事件その2 ゲリラ放送(16) 屋上にて
放課後。土本は日課時限終了後、北條に屋上に向かうと声を掛けてから、階段を上がっていった。
屋上には誰もいない。
旧校舎の方を見たが、そこにも人影はない。
屋上の手すりに沿ってゆっくりと歩いていると、北西からの風が地上よりも強く、冷たく感じる。
少しでも過ごしやすい場所を探してあちこち移動した結果、日向である南側に立ち、塔屋を背にしていると、いくらか寒さがましになることに気づいた。
生徒会長からの直々の呼び出しに当初は相当にビビっていた土本も、時間の経過とともに落ち着いてきた。しかし、ビビっていることには変わりはない。
だが、荒っぽい手段を使ってくることはないだろう、というのは冷静に考えた結果今では確信に変わってきている。相手にも立場があるし、そうした手段に出たという話も聞かない。
よほど無礼なことをすれば話は別だろうが、今のところ土本はそうした覚えはないし、これからもそうする気はない。
ならばやはり、サシで話をするだけの場になるのだろう。
そう自分に言い聞かせながら、雲ひとつない青空を見上げて時間を潰していた。
しばらくそうしていると、何者かが階段を上がってくる足音が聞こえた。
塔屋の出入口を確認すると、上がってきたのはやはり片桐であった。
「よう、待ったかい?」
昼の時とは打って変わって、気さくに声を掛けてくる片桐に、土本は拍子抜けしてしまった。
「お疲れ様っす。待ってはいませんっす」
思わずヤンキーの先輩に対してするような挨拶をしてしまった土本であったが、今さら訂正もできないのでそのまま通すことにした。
「そうか、ならよかった。北風がもろに当たるとこだけど、校舎裏よりは日当たり良いだろ?」
片桐から「校舎裏よりは」という言葉が出てきて、瞬時に土本は察した。
「知ってたんすか、俺がちょいちょい校舎裏にいること」
「たまたま見かけてな。とは言っても2回、いや3回か? それしか見てないけどな」
「いつっすか? そこまで頻繁に校舎裏に行った覚えはないっすけど」
「最初は秋口、その次は年明けの常会だな。あと先週も」
「あっ、あの時も……」
それは、カメラ設置で時間待ちをしていた時だった。そしてその時、片桐は屋上にいた。それを、今まさに土本らがいる新校舎の屋上から見ていた、ということになる。
「ということは、俺が屋上に登ったところも見てたっすか」
「まあな。あの日、あたしは旧校舎側にいて、姿が見えたから、呼ぼうと思ったんだけどな。気付いたときには丁度階段を降りるところだったから、声は掛けなかった」
「掛けるつもりだったんすか……なら、行くべきでしたね。すんません」
「まあいいさ。いずれ鶴巻にはいつかのタイミングで会うことになるだろうし」
「えっ、じゃあ、あれが……」
「あの時いたのが鶴巻だ。『監査』のな」
あの時、片桐と一緒にいた金髪の男。
あれが鶴巻。ようやく知ることができた。
鶴巻に対しては色々聞きたいことがあるが、それはまだ急ぐ話ではない。まずは顔を知れただけで十分な収穫だと言える。
「あの人が、そうなんすか……今度機会があったら、話をしてみるっす」
「そうしてくれ。事件について助言を貰いたければ、直接工業科に行けばおそらく会えると思うぞ」
「はい、必要になったらそうするっす」
片桐から「事件」という言葉が出てきたことで、昼休みに片桐が放送室に先回りしていたことを思い出した。
あの場ではとてもその話はできなかったが、今はもう足の震えはない。
むしろ、特命班の土本らに事件を任せた、それを決定した張本人、生徒会役員の代表が、自らその調査担当者に先んじて現場に乗り込む、その行動に若干不満を抱えていた。
「事件って言えば……アレなんすけど、なんで今日、放送室に来てたんすか?」
「ん? なんだ、どうしても放送のことが気になった、って言っただろ? 他意は無い、本当に単なる思いつきだ」
「思いつきって……それで俺らより先に現場に着けるもんなんすかね」
土本は若干不満げな顔をしている。その顔を見て片桐は何かを察したようだった。
「なんだ、苦労して放送日を調査してた自分らより早く放送室前にあたしが到着したから、面白くない、って顔だな」
図星を突かれて、土本は言葉に詰まった。
「えっ、まあ、そりゃ……」
「放送が今まで2回、12月中旬と1月上旬、いずれも水曜日。それなら、1月末か2月の初めの水曜日に『3回目』があるんじゃないか……と予想はつくさ。それで今日の昼休みに、放送室近くで待ってたら、ビンゴ、ってわけだ」
この時期の水曜日に放送がある、それはおそらく情報が少なくても想像はできる。ならば、毎週水曜日に張っていれば、確かに先回りすることはできる。
「毎週水曜に張ってたんすか」
「いや? 今日だけだ。だが、あくまで予想、根拠はない」
今日初めて放送室付近で待って、それでその予想が当たって今日が放送日であった、と会長は事もなげに言う。
それは、土本のプライドを少々傷つけた。
「根拠はない、っすか。それでも、実際先回りされたっすけど」
明らかに面白くないという態度を前面に出して、土本は言った。
「自分が苦労して辿り着いた『3回目』の決行日予測が、あたしの雑な『予想』に先回りされて、納得いってないって顔だな」
「……ええ、まあ」
指摘された通りで、弁解のしようもない。
「あたしのやってるのは、あくまで『予想』であって、『真相を明らかに』したわけじゃない。君に求められてるのは、犯行を予想して現場に1番乗りすることじゃなくて、多少の時間を掛けてでも真相を明らかにすることだろう。たまたま予想が当たって先回りできたあたしのことを、あまり気にするもんじゃないぞ」
「まあ、それは言われれば、理屈はわかるんすけどね……」
「わかるけど、なんだ?」
思いがけない部分を会長に追及され、土本はたじろいだ。
「えっ……なんつーか、今までの俺の苦労ってなんだったんだ、って思って」
「だから、調査して事件の真相を明らかにする、ってことだろ? ちゃんとやってるし、成果も出してるじゃないか。現に北條は、2週続けて調査報告の場で、成果を出したことを堂々と報告してるぞ」
その片桐の台詞が若干熱を帯びている、そう感じた土本は、もはや反論をする勢いを失っていた。
「はあ、まあ……」
「だったら、それを誇れ。あたしは、万が一犯人が今日まさに放送機器をいじっていた場合に備えて、放送開始直後に現場に駆けつけたってだけだ。調査班の報告を待ってられない短気な性分だから、今日来てみただけだ。堪え性のない迂闊な先輩の先走りなんて瑣末な事、一々気にするな。君はやるべき仕事をやって、成果を出してるんだ。今の仕事をしっかりやって、その道をそのまま進めばいい。なんなら、報告会に来てみてもいい。役員の反応、評価はそこに居ればよく分かるはずだ」
「……はい、そうするっす」
完全に納得したわけではなかったが、意外にも長く、熱く語る会長に絆され、思わず素直に返事をしてしまった。
そして、報告会に出席する意味がひとつ増えた。仕事の評価が分かるなら、報告会に出る意義はある。
「よし、じゃあ引き続き、調査の方は頼むぞ。金曜の報告、期待してる」
会長は満足気に笑みを浮かべた。
「はい……」
「あと、『犯人』に直接会いに行くのは、次の報告会の後にしてくれな」
急に意外な話を振られて、土本は一瞬真意が理解できなかった。
「えっ?」
「昼に自分で言ったじゃないか、犯人が分かったら生徒会を通じて教頭に報告、って。なら、本人に接触の前に、学校側には話を通さなきゃ、だろ? まして『職員』が犯人なら尚更だ」
「あっ、そうか、そうっすね」
学校という「組織」の中にいる以上、組織への「筋を通す」ことは必須。
それを土本は、いつもの彼らしくないことだが、今日に限っては完全に失念していた。
「まあ、そういうことだから。報告会が終わったら、役員の方で教頭に報告に行く。来週月曜日の放課後あたりかな。ついでに、生徒会側で『犯人』から話を聞くから、それまで教職員から直接接触するのは待ってもらうように話を通しておく。それが済んだら、いつでも行けるから、それまでの辛抱だ」
「すんません、お手数かけるっす」
「気にするな、これについてはあたしらの仕事。君は君の仕事に集中してくれ。じゃ、そういうことで、北條にもこの件よろしくな」
「は、はいっす」
土本の脇を通って帰る、そのすれ違いざまに肩をポンと叩き、そのまま階段へと向かっていった。
その肩の感触は、意外にも柔らかく、優しい感じだった。
もしかしたら、今日放送室に先回りしてきたのは、このためなのか。
手柄を挙げることに気を取られて、自らの任務、役割を見失いかけていた自分に対して、釘を刺すために、わざわざ出向いてきてくれたのではないか。
片桐の言う、「堪え性のない迂闊な先輩の先走り」というのは、それを表に出さないための方便なのではないか。
事実、今日の片桐の忠告がなければ、明日犯人に接触してしまっていただろう。その取り返しのつかない事態を避けるために、わざわざ出向いてきたのか。
色々思うことはあっても、片桐は多くを語らない。語ってはくれない。
それは、敢えて多くを語らないようにしているようにも見える。
そういえば、「話」というのは、この話でいいのか? アレで終わったということは、片桐がしたかった話というのは、つまりどれだったのか。
鶴巻のこと。
放送室に先回りできた理由。
自分の仕事とそれに対する評価。
犯人に接触するタイミング。
鶴巻については、屋上で見たという話のついでだった。
先回りについては、昼にも聞いている。
ならば、あとの2つのいずれかということ。
とは言っても、「用件」と言えるのは、最後の話しかない。そのために呼び出したのか。
あの場には教頭がいた。そこでその話はできない。だから、犯人に接触するタイミングの話をするために、詳細をその場で言わずに呼び出した、ということなら、それは十分納得できる。
それにしても体が冷える。
病み上がりでもあるし、この状態で色々考えてみても、考えが纏まらない。
いずれにしても、片桐はどういう理由で呼び出したか、それは語っていなかったし、今後も語ることはなさそうなので、あまり考えても仕方がない。
今必要なことは、これを教室で待っている北條に漏れのないよう伝えること。
そう思って、土本も階段を降りて自分の教室へと向かった。
北條には、鶴巻の話以外の3点について、なるべく簡潔に、しかし要点を外さぬよう説明した。
「そうでしたか。よかったです、何事もなくて」
何事かある可能性を想定していたのなら、それについて聞いておきたい気持ちもあったが、それはやめておいた。
そして、明日はこれまでの要点を纏めて、報告する内容を整理し、来週「犯人」に直接接触するときのための準備をすることを考えていると伝えると、北條もそれに同意したので、今日のところはそれで帰ることになった。
帰りの電車の中、土本はまた先ほどの片桐との会話について考えていた。
自分たちが犯人接触を今週中にやってしまう可能性を想定して、それが教職員に問題視される可能性を見出し、それを制止すべく今日声を掛けに来たのならば、彼女の世間でのイメージである「剛腕」とはどうしても結びつかない。
これは、どう考えても繊細な者の発想である。
梅里は「相反する性質が1人の人間の中に自然に共存している」という感じの説明をしていたが、どうしてもそれが納得できない。と言うかそれは、どう考えても無理がある。
梅里の発言の真意は、もう少し別の所にあるのではないか。
そこがまだ見えて来ない。
もしかしたら、そこは重要な部分なのではないか。備品事件について、というか生徒会内部の問題の、核心に関わる部分なのではないか……と思い始めていた。




