事件その2 ゲリラ放送(18) ゴーサイン
翌週月曜日の日課時限終了直後、土本は書き起こしを仕上げて、北條にそのメモを手渡した。
今回は、メモ中のチェックの数が、これまでに比べて明らかに少ない。
もう調査方針は決まっている上に、放送も3回目となると、目新しい情報が少なくなるのも当然と言えば当然なので、そこは特に問題ではない。
ただ1つ、北條が気になったのは、そのメモの字体。
過去のものと比べて、明らかに乱れがある。
とは言え、読めないわけではないため、特に指摘はせず受け取った。
「ありがとうございます。後で確認してみますね」
「うん、頼む」
そう言って自分の席に戻る土本は、どこか疲れたような、調子が悪そうに見えた。
実のところ、土本は先週、完全に復調してない中で出席して、屋上で冷気に当たったため、風邪がぶり返していた。
土日は鼻水と痰に苦しみ、今日はやっとの思いで学校に辿り着いたのだった。
そういうわけで、先週に引き続きマスクは外せない。
そんな中、せめて木曜までには回復することを目標に、省エネに努めることにしたのだった。
とは言え、それも片桐からのゴーサイン、教頭への説明を済ませ、校務員への聞き取りについて承認を得られたという連絡がなければそれに取り掛かることはできない。
それが分かるのは、早くて今日の放課後。
片桐と海野がどんな話をして、結果がどうなるかは気になるところではあったが、今日のところは、早目に帰って体調改善を優先させることにした。
「今日のところは、俺は早く帰るよ。明日の放課後、会長に接触して、今日の結果を聞こう」
「そうですね、お疲れさまでした」
委員会の仕事がある北條は学校に残り、土本は早々に帰路についた。
一方、午後4時頃、片桐と海野は職員室隣の小会議室で、教頭に対し、これまでの調査結果について説明していた。
「そうか……でもまだ、確証はないんだね?」
海野の説明を聞いた後、そう切り出した教頭に対し、海野が回答した。
「そうです。タイマーを操作したところまではビデオには映っていません。ですが、機器裏側の配線に手をつけている事実、CD-Rの様な物件を持ち込んでいる事実から考えて、ほぼ間違いないかと。あとは、本人からの聞き取りを実施して、機器を操作してタイマーを設定し、放送を流したことを自ら語っていただければ間違いないと思われます」
教頭は真剣に話を聞いているが、どこか腑に落ちないという顔をしている。
「生徒会側で、それについて本人から直に聞き取りを実施する、ということ?」
「はい、この件について1番把握できているのは、調査を担当した2名です。ですから、聞き取りについても、彼らが適任と考えています」
「高校一年生が、大人の男性、しかも犯人を相手にこの件で聞き取りをやるというのは、正直厳しいんじゃないかと思うけど」
教頭は、「特命班」が聞き取りを実施することに難色を示した。
「最終的な犯人の処遇などについては先生方に頼らざるを得ないと思います。ですが、今回、聞き取りまでは、調査した担当者にやらせてはいただけないでしょうか」
海野は教頭に頭を下げた。
「あたしからもお願いします。彼らは既にそれをやるつもりで準備してますし、あの2人ならできると思います」
片桐も、海野に続いて頭を下げた。
それを見て、数秒間、沈黙して考えるような仕草をした後、教頭はゆっくり口を開いた。
「うん……気持ちは分かるよ。一年生たった2人で犯人を見つけようと頑張ってきた。そして、それがもう一歩のところまで来てる。ここまで来たら、犯人に辿り着くところまで、やらせてあげたいよね。しかしね。放送室と室内の機器の不正使用、これは大人の社会の問題だ。これを生徒任せにしたとなると、我々の責任問題にもなるんだよ」
そこで、片桐は顔を上げ、口を開いた。
「放送室の不正使用については、確かにその通りだと思います。ですがこちらとしては、それはあくまでゲリラ放送という目的を達成するため、結果的に不正使用することになった、と考えていますので、そこに主眼を置いていません。あくまであの内容の放送を流した意図と、それを敢行した理由に注目してます」
片桐の語りに、教頭が興味を示した。
「ほう、なんでだい?」
「放送は明らかに現役の生徒に聞かせる目的で流しています。我々で放送内容を書き起こしたものを確認しましたが、その『意図』については不明なままです。生徒を何らかの意図をもって扇動するような、あるいは生徒に混乱を生じさせるような、そういう意図があるなら、それを聞き出して早急に対策を練る必要があります。なので、その真意を問う、それを明らかにするのを先にやらせていただいて、放送室の不正使用については、あくまで『別件』として、その後に改めて教職員側で聞き取りしていただく、という形で考えて頂けませんか」
放送内容、それを流した「意図」を明らかにする、あくまでそれを目的として動き、放送室の不正使用についてはタッチしないという片桐の説明に対し、教頭は即答せず、しばらく考え込んだ。
確かに、何か重大な意図が含まれているとしたら、それを明らかにすることを優先させるべき、という考え方は正当性が認められる。
そして、現時点でそれは、まだ教職員側では自分を除いて誰も注目していない。放送内容の裏にある、特に重大な問題のある「意図」が誰かに明らかにされたりしない限り、教職員としては動く必要性は認められない。
それを生徒会側でやる、「手を汚す」ことを率先してやってくれるのなら、むしろ教職員の立場としては幸いとすら言える。
結果的に、生徒会が犯人の「意図」を暴けなかったとしても、それは生徒会の落ち度であって、教職員はそもそもそれを認知してもいないわけだから、責任の逃れようはあるだろう。
「ふむ、別件……ね。なるほど。確かにそれなら言い分は立つか」
独り言のように呟いた後、教頭は話を続けた。
「すると、生徒会側では放送の『意図』と、ゲリラ放送敢行の理由に主眼を置いて聞き取りを実施する。その結果については、早急にこちらに伝えてもらう。で、その後は教職員で調査結果の内容を確認した上で、『意図』に早急な対応が必要であれば取り急ぎそれを検討、そして不正使用についても調査の上で処遇を検討……ってことでいいのかな?」
「それでよろしければ、お願いします」
「うん……なんとかその線でやってみよう。では、調査担当の2人には、放送室の不正使用については、あまり言及しないよう伝えてもらえるかい?」
「はい、そうさせていただきます」
片桐は満足げに返答した。
「じゃあ、そこは生徒会に頼むことにしようか。あとひとつ注文をつけると、放送の『意図』については、こちらも気になるところなんで、できるだけ詳細に聞き出して、それが済み次第早急に報告してほしい。それも頼めるかな?」
「はい、必ず伝えます」
教頭との話を終えて、廊下を歩く際に、海野が片桐に声を掛けた。
「なんとか、うまくいきましたね」
「ああ」
海野はほっとした顔をしている。しかし、片桐の表情は硬い。
「やはり教頭先生は、話せばわかって下さる方ですね。今日の件も……」
「相変わらずのタヌキ親父だ」
片桐は吐き捨てるように言った。
「えっ?」
「あの親父の頭にあるのは、打算と保身だ。交渉しがいのある教師なのは否定しないが、今回は結局のところ、危ないところをこちらでやることに加えて、全てケツを持つとまで譲歩してやって、やっとこちらの要求に応じた、といった感じだな」
「それは、どういう……?」
海野には、この時点で話の筋が理解出来ていなかった。
「生徒会側で、この事件の『犯人』に直接対峙する、それだけじゃ首を縦に振らなかった。それは、今のままでは校務員が自分でゲリラ放送の犯人だと自白しない限り、犯人と名指しするのは難しい、そうすれば生徒会が『無実の者』を犯人扱いしているのを見過ごした教職員側にも後々とばっちりが来る可能性がある、と思ったからだろう」
「あれは、そういうことでしたか……」
ようやく合点がいった海野が深く頷いた。
「そして、こちらが『犯人からの聞き取りをどうしてもやりたい』と言ってしまったから……まぁこれは言わざるを得なかったんだが、足元を見て、教職員がケツを持たない方向で進めるという形を持ちかけて、そこまできて、責任をこちらに押し付けられると計算したんだろう、ようやくOKしたというわけだ。それでも、当初の目的通り、聞き取りをこちらに任せて貰えたから、それはそれでよしとするけどな」
「そう考えると、大分譲歩してしまいましたね。こちらが負担するばかりでなく、少しくらい教職員側に負担を求めてもよかったかもしれません」
「いや、そこはいい。どの道この件は、何かあってもできるところは全てこちらでやるし、責任もこちらで持つつもりだったからな。ただ、『特命班』には余計な注文がついてしまったな。……聞き取りの際、放送室及び放送機器の不正使用については極力言及しないこと、そして放送の『意図』をできる限り聞き出して、結果報告を早急に、か……まあこれくらいなら、北條は処理できるだろう」
「そうですね。……それにしても、あの場面で、よくあの発言が出ましたよね。放送の内容と放送室の不正使用は別件、ですか。失礼ですが、あれ、咄嗟の出まかせですよね」
海野が片桐の顔を横から覗き込むと、片桐は苦笑していた。
「フッ、その通りだ。まあ詭弁と言われても仕方ないくらいの無茶な理屈だが、今回に限っては結果オーライだろう」
「はい、咄嗟の発言にしては上出来ですね。多用すると危険ですが」
「わかってるさ。今回は特例だ」
とにかく、これでこれまでの調査結果、犯人がほぼ特定できたところまで報告が済んで、犯人から直接聞き取りをする件についても了承を得ることができた。
「さて、これを早く一年坊らに伝えなきゃな」
「ですが、今日はもう遅いですし、明日にしましょう。私から伝えます」
「いや、どうせ教室が近いし、あたしが行く」
「そうですか、ではお願いします」
そうして片桐らは会議室から離れていった。
一方教頭は、会議室に残り、生徒会から提出された書類に目を通していた。
「放送室に侵入した状況を、ビデオで撮影か……これは言い逃れも難しいだろうな。だが、決定打とまでは言えないか。後は聞き取りのやり方次第だろうが、私が『彼』に事情を聞いても答えてはくれないだろう。だが、生徒なら話は別かもな」
そして、書類の中、調査結果のうち、「堅川里香」の素性に関する部分に再び目を通して、感嘆の声をあげた。
「しかし、これは凄いな……そうか、どうりでタテカワの名前を聞いてもピンとこなかったわけだ。彼らはここまで、たった2人で調べあげたのか……」
書類の端を揃えてバインダーに挟むと、椅子から立ち上がって腰を反らせた。
「それにしても、片桐め。やはり曲者だな。私に楯突く気満々、といった目をして、それでいて一丁前の口をきく。だが、まだ青いな。いくら生徒が『責任を取る』と言っても、一旦問題化すれば、子供に責任など取りきれるはずもないだろうに。結局は学校の、教職員の責任になるんだが、まだ高校生には分からんか。まあそれも仕方ないけどなあ……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、会議室の明かりを消して退室していった。
翌日、朝のホームルームが始まる前。普通科1年3組、進学クラスの面々は、いつもと変わらぬ日常を送っていた。
そこに、唐突に「それ」はやってきた。
「北條! 土本! いるか?」
教室の引き戸を勢いよく開け、1人の上級生がそう叫んだ。
引き戸よりも高い背丈、赤く長い髪。そして赤いジップアップのパーカー。
鴎翔学園高等部のカリスマ、生徒会長の片桐静香が教室を電撃訪問してきたため、教室中に緊張が走った。
「は、はい!」
呼ばれた2人が揃って返事をした。
突然のことに驚きつつも、どこか嬉しそうに北條は声の主のところへと駆け寄った。一瞬遅れて、土本が足をもつれさせつつそれに続いた。
「報告と了承を得る件は、昨日無事済ませた。『例の件』はいつでもいけるぞ」
「はいっ」
「ただ、教頭から少々注文がついてな……聞き取りの時に、放送室とその中の放送機器の不正使用の件については、極力言及しないでほしい、そして放送の『意図』をできる限り聞き出して、早急に結果を報告してほしい……とのことだ。すまないが、できる限り教頭の要望に沿った形でやってくれ」
片桐は、目の前に立った一年坊2人に対し、手短に、しかし確実に要点を押さえた説明をした。
その表情は明るい。努めて明るく振る舞おうとしているようにさえ見える。
「ありがとうございます、では聞き取りは今週中に実施して、報告も今週金曜日に間に合わせるようにします」
北條は、はきはきと答えた。
「頼む。じゃあ金曜日、良い報告を期待しておく」
用件の済んだ片桐は、それだけ言って去っていった。
片桐が去った後、教室内は一気にざわめき出した。
「えっ……なに、今の」
「委員長が呼ばれるなら生徒会の用件だよな? そこになんでヤマアラシが?」
「土本君ってあんな真面目キャラだっけ」
「ヤバい……生徒会長、間近で見ちゃった……超カッコイイ……」
耳のいい土本は、席に戻る途中、そのクラスメイトのひそひそ話のうちの何割かを拾えていた。
特に自分に対する悪印象に直結したり、立場を悪くするような話はなかったが、どうにも居心地が悪い。
ホームルーム時間になるあと5分ほどの時間を、土本はアイマスクを掛けて腕と足を組み、今朝の件についての質問を一切受け付けないと全身でアピールしつつやり過ごした。
しかし、何故朝のホームルーム前という目立つタイミングに、わざわざ自ら教室に出向いてきたのか。
自分の立場と周りの評価を理解していれば、この行動の結果、クラス中を騒がせることになるのは容易に想像できただろう。
先日の、屋上に呼び出された際のことと比較して考えても、今日の「配慮に欠けた」行動は理解し難い。
自分が下級生の教室を訪れることの影響、それを予想できないとも思えない。
とすると、敢えて、わざと、やったということか?
一体何のために?
土本は片桐の意図を知る術もなく、その糸口も掴めないまま、喧騒が収まるのをただ待つしかなかった。




