事件その2 ゲリラ放送(8) 第1回経過報告【後編】
今日の常会は取り立てて重要な話はなく、終了後は役員以外は速やかに退室していく。
その流れで、退室しようとした土本は、丁度同じタイミングで立ち上がった梅里と目が合った。
梅里は口を開かず、目で「備品倉庫に行く」と合図したので、土本もそれに頷いて応えた。
2人が入室するや否や、梅里は急に土本に向き直った。
「ごめんなさい!」
いきなりの謝罪に、土本は面食らった。
「琴音ちゃんに指摘された通りだわ。突っかかったのはウチが悪い。更生した人間に対して不良呼ばわりしたのも悪い。それについては謝る」
大分潔い謝罪っぷりだった。
「ああ、うん、それについては、もう気にしてないから、大丈夫。……それと、俺の方も、済まなかった。さっきは、酷く失礼な物言いだった」
梅里の勢いにつられて、土本も深々と頭を下げた。
「うんまあ、ウチも気にしてないし、言ったことはお互い様ってことで」
両者同時に頭を上げて数秒の沈黙の後、梅里はクスクスと笑い出した。
「よかった、たつみは変わってないね。尊大で捻くれてるように見えても、一皮むけば素直で謙虚な子だわ」
つられて土本も笑い出した。
「なんだよそれ。人を子供扱いして。そういやあおいも、昔からそうだったな。後を引かない、さっぱりした性格。相変わらずだ」
梅里は昔から、こういう人間だった。人との距離感が近い。思ったことをズバズバ言って、人と衝突するのは日常茶飯事、でも悪いと思ったら素直に謝る。そして後には引き摺らない。
だから、あまり親しくない者にとっては第一印象はよくないし、その物言いを嫌悪して距離を置く。でも一旦距離が近づくと、その魅力に取りつかれる。人懐っこく、面倒見がいい、はっきりした性分。加えて見た目もいい。
その顔で褒められたら、皆悪い気はしない。いや、誰であっても嬉しいに違いない。
「ねえ、ところでさ。今調査してる事件って、どこまでわかってんの?」
「ん? そうだな、ゲリラ放送については、現場確認は済ませて、鍵がないと放送室に入れないことがわかった。で、鍵の持ち主から犯人を絞った結果、今の所は校務員の長谷部さんの可能性が高いかな、ってところまで。あと、備品の方は、まだ全然。内部犯行だろうけど、なんの証拠も見つかってないし、備品の行き先もわからない」
「なんだ。じゃあ、まだしばらくウチの出番はないな」
少々残念そうにそう言って苦笑した。
「そういうこと。今、委員長がそのことを役員に報告してる」
「へえ……それは、ちょっと聞いてみたいな」
今まさに生徒会室で行われている「報告」に対し、梅里は興味を示した。
「いや、聞いてどうする。報告はそんな面白いもんじゃないと思うぞ」
「内容自体はね。それよか、役員の反応の方に興味ある」
土本は嫌な予感がして、一応確認してみた。
「まさか……アレをやるつもりか?」
「そのまさか」
不適な笑みを浮かべてそう答えた。
「いや、アレは止めようぜ。真っ当な手段じゃない」
「でも今の時点で、備品の件は行き詰まってるんだろ? なんか、ヒントの1つでも見つかりゃめっけもんじゃん」
「アレは安易に使うなって止められてたろ。そもそも、何か分かったとしても、それを委員長にどう説明するんだよ」
土本の言う「アレ」というのは、梅里の「特技」のことを指している。
その「特技」とは、「嘘や誤魔化しを見抜く」というもの。
ある程度近距離で、顔を直接見ることができれば、それが可能であるらしい。
これは、心理学を応用した読心術や嘘発見器のような、何らかの技術的、学問的裏付けや科学的根拠があるものではなく、梅里の生来の能力であって、根拠については全く説明がつかない。
そして、本人によると「見えやすい心の持ち主」であれば、その者の発言が嘘である、または知ってて黙っている、と見抜くだけでなく、内心こう思っている、というところまで読み取ることができるらしい。
この報告の最中に、どうにかして中を覗くことができれば、特技を行使し、もし役員のうち誰かが関わっていた場合、それが分かる可能性がある、というわけである。
しかし、この能力については、2人の共通の友人である「龍吾」から、口外も使用も基本的に禁止されている。理由は、人に内心を覗かれていい気分はしないということと、悪用される危険性を考慮してのこと。
「それは、たつみの心のうちにしまっといてよ。あんたがバラさなきゃ大丈夫だって。それに、調査が行き詰まってんなら、使える手は使った方がいいんじゃん? 時間も限られてるわけだし」
人道的に問題ある上に、バレた時の影響が大きい手段を安易に使うことには抵抗がある。
しかし、梅里の指摘の通り、行き詰まっているのは確かで、時間もない。3年生が関わっているとしたら、卒業までには最低でも聞き取りまではやらなくてはならない。
「……報告会は既に始まってる、今から部屋には入れないぞ。覗くとしたら、どうやって覗く?」
土本は結局、「特技」に頼ることにした。
「ノってきたね。引き戸のガラスからだと、すぐにバレる。でも、上からならいける」
梅里は、生徒会室と廊下を隔てる壁の上部にあるガラス戸を指した。
「あの高さには届かないだろ?」
「届くよ。2人なら」
「えっ、まさか」
土本に、激烈に悪い予感が走った。
こういう時の悪い予感は大抵的中するもので、土本はこの覗き行為における足場役をさせられることになった。
「まさか、高校生にもなってこんなことをやるとは……」
「おっ、高さは丁度いいじゃん」
土本は肩車で梅里を担ぎ上げた。その高さからだと、部屋全体が見下ろせる。
「物音立てるなよ。用が済んだらさっさと撤収するからな」
「あいよ。おや、役員勢揃いじゃん。珍しっ」
「『監査』を除いてな」
「まあ、あの人がいないのはいつものことだし。それ以外はみんな来てるよ」
今日は、監査の鶴巻以外、全ての役員が揃って北條からの報告を聞いている。
2人は、北條の報告に耳を澄ませた。
「……現場確認の結果、放送室に入るには通常施錠されている廊下側の出入口から入るしかありません。室内に入るには鍵が必要ですので、犯人は鍵を持っている人のうちの誰かということになります。職員室にも鍵はありますが、許可なく持ち出して放送室に侵入するのは、今のところ現実的とは言えません」
「となると、犯人は放送室の鍵を持っている、或いは自由に持ち出せる人物、そして侵入して機器を操作する知識と、放課後から朝方にかけて時間的余裕のある人物、ということになります。放送機器の知識に関しては放送部員と顧問はあるものと推定されますが、教頭先生と校務員については確認できません。時間的余裕について考慮すると、放課後に校舎内を点検している校務員の可能性は、他の方より高いと言えます。あくまで可能性の話ですが」
「現在、調査は次の放送の準備の様子、それを記録化、証拠化することを考えています。放送室を撮影するビデオを毎日放課後に設置していますので、犯人が侵入すれば撮影できるはずです。また、放送内容から、収録目的や、録音時期、『DJピンキー』の正体について、そのヒントをできる限り抽出しました。詳細については、お手元のレジュメを参照願います。……結果から申し上げますと、録音されたのは1990年以降、そして放送部が校内放送を積極的に実施していた頃、つまり3年前までのもの、と推測できます」
「また、これはレジュメには記載していませんが、以前に卒業生名簿から、DJピンキーの発言にある『タテカワ』について検索を試みて発見には至らなかったことは周知の通りです。しかし先ほどの放送内容からの情報抽出の結果を受けて、特命班の方で名簿を再確認した結果、これに該当する氏名を一つ発見しました。現在詳細については調査中ですので、新たに判明したことは次回の報告会にて改めて報告いたします」
該当する氏名、の下りで明らかに場の空気が変わった。卒業生に「タテカワ」が実在するとの報告を受けて、役員に動揺が広がった。
「ちょっとよろしいですか? 『タテカワ』について、詳細を聞かせてください」
海野副会長が手を挙げ、北條に該当者について説明を求めた。
「はい、1992年度卒業生で、氏名はタテカワリカ、普通科の女子生徒になります。外部生の方ですね。卒業後は神戸の大学に進学しています」
海野他、数名はその内容をレジュメ下部にメモしている。
「その……タテカワリカさんの、氏名の漢字について説明お願いします」
「はい、堅実のケンにタテ三本のカワ、サトにカオリ、これで堅川里香です」
「その『ケン』の字で『タテ』と読むんですか?」
「名字事典で確認しましたが、そういう読み方をする、タテカワという名字は実在するようです」
「……はい、わかりました」
それを聞いていた役員がざわつき出した。
「そうなんだ……」
「じゃあ以前の名簿確認で見落としてた、ってことか……」
「タテカワについてはわかった。報告を続けてくれ」
役員がざわつく中、生徒会長が報告を進めるよう促した。
「はい。では続けさせていただきます……」
北條の報告が続く中、土本は肩車のまま直立している。
「おい、この体勢、長時間は結構キツいぞ」
推定45キログラム前後の、高校生としては軽量である梅里とはいえ、女子高校生1人を肩車で担ぎ続けるのは流石に土本でも苦しい。
「男だろ、気合い入れろ」
上に乗っている梅里は小声で土本に喝を入れる。
「それより、今の報告からすると、タテカワが何者かまでわかってるってことか。なら放送の件は、もう一歩のところまで来てるんじゃん?」
「まだそこまでは……まあ、いいところまでは来てる。だけど証拠がない。証拠を掴んでから、本人に直接それを突きつけて白状させる、って流れで考えてる、今のところ」
「ほうほう、それもまた面白そうだ」
興味深げに梅里がほくそ笑んだ。
「いや、ちょっと待て。そこまで首突っ込むつもりか?」
この探偵班発足のきっかけを考えたら、新たに誰かを引き入れるのはまずい。北條にとっても歓迎されるものではないだろう。
「んー、いや、そこまではいいや。なんか面倒臭そうだし、琴音ちゃんにも悪いし」
「悪いって、どういう……まあいいや。とりあえず用があるまでは、そっとしといてくれ」
「うん、まあ結果報告を楽しみにしとく」
「……以上が、無許可放送事件についての、現時点までの調査結果となります。ご質問は?」
「……特にありません」
「では、続いて備品盗難疑いの件について報告いたします。こちらについては……」
「……おい、どうした?」
中を覗いたまま真顔になり、窓枠に手をついた状態で動かなくなった梅里に対し、土本は声を掛けた。
「……なんか見えたか?」
梅里からの返事はない。おそらく「集中」しているのだろう。
「古い物置……グラウンド東か……」
梅里は、その意味深なワードを呟いた。
「なんのことだ? それは」
「大丈夫……誰も知らない……誰にも見られていない……」
「おい、まさかそれって」
「ダメだ、人が多すぎて判別できない……下ろして、早く!」
梅里からの急な指示で、土本は慌ててその上の人を下ろした。
「読めたのか? どういうことだ? あと、誰のことを読んだ?」
「わからない……でも、備品事件について、具体的な場所、全く同じ場所を頭に思い浮かべた人が2人いる」
「2人?」
つまり、備品事件において、今まで情報として挙がっていない場所を同時に思い浮かべた人物が2人いる。それはおそらく、室内にいる者のうち2人が「備品の隠し場所」を思い浮かべた、ということ。そうなれば、役員の中に少なくとも2人、犯人またはその関係者がいる、ということになる。
「それは、犯人候補ってことでいいんだな。誰だかわからないのか? せめてどっちか1人、ヒントくらいは」
急かす土本に対し、顔色の悪い梅里が答えた。
「1人は多分、◯◯先輩。この人は心に特徴あるから。でも、もう1人は全然わからない」
「そうか……意外だな、そこかよ。『もう1人』の、、方から、何かヒントになりそうな情報ないか?」
「……ごめん、ちょっと待って」
明らかに具合の悪そうな梅里は、その場にへたり込んだ。
「おい、どうした?」
「……この人数を同時には……久しぶりで……おぇっ」
えづく梅里を見て、土本は狼狽えた。
「えっ、おい、マジで大丈夫なのかよ」
「うん……ちょっと……乗り物酔いみたいな……すぐ治まるから……」
どう見ても大丈夫ではない梅里を、とりあえず移動させるため、土本は肩を貸して、近くの教室、1年1組に運び込んだ。
「落ち着いたか?」
土本は一番近い席に梅里を座らせ、適当なコップを見つけて水を汲んできた。
「なんとかね。いや、面目ない。言い出しっぺのウチがこの始末ではね」
「まあそれでも、いい情報だったよ。サンキューな」
「そう? ならよかった」
作り笑顔をして見せてはいるが、まだ顔色は優れない。
「……もう1人の件だけど。なんか『弱い』んだよ、心の反応が。特定する手掛かりは、今んとこそのくらい。……そこから消去法でいくと、会長と琴音ちゃん以外」
コップの水に口を付けて一息ついてから、ゆっくり話し出した。
「あんまり消せてないな。その、心の反応の強さってのは、人それぞれ固有のもの、って解釈でいいのか?」
「うん……多分。2人は常に『強い』から、候補から外していいと思う」
「多分なのか……俺の視点だと、まだ断定はしづらいな。まあ、委員長は調査する側だし、候補から外すのは分かる。でも会長も外していいのか?」
「会長の心の内は、そんな弱くて曖昧なものじゃない。そもそも、備品をこそこそ持ち出したりするような人じゃない」
とは言われても、「心の反応」とやらが見えない土本にとって、それは判断材料にはできない。
「まあ、見た感じそういう印象だけど。見た目で判断するのもなぁ」
「だから、そんな人じゃないんだって。ウチが保証する、それは間違いない」
具合の悪い中、今までより大きめの声で断言した。
「それは……以前にも嘘を見抜こうとしたから分かる、ってことか?」
土本は際どい部分について、敢えて訊いてみた。禁を破って、無遠慮に会長の心の中を覗いた、それを直接指摘するのを極力避けるよう、一応は慎重になり、言葉を選んだつもりだった。
「……そうだよ。すごく酷いことをした。あんなに真っ直ぐで優しい人の心を疑って、ケガさせて、心を覗き見て侮辱した。それでも、片桐さんはこんなウチを庇って、拾ってくれた」
拾ってくれた、というのは、会長が梅里を生徒会にスカウトした経緯のことを言ってるのだろうか。だとすると、その事情は、思ったより複雑であるらしい。
「償いきれない罪と、返しきれない借りが、恩があるんだ。その片桐さんを悩ませる問題が発生してるなら、それを解決させるためなら、ウチは何でもやる。何だって……」
目を潤ませてそう言った。
「わかった。でも今はそこまでにしとけ。もう十分やってくれたよ。後はまた、手が必要な時に必ず声を掛けるから、まあ待っててくれよ」
これ以上喋らせると、本当に泣き出しそうな梅里の話を中断させ、土本なりに励ました。
「……うん、また必要になったら、呼んでよね。たつみには余計な負担掛けちゃうかもだけど、よろしく頼むよ」
そう言いながら立ち上がった梅里は、まだふらついている。
「お、おい、まだ無理すんなって」
「そろそろ、報告会は終わる頃じゃない? ウチらも帰らなきゃ。大丈夫、外の風にあたれば」
そう言いながら、廊下へと出ていく。
「そんなんで帰れんのかよ。そういや、帰りに見たことないな。電車通学じゃないのか?」
土本は梅里の脇に立ってやると、梅里は自然にその腕を掴んで並んで歩いた。
「ウチは原付。夏までチャリだったけど、免許取ったから。家は駅から遠いし」
「そうか、どおりで……」
「それと、帰る前に『古い物置』の中を確認しとこう。そこになくなった備品があるなら、さっきの『古い物置』が隠し場所で確定」
「そうか。今なら部活も終わってるしな」
その時、廊下の向こうからこちらを見ている視線に気づいた。
「梅里さん、どうしました?」
北條が土本らに向かって歩きながら、そう問いかけた。
「あっ、これはちょっと、めまいが……」
「そうですか、お大事に。私は仕事が終わったので、これで帰ります。お疲れさまでした」
「あっ、うん、お疲れ……」
北條は歩みを止めることなく通り過ぎた。
「土本君、梅里さんをよろしくお願いしますね」
「お? おう」
そのまま1年3組の教室に入り、数秒でまた出てきた時にはカバンを持っていて、そのままさっさと昇降口に向かい歩いて行った。
その時、梅里はようやく土本と腕を組んでいるのを見られたことに気づいた。
「あっ、そうか。これか」
咄嗟に土本の腕から離れた。
「これ? ってどういうことだ?」
「いや、その……まあ気にしなくていいや。とにかく、今やれることをやっとこう」
釈然としないが、完全下校まで時間がない。梅里は備品倉庫に置いてあるリュックを拾い、土本は教室に寄ってカバンを持ってからグラウンドへと向かった。
グラウンドは校舎の西側にあり、グラウンドの東、つまり校舎寄りの場所には物置が3棟並んでいる。そのうち、1つは他よりやや古い。
薄暗いグラウンドには、もう生徒はほとんど残っていない。物置付近には誰もいない。
そこにゆっくりと歩み寄った梅里の後ろから、土本が駆け足で追いついてきた。
「これか?」
「うん」
土本が物置正面の引き戸を引くと、簡単に開いた。
中は暗いが、梅里の持っている小さなライトで照らすと、何とか中が見える。
「備品を隠すなら、最低限箱に入れてるはずだけど……」
物置の左側には棚があり、その最上段には比較的綺麗な段ボール箱が2つ置かれている。
「これか?」
土本が箱を1つ下ろして開けてみた。
「あっ」
そこには、整然と並んだガムテープとマーカー類、その下には茶色の包み紙で包まれた、白の板目表紙が入っていた。
「確定だな。これ、生徒会の備品だろ」
「だね。でもこれは、今ここから持ち出す訳にはいかないね」
ここに辿り着いたのは、梅里からの情報あってのこと。しかし、それを表に出すわけにはいかない。
それに、これは犯人に自ら出させる必要がある。今のところ、犯人しか知らないはずの情報、すなわち備品の隠し場所を犯人に言わせ、その場所を案内させて備品を出させる、それくらいしか犯人であることを証明する手段がない。
「一応もう一つの箱も開けるか……っと、これも備品だな」
もう1つの箱には、ファイル類やOA用紙が入っていた。
「よし、じゃあ確認もできたことだし、元に戻しておこう。あとは、ここに持ち込んだ人間の情報がどこかから出てくればいいんだけどな」
「それは無理っぽいね。見られないように持ち込んだんだろうし」
「だよなあ……」
箱を元の場所にしっかり納めて、物置の引き戸を元通りに閉じた。
「あおいの見た通りだったのはこれでわかった。本当、サンキューな。あとはこっちでなんとかしてみる」
「頼んだよ。あと……」
「ん?」
「琴音ちゃんの方には、ウチから後でちゃんと説明しとく。誤解されてるっぽいから」
「あ、さっきのアレか? あれは一体どういう……」
「ウチらの仲を勘違いしてる、ってことだよ」
「ええ……どう勘違いするってんだ」
土本には全く自覚が無いが、放課後以降、梅里との距離が近く、さらに悪いことに、それを散々北條に見せつけている。
「仲良さげに見えても仕方ない、かも」
「そうだとしても、なんでそれで怒るんだよ」
「ま、ニブチンにはわからないわな、オトメゴコロってやつをさ」
梅里はいやらしい笑みを浮かべて言った。
「なんだニブチンって。いや、委員長にそんなのあんのかよ」
先日のバレンタインを全く意識してない件を思い出し、その彼女が乙女心とやらを持っているなど、にわかには信じられないといった顔をした。
「あるに決まってんだろ。まあとにかく、そっちはウチが上手いことやっとくから、たつみは自分の仕事をしなね。じゃ、お疲れー」
そのやり取りの最中、完全下校の放送が流れた。それに急かされるように、梅里は駐輪場に向かって歩き出した。
「お、おい」
駅に行くには途中まで同じ方向へ向かうことになる。土本は梅里の後を追った。
駐輪場には、まだ数台の自転車が残っている。
そしてその中に1台だけ、妙に時代を感じさせるビジネスバイクが停められている。
「原付って、これかよ」
土本はそれを見て呆れたように言った。
梅里はリュックからダウンジャケットを引っ張り出してそれを着ながら、ムッとして言い返した。
「何その言い方。排気量50cc、立派な原動機付自転車だろ」
梅里が手の平でタンクをペタペタと叩いた。そのタンクの下には、「CL50」と堂々と表記されている。言っていることは正しい。だが。
「普通、通学ならスクーターとかじゃね? ましてや女子が、なんでこんなシブいバイクを」
「じいじのお下がり。あんまり乗ってなかったみたいで、でもまだ全然調子いいから貰っちゃった」
「ボーソーゾクとか言われるぞ。よく誰からも何も言われねえもんだな」
「言われたよ。原付だからって押し通したけど」
ヘルメットを被りながらさらっと答えた。
校則では、通学手段として、バイクについては原付のみ使用が認められている。
生徒指導から小言を言われたのは想像に難くない。おそらく、例え見た目がスクーターやカブとは違う、一見ネイキッドの形であろうと、「原付」だから問題ないはず、とでも言い返したのだろう。
「押し通したって……もっと大人しい原付は世の中にいくらでもあんだろ」
「何もNSR(※註1)とかで通学してるわけじゃなし、マフラーも純正だし。ただ見た目がレトロなだけで一々小言を言われたくないね」
「はあ、そうかい」
英語科や進学クラスの生徒がバイクで通学することにも寛容なのは、生徒にとってはいいことなのかもしれない。しかし、自由過ぎるという印象は拭えない。
「この高校って意外と自由だよな。私立なのに」
「だからいいんじゃん。ウチはそれが理由でここの学校選んだんだし」
話しながらバイクに跨って、キックスターターに足を掛けている。
「そっか。まあ、安全運転でな」
「当然。じゃ、また来週」
チョークも引かずキック一発でエンジンを掛けて、梅里は颯爽と走り去っていった。
来週。まだ1月だから、おそらくゲリラ放送の3回目はないだろう。
なら、今のうちに備品の調査を進めておきたい。少なくとも、ゴールは見えてしまったのだから、そこに至るルートを見つけなければ。
土本は梅里の背中を見送った後、今までの情報を脳内で整理しつつ、駅へと早足で向かった。
※註1 NSR……ホンダ製原動機付自転車、「NSR50」のこと。原付としては速いことで有名。




