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事件その2 ゲリラ放送(10) 3週目と新情報

 週末を終えてまた月曜日。特に何もない週明けとなる。

 いつも通り1番に教室に入り、後から来るクラスメイトの冷ややかな視線を感じながら新書に目を向けてやり過ごす。そして、北條も普段通りに登校してきた。

 休み時間中も、北條からのアクションはない。放送部からの回答を待っているが、それはまだないのだろうか。

 とは言え、こちらは木曜日までに回答が欲しいと言ってあるので、それまで回答がないのは何もおかしなことはない。


 先週末、梅里は「上手いことやっておく」と言っていたが、何をどう上手いことやっているのか、その確認のしようもない。北條は今のところ、機嫌が悪いというわけではなさそうではあるが、だからといってこちらから声を掛けるのも気が引ける。


 それよりも、明日が業者テストの日であることから、そちらの対策の方が優先すべきことである。

 生徒会の特命班ではあっても、あくまで学生の本分は勉強であり、それを疎かにはできない。

 まして土本は特待生であり、成績不振は立場を危うくする。

 出題範囲については何の告知もないが、せめてもの悪あがきのため、高校一年生用の単語帳の覚え直しをしておくことにした。


 火曜日。朝から午後2時過ぎまで業者テストを実施し、終了後は委員会もなく、皆早々に教室を出ていく。

 それでも部に所属している者は部活を始めるため、体育館とグラウンドは人が溢れている。そして校舎内にも、まだ少々人の行き来がある。


 今日はカメラを設置しなければならない日なので、少なくとも校舎内に人がいなくなるまで残る必要がある。しかしまだしばらく人が消える様子はないため、土本は一旦教室を出て、普段は行かない屋上へと向かった。


 そこで、土本は興味深い光景を目にした。

 新校舎、つまり今土本のいる校舎の屋上から旧校舎までは50メートルくらい離れている。その屋上の端っこに、2人の生徒がいるのが見える。


 男子生徒と女子生徒。

 女子の方は、見覚えのある赤いパーカー。

 男子の方は、見慣れない顔、茶色の角刈り。

 その2人は、随分と親しげに、屋上の手すりに寄りかかるように、並んで座っている。

 遠いためにはっきりとは見えないが、楽しげに談笑しているようだ。


 階段を登った先の風防の陰から、しばらくその様子を見ていた。

 が、趣味の悪い覗き行為だと気付き、その2人の様子を目に焼き付けてからその場を離れた。


 校舎裏に移動して、先程見た光景について色々考えてみた。

 会長が、人と談笑するところを初めて見た。会長もあんな顔をすることがあるのか。

 生徒会で常に周囲に睨みを効かせ、普段は滅多に笑わない。そんな彼女が、あんな風に口を大きく開けて笑うなど、今まで想像すらしなかった。


 そして、隣にいたあのヤンキーは誰なのだろう。

 会長と親しい、そして普段会長が人に見せない姿を晒すことのできる人物、それは一体何者なのか。

 いや、今思い出すと、前にも見たことがある。

 おそらく会長とタメ、一学年上の人間なので、おそらくは数回、校内で見たことがあるかもしれない。残念ながらそれ以上のことは特に何もわからない。


 そろそろ校舎内の生徒も概ねはけただろうか。

 一度様子を見に行ってみようと思い立ち、教室へと足を向けた。


 廊下を通る人はおらず、教室に入ってみても誰もいない。だが時間は3時半、まだ誰か戻ってくる可能性がある。

 その時間まで様子を見るため、自分の席で数学の参考書を開き、練習問題を解きながら時が経つのを待った。


 4時15分になり、そろそろ頃合いかと思い、勉強を中断して机の上を片付けた。

 北條のロッカーからカメラと三脚を取り出し、廊下側の机を並べ替えて足場を作った。

 その時、北條が教室に戻ってきた。


「あっ……もう、カメラの設置、始めてるんですね」

 どこかぎこちない感じで、北條の方から土本に話しかけた。

「ん、ああ、もう残ってる人もいないし、そろそろいいかなって」

「そう、ですね……」


 気まずい沈黙が流れる。

「あっ、先週は、どうもすみませんでした、待っていただいたのに……」

「えっ、いや、うん。それは、大丈夫」

「あっ、あと……梅里さんのことも……お話、お聞きしました……」

「えっ?」


 梅里がどこまで話したか。それによって取るべき対応が大きく違ってくる。

「中学校の同級生……なんですね。同級生と言っても、1学年13クラスもある大きな中学校で、顔を合わせる機会もそれほど多くなく、互いに進学先までは把握していなかった、と」

「ん、そうだな。俺も自分から話したりしないし、聞きもしなかったからな」

「彼氏さん、もいらっしゃると」

「あ、そこまで聞いたんだ」

「それで……あの、腕に掴まっていたからといって、特別親密というわけではないと……」

「うんまあ、そんな感じ」

 土本は、努めて余計なことを言わないように気を遣い、相槌程度の反応に留めている。


「すみません……誤解していたところがあったようで……」

「いやまあ、誤解されるのも当然だと思うよ、うん、わかってもらえればいいんだ」

 土本の緊張がいくらか解けた。梅里は、確かに上手いことやってくれたようだ。

 

「あと、『特技』のことも」

 

 来た。土本に緊張が走った。

「それも聞いたのか」

「はい。結果も聞きました」

 真剣な表情になった。

 それはつまり、梅里によれば、備品事件において役員のうち2人が関わっており、そして備品の隠し場所も明らかになった、ということも聞いたのだろう。


「あおいの言ったことは、正直証拠はない。それを信じる、ってことでいいのか?」

「少なくとも、嘘を言っているとは思えませんでした。正確性に欠ける点ついては、梅里さん自身も認めてましたし、あくまで参考情報としてですが、重要視していいかと。それに、梅里さんの言う通り、物置から備品が出てきた以上、少なくとも役員2名が関わっているのは真実と考えていいと思います」


 如何に人を信じがちな北條とは言っても、こういう超自然的なことについては流石に受け入れられない可能性があるのでは、と思っていたが、意外にもすんなり受け入れていた。

 それは、梅里が日頃から北條の信用を積み重ねていたこと、そしてそれまで誰も知らなかった、備品の場所を言い当てたのが大きく影響しているだろう。


「うん、そうだな。それと、今の時点で、役員に対してそれ以上深掘りできないことも、理解してるということでいいか?」

「はい、まずは証拠集め、ですよね」

 北條は飲み込みが早いし、調査に関しては察しもいい。そのうち、土本の手を借りずに調査を進めることもできるだろう。


「そう。それと、優先順位は放送が先だ。おそらく2月前半までに3回目の放送があるから、それで証拠を得たらすぐに解決できるはず」

「そうですね、そのためのビデオですし」

 土本が足場となる机の並びを調整している間、北條はビデオカメラを三脚に取り付けた。

 その作業の最中、北條は昨日気づいたことを思い出した。


 先週発見した、備品盗難の資料に関して、生徒会から受領した資料と教頭から借りてコピーした資料の相違について。そして、そこから隠蔽工作の可能性を見出し、実行可能な者を役員の中から更に絞り込めたという件について。

 それを今、土本に伝えようかと考えたが、「優先順位」が低いことと、この件は木曜日に土本に伝えて話し合った上でまとめるべきであると考え直し、そのことは口に出さなかった。


 ビデオカメラの設置を終えると、2人は自然に帰り支度をし、2人で駅へと向かった。

 そして、帰りの道中で、2人はまた、たわいもない話をしていた。

 土本の中学時代の話、その頃連んでいた者らとの人間関係、梅里の性格と能力を知る上で重要なエピソード等、そういったものについて、土本が話した。その話の中、北條は時折興味深げに土本の顔を覗き込み、冗談を絡めたところでは笑ってみせたりしていた。

 駅に着くと、また電車の窓越しに手を振り合って別れた。


 先週末の険悪な雰囲気、それは完全に払拭されていた。

 梅里には、北條の誤解を解くという仕事を見事に果たしたこと、そして、リスクのある「特技」のカミングアウトに踏み切ったこと、それらについて、土本は心の中で感謝していた。

 

 帰りの電車の中で、土本は考えた。

 もしこのまま、放送の3回目がなかったら。

 放送がないまま、2月14日を過ぎてしまったら。

 バレンタインデーを過ぎたら、もはや2月に「季節のイベント」はない。そして、あまり遅らせると、もう一つの事件の方に取り掛かれない。

 そうなれば、証拠は無いが、容疑者に直接接触して追及すべきか。それとも、放送の方は諦めて備品事件に注力するか。

 いや、本当に14日まで放送がなければ、その時になってから考えることにすればいい。

 土本は結局、結論を先延ばしすることにした。


 翌朝、ビデオカメラを確認すると、やはり作業服の男は一旦放送室に入ってはきたが、特に何をするでもなく、すぐに出て行った。

 その間、CDデッキの端子を弄ったり、タイマーを設定した様子はない。

 ということは、今日の放送はないだろう。


 一応、昼の時間に放送がある可能性を考え、それに備えていたが、結局放送は行われなかった。

 

 まだ1月、そして来週もまだ1月なので、バレンタインデーの話をするには少々早い。

 それは理解しているが、どうしても逸る気持ちが抑えられない。


 やるなら早くやってくれ、そういってやりたかったが、本人に言うわけにもいかない。

 悶々とした気持ちを抱えたまま、土本は木曜の放課後、定例会までその状態のまま過ごすことになった。

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