事件その2 ゲリラ放送(14) 問い合わせと女子談義
週明けの月曜日、北條は先週から解決を先延ばしにしていた問題について、朝からずっと考えを巡らせていた。
その問題とは、先週の定例会において、話しそびれていたこと。
DJピンキーこと、堅川里香の消息について。
これは、先週土本が話した「DJピンキーの身に重大なことが起こった」という考察の衝撃に気を取られ、この件について相談できずに定例会を終えてしまったためであったが、進学先が判明しており、順当にいけばまだ在学中であることから、大学に問い合わせれば返答が貰える可能性がある。
しかし、生徒会といえども、親族でもない高校生は、それを問い合わせる立場にはない。
何か尤もらしい名目をもって、教職員からの協力を得た上で、「高校からの問い合わせ」という体裁を得る必要がある。
それを、土本に相談してから、教職員に話を通す……とは言ってもそれは教頭になるのだろうが、それを今週中にやっておきたい。いや、時間の都合上、今週やらなければならない。
いっそ、正直に「校内の無許可放送で卒業生の音声が使用されていることから、本人に連絡を取って話を聞きたい」と言ってはどうか。
……いや、それでは大学側の堅川に対する印象を悪くしかねない。
ならば、「卒業生の連絡先について確認作業を行っているが、卒業後に転居していて、現在の連絡先が判明しない者がおり、卒業後の進学先を通じて連絡を取りたい」というのはどうか。
それなら、堅川の印象を悪くすることもなく、無難な問い合わせと言えるだろう。
それを土本に伝えたかったが、今日は土本は欠席である。担任に尋ねたところ、風邪で発熱のため、ということらしい。
次の日も、また土本は欠席であった。
土本の回復を待っていては遅いかもしれない。
そう考えた北條は、放課後、独断で教頭の元へ向かった。
教頭は、本日は時間に余裕があるらしく、北條からの相談という話を請けて、快くそれに応じた。
彼女を小会議室に通した後、北條からの説明を真摯に傾聴した。
「なるほどね。そういうことなら、私の方から連絡を取ってみよう」
「いいんですか? 許可さえ戴ければ、私の方で電話を掛けようと思いますが」
「高校生が掛けたら、大学の学生課はちゃんと対応してくれない可能性があるし、ここは教員が掛けるのが一番確実だよ」
「申し訳ありません、お手数をお掛けします」
「大丈夫。それに私もこの件には興味あるしね。大学の連絡先はもう把握してるの?」
「はい、こちらになります」
北條は、堅川の進学先である大学名と代表電話の番号が記載されたA4のOA用紙を提示した。
これを事前に用意していたことからも分かる通り、北條はこれを見越しており、教頭が自ら電話を掛けるよう誘導していた。
「よし、まだ4時前だし、早速掛けてみよう」
教頭は、小会議室の角に設置された内線電話から、外線ボタンを押し、メモに記載された番号に電話を掛けた。
「……あっ、お忙しいところ失礼します。私、学校法人鴎翔学園の教員をしております貝塚と申します。……はい。お世話になっております。ええ、実はですね……」
教頭は、電話で話しながら、胸ポケットからボールペンを出そうとしている。
何かをメモしようとしていると察した北條は、咄嗟に持っている資料の中で、特に必要のない「前回の報告会で使用した報告内容のメモ」であったルーズリーフの裏面を差し出した。
「えっ? はい、そうでしたか……ええ、それはこちらでも把握しておりませんで……」
教頭の電話はまだ続いている。
そこにメモされたのは、たった3つほどの単語と、電話番号1つのみであったが、北條が事態を把握するには十分な情報である。
「そうですか……こちらがご家族のご連絡先ということで……はい、はい。分かりました。ありがとうございます。はい、ではこちらでも、はい、その件については把握しておきますんで。はい。お忙しいところありがとうございました。はい、失礼します」
教頭は静かに受話器を置いて、ほんの数秒、電話機を見つめて考える仕草を見せた。
そして、北條に向き直り、たった今得た情報について、静かに語り出した。
「ええと、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
するべき仕事を終えて、教頭に一礼して職員室を出た北條は、早足で教室へと向かっていた。
涙が溢れそうだった。
この調査、大学への問い合わせについては、やはり土本がいる時にするべきだったかもしれない、と後悔していた。
しかし、これは元々想定されていたこと。
それも、先週土本に「大ごと」として覚悟するよう言われていた内容、そのままである。
泣いてはいられない。明日以降、土本が登校したら、この事実をいち早く伝えなければならない。
そして、今日はカメラを設置しなければならない日でもある。
ただし、流石に机に登って三脚を設置するのは1人では難しい。
カメラと三脚を用意した後、英語科の教室へと向かうと、幸いなことに梅里がまだ教室に残っていた。
「お安い御用。じゃ早速、行ってみようか」
北條からの頼みに、梅里は躊躇いなく応じ、直ぐに普通科へと向かった。
「そうか、これで放送室を撮影してるってことね」
ビデオカメラと三脚を見て即用途を理解した梅里は、早速カメラの設置に取り掛かった。
「すみません、急に手伝いをお願いしてしまって。特命班の仕事なのに」
「いいってことよ。まあ乗り掛かった船ってことでもあるし」
「……ありがとうございます」
「まったく、たつみはつくづく間の悪い男だねえ。肝心な時に風邪ひくなんて」
その時、北條の脳裏に1つの疑問が浮かんだ。それは北條にしては、随分と俗な、下世話とも言える疑問であった。
「あの……こんなことを、聞いていいのかちょっと分からないんですけど、その……土本君のことで」
「うん? なに?」
机を廊下側に寄せ終わり、三脚にカメラを固定しつつ梅里が返事をした。
「土本君のことは、正直異性として、どう思ってますか?」
「ひぇっ? どうしたの一体?」
普段の北條からはまず聞かれないような質問に、思わず梅里はビデオカメラを落としそうになった。
「あっ、すみません。彼氏さんがいらっしゃることはお聞きして、それは理解しているんですけど……名前で呼び合って、親しそうにしてますし、会話も弾んでますし」
北條は、三脚の外袋を畳む途中で紐を弄りながらもじもじしている。
「あー、うん。まぁ、たつみのことは、前から知ってることもあるし、ウチがこういう性格なのもあるし。でもそれだけだよ? 男として見てる、ってわけじゃないから」
「そうなんですか……私は、どうもそういうことに疎くて」
「ウチはアレに限らず、一応顔を見知った男子に対しては、大体こんな感じだし。まあ流石に名前で呼んでるのは、この高校では、たつみの他には数人くらいかな?」
「私、名前で呼んでる男子、1人もいませんけど」
珍しくガールズトークに乗ってくる北條に対して、この機を逃さんとばかりに梅里は話を続けた。
「そっかー、幼馴染とかでもそうなの?」
「はい、皆名字に君付けですね」
「まあそれは、そういう人もいるだろうし、特におかしいってことはないよ。むしろウチの方が特殊かもね」
「そうですか……」
調子に乗った梅里は、中学時代、あまり素行のよろしくなかった時期のことを少しずつ話し始めた。
「ウチは中学時代からの顔見知りには大体名前で呼ばれてるからね。そんな感じで来られると、こっちも名前呼びで返すってのもあるし」
「中学校全体でそういう感じ、ということですか?」
内部生、つまり中学校は鴎翔学園中等部であった北條は、公立中学校の事情をよく知らない。だからこそ、こんな勘違いをしてしまう。
「いやいや、そんなことはないけど。同じ名字が2人いると、ややこしいじゃん。まして見た目が似てたら尚更」
同じ名字の者が複数いればややこしい、というのは北條にも容易に理解できる。しかし、見た目が似ている、というところが気になった。
「見た目……ですか?」
「うん。ウチさ、姉がいるんだ。姉って言っても、双子の片割れ」
「えっ、双子なんですか」
「そ。同じ中学に通ってたんで、ウチら2人は名字じゃ区別できないから、名前で呼ばれてたって感じ」
「あっ、そうなんですね。なるほど」
「その時は髪も姉と同じくらいのセミロングにしてたし、髪の色もどっちも黒かったから、皆んな見分けつかなかったみたいでさ」
明るいオレンジ色のメッシュの入った髪の、もみあげ辺りを弄りながら、その目立つ髪色の理由について話した。
「そんな事情が……」
「姉はウチとは違って清楚なお利口さんタイプだから、男子に人気あったからね。姉は嫌いじゃないけど、比べられたり、間違われてがっかりした顔されるのはイヤだったんだ。で、見た目の印象が被らないようにイメチェンしたってわけ。中学卒業してすぐ、ショートにして、それでもまだ似てるから、髪も染めてさ」
「それで、その髪色になったんですね」
男子に人気があるのは梅里も同様の筈で、がっかりではなくバツの悪さを誤魔化した表情なのでは、とは思ったが、北条はそこには触れなかった。
「イメチェンの成果は、たつみと先々週、久しぶりに会った時に確認できたんで、よかったよ。最初ウチだと気付かなかったし。いやー、アレは気分よかったわ」
「それが卒業以来の再会、ということですね。そこからすんなり仲良くできるものなんですね」
「ウチはそういうの得意だからね。でもこれ以上近づくことはないよ。むしろ同じクラスで、しかも今は『特命班』で活動してるんだから、琴音ちゃんの方があいつと親しくなってもおかしくないと思うけどね」
「でも私、まだ名前どころか、名字ですら呼ばれてないです……」
消え入りそうな声で北條は現状を伝えた。
「あ、そうか、『委員長』なのか。そろそろ名字で呼んでもいいのにね。今度ウチからも言っとくよ」
「いえ、それは……呼び方については、その人の考えによるものですし、個人の自由ですし……」
明らかに土本を意識していると分かる反応。
それを見た梅里は、北條の心の内を察して、自身の方が身悶えしそうになる。
「くっ……あの朴念仁め。琴音ちゃんにこんな思いをさせるとは、実にうらやま、もといけしからん奴だわ」
「うらやま? あの、本当にそれについてはあまり気にしないでいただけると」
「そう? 琴音ちゃんがそう希望してるなら、ウチも特に介入しないけど。なんかモヤモヤするんじゃない?」
「それは……そうなんですが」
「んーまあ、いずれその呼び方が変わってくる可能性はあるね。そこは2人の距離感次第じゃないかな?」
「距離感……ですか」
「うん。一緒に仕事してるわけだからさ。そのうち、距離感は縮んでくると思うよ。そうなれば、呼び方も変わるんじゃないかな。少なくとも、委員長って呼び方ではなくなるって」
「そうですかね……」
「さ、それより仕事。三脚をここに乗せて、レンズをあっちに合わせればいいんだよね?」
概ね聞くべきことを聞き終えたと判断した梅里は、そう言って仕事を再開した。
「あ、はい」
梅里は自ら机に上り、三脚を立ててカメラの向きを調整し、レンズを放送室に向ける。
そして、オートフォーカスでピントを合わせた映像を慎重に確認し、レンズの中心を微調整して再度映像を見て、映像に満足したところで録画を開始し、カメラがブレないようそっと机から降りる。
その手際は、土本以上と言っていいほどのものだった。
もし彼女が、「特命班」に来てくれたら。調査する上でこれほど心強いことはないだろう。
「よし、こんなもんかな?」
「そうですね、ありがとうございました」
仕事が一段落したところで、北條は梅里に、少し深刻な顔をして問いかけた。
「あの……もしよかったら、なんですけど。梅里さん、『特命班』に加わっていただくことって可能ですか? 梅里さんに来ていただけると、非常に助かるんですが」
それは、「特命班」への加入の打診。
当然、これが受け入れられる可能性が低いことは北條も承知している。
しかし、それでも一度聞いてみたい、駄目もとで聞いてみたい、少ない可能性に縋りたい。そのくらい北條は思い詰めていた。
「あー、それはちょっと難しいかな。ウチは一応、菅野先輩の下に付いてるわけだし、その立場でありながら、海野先輩の下に……とはいかないまでも、そっち寄りに行ったらやっぱりまずいと思うんだよね。聞き取りで臨時の手助け、とかならまだ言い訳は立つんだけど、『加入』しちゃったら、ね」
「そうですか……すみません、こんなこと聞いてしまって」
「いやいや、全然。声を掛けて貰うのは嬉しいよ、ありがと。ちょっとした手伝いくらいなら全然やるから、いつでも声掛けてね」
時間は4時半。とりあえずやるべきことは終わったため、北條は自分の教室に戻ろうとする梅里にもう一度礼を言い、帰り支度をして駅へと向かった。
帰る途中、北條は先ほどの梅里への問いかけ、特命班加入の打診について深く後悔し、また、反省していた。
現状既に菅野の元で多忙な日々を送る梅里に対し、自らの都合で更に仕事を増やす、余計な負担をかけさせるような話を持ちかけたのは軽率としか言いようがない。
自分が少しばかり仕事に負担を感じているからと言って、それを他人を巻き込むことで解決しようとするなど。恥ずべき行為だ。
さして能力のない自分がすべきことは、既に能力を持ち、それを活かして活躍する人達に対して、その仕事を助けること。それを妨げないよう補佐に努めること。
自分1人でも、やれることはやっていかないといけない。そうしなければ、自分がいる意味がない。
そこまで思い詰めて、早足で駅へと向かっていた。
その北條の後ろ姿を、梅里は英語科クラスの窓から眺めていた。
「はあ……どうしたもんかね。うぶな娘と唐変木じゃ、なかなかうまいこと進まない、ってことかな」
校門から左折して出ていくところまで見届けて、ようやく窓から離れ、手に持っていたトートバッグを胸に抱きしめながら一回転半ターンをした。
「あー、それにしても、かわいいったらありゃしない。たつみからひっぺがして、ウチが貰っちゃいたいくらいだわ。……いや、マジで貰っちゃおうかな」
席に戻る途中で、一瞬本気で考えるような表情になった。
「こういうことには、本来深入りすべきじゃないんだろうけど……ま、これも人生経験ってやつかね」
溜め息をひとつ吐いて、大きな荷物を背負って教室を出て行った。




