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事件その2 ゲリラ放送(17) 第3回定例会及び経過報告

 翌日の木曜日の放課後、3回目の定例会は、2つの件について、話し合いというか意思確認を行った。

 1つは、報告会に備えて。2つの事件について、どのような内容で報告するか。

 そして、もう1つは、生徒会役員が教職員に報告した後のこと。犯人に接触する際に、どういう流れで相手に話をするか。


 土本は(あらかじ)めそれぞれについてある程度考えを纏めてあり、定例会でその纏めていたもの、報告内容の概要及び犯人接触の際の要領を、北條に対し提案した。

 だが、その提案に対して、北條は全て肯定し、全く異論を挟まない。


 2人の間で容易に意思統一ができているならそれはいいことではあるが、土本には、おそらく大まかな形では違いはなくても細かい部分で違う考えを持っていたり、これは変更すべきという意見はあるはずで、何か思うところがあるなら些細なことでも言って貰いたい、という思いがある。

 それに、流石にこれはなかろうとは思ってはいるが、彼女がそれらについてあまり考えていない、積極的に方針を考えようという気がない、という可能性もゼロとは言えない。


 これを直接問い質すのではなく、次の機会、備品事件を進めるときには、まず北條からの意見を求めるようにしよう。そう思って、今回は土本自身の提案をそのまま採用して進めることにした。

 

 そして、翌日の常会後の報告会。

 その常会が始まる前の時間において、梅里には今後の大まかな流れ、来週の予定については話してある。

 もう少しで放送事件に方が付いて、備品事件に取り掛かることで、自分の出番に待ちきれなくなっているようであるが、まだそれに手をつけるのは早くて再来週以降である。

 土本はあまり逸るなと釘を刺したが、それでも梅里は落ち着かない様子であった。

 

 報告会では、机を並べ替えた後、北條の隣の席に座った。自分の目の前に、上級生、しかも生徒会の役員がずらりと並ぶこの位置取りは中々のプレッシャーを感じる。

 それを北條はこれまでの2回、たった1人で役員たちと向き合って報告してきたことを考えると、自分が縮こまってはいられない。そう思って土本は、開始直前のこのタイミングで背筋を伸ばしてみた。


 報告会は先週同様、監査以外の役員全員が出席している。

 土本は以前に一度自己紹介をやってはいるが、特命班としては初めて顔を出したため、今回改めて簡単に自己紹介を行った。

 役員の表情は一様に固い。それは、今日の報告が重要であることを知っているからなのか、あるいは別の理由か。


「それでは、時間になりましたので、これから『特命班』の、第3回目の報告会を行いたいと思います」

 海野の司会により、報告会が始められた。

「それでは、まずはゲリラ放送、この件について今週調査したこと及びその結果について報告いたします」

 北條は、堂々とした態度で澱みなく調査結果についての説明を始めた。

「今週水曜日の昼休みに、3回目のゲリラ放送が敢行されました。私と土本君、それに会長も放送直後に放送室に向かいましたが、室内は無人で、出入口には施錠もされていました。犯人はタイマーを使用し、昼休みにCD-Rを再生させ、それを校内放送で流れるように設定しておいたものと考えられます」


「教頭先生に出入口ドアを解錠していただき、室内を確認した結果、廊下側の出入口以外に侵入できる窓やドアは南側の窓だけですが、その窓も施錠されているのを確認しました。よって、放送時、放送室は完全に施錠された密室になっていた、ということになります。また、放送機器の背面の配線が一部変更されているのを確認しました。以前はCD再生用デッキの裏面から出力用ケーブルが挿されていて、そのケーブルのもう一方はどこにも繋がっていませんでした。しかし今週の放送直後に確認したところ、ケーブルは『放送アンプ』に挿されていました。犯人が放送のためにケーブルを挿したものと考えられます。また、CDデッキ内にCD-Rが1枚残されていて、これの表面には『DJピンキー vol.3』と記載されていました」


 そう言いながら、北條は机の上にあったビニールケース入りのCD-R1枚を手に取って、自らの目線の高さに上げて役員らに示した。

「こちらがその現物となります。これについては説明会終了後に以前のCD-Rと同じ場所に保管させていただきます」

 そこまで説明が進んだ時点で、副会長の久保が手を挙げた。

「ちょっといいかな? ここまでの説明で、放送室が密室であったこと、機器を操作してタイマーを設定して放送したこと、CD-Rが残されていたことは分かる。でもそれはこれまでの2回の放送とあまり変わらないし、調査に何か進展があったようには思えないんだけど?」


 その質問を待っていたと言わんばかりに、北條は笑顔で答えた。

「はい、お答えします。進展はありました。実はこの前日、放課後に放送室の外から窓ガラス越しに中が映るようにビデオカメラを設置して、撮影を実施していました。その結果、火曜日の放課後、放送室に入った人がいて、その人が機器を操作したり、CD-Rのような物体をポケットから取り出す状況が撮影できています」


 北條の回答で、役員一同の目の色が変わった。

「えっ、じゃあ、それを、映像を今から確認することもできるかい?」

「はい、こちらにカメラ等の機材もありますので、あのテレビに接続して再生してみましょう」


 北條と土本は、生徒会室にあるテレビと北條が持ち込んだビデオカメラの接続を始めた。

 実は、昨日の「定例会」において、2人で既に接続を試行していることから、2人とも手慣れた様子で作業している。

 役員達は、その間椅子を見やすい位置へと移動させ、作業の終了を待っている。


「それでは、準備ができましたので、ご覧下さい」

 北條はそう言って、ビデオを再生させた。


 生徒会室の前方、黒板の設置された方の壁に向かって右上には、ブラウン管テレビが吊り下げられている。

 その画面には、周囲が薄暗くなる中、旧校舎の一階、ガラス窓越しにさらに暗い放送室の中の様子が映っている。

 夕焼けの反射したガラス越しで、さらに窓ガラスの向こう側はブラインドが降りていて、閉じてはいないものの、ブラインドの隙間から中が一応見えている程度で、室内の状況はよく見えない。

 十数秒後、室内の照明が点灯し、室内がいくらか見えるようになった。

 そして、何者かが室内に入ってくる。


 薄緑色の作業服を着た、初老の男性が1名。

 男性は、室内に入った後、放送機器の裏側に回り、配線を操作する。

 その後、作業ズボンの右前ポケットから透明なプラスチックケース様のものに入った白い円盤を取り出す。

 それから、機器の正面に回り、なんらかの操作をする。

 それが終わると、放送室から出ていく。その数秒後、放送室の照明が消える。


 一連の流れを見た限り、「薄緑色の作業服を着た男性が、機器を弄ってCD-Rをデッキに入れて、タイマーを設定し、任意の時間にCD-Rを再生させそれを放送するようにした」と推測できる。

 そして、それを見た皆が、この男性に見覚えがある。


「……この人って、校務の人だよね?」

 映像視聴中、放送室の照明が消えた少し後に久保が北條に尋ねた。

「はい、少なくとも『特命班』ではそのように認識しています」

「じゃあ、もうこの人が犯人で決まりじゃない?」

「ほぼ間違いないかと。しかし、映像で見えるのは『CD-Rを持ち込み、機器を操作した』ところまでですので、まだ完全に放送と直接結びつけられるとまでは言えません。なので、本人に直接接触し、火曜日に放送室に入った理由、及び具体的な行動について聞き取りを実施する必要があると思われます」

「そうなんだ。すると、そこで『ゲリラ放送を実行するために、機器を操作してタイマーを設定した』という言質を取る……ってことでいいのかな」

「はい、その通りです」

「なるほど。じゃあそれについてはお願いするよ。できれば早めにね」

「はい。あっ、ですがこれについては、職員を『犯人』として疑うことになるので、一度教職員側に調査結果を説明の上、『犯人』に対する聞き取りの承認をいただく必要があるかと」

「あっ、そうか。それについては……」


 久保の話の途中で、片桐が発言を被せた。

「来週月曜日の放課後、あたしが教頭の所に行って話をする。『特命班』には、それが済んだらその旨伝える。犯人の聞き取りは、その後やって貰えばいい」

「では、私も行きます。調査結果の説明については私からさせていただきます」

 海野がそれに続いた。

 

「ちなみに、聞き取りはどんな風にやるのか、参考までに聞かせてもらってもいいかな?」

「はい、それについては……」


 久保からの質問に、北條が答えようとしたところで、土本がそれを制した。

 そして、土本が代わって回答した。

「それは、俺からお答えします。今回、『特命班』の方には、ビデオの映像という有力な証拠があるので、最初からそのビデオの存在を相手に伝えて、そのビデオに火曜日の放課後、放送室に侵入した様子が写っていること、これを既に生徒会役員に確認してもらい、校務員である、よく似ている、という意見をもらったことを話してしまいます。それで犯人だと認めて全て白状してくれればそれでよし。もしそうでなく、映っているのは自分ではない、あるいは入ったことは認めるけどタイマーを弄ってはいない、などと言い訳するようであれば、校務員が犯人だと疑うことになった理由、これをひとつひとつ伝えて言い訳を打ち消していく、という風に考えています」

「それでシラを切り通されたら?」

「最後まで自分がやったと認めないなら、教頭先生にそのことをそのまま伝えるだけです。ただ、おそらくそうはならないと思います」


 ここまでの説明を聞いた限りでは、犯人が否認し続ける可能性は十分あるし、そうされたら犯人と断定するのは難しいようにも思える。しかし、土本には何故か、犯人が最終的に自白するという自信があるように見える。

 久保は、その土本の自信の根拠が気になった。

「そうはならない、という自信があるようだけど、なぜかな?」

「おそらく犯人にとって重要なところを突いたら、少なくとも冷静ではいられないでしょう。なんなら、犯人が嫌がるような質問の仕方をしてみてもいいかと思います」

 土本が「重要なところ」について言及しなかったため、久保はさらに質問した。

「ん? その『重要なところ』ってなんだい?」

「犯人と『堅川里香』との関係、そして彼女の進学後についてです。詳しく言うと……」


 ……土本は、内容を詳しく説明した。

 

 それを聞いた役員一同は、言葉を失った。


 数秒の沈黙の後、ようやく久保が口を開いた。

「……そうか。しかし、なんというか……君は、それをよく、平然と話せるね」

「もう先週にはその可能性を考えていたし、昨日、これを発表することを特命班で決めていましたから。覚悟が決まっていれば言えます」

 土本は堂々と答えた。


 しかし、実のところ土本は平然としているフリをしており、大分緊張している。

 今はそれを悟られぬよう、痩せ我慢をしている。

 役員らの視線を一身に受けた中で自分の意見を言うのは、土本のこれまでの人生でほとんど経験がなかった。それを知った上でこの場に臨んだとは言え、実際体験するとそれは想像以上のプレッシャーである。これを今まで1人で平然とこなしていた北條の肝の座り具合を、土本は改めて思い知らされた。

 

「そう……なんだ。ところで、その聞き取りで直接犯人と話をするのは、土本君ということで、いいんだよね?」

「いえ、俺は実のところ口下手なんで、大人と話をして、上手く白状させるところまで持っていく自信がありません」

 先ほど北條に代わって、聞き取りの要領について説明した割には、聞き取りに対して消極的な反応を見せた。

「じゃあ……」

「ですから今回は俺ではなく、委員長……じゃなかった、北條さんに聞き取り役をしてもらおうと思います」


 土本が「北條さん」と言ったところで、北條は体をビクッと震わせた。


「そうなんだ。北條さん、難しい仕事だとは思うけど、大丈夫かな?」

「えっ? は、はい、えっと、大丈夫です、問題ありません」

 久保からの問い掛けに、北條は今までにない動揺を見せた。

 傍目にはとても大丈夫そうには見えない。目が泳いでいる。顔が赤らんでいる。そして声もうわずっている。


「もちろんその時には俺も一緒に行きますし、必要となったら俺が代わって話をしますんで、大丈夫です」

 北條が動揺しているのに気付いて、土本がフォローに入った。

「そう……ならいいんだけど。頑張ってね」

 只ならぬ空気を察して、久保はそこまでで質問を打ち切った。

 

 一連のやり取りを見て、話の区切りがついたと判断した進行の海野が、報告会の締めに入った。

「それでは、ゲリラ放送の件は来週には決着がつきそう、ということですね。では来週の報告を期待してます」

「はい」

 2人は同時に返事した。しかし、北條の声は小さく、土本のやや大きな返事と被ってしまってほとんど聞き取れない。

「ところで、備品事件の方は、何か進展はありますか?」

「い、いえ、今週は報告できることは特にありません」

「そうですか。今日の報告を聞く限り、放送の件が佳境に入っているようなので、当面備品の方は二の次で、放送の件を優先していただいて構いません。来週も、放送の件、結果報告に集中していただくということで、お願いします」

「わかりました」

 ようやく落ち着きを取り戻した北條が、はっきりとした返事をした。


「それでは、本日の報告は以上、ということでよろしいですかね」

「あっ、すいません、その前にひとつ」

 そこで土本が手を挙げた。

「はい、なんでしょう」

「一応、さっきのCD-Rをテープに録音させてもらってもいいですか?」

「はい、それは構いませんが……」

「今回は、放送が始まってからすぐに放送室に向かった関係で、俺たちは内容をよく聞けてなかったんすよね。で、聞き漏らしや重要な情報がないか、一応確認したいと思いますんで」

「そうですか。それではまた、録音と同時に内容を聞いてみましょう」

 そして、以前に第1回、第2回の放送をテープに録音した時と同じように、CDラジカセを持ち出して、CD-Rとテープをセットし、録音を開始すると同時に、音量を上げ、その放送内容をその場の全員で聞くことになった。


---


 放送は、第1回のオープニングと同じ音楽から始まった。


 土本が予想していた、バレンタインデーに関する内容、それに(ちな)んだトークは、そこには一切なかった。


 トーク内容は、「DJピンキー」が、間もなく卒業することについて。そして、家庭の事情について初めて話し、関西の大学に進学が決まったこと、進学の理由も両親に話し、理解を得られて、自分の将来の希望についてちゃんと家族に話してよかった、ということについて。


 続いて、自分の正体を明かして、スタッフと同級生、リスナー、教職員、その他学校にいる全ての人に感謝の意を伝える……というものだった。


---


「ありがとうございました、参考にします」

 録音が終了したところで、土本は役員らに対して礼を言ってテープを回収した。

 そして、北條はCD-Rを持参したビニールケースに入れ、他のCD-Rと同じ箱の中に入れた。


「さて、これで本日はこれ以上特に話すことはなく、することも全て終わった、ということでよろしいですか?」

 海野からの問いかけに、土本はさらりと回答した。

「はい、大丈夫です」

「それでは、本日の報告会は以上とします。お疲れさまでした」

「お疲れさまでした」

 海野の一声で、報告会はお開きとなり、土本と北條、そして片桐を除く役員らが机の位置を直して軽く清掃し、その後全員が退室した。


 その後、教室に戻った土本らは、またいつもの通り、土本は自分の席へ、北條は教壇へと向かった。

 今日はビデオの設置や片付け、CD-Rの音源の録音などがあり、生徒会室を出る時点で既に5時を回っていたことから、2人とも早めに話を済ませようとしている。


「さて、来週はいよいよ校務員さんと直接対峙することになるわけですが、何か準備しておくことなどはありますか?」

「その前にだけど……大丈夫か? その校務員に聞き取りする件の話をしてた時、随分動揺してたようだけど」

「えっ? ええ、それについては、その、大丈夫です……」

 先ほどとは違って、動揺しているという感じではないが、何故かもじもじしている。

「委員長が辛そうなら、逆に俺が先に聞き取りを始めて、途中から交代する、って感じでもいいけど」

 土本なりに気を遣った提案だったが、どういう訳か、その提案にやや不機嫌そうな顔で応えた。

「……いえ、当初の通り、私が最初からやります」


 その時、ようやく土本は、今ここで起こっている事態を正確に捉え始めていた。

 彼女が今、不機嫌になっている理由。

 さっきの報告会で、酷く動揺した理由。

 それが同じだとしたら。

 そういうこと、なのか?

 いや、それだけのことを、そんなに気にしていたのか?

 しかし、それ以外には、理由について思いつくところは全くない。

 ならば、やるしかないのか。

「えっと……マジか……あの、ほ、北條さん? それなら、とりあえず、聞き取りは北條さんメインで、やってもらうことにするよ。でも、俺も隣に控えてるから、いつでも代わっていいから、そこは遠慮なく頼ってもらうってことで、よろしくな」


「……はいっ! よろしくお願いします」

 瞳を潤ませながら、北條は大きく返事をした。


 ついさっき、ようやくその可能性にたどり着いた「北條の不機嫌の理由」の推理が当たっていたことで、安堵した土本は、そこからはいつも通りの話をすることにした。

「うん、そうか。じゃ、よろしく。あと、今日『3回目』の音源も貰ったことだし、一応これも一通り聞いてみて、気になるところをチェックしてみる。それで聞き取りに使えそうな情報があったら、来週、どこかのタイミングで伝えることにするよ」

「ありがとうございます。あと、聞き取り実施は、予定通り、次の木曜日の放課後、定例会の時間ということでよろしいですか?」

「そうだな。それで聞き取った結果を取り急ぎまとめて、なんとか金曜日の報告会に間に合わせて貰いたい」

「そこは大丈夫です。木曜日の夜に自宅でまとめます」

「うん、頼む」

 そこで土本は、役員らによる教頭への説明、及び聞き取りの承認の件について思い出した。おそらく承認は貰えるのだろうが、それを直接聞かない限りは次の仕事に取り掛かれない。


「そう言えば、会長からのゴーサインって、いつどこで聞けるんだろう? それについては説明がなかったよな? まあ、火曜日に聞きに行けばいいんだろうけど」

「おそらく会長は、月曜日の放課後以降は、火曜日でも、水曜日でも、いつでも私たちに接触のタイミングはあるはずなので、わざわざ日時場所を指定するまでもない、と考えているのだと思います。授業があるうちは教室にいるはずですし、日課時限終了直後、会長は特段用件がない時は自主的に校内を『見回り』と称して一周している、というのは私を含めて生徒会員ならほぼ皆さん把握してますんで。少なくとも、会長の教室付近で待っていれば必ず、30分程度で見回りを終えて戻ります」

「暇な校長先生みたいだな……まあわかった。教室前でなくとも、階段付近にいれば会えるな。3階へ行くルートは1つしかないし」

「そうですね、あと、もしかしたら会長の方からこちらの教室に来るかもしれませんし」

「えっ、それはちょっと緊張するな」


 片桐が教室に来ることを想像して若干迷惑そうな顔をした土本の様子を見て、北條はクスリと笑った。

「ですね、でも一応その可能性は考えておいた方がよいかと」

「うっ……そうか、そうしとく」


 そうして、間もなく5時半になることから、2人はやや急ぎ気味に帰路についた。


 帰りの電車の中、テープを書き起こしながら、土本は今日のことについて思い出していた。

 あの北條が、呼ばれ方、「委員長」と呼ばれることに拒否反応を見せたことは今までなかった。少なくとも、それに気付いたのは今回が初めてだった。


 おそらく、今回の自分の「悪手」、北條への対応ミスは、彼女の呼び方という些末な問題には収まらないものだろう。

 事件のことに気を取られ、どこか身近なところで重大なことを見逃していたかもしれない。

 気付かないうちに、何か重大なミスを犯していたかもしれない。

 それは今は見えていなくとも、後々大きな問題となって現れてくるのではないか。


 それを危惧しながらも、今のところその重大なことを探る手掛かりはないので、今は来週のことに備えるしかない。

 もやもやを抱えながらも、電車に揺られ、ボックス席を1人で占有しながら、手元の課題である書き起こしを黙々と進めていった。

 

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