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事件その2 ゲリラ放送(12) 第2回経過報告【前編】

 2回目の定例会の翌日。

 生徒会の常会に顔を出した土本は、先に来ていた梅里に声を掛けた。

「よう」

「おう」


 訳知り顔でニヤつく梅里に対し、一瞬礼を言うのを躊躇したが、そこは筋を通そうと、当初の目的を果たした。

「本当に、上手いことやってくれたんだな。いや、助かった。本当ありがとな」

「そうだな、うんうん、感謝したまえ。ウチにかかればこの程度、スパッと解決よ」


 大分調子に乗っているので、感謝の言葉はそのくらいで切り上げ、本題へと移った。

「でも……いいのか? 『特技』までバラしちまったけど。この調子であんまり使ってると、そのうちどんどん広まってくんじゃないか?」

「まあ今回は、成り行き上仕方ないっつーか。まあまだ知ってるのは、たつみと琴音ちゃんだけだし、知らせるのもここまでにしとけば大丈夫っしょ」

「軽いなあ。まあ、俺も委員長も、外に漏らすことはないから問題ないけどな。それと、その備品の件もありがとな。中身のチェックまで付き合ったんだって?」

「そそ。アレは重かったわー。2人がかりでやっと積み下ろしできたわ。とりあえず、あれで備品は全部ってことでいいんだっけ」

「そうらしい。あとは、去年10月以降の件は、あおいの情報も含めて色々考えた結果、犯人候補が3人まで絞れた」


 昨日の時点で判明したばかりの事実を、早速梅里には明かしてしまった。それは、梅里のこの調査への多大な協力に対する、御礼の意味もあった。

「えっ? じゃあもうほぼ決まりじゃん」

「だけど、犯人はこの人だって言える証拠がまだない。『2人』ってのも、あおいの情報でしかないしな」

「証拠ねえ……じゃあやっぱりそこは、再度聞き取りでやるしかないってことか」

「そうだな。まあ、それは先週の話の通りだな。放送の件が片付いたら、そっちに手をつける」

「うん。ウチはいつでもいけるから、その時が来たら、連絡よろしく」

「うん。あと……」

「ん?」

「会計の小瀬先輩のことなんだけどさ。小瀬先輩って、この件で疑われてたのか?」


 土本は、何気なく、昨日新たに知った件を梅里が知っているのか、確認するだけの、ほんの軽い気持ちから聞いてみただけだった。

 しかし、その質問をした途端、梅里の顔色が変わった。


「……そうだよ。でもウチはその話、好きじゃない。アンタもその話、あんまりウチに向かって言うのはやめてくんない?」

「えっ、そんなにか。あれって、一体誰が言い出したんだ……」

「2年生、その中でも『反体制派』だろ。あいつら、陰湿だし」

 生徒会内に、「反体制派」がいる。初耳だが、いても当然といえば当然ではある。

 現生徒会役員が片桐個人のカリスマの影響下にある集団となれば、尚更反体制派は結集しやすいだろう。

 そして、「あいつら、陰湿だし」とまで言われるとなると、少なくとも梅里視点では、両者の確執は深刻なのだと推察できる。


「そんな集団がいるのか……で、委員長から聞いたんだけどさ、見た目がよろしくないのと変人エピソードが原因でそんな扱いされてる、ってのもマジなのか?」

「言うな。胸が悪くなる。……そうだよ、マジでそれだ。ウチも菅野先輩も、それについてはマジでムカついてる」

 これで、昨日の北條の話は裏が取れた。小瀬先輩が疑われた理由と、菅野先輩がそれを嫌っていることの2つ、これは間違いなさそうである。


「ひでえな。それ、会長は知ってるのか?」

「わからない。ウチや役員は、会長の耳には入れないようにはしてる。んー、だけど、もう知っちゃってるかもね。いくらウチらが情報を堰き止めていても、校内にいりゃ、そういう噂が耳に入っても不思議じゃないから」


 この話題において複数回名前が挙がった「菅野先輩」について、土本はまだよく知らない。

 少なくとも、「言い掛かりを嫌う」「ムカついてる」という表現と、本人の外見がどうも一致しない。


「ところで、菅野先輩って、あそこにいるちっちゃい人だよな? 大人しそうな感じだけど、そんなムカついたのを表に出したり、そういう悪い噂をはっきり咎めるような人なのか?」

 土本は、教壇脇にいる、梅里と同じくらい小さい女子生徒を指して言った。

「なんだ、まだ知らないんだ。普段はぽわぽわしてるけど、現生徒会で一番の武闘派、頭も体も体育会系の人だよ。正直キレたら一番ヤバいのは会長じゃなくて、あの人」

「ええ……そうなのか、聞いといてよかった」

 確か、北條の説明では、英語科で英語スピーチもできる人、ということのみで、危ない人という情報はなかった。それは北條があえて説明を省いたのか、それとも武闘派という要素を重視していないのか。

 いずれにしても、土本はまた梅里の情報に助けられた。


「気をつけなよ。一旦キレ始まったら、誰にも止められないからね。あっ、ちなみにフルコン空手の黒帯な」

「えっマジかよ、気をつけとく」

 

 そんな話をしていると、北條が近づいてきた。

「どうしたんですか? そんな大きい声を出して」

「琴音ちゃん、こいつにもそろそろ、生徒会の人の詳しいこととか、内部事情とか、ちゃんと教えといた方がいいって。菅野先輩に失礼なこと言って、後でフォローさせられたら、ウチらは大変だよ」

「えっ? どういうことですか?」

「菅野先輩はバリバリの体育会系で、なめた口聞いたらキレられるって話。小瀬先輩の件、こいつ今の調子だったら直で菅野先輩に聞きに行きかねないよ。ヘタに身内を疑うような話したら、あの人マジギレするからね」


 梅里は、土本が菅野に対して失礼をしかねない、という話をしているが、その意図は、その前の話、調査の進行状況を土本が特命班の外部の者である梅里に漏らしてしまったこと、小瀬が疑われている件を梅里が詳細にバラしてしまったこと、その2点から焦点をずらすための話題逸らしであって、そのためにあえて土本を下げていると推察できる。

 北條には見抜かれる可能性はあるが、梅里はその話の中で嘘を言っているわけではない。ただ、その意図は土本にも察することができるくらいのわかりやすいものだった。


「いやそりゃ、俺聞いてねえもん、知らねえし。大体ほとんどの役員と話もしたこともねえし」

 土本も若干わざとらしく、梅里の意図を汲んだ上で反論してみせた。

「そうでしたか。その件については、確かに知っておいていただくべきこととは思います。でも今は常会前なので、今のところはお静かに」

「はーい」

 北條からの注意を受けて、2人は素直に話題を打ち切った。

 常会終了後、北條は説明会があるため、生徒会室に残っている。

 そこへ、土本が声を掛けに来た。

「この説明会の後、ちょっと話しようか。思うところがあって」

「はい、ではこれが終わったら教室に行きますね」

「ああ、頼む」


 そう言って、土本は1年3組の教室へと向かった。

 そうして自分の席に戻って一息ついた瞬間、誰かが教室に入ってきた。

「おいっす!」

「うわっ」

 開口一番、大きな声で挨拶をした。

 それは他でもない、梅里だった。


「なに、その反応は」

「お前さ、ヒトの教室に入ることに遠慮とか抵抗とか、そういうのはないのか?」

「いや、全然」

 あっけらかんとした調子で梅里は答えた。

「で、なんだ、何の用だ」

「まだ話の続きじゃん。生徒会役員の、特に菅野先輩に関する詳しいところとか、生徒会内部の裏事情とかの話」

「は? だってあれは」

「あれが誤魔化すための方便だと思った? 違うね、本当に知っておいた方がいい話だから、伝えとこうと思って。琴音ちゃんはどうもこういう話に疎そうだし」

 

 それはその通りで、北條は内部事情、とりわけゴシップ的な話には疎い。それを伝えてもらうのは、土本にとって確かにありがたい。

「……うん、まあそうだな。でもそんな重要な話か?」

「超重要。備品の件が拗れてるのも、これと無関係じゃないと思う」

 備品事件に関係する話となれば、土本は無関心ではいられない。

「それは……興味深い」

「でしょ? まあそういうわけだから」


 梅里は、教壇に移動しながら首を傾げる。

「さて、どこから話そうかね。体制派と反体制派の確執、この辺からかな」

「そんな『確執』というほどのものがあったのか……」

「そうだよ。まあこの『体制派』ってのも語弊があるけど、言い換えるなら『片桐派』だね。そう呼ばれるのは会長にとっては不本意だろうから、今は『体制派』って呼ぶことにするけど」

「不本意……いまいち、全容が見えないな」


 梅里は教卓に手をついて、胸を張って話を続ける。

「まあ順を追って話すから、聞いてれば理解できるよ。事の起こりは、10月の生徒会長選挙。生徒会役員は、その任期満了の少し前に、次の生徒会長を2年生会員から擁立する、その候補を応援して生徒会の新体制を決める、それがここ数年の流れだった。そして、その擁立された候補っていうのは、毎回『内部生』だった。ここまで言えば、これまでの選挙の実態、なんとなく見えてくるでしょ?」

「はぁ、そういうことか」

 今までの選挙において、生徒会は自ら次の生徒会長候補を擁立。内部生がその候補を応援して票を固め、他の候補には票を流さないようにする。

 つまりは出来レースだった、ということ。


「その、『内部生』が毎年、生徒会の要所を押さえてしまう。あとは申し訳程度に外部生を1、2名役員に取り込んで、一応は外部生を排除してないよ、というアピールをしてたわけさ。ところが、去年ここに異分子が現れた」

「それが現会長、片桐先輩というわけか」

「そういうこと。外部生でありながら、内部生、外部生問わず絶大な人気、圧倒的な影響力。これに勝てる人材は中々見つからない。一応は女子人気の高い『プリンス』久保先輩を擁立したけど、まあ結果は知っての通り。1回目で過半数の得票だったから、決戦投票にも持ち込めずに、前生徒会役員側、後の『反体制派』は負けたわけだ」

「じゃあ、『反体制派』って……」

「そ。旧生徒会側ってこと。でも、擁立した久保先輩はそもそも生徒会活動に熱心なわけじゃない。役員の人選をする上で、久保先輩を副会長に置いたはいいけど、旧生徒会の意思を忠実に反映する人とは言い難い。そこで別の反体制派分子、内部生のエリートを要所に据えた。それがもう1人の副会長、海野先輩」


「うん? じゃあ……」

 そうなると、海野の立場がよく分からなくなる。反体制派分子として送り込まれ、それなのに会長の熱心な信者、ということになってしまう。

「まあ聞きなって。その他は、実務で定評のある菅野先輩を庶務に置いて、会計、書記は本人の希望をそのまま通した。そして、監査。どうも、会長から鶴巻先輩を役員に据えるようにという要望を出したら、蓋を開けたら監査になってた、ということみたいなんだよね」

「会長からの要望なのか……そこはもう少し情報はないか?」

「会長にとって鶴巻先輩は、以前からの知り合いってことしかわからない。会長はあんまり仕事に私情を挟むタイプじゃないはずだけど、こればっかりは私情としか思えないんだよね。で、この監査、鶴巻先輩なんだけど、実は常会以外で各役員と接点を持ってるみたい」

「えっ、そうなのか」

「一見仕事してなさそうだけど、『監査』という肩書きを無視すれば、割と生徒会役員としてそれなりに働いていると言えなくもない、かもね。だからサボってても誰も問題にしない」

「へえ……」


「で、旧役員の思惑はさておき、新体制がスタートした。その所信表明の場でぶち上げた会長の『新体制の方針』が、体制派と反体制派の対立を決定的にしたわけだ」

「あれ、なんか言ってたっけ?」


 生徒会長の発言に興味がない、記憶にないといった感じの反応を示した土本に対して、梅里は呆れて言った。

「あんた、生徒会のことに興味無さすぎ。『内部生も外部生もない、全ての鴎翔(おうしょう)学園生は対等だ』って宣言して、今後お互いを内部生、外部生と呼ぶのをやめて、鴎翔生と呼び合おう、って言ってたの、覚えてない?」

「ああ、そんな話だったな。まあそれが理想だろうとしか思ってなかったし」


「……ウチははっきり覚えてる。でもウチはその時、新生徒会長が最初に大きなことを言ってみただけの、ただの綺麗事だと思った。そうとしか思えなかった」

「まあ、生徒会長の発言って、概ねそんなもんだろ。綺麗事と言うか、理想論みたいな」

「……でも、そうじゃなかった。綺麗事でもビッグマウスでもない。会長は大マジにそうしようと思って、みんなの前で言い放って、その通り実行した」


「理想論を現実にやった、ってことか」

「会長自ら、内部生や外部生という一言に反応して睨みを効かせて、同じ鴎翔生だろ、と一々訂正していった。圧をかけたとも言えなくもないけど。で、会長の賛同者、それは生徒会だけじゃなくてファン連中も含めてだけど、同じように一々訂正していったんだわ。結果、内部生がどうとか、外部生がこうとか、そういうことを皆んな段々言わなくなった。そしてそれは、単に生徒の発言内容の変化だけじゃなく、実際の生徒内の関係性、生徒間の格差にも変化をもたらした」

「ん? 大分話が大きくなってきたな」


「内部生とか外部生とか、そういう差別的な発言とか、『内部生が一段上』みたいな、そういう物言いをやめさせた。その結果、今まで誰かが明言したりどっかに明文化されてたわけじゃないけど何となくそういう空気になってた、『内部生と外部生の格差』、つまり内部生が一段上みたいに扱われているような、そういう風潮があったのが、会長の活動によって無くなっていった」

「すげえじゃん」

「そうなると、旧生徒会側としては面白くない。それどころか、自称・外部生より優秀な生徒の皆さんである『内部生』の沽券に関わるよね。まあ知ったこっちゃないけど。それで、反発した旧生徒会側に属する反体制派と体制派は対立することになったってわけ」

「ほうほう、そういうことか」

「で、体制派はそれとは別に、学内のトラブル、揉め事をまめに拾って、解決に努めた。そこに内部生と外部生の軋轢、差別に起因するものがあれば、殊更その根本を正すようにした。結果、以前より内部生と外部生の軋轢は目に見えて少なくなった」

 それは土本も実感していた。確かに、「外部生が云々」と面と向かって言われることは、11月以降急に少なくなっていた。


「そういうことだったのか……」

「すごいよね、数か月で校内の空気をガラッと変えちゃった。それは、まだ完全に浸透したとは言えない。でも、確実に空気は変わった。そんな中でも1番変わったのは、会長に近いところ、生徒会役員かもね。完全な反体制派だったはずの海野先輩が、新体制発足後1月あまりで会長のファンになってた」

「寝返ったのか」

「そういうことになるね。内部生の集まりである反体制派、しかも内部生のエリートが寝返ったとなれば只事じゃない。元々そこまで内部生寄りじゃなかった久保先輩も、早々に反体制派とは距離を取ってたし。そうなると、現体制に反体制派はいなくなる、と」

「ほう、そりゃあちらさんとしては面白くないだろうな」

「だろうね。でもこれで、既に連中の役員に対する影響力は大分落ちた。それからは、あっち側の動きはもっぱらイメージ戦略、と言ってもそれはほぼ『嫌がらせ』だね、そういうことをやってきてた。ウチが加入したのもその頃だけど、表には出ずに体制派の悪い噂を流すみたいな、そういうことをやってるっぽい」


「……それが、小瀬先輩の件に繋がってくるってことか」

「そう。実は年末から噂の出所について、ウチと菅野先輩が探ってたんだわ。先週までそれをやってて、噂の元がどの辺かまでは分かった。けど、結局大元までは辿り着かなかった」

 梅里の「仕事」の件について、土本はこの話で初めて知った。生徒会側では、「反体制派」について探っていた。事件とは別に。

 いや、これは生徒会としてではなく、菅野の独断か?

 そして、説明会において、「特命班」にそのことを知らせなかった。それもおそらく、何らかの「意図」があって。


「それでも、『反体制派』が流した噂、と言える何かがあったってことか?」

「まあね。噂を誰から聞いたか、それを順に辿っていくと、必ず内部生のコミュニティに行き着く。だから元がそこなのは確実。でも噂の出発点については皆口を割らないからね。怪しい奴を1人か2人捕まえてきて、ちょっと痛めつければ言うかもだけど、それをやったら会長にも迷惑が掛かるし」

 急に物騒な話になってきた。

「穏やかじゃないな。一応聞くけど、それ冗談だよな?」

「流石にウチはやらないけど、菅野先輩はやりかねなかったね。年明けには噂の出所に近いっぽい人間からナメられたとかで、早速キレかけてたし、いやもうほぼキレてて壁殴ってたし」

「ええ……大分ヤバい人だな、もう人を殴る一歩手前じゃねえか」

「まあとにかく、それが現状ってこと。あっ、そうだ。そもそも小瀬先輩は内部生なんだけど、体制派へのイメージダウンのためなら内部生の役員の足も引っ張る、それが今の反体制派のやってることってわけだ。もうあいつらは本来の目的を見失ってるね」

 そうなると、最早反体制派は内部生の復権を目指す集団ではない。体制に反発するだけの抵抗勢力、抵抗そのものが目的化した連中、ということになる。


「その、『反体制派』が、『本来優遇されるべき、外部生より上にいるべき』と考えてる『内部生』、言わば味方のはずの人間だろうが、体制派、現生徒会長にダメージが与えられるなら、構わず攻撃対象にする……ってことか」

「そういうこと。まあ、連中がそういう工作をしてきたところで、体制派の活動は着実に現状を好転させているから、連中の影響力は大分薄れてきた。そこはいい傾向だと思っていいだろうね」

「でも、まだ厄介ではあるな」

「そうだね、連中は依然として厄介な存在、という意識は持っておいた方がいい。で、その厄介に関することで、一つ問題がある」

「ん? なんだそれ」

 土本は、その梅里の含みを持たせるような言い方が気になった。


「海野先輩は、会長のファンにはなったけど、『内部生』のまま、ってこと」


 急におかしな話が出てきた。

「は? どういうことだ?」

 土本は、流石にその筋の読めない話を聞き、声が裏返ってしまった。

「まだエリート感覚は抜けてない。会長に心酔してても、あの人の中には、内部生は優秀なんだ、外部生みたいな凡百の徒(ぼんぴゃくのとし)とは違うんだ、って部分がある」

「矛盾してんじゃん。会長の方針と真っ向対立してるだろ」

「そう。その矛盾をまだ抱えてる。本人の中には葛藤があるだろうけどね」

「それって、『特技』から分かったことか?」

「これは違う。でも、言葉の節々から伝わってくるものがあるんだわ。外部生のウチや菅野先輩を軽んじてるのも、逆に内部生の琴音ちゃんを一年なのに重用するのも、それが根底にあるんだろうさ」

「そう……なのか」

 確かに、特命班の説明会において、北條に強い権限を持たせたのは海野であった。そこにこういう背景があったとなれば、その理由も合点がいく。外部生を軽んじている、というのは知らなかったが。


「外部生で察しのいい人じゃないと、この辺は分かりづらいかもね。でも菅野先輩はもう気付いてるし、表には出さないけど、それについて結構ムカついてる」

「おお怖っ」

「そして、反体制派と現在も通じてるか、その辺はわからないけど、逆に反体制派と完全に切れたという確証もない」

 

 海野の立ち位置に関する情報、反体制派との関連性に関する注意を受けて、土本はその前の情報との食い違いを感じた。

「えっ、でも今さっき『寝返った』って言ったじゃんか。それに、それを言い出したら……」

 寝返ったはずの人間が、まだ反体制派と通じている可能性を捨てきれない。それはそうだが、それを言うなら、久保も立場は同じ。その他の内部生である役員も同様だろう。

「そこから先は、特命班の仕事だろうから、ウチからはどうこう言うつもりはないよ。でも、『反体制派』の動き、その影響は意識しておいた方がいいと思う。それがウチからの助言その1、な」

「助言その1」ということは、それ以外にもあるということなのだろう。


「じゃあ、『その2』もあるのか?」

「まあね、でもこれは簡単な話。会長、片桐先輩の考えについて。会長は、実のところ、自分のところに皆の意識が、いや意識っていうか憧れや期待みたいな、そういうのが集中するのをあまりよく思っていない。それだと、自分が任期を終えた後に、せっかく始まったこの、内部生と外部生の格差を解消する流れを、誰も引き継げなくなるからね」

 つまり、自分の任期中に始めた施策を確実に後輩に引き継ぐ、そこまで考えて行動している、ということ。


「だから、自分の影響力が増大するのを極力避けてる。あんまり仕事に積極的な姿勢を見せないのも、そういうことが関係してる」

「あれはそういうことか……」

 確かに、片桐は生徒会の仕事をバリバリやるという風ではない。元々仕事に前向きでないのかと思ったが、事情を知れば理解はできる。

「実際仕事はやろうとすればできるんだよ。庶務の仕事を一部巻き取ったりもしてるからね。まあとにかく会長は、自分の仕事やその成果と、個人としての自分が結びつけられる、そういうイメージを持たれるようなことをよく思わない、ってこと。だから、ファンの人が集まったところで、片桐先輩の名前を借りることは基本的にしない。体制派もあくまで『体制派』であって、『片桐派』ってカンバンは出さない。そんな感じ」


「へえ、先のことまで考えてんだな」

「そう。前生徒会役員までの流れを、たった1人で一蹴するほどの剛腕でありながら、先々まで考えた上で緻密な戦略を練っていて、抜かりがない。一見相反するような性質が、1人の人間の中で両立している。それも自然な形で。それが会長の魅力ってことさ。そして、『体制派』たる生徒会役員とその周辺者一同は、その会長の意向をあくまで尊重する、意向に反したことはしない。これが『体制派』の、それぞれバラバラな人らの中での、唯一と言ってもいい共通認識ってこと。だから実質『片桐派』なんだけど、さっきの話の通り、その名前は出さない。これが『その2』な。これ、重要だから押さえときなね」

「なるほど。覚えとく。で、『その3』以降はあるのか?」

「いや、もうない。けど、最後に一つだけ。会長のこと、傷つけたり泣かせたりしたら、他の人はともかく、ウチはただじゃおかないってこと、覚えときな」


 過剰とも言える反応。いくら梅里が会長に入れ込んでいるからと言って、そこまでするほどのことなのか。

「えっ、なんだよそれ。なんで会長にそこまで肩入れする?」

「余計なことは気にしなくていいの。とにかくウチは、会長のことを守るために生徒会で働いてる。あんたが生徒会で働くことについては、会長がそれを望んだことで、それで会長の悩みが消えるってんなら、それは歓迎する。でも逆に、会長の悩みを余計に増やしたり、傷つけるような結果になるとしたら……ウチはあんたを許せないかも」

 冗談を言っている顔ではない。今日1番の真剣な眼差し、殺気すら感じられる表情でそう言った。

「お、おう。わかった」

 そう返事するしかなかった。


「ふぅ、さて、これでウチは言うべきことは言ったから、帰るね。そろそろ琴音ちゃんも来るだろうし。そんじゃ」

 言いたいことを言い切った瞬間、梅里はいつもの笑顔に戻り、足早に帰っていった。

「お、おい」

 呼び止めようと立ち上がった時にはもう、教室を出てしまっていた。

 

 それにしても、梅里の最後の話が気になる。

 傷つけるというのはともかく。会長を泣かせる?

 あの人が泣くところなど想像できない。何かの比喩だろうか。

 そして、その梅里の過剰な反応の理由が不明である。

 仕事については剛腕かつ緻密、相反する性質が会長の中で両立している、と言っていた。

 その内面について詳しく言及されてはいなかったが、仮に、豪胆でありながら実は繊細なのだとしたら。実はその心の中に、弱さや脆さを抱えているとしたら。

 そういった一面を、まだ見ていない。土本は、会長のそういう一面、それもいずれは知っておきたい、そう思いながら、既に梅里が走り去っていった廊下の向こうを見つめていた。

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