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事件その1 教室荒らし(1) 事件編

 事の起こりは1か月前に遡る。


 冬休み明け、1年3組の教室はかなり派手に荒らされていた。

 教室後方のロッカーはほとんどが扉が開けられ、中身がそこら中に散らばっていた。机と椅子の配置はめちゃくちゃになり、窓ガラスが2枚割られていた。


 現場の第一発見者は、いつも一番最初に登校する土本であり、彼は教室に入ってすぐ異常を発見し、その日早出で来ていた教師に状況を伝えに職員室に向かった。土本から連絡を受けた教師は現場の教室を確認した後、他の教室の確認に向かった。その際、土本に対し、後から登校してくる生徒に盗まれたり壊された物がないか確認させるよう指示した。

 

 結局、盗まれた物はなかったが、ロッカーから放り出された文房具等の個人所有物が破損していた。おそらく落下の衝撃あるいは踏まれたことが原因だろう。

 また、それらを片づけている途中、床にたばこのものと思われる焦げ跡が数か所、さらに吸いがら数個が発見された。それ以外の証拠品は発見されなかった。

 部外者による犯行とも考えられたが、盗まれた物がないことから、今回は警察への通報を見送り、理事会へ報告した後に緊急の職員会議を行って対策を考える、との連絡が、学級委員を通じて生徒に伝えられた。


 警察への通報を見送ったことから、始業時間後も現場をある程度保存していた1年3組の担任と生徒達は、本格的に教室内の片付けを開始した。その最中、ロッカー、机ともに被害を免れたある生徒の存在にクラス内の数名が気づき、疑いの目を向けだした。

「なあ、なんで土本だけ無事なん?」

 それはすぐさまクラス中に伝わった。

 確かに、土本はロッカーを開けられておらず、机の中も特段荒らされた様子はない。ただし、正確には無事に済んだのは土本だけではなかった。

 ロッカーは自前で錠を用意しておけば施錠が可能な形状であり、開けられずに済んだ者は錠を取り付けていた数名で、土本に限った話ではない。

 また、机については窓際及び教室の後方のみが荒らされているため、どちらにも該当しない土本は偶然難を逃れたに過ぎない。

 

 昼休み、クラスの中でも行動力のある存在である宇野が、1人の生徒に声を掛けた。その生徒は他でもない、土本である。

「おい、ヤマアラシ。今朝の件、犯人はお前だろ?」

 その口調は犯人を責める風ではなく、むしろ土本をからかうような、相手の自尊心を傷つけるような、そんな調子だった。

 周りのクラスメイト達は、土本に対する疑いを本気にはしないまでも、土本の返答に何らかの期待をしているように見える。

 席に座って文庫本を持ったまま、返答なく宇野を軽く睨んだ土本に対し、宇野はニヤつきながらさらに続ける。

「今謝れば許してやるからよ、な? 正直に言えよ」


 土本がこの手の嫌がらせを受けるのは今回が初めてではない。それはこの「進学クラス」において、過半数を占める中等部からの生徒、すなわち内部生の一大派閥に含まれない、高校から受験して入ってきた外部生だからである。

 さらに彼は特待生で授業料免除となっている為、元々富裕層が通う学校の、更に上澄みとも言えるこの進学クラスに、外部から来た貧民が混じっていることを快く思わない者が少なからずいることも理由であると言える。

「俺は無実だ」

 土本は宇野や周りの者の顔をゆっくり見回した後、溜め息をひとつ吐き、周りの者にも聞こえるような、やや大きめの声でそう言った。

 だが宇野は更に続ける。

「けどなあ、状況から見て不自然すぎるしなあ。うちのクラスだけ狙われるなんておかしいだろ? それに、お前には『動機』があるし……」

 「動機」という言葉に、土本がぴくりと反応した。

「最近、内部生に成績で押され気味で、生徒指導からお叱りが来たらしいじゃねえか。逆恨みには充分な動機があるってことだよなあ」

 周りの生徒達も宇野の話に同調するように、土本に冷たい視線を向けた。


 だが土本は、そういった宇野や周りの生徒達の圧力に怯むことなく、不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「ふん、何かと思って黙って聞いてやれば、結局なんだ、お前の憶測を発表しただけか。お前、よく恥ずかしくねえな」

 宇野が言い返そうとするのを遮るように、立ち上がって宇野に睨みをきかせ、所謂「ガンをつける」というのをしてみせた。

 立ち上がってみると、土本は野球部の宇野と目線の高さが変わらない。いや、むしろ土本の方がやや高い。その土本にガンをつけられて、当初勢いのあった宇野も若干怯んだ様子が見られる。

 そんな宇野の顔に自らの顔を近づけながら土本は続けた。

「俺を疑うんなら、証拠の1つでも持ってきたらどうだ? 出してみろよ、証拠をよ」

 そして、周りの生徒達に向かって、一段大きな声でこう言い放った。

「なんなら他の奴でもいいぞ? 客観的に見て納得できるような証拠を出せるんなら、お前ら低能どもの糾弾会に、いつでも応じてやるよ。できるんなら、な」

 「お前ら低能ども」とクラスの大部分を敵に回すような土本の発言と、さらに宇野を煽るようなその口調により、教室内に険悪な空気が広がった。


 そこで、見かねた学級委員の北條琴音が2人の間に割って入った。大きな男2人の間、ほんの10センチ程度の隙間に強引に割り込み、宇野に向かって毅然とした態度でこう告げた。

「宇野君、証拠もなしにクラスの仲間を疑うのはよくないと思います」

 続いて土本の方を振り返った。

「土本君も、さっきのは言い過ぎですよ。疑われて怒る気持ちは理解できますが、低能というのは良くありません」

 そして2人の間の隙間をさらに押し広げた。

「さあ、この話はここで打ち切りにしましょう」

 やや強引に北條に打ち切られた形で、土本に対する吊し上げは中断されたが、宇野の方はまだ何か不満そうな面持ちであった。土本は、北條に逆らう様子もなく、黙って従った様子で椅子に座り直した。

 放課後、相変わらずの険悪な雰囲気に辟易した様子で、さっさと帰ろうとする土本を、北條が呼び止めた。

「土本君、ちょっと用事があるので、この後生徒会室まで来て下さい」

 土本は黙って頷いた。

 クラスの面々は、その様子を見て口々に噂を始めた。

「おっ、『委員長』から直々の呼び出しだ」

「委員長が疑うんだから間違いないよねぇ」

「さすがの『ヤマアラシ』も委員長には逆らえねえだろ、ハハ……」


 北條琴音の正確な役職名は学級委員であるが、その風貌と言動がいかにも「委員長」という印象であることから、クラス内どころか学年全体からそう呼ばれているが、さすがに本人に直接言う者は少ない。

 一方土本辰巳は、若白髪の多い頭髪をソフトモヒカンにしていて、その見た目がヤマアラシに似ているということで、侮蔑の意を込めてそう呼ばれている。

 こちらは当人の威圧感のせいか、やはり本人に直接言うものは少ないが、それでも時々はそう呼ぶ者はいる。もっとも、当の本人はその仇名に対し、あまり気にしていない様子ではあるが。

 

 生徒会室は、新校舎の3階、東西に延びるその建物の、西の端にある。

 昇降口から最も遠い所にあり、通常は生徒が利用する部屋が近くにないことから、用のない者はまずここに来ることはない。

 土本が出入口の扉を開けようとすると、しっかり施錠されている。呼び出した北條は、まだ来ていないようだ。

 もっとも、1番に教室を抜け出してきたのだから、それは当然と言えば当然なのだが。


 壁に寄りかかって待っていると、数分後に北條が小走りでやって来て声をかけた。

「ごめんなさい、お待たせして。今、カギを開けますね」

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