで」いる。ただ、ラインを踏み越える「場所」が違う。

 自分は人のモラルや倫理の観点で越えるべきでないラインを踏み越え、北條はトラブル防止の観点で引かれたラインを踏み越えた。

 どちらがより深刻か、あるいは許されるかという話ではなく、人によって越える決断をする場所が違うということ。


 しかし、以前の北條であれば、ここまで簡単に「踏み越える」決断をしただろうか。

 昨日今日で変わったとしたら、変えてしまったのは自分ではないのか。そしてそれは、取り返しのつかない過ちなのではないか。


  報告会終了後、教室に戻った土本と北條は、またいつものように反省会を開いていた。

「とりあえず、今日やるべきことはできましたね」

「ん、ああ、そうだな」

 考えごとをしていた土本は、北條からの声かけに適当な相槌を打った。


「月曜日の朝、放送部にはこの件伝えておきます」

「ああ、あとは月曜の放課後、教頭先生への報告で処分がどうなるかだな」

「その話ですが、どうなるでしょう? やはり、厳しい処分になるのでしょうか?」

「このままだと、そうなるだろうな」

「なら、やはり来週、動くしかないですね」

 北條の目はやる気に満ちている。


 ひと月前までは、話す機会すらなかった校務員に対して、ここまで親身になってあれこれできるのは、余程のお人よしなのか、それとも正義感が強いのか。

「ただ、それをどのタイミングでやるかだな。教頭先生への報告は、おそらく月曜日の放課後だろう。その日のうちに押しかけるにしても、時間がない。翌日の放課後だと、その前に職員会議にかけられて、処分が決まっちまうかもしれない」

「そうなると、翌日では遅いので、月曜日の放課後に、どうにかねじ込むしかないですね。報告は4時頃開始すると思われるので、教頭先生へのアクションはその後ということで」

「その前の根回しもあるけど、できるか?」

「はい、なんとかします」


 北條の「なんとかする」は、普通の人間が、無理かもしれないがやってみる、というのとはニュアンスが違う。

 本当になんとかする、実際なんとかできると思っているし、既に手段を考えていて、その見込みがあると踏んでいる。


 これについては土本の出る幕ではない。土本は、その成り行きを見守ることにした。

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