事件その2 ゲリラ放送(19) 第4回定例会(校務員室での聞き取り)
木曜日の放課後。いつもの「定例会」の日である。
午後4時までにはまだ時間がある。それまでの間、今日これからやることについて考えていた。
聞き取りの方針は決まっている。
打ち合わせは先週済ませた。
北條は記憶力に優れているから、内容は全て覚えているだろうし、交渉にも長けているから、上手く話すことはできるだろう。
だが、実際その場になってみないと分からないこともある。
ましてや土本は相手とまだ接触したことがない。どう出てくるか、予想もつかない。
不測の事態に備えてのイメージトレーニングは一応やっているが、それでも実際どこまで通用するかはわからない。
そして、そういった不安を北條に悟られるわけにはいかない。
今日がその本番の日であり、今の時刻は4時ちょうど。土本は、気を引き締めてから生徒会室に向かった。
生徒会室では、北條が待っていた。
「……今日も、時間通りですね」
やや緊張した面持ちで北條はそう言って、いつものように席を指した。
「ああ、大事な『仕事』の日だしな」
土本は含みを持たせてそう返答した。
「そうですね、それでは早速、最終打ち合わせに入りましょう。それから、『聞き取り』に向かいます」
「わかった」
土本は北條に近い席に座った。
教壇上にいる北條は、黒板を背にして語り出した。
「本日の聞き取りにあたって、方針については……先週の打ち合わせの通り、最初の時点で用件を簡潔に伝えます。ゲリラ放送の件で質問しに来たこと、放送時に施錠されていたことから、鍵を所持している人が犯人であると思われること、鍵を所持している人はごく限られた人のみであること、そして先日の『3回目』の放送の前日、放送室を撮影したビデオに校務員さんとみられる人物が映っており、CD-Rを所持している様子が確認できたこと……これらを伝え、校務員さんが犯人であることを確認する、ですよね?」
先週の内容を、メモを見ることもなく流れるように説明する。内容を完全に記憶し、全てを理解しているのだろう。
「うん。まず事実を突きつけて、犯人だと認めるのか、イエスかノーの返答をさせる。イエスならそれで理由を順を追って聞き取ればいい。だがノーなら……ビデオの内容から、言い分を聞いて、それをひとつひとつこちらの証拠で潰していく。そういう流れだ」
これは先週の土本の案そのままである。
北條からの反対、異論がないためそのまま採用された。
「一旦返答を二択にさせれば、後の話の筋道を作りやすい、ということでしたね?」
「そうだ。変に理屈を捏ね回されないように、最初に犯人だと認めるのか、認めないのか、それをはっきりさせて、そこから聞き取りで話を詰めていく。そうすればケムに巻かれるのを防げるだろうからな」
「そうしてくる可能性がある、ということでしょうか?」
「分からない。俺はまだ、校務員と直接話したことはないからな。だが、こないだの、放送室の確認とその立ち会いを求めた時の返答からして、その可能性は十分ありそうだと思っている。どうも、話がくどい、ケムに巻くタイプに感じる」
「そうですか……その可能性は考えておきます」
「じゃあ、そろそろ行ってみようか」
「はい」
土本はリラックスさせようと、あえて軽い口調で言ったが、北條の表情は固い。緊張するのは当然だが、それにしても、この状態でまともに話ができるのか、不安になるほど固くなっている。
2人で並んで歩き、校務員室に向かう道の途中で、土本は思い出したように、北條に声を掛けた。
「ところでさ、放送部の友達には、この件、どこまで話したんだ?」
「えっ? そうですね、今生徒会で放送の犯人を探していて、もう少しで分かりそうだというところまでは」
「まだ校務員のことは言ってないんだ」
「はい、確定すれば伝えようとは思いますが、それも生徒会から教頭先生に報告を済ませてからですね」
「なら、今日のこれがうまくいけば、来週には報告できるってことだな」
「そうなりますね……」
「よし、じゃあもうひと頑張りしよう、その友達のためにも」
「そうですね、頑張ります」
ようやく明るい顔になった北條を見て土本は一安心した。
一方、土本は同時に、校務員が「第三の選択」をした場合を想定して、その場合どう対応するか、それをあれこれと考えていた。
先ほど北條には言えなかった、「第三の選択肢」。
それは、質問に対して「ノーコメント」であった場合。
その場合は、聞き取りの難易度が格段に上がる。そもそも「話す気がない」と意思表示されると、そこから更に質問しても、ノーコメントを継続されて逃げ切られてしまう。
最終的にはそのまま聞き取り結果を教頭に伝えてしまえばいいのだが、それではわざわざ聞き取りに行った意味がない。
その時のために、本人が最も嫌がると思われる質問、というか事実をぶつける用意をしている。
それは、あの放送のテープ、というか音源をCD-Rに記録したもの、それを放送で流すことは、話している本人、堅川里香の同意を得ていないのではないか、ということ。
放送部員から、テープを他人に聞かれるのは放送とは勝手が異なり、相当に恥ずかしいものだと聞いている。それを無断で行ったなら、犯人の罪は重い。それを伝えれば冷静ではいられないはず。
当然、土本はそこで相手の感情を逆撫でするような言い方も考えている。
出来れば使わずに済ませたい。
これは、言わば奥の手。なんとかこれを出すことなく、相手には早めに折れてほしい。
そう思いながら、校務員室前に着いた。
土本と北條は、その部屋のドアの前に立ち、一旦顔を見合わせて、北條が頷いてからドアをノックした。
「はい」
掠れた初老男性風の声。
「生徒会の者です。少々ご質問があって参りました」
「どうぞー」
ドアから少し距離のある所から呼び寄せるようなその声を聞いて、北條は静かにドアを開けた。
「失礼します」
校務員室は、中は教室くらいの広さがあるが、複数のスチール棚に、段ボール箱や工具、機械類がずらりと並んでいる。
スチール棚の向こうには、粗末な応接セットが置かれている。
そこにまず北條が足を踏み入れ、それに続いて土本が入室してドアを閉めた。
「どうぞ、掛けなさい」
「失礼します」
薄緑色の作業服を着たその男は、部屋の片隅にある4人掛けテーブルを指し、北條達はその椅子に並んで座った。
身長は170センチメートル前後、体格は中肉。髪は短く刈られており、3割程度白髪になっている。奇しくも、頭の色合いは土本と近い。
顔に深く皺が刻まれ、白目がちな眼は2人の顔を交互に睨んでいる。
「質問とは何かね?」
校務員は北條の向かいに座ると、無愛想にそう切り出した。
「先日もお話しした、放送の件になります」
北條は毅然と話した。
「あれは、教頭を通すように伝えたはずだが」
「はい、教頭先生にお話しして、放送室の中を確認させていただきました。そして、長谷川さんに直接聞き取りを実施することについての承認もいただきました」
それを聞いた校務員は、眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。
「そうか……で、何の話かね?」
「はい。この『ゲリラ放送』事件について、私たち生徒会の『特命班』は、犯人を探すためにこの数週間調査を実施していました。長谷川さんは放送室の鍵をお持ちということで間違いありませんね?」
「ああ、そうだが」
校務員の表情にはまだ余裕が見られる。
「過去の調査から、放送中の放送室には毎回、廊下側の出入口と外に通じるガラス窓はいずれも施錠されていたことが確認されています。カギの周辺が壊された様子はないので、犯人は少なくとも鍵を持っている人物と思われます。鍵の持ち主は、教頭先生、放送部の部長、放送部顧問の月山先生、そして校務員の長谷川さん、以上の4名です」
北條は淡々と事実を伝える。
だが、校務員に動じる様子は見られない。
「そうか、鍵がなければ犯行は不可能、そして鍵の所有者は現在4名しかいない。それで、鍵の所有者から容疑者として話を聞きたい、というわけだな」
「はい。ごく限られた方しか鍵を所持していない以上、施錠された放送室に出入りした犯人は、鍵を持っている方のいずれか、ということになります。そして、合鍵作成が困難であることも確認済みです」
「だが、今のところ私は鍵の持ち主のうちの1人ということにしかならないだろう。鍵だけで疑われるのは心外だな」
「では、この件には心当たりはないと?」
「ないね。そもそも私はただの雑用人夫で、学校放送などする意味がない。なんなら生徒の方、放送部の方に先に聞いてみるのが筋じゃないか?」
「既に放送部には確認しました。そして、放送の主役である『声の主』、自称『DJピンキー』に該当する学生がいないことも確認済みです」
「そうか。それは困ったね」
校務員は北條に同情するような振りをしてみせた。
「はい、その通り、困っています。『声の主』は本校の女子生徒と思われるので、彼女を探すべく色々手を尽くしましたが、放送部にも、その他学生にもそれらしき人はいませんでした」
「そうなんだ」
「そこで、別の視点から調査をすることにしました。声の主がわからないので、放送を実行する人、放送室に侵入して持ち込んだCD-Rをデッキに入れ、タイマーを設定した人を、調査の上特定することにしました」
「ふうん……」
校務員の顔色が少し変わったのを土本は見逃さなかった。
「放送の1回目が12月中旬、2回目が1月上旬。いずれも水曜日であり、この間に2〜3週間の期間を挟んでいます。3回目が1月の後半から2月の前半頃、水曜日に行われるものと予測できたので、それに備えてビデオカメラで放送室を撮影していました」
無言。
しかし、校務員の目は北條をまっすぐ見ている。
「先週火曜日の放課後、放送室に入った人が映っていました。その人は、室内の放送機器を操作した後に退室していきました。貴方と同じ、薄緑色の作業服を着た白髪混じりの短髪の男性です。あれは、長谷川さん、貴方ですよね?」
数秒間の沈黙。
「……記憶にないな。私は放課後に校舎内を点検する仕事があって、その中で放送室も入るが、機器に触れたことは覚えてない」
少しトーンを落としつつ、校務員は答えた。
しかし、ビデオに映っている事実を突きつけた時、目線が下に行った。右手の親指は、机の端を意味なく擦っている。それは、土本から見れば、動揺している人間のもの、という動作。
それでも、再び目線を北条の顔に向ける。
今度は、目を見ているというだけではなく、明らかに北條のことを睨んでいる。
それに怯むことなく、北條は追及を続ける。
「確かに、その前の週も放送室には入られていましたね。ですが、その時は機器に触れていた様子はありませんでしたが」
1週間前の様子も確認していたことを告げたが、校務員の姿勢は変わらない。
「日によって点検の時の動きは変わるだろう。電源が入ったままだったり、そういう時には機械を操作して電源を切ることだってある」
「では、電源の切り方はご存知なんですね?」
大事な部分について言質が取れた。北條は、校務員が放送機器の電源を切る事が可能である、その操作方法を知っている、という根拠となる部分について念押しした。
「……まあ、それくらいはな」
一瞬、しまったという顔をしたが、まだ平静を装っている。
「放送機器というのは、通常触れた経験のない方だと操作は難しいものです。電源の入れ方、切り方すら分からない方も多いのではないでしょうか。しかし長谷川さんは、電源の切り方についてはご存知である、と。それは、機器操作の経験がお有りだからでしょうか?」
「ここで仕事を通じて覚えた。そんな大した事じゃない、簡単な操作くらいしか知らないよ」
「そうなんですね。ちなみに、本校の放送室にある放送機器のキャビネットは、元々CDプレイヤーが付属しておらず、最近新たにCDデッキを追加したそうです。普段は使用しておらず、配線も接続されていないのですが、そのプレイヤーの接続方法もお仕事を通じてお知りになった、と」
「そうだ」
「CDデッキの裏に繋がったケーブルを、放送アンプの外部入力端子に接続することまでご存知ということですね?」
「……」
沈黙。
「……先ほどお話ししたビデオの件に戻りますが、そのビデオの中に、機器裏側の配線に触れている様子も映っていました。機器にはお詳しいということですね。元々繋がっていないケーブルを接続できるくらいには」
「そうだったかな。覚えていないな」
事実を連続して示したところ、返答が短い、あるいは無言になった。
「機器裏側を触れていることの他に、ズボンのポケットから白い円盤を取り出すところも確認できました。それは、CDでしたね?」
「知らないな」
「先週のゲリラ放送終了直後、私たちは放送室内を確認した際、CDデッキの中に残されたCDを発見しました。そのCDは、やはり白い円盤でした。貴方が前日に放送室へ持ち込んでCDデッキに入れたのでしょう」
「デッキの中にあったものと、私のズボンのポケットの中にあったものが同一だという確証はあるのかい?」
「放送において、普段CDデッキを使う機会がほとんどないので、そう考えるのが自然かと」
「頻繁にデッキの中を確認していたわけでないのなら、私のものじゃない、ということも十分ありうるだろう」
校務員はまだゲリラ放送の犯人であることを認めない。
予想はしていたが、やはり手強い。
しかし、ここで言い訳が長くなった。ここが校務員にとってのアキレス腱なのだろう。
そして、北條の顔も強張っている。テーブル上で指を組んでいる手に力が入っている。
「では、そのCDについてお聞きします。いえ、正確にはCD-Rですが」
「そんなことを聞いても、私の知らないものについては答えようがないよ」
「では、こちらで処分してしまって構いませんか?」
「なに?」
北條からの急な確認に、校務員は思わず大きな声をあげた。
「私たちがここに来たのは、ゲリラ放送をさせないためではありません。放送の真意を尋ねるためです。ですが、それにお答えいただけないというなら仕方ありません」
「私以外の鍵の所有者に聞いてみればいいじゃないか」
「他の鍵の所有者についても聞き取りを予定しています。既に実施した放送部からは、生徒会から見に覚えのない容疑をかけられて心外であるという苦情が来ています。先生方については教員間で調査していただくことになっていますが、それでも犯人がわからなければ、犯人不明で調査は終了です。CDを含めた資料については、終了後早期に破棄します」
北條は淡々と、犯人不明のまま調査終了の可能性と、その後の処理について話した。
「CD-Rの破棄までする必要もあるまい」
「この放送の内容を敢えて校内放送を使って流す、その理由が分からないとなると、それが学校や生徒に大きな影響を与える可能性のあるものであった場合を考慮しなければなりません。それが分からない以上、安全策を取らざるを得ませんから、放送部の活動制限、音源の破棄は当然の措置かと」
「放送内容って言ったって、ただの高校生の、たわいもないおしゃべりじゃないか、何故そんなに重く捉える?」
校務員はここへきて食い下がる。「何故か」随分と慌てているように見える。
北條はそれを見て「相手にとって都合の悪い事態」が何であるかを察知し、そこへ向かって話を進めていく。
土本が作成した、「3回目」のテープの書き起こしメモの片隅にあった内容から引用して、話を続けた。
「たわいもないおしゃべり、ではないかもしれないからです。巧妙に作られた暗号や、無意識下に働きかける作用のある音声、サブリミナルや催眠効果を含むものである可能性を完全には排除できません。そこに危険な要素があれば、音声は残すべきでなく、早急に消去すべきです。そして、生徒のうち放送を敢行する可能性の最も高い放送部員の活動も、当面制限せざるを得ないかと」
当然、北條はこれを本気で言っているわけではない。
土本によれば、犯人が「在校生に聞かせる」ことを目的として、わざと「DJピンキー」と書いたCD-Rを現場に残したとすれば、それを生徒側で大事に持っていてほしい、繰り返し聞いてほしいという意図があるということ。そして、それを失くされては困るはず。
ならば、敢えてそれを処分する、世の中から永久に抹消する、ということを伝えて、更にその正当性について尤もらしい理屈をつけて説明すれば、何らかの動きがあるに違いない、とのことだった。
「ま、待ちなさい」
「なんでしょう?」
校務員の制止に、北條は素っ気ない返事をした。
「……そんなに深い意図はない。ただ、かつてこの学校で行われていた、素晴らしい校内放送を今の生徒たちに聞かせたかっただけだ」
「それは、長谷川さんが、そういう意図で放送を流した、ということですか?」
「そうだ。他意はない」
長谷川は、とうとう自分がゲリラ放送の犯人であることを認めた。
「そうでしたか。確認ですが、過去3回の放送は、いずれも長谷川さんによるもの、それを1人で行った、ということですね?」
北條は表情を崩さず、質問を続ける。
「ああ、そうだ。それは認める。だからあのCD-Rは、処分については待ってくれ。返せとは言わない。できれば放送部の方で保管して貰えれば」
「それについては生徒会で検討します。破棄は免れるよう、私も出来ることはします。そこで、何故ゲリラ放送を行ったのか、何故こんな手段を使ったのか、納得できる理由を話していただけますか?」
「……放送の録音テープ、つまりそのCD-Rの音声の元であるテープを発見したのは、去年、いや一昨年の年末の大掃除の時だ」
長谷川は、音源のことから話し始めた。
「こういうラジオ番組仕立ての校内放送は、現在の放送部は行なっていない。このまま廃れさせるのは惜しいと思って、私の自宅にある機械でテープからCD-Rにした。しばらくは自宅で聴くのに使っていたそれを、昨年末に学校に持ち込んだ。そして、放送することを思いついた」
「ならば、放送部に働きかけて、一度CD-Rを聴かせた上で、校内放送で流すべきか検討して貰う、というのでもよかったのでは?」
「もちろん、放送部に働きかけることも考えたさ。しかし校務員は、学校の活動に口出しできる立場ではない。ならば、まずは無理矢理にでも聞かせて、その効果を期待することにする。そう思ったからゲリラ放送をやった」
「放送部の活動に口出しできる立場でないのなら、その放送の内容について感想を聞く立場でもない、と思いますが?」
「感想は聞けない。だが少なくとも、行く末を見守ることはできる。私が発見した放送は3回分なので、先週で全て流し終えた。おそらく放送部員を含む、大部分の生徒は放送を聞いただろう。これを聴いた上でどう思うか、これからの活動についてどう考えるか、それは今の放送部員に任せる。それを考えるきっかけにしてほしい、それだけだ」
そこで一呼吸おいて、北條は別の質問をしようとした。しかし、そこで一瞬質問を躊躇った。
核心に触れることになる質問を、このタイミングでしてしまってもいいのか。
判断に迷い、土本に目で訴えた。
土本は、目を見つめ返して、微かに頷いた。
背中を押されたような気がして、北條も相槌を打って、長谷川に向き直り、再び口を開いた。
「その、貴方が流したゲリラ放送の、声の主の承諾は取っていますか?」
「えっ?」
「声の主、つまり『DJピンキー』さんは、ゲリラ放送に自身の声を、自分の番組の録音を使うことについて了承しているのか、という話をしています。どうなんですか?」
「それは……」
「了承を取っていないのなら、このゲリラ放送は、少なくとも『DJピンキー』さんにとっては不本意なもの、である可能性がありますよね」
「いや……しかし、放送で使う目的で録音したのだから、いつ放送されたところで、不本意とはならないだろう」
「そうでしょうか? いつ、どこで流すかわかっている放送ならともかく、知らないうちに流されるとなると、そうとも言えないのではと。ましてや、学校側の承諾を得ていないゲリラ放送となれば尚更」
「君に何が分かる? 放送されることを期待して、それでも日の目を見ることがなかったテープをしまい込んでいた人の気持ちなど、君達には分からないだろう」
長谷川は声を荒げた。
しかし北條は質問を止めない。
「貴方にはそれがわかると?」
「そうだ。これを放送する機会があると、本人はそう思っていたはずなんだ。それで……」
そこで長谷川は言葉に詰まった。重大な事実を話してしまったことに気づいたからだった。
「よくご存知なんですね、『DJピンキー』さんのこと」
北條は優しい声で語り掛けた。
「……」
「貴方が声の主、本人のことをよく知っているとしても、その本人が『ゲリラ放送で流してほしい』とでも言わない限り、本人の承諾を得たとは言えませんよ。それこそ、彼女は正規の手段で放送を流すか、あるいは永久にしまっておいてほしいと思っていたかも」
「……」
長谷川は沈黙してしまった。
「ところで、長谷川さんは『DJピンキー』さんをよくご存知のようですが、貴方と彼女は、どういうご関係ですか?」
「……」
沈黙が流れた。
「……帰ってくれ。これ以上はもう話す気はない。教員には私が犯人だと伝えてくれればいい。処分は甘んじて受ける」
そう言って席を立とうとした。
「あっ、待ってください」
引き止めようとする北條に続き、土本が口を開いた。
「『長谷川里香』さんとのご関係、話していただけませんかね?」
それは、土本が苛ついている時にする、尊大な態度と口調だった。
「なに?」
腰を浮かせていた長谷川が、動きを止めた。
土本の顔を睨み、ゆっくりと腰を下ろした。
「DJピンキーの正体が、卒業生の『長谷川里香』だということはもう調べがついてます。お二人のご関係については、貴方から直接お聞きしたいんすよ」
「生意気な……」
「ちょっと、土本君……」
あまりにデリカシーの欠ける発言に、北條は止めようとした。だが土本は止まらない。
「同じ名字はさほど珍しくはないけど、声の主と犯人の名字が同じなら、関連を疑うのは当然なわけで。もっとも、それについても調べましたけどね」
「彼女は放送の中で、堅川と名乗ったろう。もう長谷川じゃない」
「なら訂正します。『堅川里香』さんと、長谷川さんはどういう関係っすか?」
「知ってて聞くのか。性格が悪いにも程がある」
「調べはしましたけど、俺らは『名字が一緒』というところまでしか確実な情報は得ていないんすよ。だから、本人から確実なところを聞きたくて」
「察しはついてるんだろう。その通りだ、里香は私の娘だ」
ゲリラ放送の声の主こと、堅川里香。これが校務員の長谷川喜一の娘という可能性については、以前に土本が卒業生名簿の記載内容から推定し、早い段階で指摘していた。それについて今回、長谷川からの証言が得られた。
「じゃあ、元のテープを発見した場所は、自宅ということっすか?」
「元妻の家だ。本人の荷物の中から見つけた」
「放送について、本人の意思は確認したんすか?」
「承諾は得ていない。テープの扱いについて、意見は一切なかった」
「なら、本人に直接聞いてみては?」
怒りに震える長谷川をさらに煽るように土本は言った。
「お前……いい加減にしないか! 言っていいことと悪いことがあるだろう!」
「俺らは里香さんと連絡を取る手段がないんすよ。里香さんの親族で、今のところ唯一把握できてる長谷川さんに意思確認をお願いすることに、なんか問題あります?」
「……里香は死んだよ。一昨年、神戸でな」
それは、土本が憶測で語った「よほどの大ごと」、そして北條が教頭を通じて大学に確認して把握した、望ましくない情報と同一だった。
「その辺りの事情を聞かせて頂けますか?」
北條は土本に代わって質問を続けた。
……以降、長谷川の話した内容をまとめると、以下のようになる。
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堅川里香は、3年時の秋口に、両親の離婚の為、母親と共に住むことになった。その際、名字がそれまでの「長谷川」から母親側の「堅川」となった。
長谷川の妹、里香の叔母が神戸でアナウンサーをしている関係で、放送局勤務志望の彼女は、叔母に教えを乞うために神戸の大学に進学することを希望したのだが、親元から離れて神戸に住むことを、母親からは反対された。一方、当時地方の報道機関に勤務していた父親は賛成していた。
叔母からの説得と、父親が里香に接触しない旨の念書を書いたことで、母親からの承諾を取り付け、ようやく進学することができた。
だが、大学2年の1月。彼女は天災により命を落とした。
定年退職後、鴎翔学園の校務員として勤務していた長谷川は、里香の逝去から1年近く経った頃、元妻から遺品の整理を依頼された。段ボール2箱分の雑多な物品を整理していた最中、3本のテープを発見した。それを再生した結果、それが「番組」の録音テープであることがわかった。
そのテープについて元妻に確認したところ、里香が生前、「卒業直前の数か月間に、放送部員としての最後の活動、『雨傘番組』の録音を実施した。番組は全3回。だが結局、放送されることはなかった。テープは高校時代の部活の思い出として、手元に置いている」と語っていた、との説明を受けた。
それを処分するのが忍びないと考えた長谷川は、まずそのテープの音声を自宅のパソコンでデータ化し、さらにそれをCD-Rに焼いて、表面にサインペンで「DJピンキー」と書き、その下にはテープの録音の古い順から番号を書いた。
自分で聴くためだけにCD-Rを作成したが、ある時、これを校内で放送することを思い立ち、昨年末に1回目を実行した。
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「元奥様とは、連絡は取っていますか?」
「葬儀からしばらくは頻繁に恨み言を言われたよ。神戸に行かせなければこんなことにはならなかった、あなたのせいだとね。今は逆に、半年近く、全く連絡を寄越さないよ。遺品整理完了の連絡が最後だ」
「元奥様からの同意は得ていない、ということですね」
「ああ。私の独断だ」
「わかりました。それでは、本日聞き取った内容については、後ほど文書化して生徒会役員を通じて教頭先生に報告させていただきます」
「わかった……あの、1つ、頼み事をしてもいいかな」
「はい、なんでしょう」
「あのCD-R、放送部に届けることができたら……いや、この際CD-Rとは別件として、本当に、私の我儘なのだが、放送部員に、堅川里香という先輩がいたことを、番組を作るなど、活発に活動していたことを、伝えてもらえないだろうか。こういう先輩がいたということを、知っておいてほしいんだ」
「……伝えます。ですが……申し訳ありませんが、放送部が以前のように活発に活動するのは、難しいかと」
「どういうことだ?」
「放送部は、来年度末で廃部予定だからです」
「えっ……何故?」
「廃部理由は、部員の減少です。現在部員は5名で、3年生2人が卒業すると、来年残る部員は新3年生1名、新2年生2名の計3名。来年度に新部員が大量に入部したとしても、廃部及び活動整理の対象であることには変わりありません。今後については、委員会形式で校内放送を担当することが検討されていますが、委員会で番組作成は困難かと。過去の活動記録を残すことは可能ではありますが」
放送部は数年前から部員が減少傾向にあり、来年度には、部員が規定に達しないため、廃部予定となっている。活動を縮小し、番組作成をしなくなったのは、これが理由だった。
「そうか……」
「現部員に対しては、堅川さんに関することは、過去の活動と亡くなった件に限って情報を伝えます。記録化は現部員の判断次第ですが、何らかの形で記録に残るよう、私の方からお願いしておきます」
「……すまない。頼む」
「それでは、以上で聞き取りは終了します。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
北條らが椅子から立ち上がって挨拶したが、長谷川は項垂れたまま返事をしなかった。
先に北條が椅子から立ち上がってドアに向かい、続いて土本が席を立った時。
「君は誰から、そのやり方を学んだ?」
不意に長谷川から尋ねられた。
「……誰からも教えてもらってないっすよ」
土本は、不機嫌そうに答えた。
「そんな筈はないだろう。型にはまった取り調べや、古典的な手法、『良い人と悪い人』なんかを使ってたな。まったく、公安のような真似をしやがって」
「そうなんすか。俺は会ったことないから知らないけど」
「まあいい。ガキがこれに答えられるわけがないものな。ただ、1つ言っておく。あの女の子を矢面に立たせたのは君の判断だろうが、それはやめておけ。犯人と対峙する時は、男が前に出るべきだ」
痛いところを突かれた。土本は、追い詰められれば何をするかわからない男の目の前に北條を向かわせることについて、ずっと不安を抱えていた。結果的に何も起こらなかったが、長谷川にそこを突かれるのは予想外だった。
「……貴重なご意見、ありがとうございます。でもね、今はもう、男は女を守るもの、っていう時代じゃないんすよ」
努めて冷静に答えたが、土本の声には怒気が込もっている。
「ふん、ほんの数十年で価値観がコロコロ変わってたまるか」
長谷川は鼻で笑った。
「それが変わるんすよ。それに気づかなかったり、変わったことを受け入れられない年寄りがいるってだけで」
土本が精一杯の皮肉で返すと、長谷川は疲れた顔をして、追い払うように吐き捨てた。
「……もういい。帰りなさい。あの子のために」
「そうします。お疲れさまっした」
立ち上がると、椅子を蹴り飛ばしそうな勢いで椅子を足でテーブル下に押し込み、土本はその場から離れて行った。
出入口付近でそのやり取りを見ていた北條は、何も言えずに立ち尽くしていた。土本は立ち上がって北條に近づき、小声で一言呟いた。
「もう行こう」
北條の返答を待たず、土本はドアを開けて校務員室を出ていった。
「あの……失礼しました」
何か言おうと思ったが、結局かける言葉が見つからないまま、退室し、静かにドアを閉めた。
北條は、前を歩く土本に続いて、早足で廊下を歩いた。
聞きたいことはいくつもある。
自分の聞き取りは、上手くできていたのか。
長谷川から、聞くべきことを十分聞き出せていたのか。
何故、あの場面で口を出したのか。それも、おそらくは相手が怒ることが当然な質問の仕方をして。
それは、元々想定済みの展開で、予め用意していた質問だったのか。
そして、何故そんなにも苛ついているのか。
今の土本は、何も語ってはくれない。
話しかけるのを拒むような空気すら感じさせる。
教室に着き、土本は自分の席に座った。
それは、まだ「定例会」が終わっていない、そう言わんばかりの動きであった。
そうなれば、北條は教壇に立たざるを得ない。
そして、そこで土本に向き合った瞬間。
「よかった。なんとか自白を引き出せたな」
土本は、いつもの不敵な笑いを浮かべつつ言った。
「……はい、そうですね」
北條も笑顔を作って答えた。
「聞き取り、上手くできたな。なかなか手強かったけど、最終的には全部認めたし」
「はい、あっ、でも、私だけでは不十分でしたね。結局親子だと認めさせたのは、土本君でした」
「まあ、あれは仕方ないっていうか。やっぱり言いたくなかったんだろう。途中までは自ら話しそうだったけど、そこで言葉に詰まってたもんな」
「そのことなんですが……」
これは聞いても良いものなのか。躊躇したが、やはり聞いてみたいという気持ちに逆らえなかった。
「あの、『長谷川里香』という名前を出すことは、事前に考えてたんですか?」
「うん、事前にと言うか、直前まで『痛恨の一撃』になる言葉を考えてた」
「と言うと?」
「返答を二択に誘導する、って話はしたよな。あれで、二択以外の回答、黙秘や回答拒否になった場合、どうにかして喋らせる方法をずっと考えてた。結局、怒らせて怒鳴り散らさせる方向に誘導するしか思いつかなかった。その手段として、名字が変わるきっかけとなること、つまり離婚になったことに触れつつ、神経を逆撫でするために、亡くなった娘、里香さんの名前を使った、ってわけだ」
「そういうことでしたか……」
頭では理解できる。それは確かに有効な手段だろう。
そして実際効果はあった。だけど。
「目的のためには手段を選ばない、っていう俺のやり方に納得いってないみたいだな」
思っていることを見透かされた気がして、北條は目を逸らした。
「そんなことは、ないですけど……」
「調査のため、確実に相手に真実を語らせることを何より優先させた。俺だって、できればこれは言いたくはなかった。それが俺の力不足だと判断されるのは仕方ないと思う。もっといい方法があったとか、そういう批判は受け入れるつもりだ。だけど今回は結果を出した、そのことだけは評価してほしい」
土本は正直な思いを話している。これは保身でも、皮肉でもない。ましてや北條をやり込める意図もない。
「それは評価します。というか、あの時は本当に助けられました。あの一言を土本君に言ってもらわなければ、長谷川さんはあれ以上話してはくれなかったでしょう。土本君のお陰です。感謝してます」
その北條の言葉は、優しく土本の心を撫であげる。
「……でもな、多分、もっと上手いやり方はあったんだろう。堅川さんを貶めることもなく、遺族の心情を傷つけることもないやり方が」
「そうかもしれませんけど、これで事件としては解決への道ができました」
土本は、北條の顔を見ずにずっと俯いていた。
「それに、私達の仕事はまだ終わっていません。やれることは、まだあるはずです」
落ち込んでいるように見える土本に対し、北條は励ますように言った。
「そうだな、まだ報告もあるし」
「はい、それに、長谷川さんの処遇や、放送部の今後についても」
「えっ、それ、なんとかなるのか?」
不意に土本が顔を上げた。
「わかりませんが、なんとかしてみましょう。例えば……」
北條は、今考えられる、長谷川の救済策と、生徒による放送活動の存続に関する原案を語った。




