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事件その2 ゲリラ放送(9) カンニングと苦い真実

 金曜日の常会終了後、土本とまともに話もせず、1人駅へと向かってしまった北條は、その道程の途中で珍しく後悔していた。

 そもそも自分が何に対して苛つき、何故あの時、土本と梅里が廊下に居た時に立ち止まりもせず通り過ぎてしまったのか、自分の中に明確な理由を見出すことができていなかった。


 一旦落ち着いて振り返ると、随分と感情的な、そして失礼な行動であった。おそらく報告後に少し話をするために待っていたであろう土本を置いて、自分が先に帰ってしまった。

 来週、何と言って土本に非礼を詫びるか、そして梅里にも何と話をするか。

 そんなことを考えながら、稲岡駅に着いた。

 北條にしては珍しく、現在時刻を見失っていたため、駅に着いた時点で時間を知った。


 いつもなら、電車の来る少し前を見計らって学校を出るため、ホームで長い時間待つことはない。ホームで待ちぼうけとなるのは、北條にとってあまり体験がないことだった。

 定刻通りなら、電車が来るまであと20分近く待つことになる。

 この時間を、ただ何もせずに過ごすのも耐え難い。そう感じた北條は、ホームのベンチに座って、土本から受け取った放送の書き起こしと、備品事件に関する資料のコピーを取り出して見た。

 放送の書き起こしについては、大分正確に記載されている。そして赤色ボールペンでチェックをいくつも付けている。

 そのチェックの意味するところは、いくつかのチェックの下に青色ボールペンで書き込まれている。


 内容は、DJピンキーのトーク内容、その特徴などから、本人の特定につながる可能性のある手掛かりを、些細なことに細かくチェックを入れてあるものである。

 その内容を総合すると、以下の通りとなる。


-----

 当時3年生、声質から女性でほぼ間違いなく、発音発声は訓練(放送に乗りやすい発声、訛りの矯正)されたものと思われる。

 性格は明るめであるが、若干情緒不安定気味。交際者は無し。

 また、同人のトーク内容から、在校中に児童養護施設におけるボランティア活動に積極的に参加している。

 進学先は関西の大学(神戸)。センター試験を受験していることから、進学先は国公立大学の可能性が高い。

 名字については、録音の時点ではタテカワ。


-----


 その後、内容の精査、別の情報と照合等を実施した結果、確実性の高い情報については、報告会にて役員に伝えた。

 しかし、そこでは伝えていない情報がある。それが不確定な事項、情報の中で着目してはいるが、それで直ちに何かわかるというものではない部分。

 土本は、書き起こしの最後にそれらをまとめて、DJピンキーの人物像を想像で書き記していた。


-----

 これは想像、憶測に過ぎないことをはじめに断っておく。

 ボランティア活動、とりわけ児童養護施設に関心があることからすると、おそらく彼女は家庭の事情を抱えているのだろう。家庭内不和、親との関係がうまく行っていない、そういった事情が考えられる。本人が養護施設出身の養子という可能性もある。

 情緒不安定なところや、話し方に早熟な面を感じることも、その家庭の事情が関係していると思われる。


 発声訓練をどこで受けたか、それは想像のしようもないが、親族に相談を持ちかけて紹介された可能性がある。

 地元を離れて親族のいる神戸に進学するのは、その家庭の事情から、地元に居心地の悪さを感じたからではないか。


 そして、犯人について。

 この録音をあえて校内放送で流した、聞かせたい人に直接CD-Rを渡さずにそういう手段に出たのは、渡せない事情があり、また、その事情を想像すると、「放送業界に進むことを考えている在校生に、なんらかの参考になればと、先輩であるDJピンキーの過去の録音を聞かせることを考えた」ということかと思われる。


 DJピンキーの音声をあえて選択した、またはそれしか入手できなかった理由を考えると、犯人は彼女と非常に近い人物、親族と考えるのが最も合理的と言える。そして、その音声を聴かせたい対象者もまた、同様に近い人物、親族の可能性が高い。


 しかし、それならば、DJピンキーを呼んで直接その生徒と接触させればいいはず。

 それができないのは、親族関係の事情がそれを妨げているか、あるいはDJピンキー自身に重大な問題(?)が発生したか。


-----


 その後判明した、タテカワの名字が変わった件を踏まえて考えると、家庭の事情、というのはおそらく当たっている。

 やはり土本は調査、推理に対して非常に有能である。そのルーズリーフを読んで、改めて確信した。

 この「想像」について、最初の部分は当たっていた。その後の内容も当たっているなら、あとはそれに沿った証拠を見つければよい。


 仮に、DJピンキーの正体が判明したら、本人に直接連絡を取れば、「犯人」に辿り着くのは容易だろう。名簿から、タテカワの連絡先に連絡を取ってみることも可能なはず。

 しかしそれは、次の木曜日に土本と相談してみるべきこと。


 そして、気になることがひとつ。

 犯人が、ゲリラ放送に至った理由が不明瞭である。土本はそれについてある程度「想像」しているが、その中にある、「重大な問題」について何も書かれていない。想像のしようもないか、それとも、情報を伏せているのか。


 今さら土本が自分に対して意図的に情報を伏せる、何らかの「意図」を持ってそうしていると疑ったりするつもりはないが、何かしっくりこない。でも、何かあえて書かなかった部分があるように思える。

 

 続いて、資料のコピーに目を通し始めた。

 生徒会から受け取った資料については、その内容まで全て把握している。というか、記憶している。軽く目を通した限り、内容に差異はない、と思われた。

 しかし、最後の数ページで、北條は手を止めた。


(違う……)


 以前に受領した資料との、内容の違いを発見した。


 内容の相違があるのは、資料の最後、関係者からの聞き取り結果の部分。

 当初配布された資料では、持ち出しを疑われる状況を見た者は1人もいない、とされていた。

 しかし、コピーの方には、持ち出しに関する目撃情報が書かれている。


 生徒会新役員への引き継ぎ直後、ある2年生(Tさん)が、「何者かが箱を持ち出しているのを目撃した」と話している。しかし、その後の生徒会による調査の結果、それは不要になった物資の搬出ということで結論づけられている。


 本当に不要物資の搬出であれば、わざわざ記載を変える必要はないはず。これは明らかに、その事実を隠蔽するための内容の改変、改竄である。

 そして、この改竄は、実に巧妙に行われている。文頭はそのまま、文末までの字数も一致させて、内容から箱の持ち出し、不要物資の搬出に関する記述を消し、冗長な文章によって、同じ字数で、削った部分が綺麗に埋められている。


 目撃情報を話した生徒の名前は記載されていない。しかし、生徒会の2年生であることは間違いない。

 その「Tさん」にたどり着き、目撃状況を再度聞き取って調査すれば、持ち出しの日時、備品の搬出先などが分かるかもしれない。

 いや、それどころではない。「何者か」とぼかしているが、犯人を見ている。ならば犯人を特定することも可能なのでは。


 だが、この流れだと、犯人が役員である可能性が高くなる。

 土本に生徒会加入を持ち掛け、生徒会の常会に誘ったのは先週金曜日の朝。その日の放課後の常会で加入を承認され、そのすぐ後に事件の説明会があった。常会の前には、土本の加入の件も、備品事件の調査の特命の件も、誰にも話していなかった。

 事件の調査の妨害、撹乱を目的とした資料の改竄、と考えると、その意思決定と改竄の実行まで、ほとんど時間がない。

 常会の最中に改竄を実行して、説明会で配布するしかない。それが可能な人物は、当然役員のうち誰か、そしてその日の説明会の出席者。となると、大分対象者は絞られる。

 一体誰が?


 その時、車輪が線路の継ぎ目を踏み鳴らす音で電車の到着を知り、北條は慌てて資料をまとめて、間もなく停止した電車のドアを開けて乗車した。


 反対側のホームを見たが、そこに土本の姿はない。列車が到着し、向こう側のドアを発車まで見続けていたが、結局乗り込んではこなかった。

 道を示してくれた人、そして重要なことを伝えるべき人、その人は今、そこにはいない。

 それは事実として受け止めるしかない。

 せめて来週、それをその人に、的確に伝えるために、今すべきことは何か。

 考えた結果、北條はルーズリーフを取り出して、教頭から借りた資料のコピーと以前受領した資料の相違点、そして今後調査すべき事柄について、わかりやすい文面で記載することにした。


 その途中、調査すべき事柄を記載する途中、ふとペンを止めた。

 このまま調査すれば、生徒会役員の誰かを犯人として名指しすることになる。

 それが任務なのは承知しているが、それでも抵抗はある。


 できれば直視したくない真実がある。役員が備品事件に関与している可能性が濃厚であること。「裏切り者」がいる、そしてそれを自分たちが名指しする、そうせざるを得ないということ。

 今後必ず訪れるはずのその場面を想像すると、この先へ進むことに怖気付いてしまう自分がいる。


 ……今更何を迷うことがあるだろう。

 2つの事件を解決できるか不安を吐露した土本に対して、「大丈夫、私がついている」と大見得を切ったのは自分ではないか。

 

 頭の周りに霞のように浮き上がった不安を振り払うように頭を振り、北條は再びペンを動かした。


 その数分後。

 土本は、物置内の確認と梅里との無駄話のせいで、完全下校からすぐに駅に向かえば乗れたはずの、帰りの電車に乗り遅れた。


 夕方の時間帯で、昼間よりは本数が多い時間帯ではあるが、次の電車まで20分ほど待たなければならない。

 とりあえず、その待ち時間を、今日得られた情報を整理して、今後証拠を集めるための準備をする時間に充てることにした。


 だが、土本は憂鬱だった。

 梅里の「特技」を使って得られた情報は、北條にはその情報を得た過程から結果に至るまで、一切話すことはできない。どうにかして、「それを使わずに犯人にたどり着いた」という体裁を整えなければならない。

 そのために、もっともらしい理屈をつけて、その結果にたどり着く道筋を作るという無駄な作業が必要になる。

 それはまるで、カンニングしたテストの答えに至った理由を問われた時の言い訳作り、帳尻合わせをしているような、もやもやした不快感を伴うものであった。


 いっそ、北條にだけは真実を全て話した方がよいのでは、とふと思ったが、それは梅里の今後の立場を危うくすることになりかねない。

 確か、中学ではその「特技」を繰り返し使ったがために人間関係が悪化し、そのため一時土本ら不良仲間と付き合うようになった、という経緯であったと記憶している。さらに、嘘を見抜いた相手から逆に嘘つき呼ばわりされ、激高して大喧嘩を起こしたと聞いた。

 おそらく地元の公立高に行かず私立を選択したのも、その件と無関係ではあるまい。


 北條は信用に足る人物だが、だからと言って安易にこの事を知らせていいとも思えない。


 ならば、やはり理屈をつけるしかないのだろう。

 その理屈をつけるためには、犯人と名指しできるような証拠、そしてあの備品の隠し場所への道筋、犯人に隠し場所を自白させ、自ら案内させるような流れを作らなければならない。


 そのために取り得る方法、調査の方向性は2通り。

 1つは、◯◯先輩が備品搬出に関わっているという証拠、目撃証言を得る。

 もう1つは、もう1人の犯人あるいは関係者を明らかにして、やはりその証拠を得る。

 

 しかし、両者とも証拠を得られるという当てはなく、今から証拠を探したところで、梅里の言う通り、見つかる可能性は低いだろう。

 

 どこかに証拠が転がっていないか、または証拠の方からこちらに近づいてきてはくれないものか。

 そんな都合のいいことを考えてしまうほど、備品事件に関しては行き詰まってしまっていた。


 それとは対照的に、ゲリラ放送については順調に進んでいる。

 まだ放送部からの回答については聞いていないが、北條が動いているから、望ましい回答が得られるはず。

 

 ようやく到着した電車に乗り込み、土本はゲリラ放送を早期に解決するため、再来週以降に敢行されると思われるゲリラ放送の後、犯人に対しどう声を掛けて、どうやって自白させるか、あれこれと考えを巡らせ、それをルーズリーフに書き記していった。

 

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